表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
209/251

少年は妹の敵

「蒼嵐様……!」


 攻撃が止んだと同時に、僕の背後で複数の抜剣する音が響いた。

 余戸と衣緒と、西渡の騎士が数名。

 僕の前に出ようとする気配を察知して、両手を広げるとそれを止めた。


「ダメだよ、僕より前に出ちゃ」


 静かに、でもはっきりと、反論を許さない強さで伝える。

 目の前の少年を、見た目通りの子供と思ってはいけない。これは限りなく化け物に近い何かだ。

 余戸や衣緒では太刀打ちできないことくらい、今の一撃で理解できるはず。


「しかし! 命を盾としても主を御守りするのが我らの努め!」


 騎士道精神の塊みたいな余戸が、そう叫ぶ。


「じゃあその就業規則を雇い主として今、改変するよ。騎士道精神は立派で尊敬に値するものだけれど、僕、昔からその『命を盾としても』の部分には共感出来ないんだよね。これは命令だ余戸。おとなしく下がっていて」

「……蒼嵐、様……!」


 背後から歯ぎしりが聞こえてきそうな声だった。

 僕に戦闘がまるで向いていないことは、自覚している。

 でも、ダメだ。これ以上もう、誰も死なせるわけにはいかない。


 僕は薄ら笑いの少年から視線をそらさずに、自分の周りに張り巡らせた盾に魔力を流し込んだ。

 通常の5倍程度にまで強化した盾が、空間の揺らぎとともに少年との間に絶対的な隔たりを作る。


 少年が動いた。

 黒い尾を引く斬撃が、折り重なるように盾に攻撃を仕掛けてくる。

 衝撃波で、周囲のものが砕け、残っていた部屋の窓ガラスごと、壁の一部が吹き飛んだ。

 ()ぜる轟音。


 またその場に静寂が訪れるまで、しばらくの時間がかかった。

 いや、もしかすると一瞬のことだったかもしれない。

 天井からぶら下がった照明の残骸が、キィ、キィ、と音を立てながら横に揺れていて、耳障りに響く。

 やけに風通しのよくなった室内に、少年は黒い剣を下げたまま立っていた。


「……無駄だよ。君の剣がどれほど強くても、僕には届かない……もう、盾は完成している。油断もしないし、手を抜くつもりもない」


 2度目の攻撃をはじき返した僕は、そう宣言した。

 少年の魔力は底知れなかったけれど、完全な盾を展開して対峙する今、物理攻撃相手に僕が敗れることはない。

 少なくとも、しばらくの間は。


(問題は、スタミナなんだよね……)


 持久力の無い自分を少しだけ反省して振り返る。

 どのくらいの間、防御が続くか分からない。こちらからも、攻撃に出なければならないだろう。


 少年は、薄ら笑いを浮かべると「残念だな」と呟いた。


「僕、もっと強くなりたいからもう少し血が必要なんだよね。お兄さん、すごくいいと思ったのに……届かないなんて。魔法士って、やっぱり嫌いだな」


 その手の中にある黒い剣を見ながら、僕は考察した。

 強くなるため、剣気を上げるため、血を欲する意志を持った剣……そういう剣のことは最近調べたばかりで、知識に新しい。

 間違いない。あれは、魔剣だ。


「僕の血も、それ以外の血も君にあげる気はないよ。君は……一体何が目的でここに来たんだい? 西渡の政治に不満があったのかい?」


 目的が、読めない。

 僕は素直にそう尋ねた。


「僕はネモ。この剣は煉獄(れんごく)。この国に不満なんてないよ。ついこの間、船で連れてこられただけだから、ここがどこかもよく知らないし、どうでもいい。僕は、捜しものをしてるんだ。この東に気配が移動した気がしたから……追ってきたんだよ。細かい場所までは分からないから、この城で魔法剣の情報を集めようと思って」

「魔法剣?」

「でもね、この国全然強い人もいなければ、魔法剣の噂もないんだ。もう皆殺しにして次の国に行こうかと思ってたから、お兄さんが来てくれて、うれしいよ」


 笑顔の口から吐き出される言葉は、少年の風貌とあまりにもかけ離れたもので。

 その異様さを、際立たせていた。


「何故魔法剣を? 君の目的はなんだい? 大量殺戮でもしたいのかい?」


 魔法剣の情報を集めているとは、聞き捨てならない。

 皆殺し、の一言も。


「目的って言われると、よく分からない。ただ僕は自由だから……欲しいものを手に入れたいだけ。煉獄が血を欲しいなら手伝ってあげるし、人がいっぱい死ぬのを見るのも楽しいよ。喋らなくなって、動かなくなるんだ。愉快だよね?」

「だよね? って……そんな賛同するはずもない勝手(エゴ)に共感を求められてもね……魔法剣の質問に、答えてもらえるかな? 何故魔法剣を捜しているのか……返答次第で、僕は君を全力で排除したいと思うようになるかもしれない」


