復活の剣舞
晴天の空に、日は高く昇った。
紗里真の城門から入ってすぐ、城の入口までは「騎士の広場」と呼ばれる石畳の空間が続いている。
今日のこの場所は、いつものただ広いだけの空間ではなかった。
その中心に設置された大舞台を取り囲むのは、整列した300人あまりの騎士隊。紗里真の上官達。それに各国からの招待客。
鏑矢の笛にも似た音を合図に、騎士達の掲げた剣が一斉に打ち鳴らされた。紗里真城の威容の前に、行進の足音と銅鑼が響き渡る。
腹の底に響いてくるその猛々しい音楽を聞けば、国中が復国祭の始まりを知ることだろう。
(はじまったな……)
私は兄様の隣で、動くのも億劫になるほど着飾ったまま、セレモニーの開始を眺めていた。
自分を取り巻くすべてのことが夢見心地だ。現実のものとして見るには、時が流れすぎた。ぼんやりと、そう思う。
二階のバルコニーに据え付けられた私と兄様の席からは、参加者が一望できる。
客席の一画に座る、美威の姿に自然目が行ってしまうが、それと同じくらいプロントウィーグルの国旗がはためく客席にも視線が飛んだ。
今の私にとって、大切な人達のことを思う。
余戸を先頭に立つ騎士達が見える。城の中で、今も忙しく働く臣下達がいる。そして、城門の向こうに暮らす民達がいる。
全て、私や兄様が守っていかなくてはいけない存在だ。
王族としての責任の大きさが、目に見える形でここにある。
大人になった今、それがはじめて分かるような気がした。
隣の兄様を見たら、穏やかな顔をしつつも真剣な眼差しで眼下を眺めていた。
その視線の先にあるのは、未来への希望なのだろうか。
仰々しい開会のセレモニーが終わった後は、お祝いと称して近隣小国からやってきた舞子や、猛獣使いのイベントがあった。規模は違うものの、見世物小屋を思い出すような内容のものも多かった。
一番素晴らしいと思ったのは、真国北の小国、清明からやってきた歌姫だった。
歌声に魔力を乗せているのだろうか。小さく華奢な体に見合わず、オーケストラにも負けない声量と澄き通ったソプラノの調べ。思わずうっとりと聞き惚れてしまった。
歌い終わった後、拍手の中でこちらを見上げて、恥ずかしそうに微笑んだ姿がまた、なんとも可愛らしかった。
兄様もニコニコしながら、手を挙げてねぎらうように応えていたから、かなり楽しかったんだろうと思う。
「兄様、では行って参ります」
「うん、ここで見ているよ。頑張って」
日も傾いてきた頃、私は席を立って城の中に戻った。剣舞の支度のためだ。
すぐ近くの部屋に作られた控え室で、衣装に着替える。
体を覆う鎧は最小限。背中が大きく開いた衣装は、女性剣士らしい凜々しさと、踊り子の優雅さを兼ね備えた装飾の美しいデザインに仕上がっている。
私は額のサークレットにはめこまれた青い宝石をなでながら、腕輪から垂れ下がったひらひらした布を持ち上げた。
薄紫から濃青までグラデーションに染められた布は、舞うときっとヒラヒラして綺麗だろう。
「姫様、お迎えに上がりました。お支度はよろしいでしょうか」
迎えの侍女が二人、丁寧に礼をして開け放たれた扉の前に立った。
「ええ、参りましょう」
私は衣装の上からマントを羽織り、部屋を出た。
渡り廊下を通りかかると、真っ赤な夕焼けが向こうの空に落ちていくところだった。
春が来て、夏ももうすぐそこまで来ている。生けるもの全てが生を謳歌しようとしている美しい季節だ。
一階に下りて会場に着くと、先ほどまではなかった松明が、舞台の四隅に焚かれているのが目に入った。
木造の舞台は広くよく造られていて、炎の中に浮いているように美しかった。
舞台の上では前座の楽士達が、各々抱えた楽器を奏でている。聴いたことがない曲だったが、郷愁を誘う、儚げできれいな音色だった。
控えの幕の内側からそれを眺めていたら、2曲目の演奏が終わった。
楽士達がそろそろと舞台を下り始めた。舞台の下に移動して、ふたたび楽器を構え直すと、先ほどとまた曲調の違った、静かな音楽が流れ出す。
(そろそろ出番かな)
舞台から一段下がった周囲には、相当な数の観客がいる。
ひとつ、深呼吸した。
緊張はしていない。人の視線は嫌いだけど、小さいときから何かを披露する時は、周りを完全に見ないことにしている。
「剣舞のお時間になりました。姫様、お願いいたします」
進行役の男がやってきて挨拶する。私は「分かりました」とだけ答えて、マントを外すと開けられた控えの幕をくぐった。
地面に敷かれたえんじ色の道を、体重を感じさせない足取りで進む。
進むにつれ、視線が集中するのを感じた。
足音を立てずに舞台の階段を上りきると、向こうにいる美威と目が合った。
顔を見て、小さく笑う。なんであいつが緊張してるんだか、意味が分からない。
