庭園での再会(前編)
夕食時に行われた歓待式に、飛那姫の姿はなかった。
イゴール殿がしきりに新国王に尋ねていたが、「持病があって」の一点張りであしらわれていた。南のグラナセアから参加のラブドラファ殿も、彼女の不在を気にしている様子だ。
飛那姫に持病? いや、それは口実だろう。おそらく、ここに来たくない理由があるのだ……
簡単に想像がつくその理由に、やはり来るべきではなかったろうかと後悔の念がにじむ。
和やかな会食をしながらも、各大国、小国は会話に油断がなかった。
様々な角度からぶつけられる、時折ひやりとするような質問にも、飛那姫の兄は臆せず笑顔で受け答えている。
どんな話題を振られても角を立てることなく正答に持っていく姿に、明晰な知性を感じた。どうやら噂通り、相当に頭の切れる人物らしい。
顔立ちは似ていたが、穏やかそうな雰囲気は飛那姫とは正反対だ。
魔法士で、剣は持たないと聞く。なんと言うか、あまり似ていないな。
「?」
見るからに温厚そうな彼から、時おり殺気にも似た視線を感じるような気がしたが……恨みを買う覚えがない以上、気のせいだと思いたい。
会食が終わり、立食式で食後のお茶会が始まった。
「エトック、こういった社交の場で経験を積むことは、とても大切だ。よく勉強するんだぞ」
ぽん、と弟の肩を叩くと、エトックは目を丸くして「あ、はい」と答えた。
プロントウィーグル代表として弟をその場に残し、私は気配を消してその場を去った。
正直なところ、イザベラ姫に捕まる前に、逃げ出したかったのだ。
イーラスら侍従と、紗里真の執事が一人ついてきて、「お部屋にお戻りに?」と聞いて来たので、少し夜風に当たれるところはないかと尋ねた。
「それでしたら、庭園にご案内いたします。散策路がございますので、ゆっくり回っていただけましたらよろしいかと存じます」
紗里真の庭園か。
あの頃はとても美しい庭だったが、国の再建に手を付け始めて数ヶ月。まだ緑や花などないのではないだろうか。
そう思いながら、散策路の入口に立って驚いた。
記憶にある通り、とはいかないまでも、十分に庭園として見れる程度には緑が茂っている。
素直に感心した。
「案内ありがとう。後は適当に回って部屋に戻るから」
散歩にまで付き合わせては悪いので、イーラスだけを供に付けて他の侍従と執事は部屋に帰した。
石敷の道に月明かりが落ちて明るい。
ところどころにライトアップされていて、どこかで水の流れる音がする他は、静かだ。
会食の喧噪から遠ざかったことに、少しホッとする。
「王子、お疲れですか?」
「いや……ただの息抜きだよ。緊張感を持続するためには、少し気を抜くことも必要だろう?」
「ああ、それは確かに」
庭園を半分ほど回ったところで、小さい噴水広場が見えた。
表のライトアップされている大きな噴水広場とは別で、池のような造りになっている。ふと、水面に映る月の横に白い影が見えた気がした。
近付いてくるその気配は、間違えるはずもない、相棒のものだ。
「……インターセプター」
上空から降下してくる白い聖獣を仰ぐ。彼の背から、「こらっ!」と声がした。
「インターセプター! 変なところで下ろすな! 兄様のところにひとまず行って……ああ、ダメだ。今まだきっと会食中で……」
白い毛並みをなびかせて池の隣に降り立ったインターセプターは、「ワン」と鳴いて私に尻尾を振った。
その背で「げっ……」とうろたえた声をあげたのは、飛那姫だった。
白く光るロープにくるくると巻かれた姿で、気まずそうに私を見下ろす。
「……アレク」
「……君は、一体……何をやっているんだ?」
本当に身動き出来ない状態らしい飛那姫を見上げて、唖然としたまま、それしか言えなかった。
どうして、そんな状態でインターセプターに縛り付けられているのか。
「ちょっと、タチの悪い相棒にやられて……」
「喧嘩でもしたのか……?」
まさかこんな状態で再会するとは思っていなかった。
思わずお互い無言になってしまって、少しのあと、飛那姫が耐えかねたように声を上げた。
「見てないで外してくれてもいいだろっ!」
「え? ああ、そうか。すまない」
荷物のようにくくりつけられている以外、深刻な状況には見えなかったので、ロープを外してやるということを失念していた。
「これは、魔力で出来てるのか? どう外せばいいんだ?」
「光系の魔法で解呪出来るって言ってたけど……」
白く発光するロープは魔力操作系の能力だろう。解呪自体は難しそうでなかったが、離れていても具現化できているとは、器用な魔法士だと思った。
半分ずり落ちそうな状態でインターセプターにくっついている彼女を見て、ふと思い当たった。
「飛那姫」
「な、何?」
「顔も合わせたくないだろう私が助けて、本当にいいのか?」
「え?」
「恩を着せるわけではないが、これで君が負担に思うようなら、君の兄を呼んできた方がいいのじゃないかと、そう思ったんだが……」
「な、何言って……」
思ってもいないことを言われたように、飛那姫は口をパクパクとさせた。
「顔も合わせたくないのはそっちだろ! 馬車から、降りてもこなかったくせに……」
「あれは……君が、私に面と向かって挨拶などしたくないだろうと思ったから、出てよいものかどうか迷ったんだ」
「はぁ? わざわざ迎えに出たのに、そんな訳ないだろっ!」
「私なりに、気を遣ったつもりだったんだ。関わるなと言ったのは君だろう?」
「そ、それは……」
何かおかしい。そう思った。
私に対する飛那姫の態度は、前と変わっていないように見える。
少なくとも、嫌悪感を持っているようにはみえなかった。
「……嘘、ついたんだ」
悩んだあと、絞り出すように飛那姫が言った。
「……嘘?」
「だから! あの時……最後に言ったこと、全部嘘なの!」
え? と声にならない声で呟いた。
全部嘘とは、どういうことだ……?
「関わるなとか、嫌いとか、みんな嘘だけど……あ、アレクだって私に嘘ついてたんだから、これでおあいこだよっ! だから、分かったら、これ外せってば!!」
ジタバタ足を動かす彼女を見て、再び唖然とした。
なんだ。
もしかして、何も変わっていなかったのか?
半分信じられない気持ちで、自問する。
強張っていた心が広がっていく安堵に溶かされて、再び動き出すような気がした。
「……何故そんな嘘を」
聞くまでもなく、考えればすぐに腑に落ちた。
紗里真を再建するために、戦争を無くすために、それが必要だったのだろう。
王になどならなくていいと、私の言葉に従うわけにはいかなかったのだ。
嘘をついても、拒絶しても、ここに帰ってきて祖国を建て直すだけの理由が、彼女にはあったのだ。
自分個人よりも、優先するものがあったから。
「だって、アレクが、あんなこと言うから……そうしないと、うまくいかないと思ったんだ」
私から目をそらして呟いた言葉に、その予想が間違っていないことを確信した。
あちこちにヒントはあった。
あの時もっとちゃんと考えていたら、分かったかもしれないのに。
私は、一人で傷ついたつもりになっていただけか……情けない。
わずかな沈黙の後、私は口を開いた。
「……飛那姫、私は少し怒っている」
「えっ?」
びくっとして、彼女は私の顔を見返した。
妙な状態で再会となりました。
余談ですが、イーラスは状況によってアレクシスの呼び方が変わります。
一番シンプルなのは「王子」で、これが彼にとってのスタンダード。
次回、庭園での再会(後編)です。
本日うっかり更新しましたが(?)、明日はお休みをいただきます<(__)>




