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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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復国祭直前

 紗里真王国、復国祭当日。

 今日はいよいよ剣舞がある。


 早朝練習で屋内鍛錬場に来た私は、軽く体を動かすつもりで神楽を振るっていた。

 すぐ隣にある精鋭隊専用の鍛錬場からは、騎士達のかけ声が聞こえてくる。この雰囲気がたまらなく懐かしくて、気を抜くと胸がいっぱいになってしまう。

 本当にまたここに帰ってきたとうれしく思う反面、不安にならざるをえない心を、馬鹿馬鹿しいと思えるほどには時間が経った。


 それでもここ最近、水を飲もうとする時に一瞬手が止まる。

 心の奥底に染みついたトラウマは、これだけ時が経っても消えることはない。

 恐怖に打ち勝たないと水すら飲めないなんて、最強の剣士が聞いて呆れる。


 一通りの型稽古が終わって、神楽の顕現を解いたところに、いつもは見ない顔がやってきた。

 ラブドラファと言ったか。南のグラナセアの第二王子だったはずだ。


「おはようございます、ラブドラファ様。お早いですね」


 真っ直ぐにこちらに歩いてきたので、先に挨拶を済ませる。


「おはようございます、王女こそ朝から精が出ますね。もうお加減はよろしいのですか?」

「……あ、はい。昨日は大変失礼いたしました。一晩休みましたらすっかり良くなりましたので……お気遣い、ありがとうございます」


 そう言えば私、持病で歓待式欠席してたんだったよ……うっかり忘れていた。

 内心慌てて、取り繕った笑顔を貼り付ける。


「騎士達の声につられて、練習を見学させてもらいに来たのですが、お邪魔ではないでしょうか」

「ええ、どうぞごゆっくり見学なさってください」

「ありがとうございます」


 若干怪しいところはあるものの、私の言葉遣いは王族との社交にも問題なく使えるレベルらしい。

 一度身についた話し方は、思い出せば意外にスラスラと出てきた。


 すぐに立ち去るかと思ったのに、ラブドラファは騎士達の鍛錬場へは足を向けず、お付きの侍従を従えたままその場に留まった。

 大きい紫の瞳が特徴的な王子だ。私を見学に来たのか? もう練習、終わったんだけど。

 そう言おうと思った瞬間、新たな見学客が現れた。


「これはラブドラファ殿……あなたも早朝練習を見学に来られたのですか?」


 そんな声とともに、開いた入口からイゴールが鍛錬場に入ってくる。

 昨日のことを思い出すと、あまり顔を合わせたくないヤツだ。一応、型どおりの挨拶をすませる。

 こっちにも取り巻きの侍従がぞろぞろついてきているので、一気に人が増えた気がした。


「こちらの鍛錬場も全天候型でうらやましいですね。西にも同じような建物があるのですよ……そうそう、私達もいつだったかその鍛錬場で手合わせをしましたね」

「まあ、王子同士が手合わせですか? それは楽しそうですね」

「ラブドラファ殿との試合では、私が勝ちました」


 聞いてもいない自慢話らしきものを始めたイゴールに、ラブドラファがむっとした顔を向けた。


「その後は勝ち抜き戦でアレクシス殿と……まぁ、怪我をさせたらいけないと思いましたので、最終的には引き分けに終わりましたが」

「……イゴール様は、お強いのですね」


 アレクより自分が強いとか言いたいらしい。

 その物言いに、私までちょっとむっとした。


「剣は美学です。鍛錬を惜しまず、強さと美を磨くものです。女性である貴方が剣士であることには驚きましたが、美しい人には美しい剣が似合うのだと、はじめて知りましたよ」

「……はあ」


 思わず間の抜けた声を出してしまった。

 何言い出すんだ、こいつ。


「私は強くて美しい人が好きなのですよ、飛那姫。貴方であれば、正妃として迎えるに申し分ない。もちろん正式な申し込みは帰国後になりますが……どうでしょう、お互い剣の道を学ぶ者同士、進む道も共にしませんか? 突然このようなことを申し上げるのははばかられたのですが……気持ちを抑えることが出来ず、申し訳ない」


 ……勝手なことをよく喋るヤツだな。嫌いなタイプだ。

 なんで朝練中にプロポーズ受けなきゃいけないんだか、意味が分からない。

 傭兵時代も出会ったばかりの人間にこういうことを言われることはあったけど、仮にも一国の王子が節操なさ過ぎじゃないか?

