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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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始動

 月日の流れは早い。

 流れている時には遅くとも、苦しい時には永遠に思えても。

 必死に生きてきた分、そう感じるのだろうか。


 8歳になったあの日、私にとっての全てがこの城で消えた。 

 父様の一振りの剣を遺して。


「3日前に西の石切場から届いた材料ですが、結晶石の成分が多くて良い材なんですよ。硬いので加工には骨が折れますが……あと2週間ほどで外壁の修復は全て終了する予定です」


 屋上で大工達に指示を出していた城大工の甚五郎が、挨拶ついでに修繕の進捗を説明してくれる。

 兄様を訪ねて二枚舌を直してもらってから、ほらを吹くこともなくなったようだ。

 腕の良い城大工の棟梁として、今は城や城壁の修理に全力を注いでくれている。


「化粧も同時に施しているので、こちら側はもう綺麗なもんですよ」

「そうだね、こうして見ると全然違う」


 私は眼下にある城の外壁を流し見た。ところどころに作業をする大工達の姿が見える。


「メンテナンスなしで7年も放置されていたとは思えない良い状態でしたから、修復もはかどってますよ。先代達の技術の賜物ですなぁ」


 いい顔で城の状態を説明する甚五郎に、思わず笑みがこぼれた。


「ようやく、お前がそうやって普通に話しているのに慣れてきた気がするよ、甚五郎」

「え……ああ、はい。姫様。その節は本当に……」

「いや、良かったって話だよ。作業の手を止めさせてしまって悪かったな。仕事を続けてくれ」


 軽く手をあげて、甚五郎達大工の側を離れる。

 屋上の縁に手をかけて城門を見たら、ジャクリーンの姿が見えた。

 東にやって来た女傭兵ジャクリーンが、放浪の末に旦那のマキシムと一緒に騎士団に入ってくれるとは思っていなかった。

 マキシムが「やっぱり東はいいな」と、故郷に腰を据えたくなったのが一番の原因らしいけど、ジャクリーン自身も食べもののおいしさに、ここで就職先を探してもいいか、という気になったらしい。

 傭兵よりよっぽど安定した生活が送れるし、競う仲間がいれば剣の腕も上達するだろうから、という理由もあるようだ。


 何人かの兵士達と一緒にいたジャクリーンがこちらに気付いた。

 大きく手を振る友人に、私も笑って手を振り返す。

 彼女は中立地帯ゴゾの領主の妹だ。過去にどことも手を組むとは言い出さなかったゴゾだが、紗里真再建に先立って和平協定を申し出たところ、なんと快諾してもらえた。

 彼女から領主への働きかけがあったのだと思う。


 一方マキシムは、余戸や衣緒と一緒に精鋭隊の選抜や育成に尽力してくれている。

 年齢的なことを考慮しても騎士団長は余戸になりそうな気配だが、次期候補としてマキシムは精鋭隊の一番隊長あたりにでも腰を据えることになるだろう。

 礼儀作法その他騎士道精神は、余戸がたたき込んでくれるに違いない。


 周辺小国を巻き込みながら、みんな、少しずつ動き出している。

 私はと言えば水面下で動いているつもりで、一部には既に王女として顔が割れてしまった。兄様とあわせて、王族の生き残りが帰ってきたと、城下町では大変な騒ぎになっている。

 まだ「姫様」呼びに戻ることに抵抗があるので、一ヶ月後の正式発表までは、あまり知られたくなかったけど……


(今更、かな)


