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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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頑張らなくてもいいよ

 たくさんの人が行き交う城の中を見ていると、夢を見ている気分になる。


 恐ろしいことを思い出さないかと言えば、そんなわけはなくて。

 ここに帰ってきてからは毎日のように、悪夢のような過去の風景が脳裏に蘇ってくる。

 それでもみんなが復興に向けて頑張っている姿を見ると、自分も頑張らなきゃという気持ちが沸いてきて、恐ろしさは日々薄らいでいった。


 宝物庫に向かう途中、1階の蔵書室前を通りかかったら、中になじみのある魔力を感じた。

 ひょいとのぞき込んで、すぐにその姿を見つける。


「美威、今日もここで本の整理か?」

「あ、飛那ちゃん!」


 美威は、兄様から頼まれてこのところ蔵書整理をしている。

 使えるもの、使えないものの仕分け、分類分け、見晴らしの塔から持ち込まれた蔵書を新しく並べる等々。

 やることは多そうだけれど、割と楽しんで作業しているようだ。


「あっ、蒼嵐さんも。今これ持っていこうと思ってたんですよ。頼まれてた資料をいくつか見つけたので」

「兄様に? 何頼まれてたんだ?」


 美威が手にしている数冊の分厚い本を見れば、かなり古そうなことが分かった。

『魔法剣の製造』、『魔道具としての剣』、『誤りの魔道具』なんてタイトルが目に付く。


「兄様、これ……」

「魔法剣の資料だよ。宝物庫のことで調べていたのもあるけれど、前に魔剣について知りたいって言ってたろう? でも魔剣については資料が少なくてね。確か城の蔵書の中に詳しい本があったと思って。美威さんに探してもらってたんだ」

