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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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未練と決意

 東の国からプロントウィーグルに、内々の書簡が届いたのは、3月も終わる頃のことだった。


 紗里真の再建を宣言するというよりは、予告のような内容。

 人手が足りないのか、人財の提供を頼めないかという、協力を要請する文書でもあった。


 紗里真は10年前に滅んだ国だ。

 噂にはあったが、王族が生き残っているなどという話を、本気で信じている者はいなかっただろう。


「紗里真の名は私にとっても重い。嘘や冗談などではすまされぬが……」


 紗里真の紋章が押された書簡を手に、父上が難しい顔で呟いた。

 先代の王と懇意にしていたらしい父上には、余計に思うところがあるのだろう。


「正式な発表があるのはもう少し先だそうだ。人財の提供を急ぐとするか……」


 私は大国復活が絵空事ではないのを知っているが、にわかに信じがたい話なのも確かだ。

 皆で話し合い、事実関係を把握するためにも、人を送り込むという話になった。

 東の大国が復活すれば、我が国ともまた協定関係を結ぶことになるはずだ。スムーズに貿易を進める上でも、出来うる限りの協力はしておきたい。

 大臣達もそのような考えで意見が一致した。


 会議が終わり、玉座の間を出た私は、何となくすっきりしない気分で廊下を歩いていた。

 現実のものとして動き出している、東の大国の再建。

 大国の三竦みを復活させると、飛那姫が言っていた通りに事が進んでいる。

 これで大きな戦争は回避できるようになる。それは喜ばしいことのはずなのに……


 はるか東の地で、薄茶の瞳をした彼女が奮闘している姿を想像せずにはいられなかった。

 大変になりすぎて、体を壊したりはしていないだろうか。また虚勢を張って、人知れず弱ったりはしていないだろうか。

 ふとした瞬間に、彼女が悩んでいたことを思い出しては苦い気持ちになる。


 別れ際に、ちゃんとした言葉をかけてやれなかったことが悔やまれた。

 少しでも力になればと、最後に贈った護りのバングルは受け取ってもらえたようだが、あんな行いは自己満足の気休めでしかない。

 もっと他のやり方で、彼女を助けることが出来たかもしれないのに。


(どこで、間違えてしまったのか……)


 身分を偽った時点で?

 彼女がただの傭兵ではなく、王族だったと知ったとき?

 あの時彼女の言う通り、ただ「頑張れ」と、背中を押してやれば良かったのだろうか。

 そうすれば、まだ友好な関係を築いていられたのだろうか。

 何が最善だったのか。


(分からない……)


