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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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復国祭前日

 復国祭前日。

 城内はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。

 といってもみんな浮かれている訳じゃない。大きなゲストを歓待した経験のない臣下が多いからか、ようするに浮き足立っているのだ。

 入念な打ち合わせをしていても、緊張感は隠せないということらしい。


 私付きで見慣れてきた侍女達も、朝から自分たちのおめかしに忙しかった。

 朝食後に「剣の稽古をしたいから着替えたい」と言ったら全却下されるし。

 既に完璧に支度が終わっている私を、もう一度着替えさせるとか、あり得ないんだろう。

 まあ、私も面倒な脱いだり着たりは勘弁だけどさ。

 青い花柄のワンピースドレスを見下ろして、ひとつため息をつく。


「本日の夕食時に行う歓待式ですが……」

「明日の朝食はバンケットルームで皆様揃って……」

「昼食は各々のゲストルームで……」


 身の回りで囁かれているほとんどが、食事にまつわる打ち合わせだ。

 おもてなしに「食事は最重要事項」という東の民の意識は、妥協するところを知らない。

 他には、誰がどのタイミングで部屋のクリーニングに入るとか、どこぞの誰には何が必要だとか、いつ何を案内するのかとか。よくそんな細かいことにまで気を配って覚えられるよな、と思うようなことがずーっと囁かれている。

 見ていると、自分が侍女とか執事でなくて良かった、と心底思う。


 正午前、馬車が到着したという報せが入った。

 明日の復国祭前に、遠方のゲストは紗里真入りするのだ。


 実は私、朝から落ち着かなかった。

 気分的には部屋の中をウロウロしたいくらいだけど、我慢してる。

 だってゲストは各大国や小国から来るのだ。ということは、西のプロントウィーグルからも誰かが代表で来る。


 仮にも復国祭という一大イベントの招待なのだから、使いの人間が来る訳はないだろう。

 国王自らが来ないにしても、王族の誰かが顔を出すことにはなる。

 だから、アレクが来る可能性だって十分あるのだ。

 胸の内で期待してしまう気持ちもあり、顔を合わせるのが気まずい気持ちも少々あり。

 あとは……不本意にも、動揺が大半を占めている。


「姫様、北の大国から第一王子と第一王女が見えられたそうです。ホールまでお出迎えに参りましょう」

「……分かりました」


 北だと聞いて内心ホッとしながら、私は1階の客人用玄関ホールに足を向けた。

 正直、出迎えとかやってらんないけど、兄様の代わりに私が出来ることは可能な限りこなさなくては。


 獅子に剣の紋章。モントペリオルの国旗をはためかせた馬車が、ホール向こうの開け放たれた扉から見えた。男が1人、その後から女が1人下りてくる。


 出迎えの執事長が丁寧に挨拶をして、ホールに入ってきたところに、私もゆっくり進み出た。

 執事長が私を紹介したところで、ドレスをつまんで、なるべく優雅に見えるように礼をする。


「お初にお目にかかります。紗里真飛那姫で御座います。本日は遠路はるばる、我が国の復国祭のためにお越し下さいまして、感謝の言葉もございません」


 こう言え、とあらかじめ聞いていた挨拶を述べる。

 顔を上げたら、金髪、碧眼の王子がぽかんと口を開けて私を見ていた。マヌケだな。彫りの深い、キツそうな性格といった感じだ。

 隣でやはり私を凝視してる王女も、似たような顔だと思った。


「あ……お出迎え、ありがとうございます」


 熱に浮かされたような表情の王子が、片膝をついた。


「モントペリオルから参りました、グルトゥーナ・カロ・イゴールと申します。こちらは妹のイザベラ。どうぞお見知りおきを」


 すっと手を取られて、甲にキスされた。

 ……上流階級の挨拶なのは分かってるけれど、はねのけたい。


「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」


 完璧な愛想笑いを返せた私に、自分で拍手を送っておこうと思う。

 それよりも……そうか、こっちの王女が、例の毒姫か。

 初対面から品定めをするような目で、私を足の先から頭のてっぺんまで見ている、金髪王女に視線を移す。

 美人……だけど、本性的な品のなさが顔ににじみ出てる。嫌いなタイプだ。


「あなたが失われた国の王女?」


 馬鹿にするかのような口調で、イザベラが口を開いた。

 無言で答えると、口元に手をやって、ふふ、と笑った。


「大国である紗里真が落ちたと聞いた時には、それは驚いたものだけれど、この度は再建おめでとう。人知れず10年間も生きていた甲斐があったのではなくて?」

「……ええ、ありがとうございます」

「イザベラ、そういう言い方は失礼だろう。申し訳ない、妹が」


 立ち上がったイゴールが、なおも続けようとするイザベラを横から止めた。


「いえ、気にしませんわ」

「私も驚きました。あの、飛那姫姫……」

「私の名前はそのもので姫を指すので……どうぞ飛那姫とお呼び下さい」

「分かりました、飛那姫。国王となられた王子以外に王女がおられると聞いておりましたが、こんなに美しい方だとは思わなかった。お会いできて光栄です」


 再び手を取られて、満面の笑顔になったイゴールに内心げんなりする。

 多分、同い年くらいなんだろうけれど……

 両手に包み込まれてしまった自分の手を見て、自然苦笑いになる。

 ここが大衆居酒屋だったのなら、「セクハラだ」っつって殴れるんだけどな。


 その時、城門向こうからファンファーレが聞こえてきた。

 新しく馬車が着いたのだと分かった。跳ね橋を越えて、広場を通り駆けてくる馬車が2台。

 その上にはためく国旗に目が行く。


(プロントウィーグル……!)


 西の大国の紋章だ。

 どくん、と心臓が鳴った。

 目の前でイゴールが何か話しているけれど、もう耳に入らなかった。

 白い細工の立派な馬車が、玄関ホールの向こうに停車するまで、ずっと目で追っていた。


「……失礼、イゴール様」


 本当に失礼な行動だったろうとは思う。

 私は自分の手を取り返すと、驚いた顔のイゴールの隣をすり抜けて、足早に玄関口に向かった。


 アレクが……あれに乗っているかもしれない……!


「姫様、このような端近(はしぢか)にまでお出にならずとも……」


 執事長がぎょっとした顔をしてそう言ってきたけれど、私はかまわず外に出た。

 馬車から御者が下りてきて、ステップを置き、扉のかんぬきを外す。

 飛び出しそうな心臓の音とは裏腹に、白い扉は、静かに口を開けた。

北と西から馬車到着です。どっかで南も来ます。


次回、「到着の王子」。

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