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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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平和的対決による交渉

 ここは真国にある小国の一つ。

 他の小国とは少しカラーの違う、独自の政治を営む西渡の国。


 僕は重要な話し合いをするため、自らこの国を訪れていた。

 紗里真を再建するにあたって、近隣小国に思うところは色々あった。

 東の賢者の仕事上、各国の内情は全て把握済みだ。小国の政治は、どこもさして上手く回っていないことを僕は知っている。


 そこで、せっかく大国を復活させるのだから、昔のように徴税をしつつも協定を結ぶような中途半端な関係ではなく、統治の形に変えて小国すらも建て直す方向にしてしまった方が、双方にとって都合が良いと思ったのだ。


 この西渡国以外の、5つの小国とは既に合意書を取り交わした。

 手近で説得しやすいところから始めて、ここが最後の交渉場。

 西渡が「Yes」と言えば、事実上各小国の統合した兵力が、紗里真の軍事力になる。

 その数、6000人あまり。精鋭隊の騎士はまだ50名に満たないけれど、足りない兵は魔道具の戦闘兵を150体ほど用意することで解決する。


 大国の三竦みが復活するのもあとわずか。

 可愛い妹の希望である「戦争を起こさない」条件を満たすことが出来る。

 そう、それこそが僕の目的。

 妹の望むことは、兄の僕が全て叶えるのだ。


「要するに、協定ではなく、傘下に下れと……そういうお話ですかな?」


 王の大菅(だいかん)が、蔑むような笑いを口端に浮かべて、そう言った。

 話の内容なんて既に分かっていただろうに、何を今更、と思う。


 VIPの応接室に通された僕は、この王と向かい合わせの豪奢な椅子に腰掛けている。背後には余戸と衣緒が控えているけれど、他に供は連れて来ていない。

 部屋の中には侍従や侍女、護衛兵なんかが壁沿いにぐるっと立っていて、ちょっとした圧迫感を醸し出している。


 侍従見習いなのか、黒髪の男の子が一人いるのに気が付いた。

 その伏せ目がちな静かな視線に、少しだけ気持ちがざわめいたのは何故だろう。


「内政は他の小国に併せて追々変えていくと、そう仰いましたか?」


 大菅の問いに、僕は視線を前に戻した。


「うん、そうなんだ。協定でも構わないとも思ったんだけど、どうせ徴税があるのなら、統治権が大国にあった方が互いに利があるだろうと思って」


 陰気な感じの口調には、さわやかに答えておこうと思う。


「東の賢者殿……いえ、紗里真の蒼嵐王子。あなたには度々お世話になってきましたが……提示された条件を飲むことが、我が国にとって本当に利のあることとお思いですか?」

「悪い話じゃないと思うよ? 司法、立法、行政は任せてくれていいし、他国との連携、貿易、防衛についても、大国が窓口になれば今の体制よりかなり強化されると思うんだけど。君の王という立場は今まで通りだし、どこら辺が不満かな?」

「我が国は労働力を得るためのやり方が他国と違うので。それを突然変える予定だからと仰られましても……はいそうですか、というわけには」


 渋る、というよりは人の言う通りにするのが気にくわない、というところかな。


「でも財政、赤字だよね? 補填するにも特別な産業もなし、知恵(アイデア)もなし、先の見通しもなし。大人に対して子供の比率が低いこの国は、人口が減っていってる。そもそも子供の死亡率が高すぎることが問題なんだよね。もう時代にそぐわないし、いい加減やり方を変えるべきだと思うよ」