「蒼嵐さん、これ、どうしましょう? お部屋に運んでおきますか?」

「ああ、大丈夫。今もらっていくよ。どうもありがとう」


 兄様は笑顔で本を受け取ると、侍従の一人に手渡した。


「美威、夕飯は外に一緒に食べに行こう」

「分かった。私ここにいるから、用事が済んだら迎えに来て」

「オーケー」

「迷わないで来てね」

「……さすがに、自分の家の中で迷わないよ」


 多分。

 そう自信なく呟いて、私は蔵書室を後にした。

 兄様と、城中央にある階段を下る。


 紗里真城最下層、地下3階。

 私と兄様が立ち止まったのは、大きな銀色の扉の前だ。

 扉には鍵穴も見当たらない。横に引くと、ギギギ……と金属のこすれるような音がして開いた。


 この先は、侍従も、護衛兵も立ち入り出来ない場所だ。

 私は兄様と二人、部屋に入ると扉を閉めた。どういう仕組みなのか分からないけど、王族が入ると、自動的に背後の扉はロックされるようになっている。

 部屋全体が薄明るく発光しているこの場所に、灯りは必要ない。

 礼拝堂のような神聖な空気が漂っている空間は、白い柱が奥まで続いている。


「それじゃあ、飛那姫。神楽をセットしてくれるかい?」


 美しく彫刻された柱の伸びた先には、黒い台座がある。私はその冷たい台座の前に立った。

 キン! と硬質な音を響かせて、神楽を顕現する。

 細い穴がうがたれている箇所へ、突き立てるように神楽の刃を差し込んだ。


 どこかで、ゴウン……と響く音が聞こえた。

 台座の奥の壁が左右に割れて、その先に現れた部屋の中にぽっと明かりが灯る。

 これが、紗里真王国の宝物庫だ。


「開きました、兄様」

「うん、じゃあ逆算して再起動するからそのままでいて」


 兄様はそう言うと、黒い台座の上に四角い装置のようなものを置いた。

 カタカタ、と装置についている複数のボタンを押して、パチンとスイッチのようなものを入れる。

 ピーッ、と装置が音を立てた。


「いいよ飛那姫、神楽を抜いて」


 兄様の声で、私は台座から神楽を引き抜いた。

 これで奥の扉は元通り閉じるはずだ。


「……あれ?」

「うん、ここまでは成功だね」


 神楽を引き抜いた後も、扉が閉じられることはなかった。

 装置についていた鏡のような部分が光って、文字列のようなものが映し出されている。

 それを見ながら、兄様は忙しくノートに書き込む手を動かしていた。


「ここのところは可逆的な値を考慮して入力しないとダメかな……η=1-1/ρp(κ-1)? 演算処理システムにも微調整が必要か……」


 ブツブツ呟いている内容はよく分からない。「よし」と言って、大きいボタンを押したところで、装置がピロン、と鳴った。

 扉は鈍い音を立てて元の通り閉じていく。


「再起動。認証システムテスト『紗里真蒼嵐』」


 兄様がそう言ってポン、ともう一度ボタンを押した。

 神楽がなければ開くことのないはずの扉が、左右に割れて再び口を開けた。


「わぁ……」

「うん、開いたね」


 本当に、神楽なしでも宝物庫を開けることが出来た。

 何がどうなってるのか謎すぎるけど、さすが兄様……


「兄様、難しいことは分からないんですけど、何をしたら開くように変えたんですか?」

「ああ、僕の生体認証だよ。声、顔、魔力の3つを統合して『紗里真蒼嵐』という人間を認識して開くようにね。神楽の認証システムも残しておくつもりだから、これを完全にここに組み込んだ後は、しばらくは僕と飛那姫の二人が宝物庫に出入りできるってことになる」

「はぁ……そうなんですか」

「なかなか骨が折れたなぁ。解析してシステムを作り上げるのに1ヶ月もかかっちゃったよ。さっきの戦闘兵もそうだけれど、悪用されないようにまだ付け足さなきゃいけないこともあるから、実用にはあと少しだけかかるかな……コピーガードに、暗号化、あとは……」

「あの、兄様」


 私は気に掛かっていたことを聞いてみることにした。


「どうして今、これを優先する必要があったんですか? もっとゆっくり変えていっても良かった気がするんですけど……私がいないと開けられないの、そんなに不便でした?」


 尋ねると、兄様は困った様に笑った。


「そうだね、僕も飛那姫が西から帰ってきた時は、ゆっくり変えていこうと思っていたんだけれど……」

「じゃあどうして……」

「うーん、理由は複数あるんだけれど、大きいものではこれかな」


 兄様はそう言って、私の左手を取った。

 手首に光る白銀のバングルに触れてみせる。


「美威さんに、色々聞いてね。飛那姫はやっぱり、王になりたいわけじゃないんだと思って」

「え……?」

「これを誰にもらったかは、飛那姫本人に聞いてって言われたんだ。聞いてもいいかな?」

「あ、ええ……と、これは、その……友達に、もらいました」

「友達……か」


 なんだか兄様の笑顔が、ちょっと引きつってる気がするけど……


「それって、僕より背の高い、ちょっと良い体格の剣士だったりする?」

「え?! 兄様、どうして……? アレクのこと、美威から聞きました?」

「……聞いてないよ。名前なんて聞いてないけれど……ごめん、飛那姫。ちょっとストップ。ダメだ……覚悟してたけど、これ以上聞いたら死んじゃう」

「え? え? 兄様??」


 その場にしゃがみ込んだ兄様に、うろたえながら私も床に座り込んだ。

 どうしたっていうんだろう。なんで兄様が、アレクのことを……? いや、それより死んじゃうってなんだ??


「兄様! しっかりしてください! どこか悪いんですか?!」

「飛那姫……」


 兄様の腕があがって、私の頭の上にポンと置かれる。

 顔を伏せたまま無言で撫でているけど、具合が悪いわけではなさそうだ。

 もう子供ではないのに、そんな風に撫でられてもなあ……


「僕ね、飛那姫を完璧なまでの王としてプロデュースした上で、万全の体制でサポートしていくつもりだったんだ。それで、幸せにしてあげられると思ってたんだ」

「はい……?」

「でもさ、僕が知らなかったことを聞いちゃって……飛那姫の気持ちを一番に考えてみたら、このまま進めてもダメなんじゃないかなって……」

「あの、兄様?」

「本当は飛那姫を僕の庇護下から手放すとか、自分で自分の首を絞めるというか、断腸の思いなんだけど、僕は兄として妹の幸せを最優先するべきなんだと覚悟を決めたんだよ」

「……私に、分かるように話してくださいます?」


 自分を納得させようと話している風にしか見えない兄様に、呆れた目でそう訴える。


「つまり、飛那姫はもう頑張らなくてもいいんだ」


 顔をあげた兄様は、いつもの優しい笑顔だった。

 昔と変わらない温かい眼差しで私を見つめたまま、兄様は言った。


「紗里真の王には、僕がなるよ」

バックグラウンドで美威から色々聞いている蒼嵐。

妹の幸せの為なら手段は選びません。


次回、お出かけ先の小国から。蒼嵐語りで。

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