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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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到着の王子

 白い馬車の扉の奥。見覚えのある銀髪が見えた。

 思わず走りそうになって、思いとどまると足を止めた。

 馬車までの距離、10メートルあまり。

 飛び出そうな心臓を押さえるように、胸の前でぎゅっと手を握った。


「足下にお気を付けください、王子」


 ステップの隣に立つ御者が声をかける。相手は馬車から出て来ると、朗らかな笑顔を作った。


「うん、ありがとう」


 銀髪に、薄青い瞳。

 身長は私と変わらない位で、まだ幼い顔立ち。

 優しそうな笑顔はアレクに似ていたけれど――――アレクじゃなかった。


 多分、兄弟の誰か。


「あ……」


(そうか、そうだよな……)


 あいつが、来るわけがない。私のいる国になんて。

 あんなことを言って別れてきたくせに、落胆するなんて、虫が良すぎる。

 急激に温度を失っていく心に、バカみたい……と小さく呟いた。


 下りてきた王子は、すぐに私に気付いて目の前まで歩いてきた。執事長が隣に立って、挨拶をしているのが、ぼんやりと聞こえる。


「はじめまして、西の大国から参りました。プロントウィーグル・ヴァン・エトックワールと申します。この度の王国の再建、大変おめでとうございます」


 コホン、と執事長の咳払いで我に返った。


「あ、ありがとうございます。紗里真、飛那姫と申します。遠いところを……はるばるようこそおいで下さいました。国王に代わって、歓迎いたします」

「このようなところまでお出迎えいただいて、恐縮です」


 太陽みたいな笑顔にはあどけなさが残っていた。

 アレクによく似た銀髪に、鼻筋。

 ズキリ、と胸が痛んだ。


「誰かと思えば、西の三男坊か」


 私を追ってきたのか、後ろから近付いてきたイゴールがそう言った。


「イゴール様、ご無沙汰しております」


 エトックワールと名乗ったアレクの弟は、好戦的ともとれる笑顔で応えた。

 戦争にならなかったとはいえ、北と西の間には、何らかの確執が残ったのかもしれない。


「アレクシス殿は来られなかったのか。珍しいこともあるものだな」

「あ、ええ、兄上は……」


 そう言って背後を振り返ったエトックワールの視線の先。

 馬車の中から突然、白い塊が飛び出してきた。

 ボールのように弾けて駆けてくると、私のドレスの裾に飛びつく。


「ワン!」

「イ……」


(インターセプター?!)


 白い聖獣の名前を呼ぶ前に、背後で聞こえた抜剣の音に体が反応した。

 ヒュッと空を斬って足下に振り下ろされた長剣は、インターセプターの頭を狙っている。

 空気を震わせて瞬く間に顕現した神楽を、その刃の行く先に構えた。

 響き渡る金属音は、場に似つかわしくない。

 私がかばったインターセプターが金色の目を細めるのと、受け止められてしまった剣先に、イゴールが驚愕の表情を浮かべるのは、ほとんど同時だった。


 お日様の下でも青白く光って見える魔法剣の出現に……いや、それを持つ私の姿に、その場にいた人すべてが無言になった。


 やばい。まずったかな……と思いながらも、なるべく平静を装って、私はそっとイゴールの剣を押し返した。


「ご心配には及びませんわ、イゴール様」


 インターセプターが私に襲いかかってきたと思って、多分、かばおうとしてくれたんだろうけど。

 えらい勘違いな上に、なんてことしやがる。


「あ、悪しき、獣では……?」

「いいえ、違います」


 聖獣が悪しき獣? 魔力の気配も読めないのか、馬鹿王子。

 思わず心の中で悪態をつきながら、神楽を宙に消した。


 王女らしくないかもしれないけど、私はその場に腰をかがめてインターセプターの頭を撫でた。

 満足そうな白い聖獣の後ろで、エトックワールが青い顔をしているのが目に入った。


「も、申し訳、ありません……ご無礼を!」


 それは、ドレスの裾に土がついたことを言っているのだろうか。

 それとも、私がこの場を凍り付かせた原因を連れてきたことを言っているのだろうか。


「かまいません、私動物が好きなので。可愛い子ですね」

「護衛として同行させた聖獣です。いつもはこのような行動に出ることはないのですが……本当に申し訳ありません」


 困った様子で手を伸ばしたエトックワールから、大型犬サイズのインターセプターはさっと逃げた。


「こら! インターセプター!」


 私の隣に立って、フンと鼻を鳴らすと、白い聖獣はじっと私を見上げてきた。

 何か、言おうとしている。そう感じた。


「なに?」


 問いかけたら、つい、と鼻先を白い馬車に向けた。

 じっと、扉の中を見ている。


「……」


 気配を殺しているのだろうけれど、中にまだ人が乗っているのが分かった。

 侍従らしき1人と……もう1人。ふと、思い当たったことに、息を飲む。

 それが誰かなんて、聞かなくても分かる。


「……エトックワール様」

「はい!」

「この子、少しお借りしてもよろしいでしょうか? 私、すっかり気に入ってしまいましたの」

「え……? あ、はい。おそらくは……かまいませんが」


 ちらと、後ろを振り返ろうとする仕草の後、エトックワールが頷いた。

 そうだよな、そこに許可を求めるべき人物が、乗ってるんだよな。


(顔を合わせたくない、ってことかな……)


「ありがとうございます。ではお借りいたします。長旅でお疲れでしょう、執事がお部屋にご案内いたしますので、夕食までどうぞごゆっくりお休み下さいませ」


 私はこれで一旦失礼いたします、そう言い残してドレスの裾を翻す。

 横をついて歩き始めたインターセプターが、ぴくりと耳をそばだてて後ろを振り返った。

 従者と話しているイゴールの方を見て。


「……の……を……入手しておけ……」


(……?)


 インターセプターは、少し「ウゥ……」と唸って、私の足下に戻ってきた。

 何か、聞こえたんだろうか。


「インターセプター」

「ワン」

「よく来たね、また会えてうれしいよ。おいしいもの、食べさせてやろうな」


 小声で足下の聖獣にだけそう言う。

 私の歩調に合わせて歩きながら、金色の瞳がうれしそうに細められた。


 インターセプターがいるのだから、当然その飼い主も来ているのだろう。

 でも、私と顔を合わせたくない人と、会うわけにはいかないと思った。


 そんな風にしてしまったのは私だ。

 悲しいとか、思う権利もないくせに、胸が痛い。

 横を歩く白い聖獣が、私を見上げて心配そうに鳴いた。

復国祭の話がしばらく続きます。

細かいことまで書きたいままに書いていると、それこそ大変な文字数になってしまうので、はしょれるところは早足で通り過ぎたいと思います……この加減が難しいのですが。


次回は、あの王子と美威が出ます。

明日(多分午前中)の更新予定です。

感想のひとつでもあったら、調子に乗って次話をすぐにでも更新するかもしれません(笑)

今日は比較的平和なので、お絵かきでもしようかな……

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