 この西渡ははるか昔から、闇市や奴隷商が盛んな国だった。

 今もその風習が残っていて、国自体が隷属の制度を設けて、子供を無償で労働に駆り出す政治がまかり通っている。

 僕個人としても、こういうのは気分が悪いし間違っていると思う。

 一度膿を全部出し切って、改革が必要だと、切実に考えるところだ。


「仰ることは一理ありますが、私はやはり今のままで……」

「うーん、でもそれだと僕も困るから、平和的に穏便に、大菅殿が納得のいく方法を考えたいかな」

「と、申しますと?」

「大菅殿、盤上の戦いがお好きだったよね?」


 僕は部屋の隅にある飾り棚を指さした。

 オブジェとして飾られているのだろう、そこには駒を動かして戦うボードゲームが置いてあった。

 王の大菅は、無類のボードゲーム好きだ。重要な争いごとは全部これで決めてしまうくらいに。


「……ほう? 盤上決闘(ボルドカッツ)ですか? 面白い。こちらが勝てば?」


 意地の悪い笑みだ。あまり利口そうには見えないけれど、よほど自信があるのだろうか。


「好きにしてくれていいよ。なんなら徴税もなくていい」

「……負ければ?」

「紗里真の統治に従ってもらおうかな」

「……分かりました。戦うのは、私でなくともよろしいですかな?」

「かまわないよ、誰でも」


 愉快そうな大菅が手を挙げたら、壁際に控えていた男が一人、ゆらりと歩いてきた。

 別の侍従によって、飾られていたボードゲームが目の前に運ばれてくる。


「では、こちらの棋士と戦っていただきましょうか。この者は先月のボルドカッツ大会で5連続優勝を果たした猛者ですが、本当によろしいのですかな?」

「うん、いいよ。よろしく」


 あっさり言ってのけた僕に、目の前に座った男の口が「馬鹿め」と動いた気がした。

 白と黒の(ピン)が、盤上に並んだ。



-*-*-*-*-*-*-*-*-


 カランカラン、と涼しげなウィンドベルの音がした。

 営業中の看板は出ているものの、小さい魔道具屋の中に客の姿はない。

 代わりに、奥のカウンター前に腰掛けた男の子が顔をあげた。


「……あっ! 飛那姫姉ちゃん!」

「風托、元気だったか?」


 満面の笑みで、弾けるようにとんできた小さな体を受け止める。

 前回訪れた時から大分時間が経ってしまった。風托は少し大きくなったみたいだった。

 ここにも大切なものが出来てしまっていたことに気付いて、苦く笑いながらもその体を抱きしめる。


「もう! もっと早く来てくれれば良かったのに……おれずっと待ってたんだよ!」

「悪かったな。私も早く来たかったんだけど、色々あってさ。剣の腕は少し上達したか?」

「もちろんだよ! おれ、毎日しゅぎょうしてるよ!」

「そうか、えらいな」

「母ちゃん、今寄り合いで出かけてるんだ。おれ店番してるんだよ」

「ああ……じゃあ、先に墓参りに行ってこようかな……」


 杏里さんは留守か。

 自分の好きなところに行っておいで、と兄様に休暇をもらったからここに来たんだけれど。

 杏里さんや風托に会いたかったし、弦洛先生の顔も見たかった。

 でも、本当のことを言うと、私は師匠に会いたかったんだ。


「ここで待たせてもらわないで、お墓参りに行ってみる?」


 横から、美威が言った。

 抱き上げた風托を下ろして、「うん」と答える。


「ちょっと今日は、一人で行って来てもいいか? 美威はここで風托と店番してて欲しい」

「……うん、分かった」


 少し引っかかるような表情を浮かべた後、美威が頷いた。

 悪いな、と言って店を出る。


 途中、酒を買って、町外れに向かって歩く。少し変わった場所もあるけれど、懐かしい町の風景。

 坂の向こうのゆるい上り道。

 上りきったところで足を止めたら、この場所にあった、炎に包まれて煙をあげる家が、幻のように瞼の裏に浮かんできた。

 血を流して倒れていた、師匠を見つけた時の絶望感と、最後に交わした言葉も。


「泣くな、笑え、か……」


 思わず口に出して呟く。

 あれは、泣いている私を慰めようとした言葉だったのだろうか。

 それとも、強く生きろという激励だったのだろうか。

 こうして思い返すと、修行が辛かったこととか、叱られたこととかは全然思い出せなくて、師匠が優しかったことだけが浮かんでくる。


 気付けば季節はもう幾度も巡り、あの頃と変わらない春の香りが漂っていた。

 私は共同墓地の方へ向かって、また歩き出した。


 そうか……もう、3月が終わるんだ。

 薄紅色の花びらが風に揺られて舞い散る並木道。


「師匠、また来たよ……」


 私は小さな師匠の墓の前にたどり着いて、酒瓶を取り出すと、一人その場に座り込んだ。

 優しい花びらの吹雪が、通り過ぎていった。

盤上の戦いに挑む蒼嵐と、東岩に墓参り中の飛那姫。


次回は、この続きをば。

今日は投稿時間が遅くなりました……明日もきっと遅くなります。

眠いです。推敲甘いかも……誰かエールを下さい……

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