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没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
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何も出来ない子供

「料理をしたことがない?!」


 朝食の席で、素っ頓狂な声をあげた風漸が皿に目玉焼きをぼとりと落とした。

 一緒に暮らしていく上での家事分担について、協議しようということだったのだが。


「はい、ないです」


 清々しいまでの返答に、風漸は気が重くなる。


「洗濯は?」

「ないです」

「掃除くらいは……」

「ないです」

「……家事で出来ることはっ?!」

「……習ったこと、ないので」

「お前……」


 姫かよ、とため息交じりに呟いた風漸に、飛那姫はうっと唸って返した。

 どうやら姫であることは、民の暮らしにとって好ましくないようだ。


(姫ですが何か?! 厨房にすら入ったことないんだから、料理なんて出来るわけないでしょう?!)


 飛那姫はそう言い返したいのをぐっと堪えて、手の中のフォークを握りしめた。


「飛那姫、お前本当に一体どこのお嬢さんなんだよ? 帰るとこないって言ってたけど、本当に探してるヤツとか家族とかいないんだろうな?」


 家出は勘弁してくれよ、と風漸が肩を落とすのを、飛那姫は少し暗い気持ちで聞いていた。

 家出ならまだ良かったのだ。それは、帰る家があるということだから。


「帰るところはないです……家族もいません。家出じゃないから大丈夫」


 自分で言った言葉に自分で傷つくなんて、どうかしている。

 少しの沈黙が、通り過ぎていった。


「お前、色々謎すぎるぞ……まあ、いいや。話せるようになったら話してくれ」


 追求してこない風漸を、ありがたく思う。

 まだ、説明なんてしたくなかった。あの日のことを進んで誰かに話せるほど、気持ちの整理など出来ていない。

 口にするのが恐ろしくて、何が現実で、何が夢なのか、起きているときにも分からなくなるくらい。


「……そのうち、ちゃんと話します」

「……ああ」


 ぽつりと、約束する。

 風漸は視線を落としたまま黙ってしまった飛那姫を見て、ぽりぽりと頭をかいた。


「とりあえず、食ったもんの片付けから覚えてもらうか……」


 風漸の作ってくれた朝食は、少しの野菜とちょっとしょっぱい目玉焼きとパンだった。

 料理を食べ終わった風漸は、ガチャガチャと音を立てながら皿を片付けていく。飛那姫にも、手伝うよう促した。


「……どうすれば?」

「これをそこの水場に運んで、そこにあるスポンジで洗うんだ。こうやって、石けんつけて……分かるか?」

「……洗う……?」


 首をかしげながら皿を1枚手にとると、飛那姫はぐっとスポンジを皿に押しつけた。

 ぱりん、と乾いた音がして、皿が真っ二つに割れる。


「あ」

「おい、ちょっと待て……なんで皿洗うのに魔力が必要なんだ?」

「ええと、なんとなく、力が入ってしまって……」

「魔力込めたら割れるだろ?! 皿だぞ?!」

「そうみたいですね」

「普通に洗ってくれ、普通に……」


 頭を抱えた風漸がうめく。

 その「普通」が分からないのだと飛那姫は言いたい。


「お前奴隷として連れてかれなくて本当によかったなあ。奴隷が家事できないって、あり得んぞ。役立たずすぎて即殺されるだろ」

「気になっていたんですが……どれいというのは、何なんですか?」

「何って……そんなことも知らないで売られてたのか? お前」

「何故あそこにいたのか、私にもよく分からないんです。目が覚めたら、首に鎖があって……」


 重たく冷たい感触を思い出して、飛那姫は思わず首に手をやった。

 拘束されていたことを思えば、奴隷とは罪人のようなものなのかもしれない。


「お前の家には奴隷がいなかったのか? 金持ちだったんだろ?」

「金持ち……? よく分かりませんが、ああいった子供はいませんでした」

「子供じゃなくても家事をしたり、身の回りの世話をする人間がいただろ? それは奴隷じゃなかったのか?」

「……侍女や、侍従のことでしょうか?」


 聞き返すと、風漸は目を丸くして飛那姫の顔を見た。

 侍女や侍従なんてものが身の回りにいる存在は、限られている。


(まさか、な……)


 風漸はなんだか嫌な予感がしてきた。ふと思いついたことを実行するべく、ごそごそと懐から自分の財布を取り出す。


「……飛那姫、これが何か分かるか?」


 くたびれた財布から、一枚の紙幣を取り出して飛那姫に見せた。


(確か、これと同じものを奴隷の子供達がいるところで見た気がするけど……)


 じっとその紙を見つめてから、飛那姫は首をかしげた。

 自分の知識の中にはないものだった。


「随分と小さい絵ですね……紙も薄いし、額にも入っていないし……本から切り取ったものですか?」

「……」


 その顔を見れば、本気の発言だということは分かった。


(これはちょっと……予想以上にまずい事態かもしれんな)


 そう思いながら、風漸は紙幣を財布に戻した。

 いいとこの貴族のお嬢さんだって、金の存在くらい知っている。

 金を見たことがない、扱わないなんていうのは、金を持ち歩く必要のない、はるか高い身分の人種だけだ。

 家事スキルがゼロなのは、身の回りのことをすべて侍女や侍従にやってもらっていたという証拠だろう。


 子供のくせに、神様がひいきして創ったのかと思うほどの整った容姿。

 品のある立ち居振る舞いと言葉遣い。

 高価なドレスに装飾品。

 ……希少な魔法剣。


 その全てが、信じがたい事実を風漸に突きつけていた。


「いやいや、さすがにないだろ……それは」

「え?」


 風漸の呟きに、飛那姫は首をかしげる。


「飛那姫、お前名字は?」

「……」


 問いかけられても答えない飛那姫に、確信にも似た答えを思い浮かべる。


「名字言うと、家がバレるのか?」

「……」


 そっと目をそらす飛那姫に、ため息がもれた。


(名字で家がバレるなんてのは、貴族より更に上の階級……城とかで暮らしてるような身分の、あれだ)


 何にせよ、家出だったとしたら一大事だろう。

 下手をしたら自分が誘拐したことになりかねないか?