 北からすれば、紗里真も手の内に入れたいってことなのかな。


 ものすごく冷めた気持ちで自信たっぷりな笑顔を見ていたら、横からラブドラファが険しい顔で割って入ってきた。


「イゴール殿、王女が困っているではありませんか。いきなり失礼では……?!」

「ほう? よもやラブドラファ殿も、飛那姫王女の美しさに目がくらんだお一人でしたか?」

「手順も踏まず、このような場で申し入れを行うなど、抜け駆けも甚だしいです」


 お腹も空いてきたし、もう部屋に帰ってもいいかな、私。

 元々の仲が悪いのか、なにやら言い争いを始めた二人を見て、本気でそう思う。


「王女、私も帰国しましたら、正式に申し入れをしたいと考えております」

「ラブドラファ殿、遠慮やら配慮やらが足りないのではありませんか?」

「北への義理はもう果たした。これ以上の遠慮など不要だ……!」


 周りで侍従や侍女達がオロオロし始めた。

 どうするんだ、これ。誰か収集付けてやってくれ……って、私当事者か。


 ひとつ小さくため息を吐くと、私は営業スマイルさながらの笑顔で二人に向き直った。


「イゴール様、ラブドラファ様」

「「何でしょう?」」

「お気持ち、大変うれしいです。我が国も、私個人も強い剣士は大歓迎ですわ」


 そう言った私に、二人も笑顔になる。


「ですので、お二人の実力を見せてくださいませ」

「「はい?」」

「剣で、私に勝つことが出来ましたら、申し入れの件、前向きに検討いたしましょう」


 私の発言に一瞬あっけにとられた二人だったけど、すぐににこやかな笑いに戻った。

 所詮女、とか思われていることは間違いない顔だ。


「分かりました。ただ、私達が二人とも勝った場合はどういたしましょうか?」

「それはその時にお互いで決着をつけるなり、お好きにすれば良いかと」

「なるほど、そうですね。ではそのようにいたしましょう」


 あっさり話がついたけど。こんな簡単に結婚するしないを決めていいんだろうか……王族ってのは、身分で縛りがある分、選ぶ相手が限られてて気の毒だよな。

 他人事のようにそう思う。


 侍従達に木刀を手渡されると、まずイゴールが鍛錬場の中央に足を運んだ。

 私も木刀を受け取って、開始線に並ぶ。

 侍従達がさっきよりも更に慌てているのには、気付かないふりをしておこうと思う。


「お願いします」


 互いに礼をする。手合わせの開始だ。


 上段に構えた私の正面。イゴールは先に下段から打ち込んできた。

 女だから手加減する、とかいう気もないみたいで、いっそ清々しい。


 ガン! と鈍い音とともに、魔力をこめた木刀で斬撃を受け止める。

 昨日私に剣を止められたのに、まだ実力のほどが分かっていないらしい。

 イゴールは一歩後退しながら体制を立て直し、再び打ち込んできた。

 様子見のような攻撃を右に左に流しながら、剣筋が荒いな、と思う。これなら精鋭隊にいるマキシムの方が強い。

 私は切り返す一瞬の隙を狙って、木刀の中心に重い一撃を加えた。


「!」


 鈍く裂ける音が響き、イゴールの手にしていた木刀が二つに割れて、飛んだ。

 ガラン、と破片が床に転がる。


「なっ……」

「勝負ありましたね、イゴール様。続けてどうぞ、ラブドラファ様」


 戦闘不能のイゴールを視界から消して、ラブドラファに剣を向ける。

 少しの躊躇の後、ラブドラファも打ち込んできた。

 なかなかに重みのある剣だったけれど、所詮私の敵ではない。

 こいつらは、竜と対峙したら瞬殺されるレベルだと思う。


 ゲストをボコボコにするわけにもいかないので、私はラブドラファの木刀も粉砕することにした。


 静かになった鍛錬場内に木刀を下ろすと、なるべく王女らしい優雅な笑みを浮かべる。

 二人とも、信じられないものを見た顔で、折れて転がった木刀と、私の顔を見比べていた。

 これが城の外での小競り合いなら「一昨日来やがれ」と言うところだけど。


「残念ですが、お話はなかったことに」

「再戦……」


 悔しそうな表情で、イゴールがそう口を開いた。


「お強いですね……すっかり油断してしまいました。再戦の機会は、与えて下さいますか?」

「いつでもどうぞ」


 往生際の悪い奴だな、と思いながらもそう答えた。

 こいつの実力じゃ、どうせ一生かけたところで私には勝てない。


「イゴール様、ひとつだけよろしいですか?」

「何でしょうか」

「剣は……美学などではありません。剣の本質は武器。すなわち殺人のための道具です」

「……殺人の、道具ですと?」

「どれほどに美しい剣を持ってきれい事を並べても、それが真実だと私は思っています……ではこれで失礼いたします」


 言葉を失った悔しそうなイゴールと、放心状態のラブドラファをその場に残して、私は鍛錬場から外に出た。

 つまらないことに時間を使ってしまった。そう思いながら。


 復国祭開催まで、あと5時間。

春は来たけれど、異性に対する飛那姫の態度は基本変わらないようです。

あれ? また文字数が多いな……

手直ししていると、大抵長くなります。気を付けよう。


次回、復国祭です。紗里真の再建にまつわるお話、もうちょっと続きます。

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