 傭兵の彼女はもういない。

 同じ王族という立場になったはずなのに、前よりも遠くなってしまった。


 彼女を、好きでいてはいけないのだろうか。

 もう関わらないでくれと、あの言葉を受け入れたとしても。

 私がここで、幸せを願ってはいけないのだろうか。


 気が付いたら、いつの間にか足下に子犬の大きさのインターセプターがついてきていた。

 この大きさになると、首輪につけた青い髪飾りが目立って見えるばかりか、見た目にも重そうだ。


「インターセプター……もうそれを外してもかまわないんだぞ?」


 そう言って私が手を伸ばすと、髪飾りに触れる前にインターセプターはさっと避けた。


「……インターセプター」


 上から首輪ごと白い毛並みを捕まえる。私は子犬姿の相棒を目の高さまで持ち上げた。


「自分では外せないのだろう? 取ってやるから……」


 首輪に手を伸ばしたら「グルルル……」と鼻にしわを寄せて唸られた。

 完全に拒否の姿勢だ。


「私に唸ってどうするんだ……」


 ため息とともに、相棒を床に下ろす。

 飛那姫から直接に決別を言い渡された私とて、気持ちの整理などついてはいない。

 未練がましい自分の気持ちを代弁するかのような、インターセプターの行動に半ば呆れた。


「嫌われてしまったのだから、もう忘れるべきなんだよ、インターセプター」


 自らに言い聞かせるような言葉に、相棒は「キャン!」と抗議の声を上げた。

 ブンブン横に振る頭を押さえて撫でてやるが、彼はなおも、「キャンキャン!」と吠え立てた。

 一体何が言いたいのだろうか……


 共通の言語を持っていなくとも、インターセプターの言葉はなんとなく分かる。

 違う、そうじゃないと言っているのは分かった。

 問題は、何が違うのかということだけで。


「困った子だな、お前は」


 私の手の間から恨みがましい目で見上げて、白い聖獣は「キャン(お前に言われたくない)!」と、もう一声鳴いた。



-*-*-*-*-*-*-*-*-


 おいしい紅茶と、焼き菓子の並んだテーブル。

 和やかな3時のティータイムには、似つかわしくない話題だった。


「あの黒い魔剣は、高絽先生のものなんだろう?」


 兄様が話し出したのは、黒い魔剣のことだった。

 この真国に、あの少年がいると。


 私の知らない場所で、兄様が魔剣に対峙した話を聞いて、背筋が寒くなった。

 手にしていたお茶のカップをソーサーに戻す手が震えて、カチャカチャと音を立てた。

 その状況なら、全員が死んでいてもおかしくはなかったろう。

 良かった……兄様が生きていて。


「魔剣の記録についてはまだ調べている最中なんだ……8年くらい前に、西渡に近い村で村人が全員刃物で惨殺される事件があったことが分かっている。これが一番怪しいかな。その後も、記録にあるだけで6件くらい村が突然襲われる事件が相次いでいるよ。その2年後には同様の事件がぱったりとなくなっているから、僕はその時期に魔剣が真国を出たと思ってるんだけれど」

「魔法剣を……捜していると、ネモは言っていたんですか?」


 震えそうな声を抑えて、そう尋ねる。


「ネモ。確かにそう名乗っていたね。魔法剣というより、飛那姫のことを捜しているようだったよ。飛那姫が僕に魔剣のことを教えて欲しいと言ってきたのは、あの少年のせいだね?」

「彼を……止めなくてはいけないんです」


 かつての先生を止めたように。

 その言葉を飲み込んだ。


「同感だね。彼は危険だ……不可解な少年だよ。奴隷として南のどこかから連れてきたそうだけれど、しばらくおとなしくよく働いていたという話を聞いた。普通に人の中に紛れて暮らしていくことも出来るみたいなんだ。あの狂気をまとって……にわかには信じられない」

「普通に、紛れて……」


 狂気の中に、均衡を保てるはずもない「普通」の何かが共存する不思議。

 それは、先生にもあったものじゃないだろうか。


「魔剣は生命体ではないものの、そのものに意志があると言われているんだ」

「剣に、意志が?」

「魔剣に憑依された宿主との間に、精神のズレが出るのかもしれないね。資料もないから、想像の域でしかないけれど」


 主の魂に同化するだけの魔法剣とは違い、同化した後に、剣が宿主を支配する立場になるのが魔剣だと聞いた。

 魔剣を身の内に取り込むと、正常な思考が出来なくなって破壊活動をするようになると。

 宿主の元の精神は、無くなってしまうのだろうか。

 そう考えると、重苦しい気持ちになる。


 ひとまずね、と兄様は続けた。


「飛那姫は、身の周りに十分注意するように。紗里真の再建に際して、神楽の噂は次第に広まりつつある。彼がどこかで魔法剣の存在を耳にする可能性は高い」

「紗里真に……魔剣の少年が来ると?」

「そうだね。とりあえず、城全体に魔剣の侵入を感知するための盾を張ろうかとは思っているけれど、警戒するに越したことはない。もし何か異変があったら、必ず僕のところに飛んで来て」

「分かりました……」


 紗里真の再建は、これまで順調に進んでいるように見えたのに。

 あの黒い剣は、今またこの国に災いを呼ぶのだろうか。


(そんなことは、させない……)


 陰惨な魔力を放つ、細身の長剣の姿が思い出される。

 同時に、それを構える先生と、あの少年の姿が脳裏で重なった気がした。

 恐れよりも、哀しいと思う気持ちよりも、怒りで心を満たさなくては。

 戦うためには、いつでもそうするしかないから。


 魔剣・煉獄が再び、この国の進む先に立ちはだかってくるというのなら。

 私は国宝剣・神楽を継承する主として、全力を以て、あの少年を止めよう。


「兄様、私絶対に負けませんから。この国も、民も、大切なものは今度こそ自分の手で守ります」

「飛那姫……」

「絶対に」


 そう言った私を、少しだけ不安そうな目で、兄様が見ていた。

紗里真再建に不穏な影。春のうららにのんびり昼寝、というわけにもいかないようです。


次回、少し時間軸が後退したところから。閑話のような話を蒼嵐語りで。

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