 そんなことを考えながら、風漸は壁から上着をとった。ふわりと袖を通すと、出かける準備を始める。


「師匠、どこに?」

「ちょっと野暮用が出来た。帰りに昼飯もどっかで調達してくるから、とりあえずお前はここで留守番してろ」

「……はい。あ、剣の稽古はしていてもいいですか?」

「ああ、自分で出来ることならやってればいい」


 そう言い残して、風漸は足早に家を出て行った。

 笹目が飛んできて椅子の背にとまると、飛那姫の顔をのぞき込んだ。


「ヒナキ、イカナイ?」

「うん、私はお留守番だって」


 指の腹で頭をかいてやると、笹目はうれしそうに首を傾けて目をつぶった。

 鳥がこんなに慣れるなんて知らなかったな、と飛那姫はその姿に安らぐ。

 動物は好きだ。鳥も、犬も、猫も。城で飼っていたあの黄色い小鳥はどうなっただろうと、思いを巡らす。

 厩の番犬も、厨房の猫も、庭師のフクロウも、みんな死んでしまったのだろうか。


 ささいなことからでも、何かからでもすぐに思い出してしまう。

 いつでも、もういない存在達に心が飛んで帰る。

 ぼんやりと笹目をなでながら、飛那姫は少しだけ泣いた。




 風漸は、家を出た後、まっすぐに傭兵ギルドに向かっていた。

 いつもは仕事を探しに来る場所だが、今日は違う。飛那姫に関する情報が欲しかった。

 いいところのお嬢さんで、本当に家出してきていたら洒落にならないし、あの子に何があったのかも知っておく必要があった。


 扉をくぐると情報屋の窓口に人だかりが出来ている。

 満員御礼で儲かっているというわけではなく、それは皆が集まるほど大きな情報があったということを示していた。


「何があった?」


 後ろから、顔見知りの剣士の肩を叩く。


「ああ風漸。いや、大ニュースだよ。つい2日前の話だけど、毒でみんなやられちまったらしい」


 興奮しているのか、早口で喋る剣士の話は、風漸には通じない。


「落ち着け、何が毒でみんなやられちまったって?」

「お前、まだ聞いてないのか?! 紗里真だよ! 綺羅のイカれた王様にやられちまったんだ!」


 すぐ横から、別の顔見知りの男が割り込んでくる。

 伝えられた内容に、風漸は怪訝な顔で聞き返した。


「紗里真の……修喜王がやられた?」

「そうだよ、しかもたったの1日でだ」

「馬鹿な……あんなでかい王国がたった一晩で滅ぶわけがないだろう。修喜王も、あそこの騎士団も、大国が攻めてきたってそうそう落ちる国じゃ無い」

「だから毒だよ! 水に毒を流すなんてえげつない方法を使ったもんだ……城下町の水路にまで垂れ流したらしいぞ」


 周囲の人間が話している内容と合わせて、風漸はようやく事の次第を理解した。

 紗里真はこの真国で唯一の王国だ。

 それがつい2日前に、半分にも満たない大きさの小さな隣国に滅ぼされたという。


(水に、毒を……?)


 昨日、グラスを手にして震えていた飛那姫の姿を思い出して、風漸は「嘘だろ……」と一人呟いた。


「おい、(はく)! 生き残った人間はいるのか?!」


 みんなに囲まれている情報屋の拍の肩を掴むと、引き寄せて尋ねる。

 かき分けられた人混みから、抗議の声が上がった。


「おい風漸、順番だぞ!」

「うるせえ! こっちは緊急なんだ! どうなんだ拍、生き残りはいるのか? いないのか?!」


 情報屋の拍は、ずり落ちた眼鏡をあげながら風漸の手を叩いた。


「いてて……風漸、この馬鹿力……! 生き残りはいないよ! 王も后も騎士団も、城の中の人間はみんな殺されちまったらしい」

「……いない?」

「ああ、そう言うハナシだ。だが……」

「だが?」

「綺羅のイカれ王は、まだ何かを追ってるよ。昨日の夜に町外れで兵がうろついているのを何人かが見てる」

「……それは本当か?」

「紗里真周辺の森でも捜索隊が出てるらしいから、誰かを捜しているのは間違いないだろう」


(誰かを、捜している……)


「……いい、情報だった。ありがとな」


 掴んだ拍の肩を放すと、数枚の紙幣を渡して風漸は足早に店を出た。


 繋がった、と風漸は心の中で呟いた。

 間違いない、飛那姫は紗里真の人間だ。


 強くならなくちゃいけないと言った、切羽詰まった表情を思い出す。

 思わず気圧されて、剣を教えると言ったものの。


(あんなの、子供のする目じゃ無い)


 たった一日で全てを失ったなど、子供が背負うには重すぎる話だ。


「何も知らない城の外の世界に放り出されて、まだ今日で2日目だって……?」


(胸騒ぎがする……)


 食料がたくさん並んだ露店を何も買わずに通り過ぎ、風漸は駆ける足を速めた。

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