沈みゆく夕方の明かりの中に、舞台の松明が心細げに見えた。
中心に立って方向を変えたら、今度はアレクと目が合った。少し口角を上げた彼に、私も同じようにして返す。
最後に、兄様のいるバルコニーを見上げた。兄様は小さく頷いたように見えた。
それに応えるように魔力を、ほんの少し体からにじみ出るくらいまで、全身に行き渡らせる。
シャララン、と鈴の音が響き、曲が終わり、周囲が静まりかえった。
剣舞の時間だ。
私は、顔の前に右手をかざした。そこに青い光が収縮し始める。
いつもよりゆるやかに、剣の形をとっていく光。
キン! という硬質な音が空気を震わせた。
聖剣神楽が、その幻想的な姿を顕す。
楽士達の音楽が一瞬遅れたのは、セーブしない魔法剣の放つ気に気圧されたからだろう。
舞台に背を向ける形で演奏していたのが幸いしてか、気を取り直したように音楽は始まった。
同時に、ゆらりと動く。掲げた剣も、私自身の体も、重さを感じないようにふわりと浮かんで、青白い軌跡を宙に描き出す。
剣舞は剣の型をなぞった舞だ。
力だけがあればいいのではない。速さがあればいいのでもない。
全てを断つ鋭さと、受け流すしなやかさ。単純に剣が振り回せて、踊れればできるというものではない。
一流の剣士として、訓練を受けたことのある者だけが成せる、技の数々だ。
静と動の連続が、美しい舞を生み出していく。
曲は東の民なら誰でも知っているだろう、子守歌がベースになっている。
剣舞なのに子守歌? と思った人も多いだろう。父様が舞っている時は、もっと雄々しい曲ばかりだった気がするけど、私にはこっちが合うようだ。
曲は動きにぴたりと沿っていて、少しも違和感がない。もの悲しい音色は、剣舞を美しく彩っていた。
幻想的な青い光が私を追いかけ、宙に消えていく様を、誰もが声を発するのも忘れたように見つめていた。
子守歌が終わると、すぐさま次の曲が始まった。
今度は真国以外でも知られる、豊穣の恵みを喜ぶ歌だ。
大きく盛り上がる部分に合わせて、描かれる軌跡のスピード感は、先ほどとうって変わって速い。
元々それほどテンポの速い曲ではないけど、最後の方は原曲の2倍くらいのスピードになるよう、編曲されている。
(父様……)
舞いながら、何故か亡き父王を身近に感じていた。
神楽を手に舞う、父様の姿を見ていた時の気持ちが、蘇ってくる。
何度練習してもああはなれなくて、その背中を追い続けた、小さく無知で、何も出来なかった幼い頃の私。
(私は、うまく舞えるようになったでしょうか)
父様のように、強く美しい剣舞を。
またここで。
終曲が近づいたところで、私は神楽を真上に放り投げた。
自らが意思を持ったように、剣は刃を下に向ける形に方向転換する。
私は頭上を仰いで、両腕を天に開いて伸ばした。
神楽が、落下を始める。
客席のあちこちから、女性の小さい悲鳴が上がるのが聞こえた。
神楽が私の体を貫くかに見えた寸前。
その刃身は青く大きい閃光を放ち、きらきらと輝く光の雨を降らせながら霧散していった。
フィナーレの一音と、同時のことだった。
神楽が自由自在に消せることを知っている人以外は、肝をつぶしたらしい。
一時の間、辺りは静まりかえっていた。
なんとなく、気まずい……
私はすっと腕を下ろすと、客席に向かって深く一礼した。
少しずつ、観客の中から拍手がまばらに聞こえはじめ、それはあっという間に大歓声に変わった。
見学の騎士達の間から、興奮冷めやらぬ風に聞こえてくるアンコールの声に、少しとまどう。
どうしてだろう。
その瞬間に、はじめてちゃんと王族として、この国に帰ってきたことを実感することが出来たのは。
失われた人達はもう還らないけれど、紗里真は、確かに蘇ったのだと。
そう、感じた。
(兄様……)
見上げたバルコニーには、立ち上がって拍手を送る兄様の姿があった。
来賓の時には座ったままだったくせに、それはないんじゃないだろうか。
苦笑して、気が緩みそうになった、その時だった。
感覚の端に捉えた、黒い気配。
上空から堕ちる星の速さで近付いてくる、過剰なほどに尖った剣気。
瞬時に神楽を顕現すると、上から降る攻撃と対極の軌跡を描いて、振り上げた。
接触と同時に、大気中に容赦ない衝撃波が飛んだ。
珍しく、深夜投稿でした。
GWでも休みなど存在しない職業……察してください。
感想いただいてうれしいので、調子に乗って書き続けたいところ、物理的に時間がない!
まともにPCに向かう時間が取れないため、GW中の更新、遅めになります<(__)>
ああ、それにしても文字数がやばいのです。
半分にするか、ひとつにするかの瀬戸際をさまよう今日この頃……
次回、魔剣ふたたび。です。