 飛那姫が、何故魔剣のことを知りたがっていたのか。

 その理由を教えてくれなかったのは、きっと……


(これか)


 危険すぎる、黒い魔剣。

 前にどこかで話に聞いたと思っていたけれど、今思い出した。

 あれは飛那姫が、復讐のために綺羅で、高絽先生と対峙したと、話してくれた時のこと。

 先生が実は魔剣の主だったと言っていたことを。


(とすれば、この少年は……)


「あれ? もしかしてお兄さん、魔法剣のお姉さんと知り合い?」

「その『お姉さん』が、世界一美人だったら、知り合いの可能性は高いかな」

「うん、すごくきれいな人だよ。僕はあの人が欲しいんだけど、煉獄はあの人の血が欲しいって言っていて、意見が分かれてるから少し困ってるんだ」

「……そうか、分かったよ」


 全力で排除。決定だ。


光格子の檻(クルヴィ)


 僕は古代魔法の一つ、敵を拘束するための禁呪を迷わず口にした。

 凝縮された光の柱が、少年の足下から噴出する。


「!」

「逃げられないよ、もう」


 即座に反応してその場から退こうとした時には、遅い。

 絡みつく光の糸が、少年の体を締め上げて拘束する。


「……君には普通の拘束呪文じゃ不十分だろうからね。ちょっと痛いと思うけれど、我慢して欲しい。君が今しがたしたことに比べれば、大したことじゃないから」

「……っ!」


 はじめて苦悶の表情を浮かべた少年を見て、少しだけ心が痛む。

 禁呪の威力は絶大だけれど、消費する魔力も、与える苦痛も普通のそれとは比べものにならない。

 僕は盾を解除すると、防御に使っていた魔力を拘束の光に回した。


「あきらめておとなしくしてくれれば、これ以上は締め付けないでおくよ」


 僕が言うと、少年はうつむいて肩を小刻みに震わせた。


「ふ、ふふ……」


 ふいに、その口から笑いがこぼれる。

 おかしくてたまらないというように。


「痛いと、生きてるって気がしない……?」


 少年の体から陽炎のように、魔力がもれてくるのが分かった。

 その小さな体の内からあふれ出てくる魔力は、リミッターを越えて、出力を上げていく。


「……そんなことしたら、死ぬよ?」

「それも、いいかもね……」


 許容量を超えて爆発させようとしている魔力は、僕の与えた枷を外すことが出来るかもしれないけれど。

 それは諸刃の剣で。一歩違えば己の命も消えてなくなる行為。


(狂ってるんだな……)


 そう感じた。


「生きていると、こうやって、面白いこともあるよね……お兄さん」


 視覚で捉えていれば間に合わない速さで、自制のない魔力が爆発するのを感じた。

 それは至近距離からの攻撃に等しい。

 即座に、拘束魔法から魔力をはじき返す盾魔法に切り替える。ただ、物理攻撃に対する反応は一歩遅くて……


 鈍く、嫌な音がした。

 黒い剣が引き抜かれるしぐさを、視界の端に捉えて、息を飲んだ。


「……っ清瀧(せいりゅう)!!」


 ちゃんと、カウンターになったかどうかは分からない。

 考えるより先に放ったのは、亡き師から教わった、当時はどうしても具現することが出来なかった大魔法。

 突如として顕れた巨大な水の龍が、少年の体を飲み込んだ。

 濁流となって、そのまま開いた壁穴から吹き出し、外に流れ落ちていくのが見えた。


「余戸っ!」


 咄嗟に僕をかばった余戸が、肩口を押さえてその場に膝を折った。

 ガチャン、と床に下ろされた剣の音が、心臓の音に同期した。


「蒼嵐様、お怪我は……」

「怪我してるのは僕じゃなくて余戸だよっ! 見れば分かる!!」


 出血している箇所に、治癒魔法をたたき込む。

 白い光が瞬時に傷を塞いでいった。急所は外れている。


 僕はホッとして震える手を握りしめた。


「前に、出ちゃダメだって、言ったろう……?!」

「申し訳ありません。お叱りなら後ほどいくらでも」


 そう言って勢いよく立ち上がると、余戸は壁の穴に張り付いている衣緒のところに駆けていった。

 ああ、心臓に悪い……


「蒼嵐様」


 衣緒が、険しい顔で振り返った。


「敵が……見当たりません」

久々戦闘でした。シスコンでも、もやしっ子でも、やる時はやります。

そう、蒼嵐はやればできる子。


更新、お待ちくださいましてありがとうございます。

ままならない多忙に紛れ、しばらく2日おきくらいの投稿になる可能性もありますが……ご容赦を。

本日もご愛読に感謝。


次回こそ、プロントウィーグルから?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