 城を直し始めたり、各方面に手を回したりしているのだから、本当は隠す必要もないはずだ。

 ただ、居心地がよくないだけの問題で。


 屋上から1階に下りて、庭園に面した鍛錬場をのぞいたら、意外な人がそこにいた。私の知る限り、剣の鍛錬とは無縁な人。

 紺のビロード調のマントを羽織った学士風の、茶色い髪がこちらを振り返った。


「兄様」

「飛那姫、ちょうどいいところに来てくれたね。呼びに行こうと思っていたんだ」


 兄様を含め、体育会系ではなさそうな男達が5人。いかにも研究者って面々だ。

 そして、同じ顔をした12歳くらいの少年が3人。

 無表情のまま一点を見つめて直立する姿は、体温を感じなかった。


「……兄様、何ですか? これは」


 子供の姿に似せてあるが、着衣も簡素で生気が感じられなさすぎる。

 人形、なのだろうと思った。


「あ、人間じゃないって分かった? これね、何年か前から実験的に作っていた戦闘兵なんだ。動作の最終チェックをしようと思って」

「戦闘兵?」


 ということは、動く魔道具なんだろうか。

 まじまじと見てみたけれど、強そうには見えない。どちらかというと、可愛い。


「……何故こんな見た目に?」

「大人にすると材料費が余計にかかるじゃないか。このサイズがちょうどいいと思ったんだ。まあ、もうちょっと改良を重ねて大男タイプとかも作ろうとは思ってるけれどね」

「戦闘兵と仰いましたけれど、本当に戦えるのですか? この人形」

「うん、結構強いよ。それで、飛那姫にも性能を確かめてもらおうと思って。これでいいと言ってくれたら、量産に入るつもりだよ」


 量産。

 魔道具の戦闘兵を量産とは……どういうことなのだろう。


「手っ取り早く、精鋭隊に近い護衛兵達を城に準備する必要があるからね。人件費削減。人材育成の時間省略。もちろん生身の人間も育成するよ。そちらは長い目で見るつもりなんだ」


 私の疑問に答えるように、兄様が言った。

 騎士団の上層部を見て、軍事力に不安はあった。まさかこんな形で解決策を用意しているとは。

 武がなくても、飛び抜けた知があれば、強い軍隊は用意出来るってことか……


「蒼嵐様、タイプ(イチ)の起動、完了しました」

「ありがとう。飛那姫、タイプ壱はスピード特化型なんだ。ちょっと実戦してみてくれるかい?」

「分かりました兄様」


 兄様の侍従だろうか。横から差し出された木刀を、私は素直に受け取った。

 ぐん、と魔力をこめて(はす)に構える。


「じゃあ行くよ。壊さない程度に頼むね」


 兄様がポン、と人形の背を押すと、ピピッ、と音が鳴って『侵入者を排除します』と、無機質な音声が流れた。


「!」

 

 なんの迷いもなく踏み込んできた人形は、抜剣して袈裟から斬りかかってきた。

 打ち込みのスピードは、生身の兵士よりよほど速く感じた。

 2度3度と交わして、そのスピードと間合いを推し量る。横凪の剣閃を地面を蹴って真上に交わした。

 滞空する私を追って、人形も跳んだ。同じ高さまで追いついてくるとは思わなかった。

 下から振り上げられる斬撃を、打ち下ろして斬り返す。打ち合った金属音の後に、地面に落ちた人形は派手な衝突音をあげた。


「うわっ! ストップ! もうその位で次行こう!」


 兄様の声で、着地した私に2体目の人形が突進してくる。

 見た目は同じでも1体目より遅い。試しに斬撃を受けてみたら、思いの外手応えがあった。


(なるほど、こっちはパワー型か)


 どうやら戦闘力のどこに重きを置くかが決められるらしい。

 力量をよく量った上で、倍くらいの力で押し返し、吹き飛ばした。


「これで最後だよ、バランス型!」


 3体目は、攻守ともに精鋭隊の騎士に近いスピードと重さを兼ね備えているようだった。

 試しに打ち込んでみると、基本の型の防御率はかなり高いことが分かった。

 圧倒的な強さがなければ、苦戦しそうな相手だ。


「兄様、この戦闘兵はすごいですね。私はバランス型が一番良いと思いましたけれど……任務に応じて色んなパターンの兵がいるといいかもしれません」


 三体目を戦闘不能にしたところで、私は剣を下ろしてそう言った。

 気付けば、先ほどまで目の前にいたはずの4人の学士達が、ものすごく遠いところにまで離れている。

 なんだよその恐ろしいモノを見るような目は……


「やっぱりそうか。僕も量産するならまずバランス型かと思っていたんだ。ありがとう飛那姫」


 なにやら手持ちの本に書き込みながら、兄様が学士達に指示を出している。


「そうだ飛那姫、あともう一つ、手伝ってもらいたいことがあるんだ」

「何でしょう?」

「宝物庫の件だよ。神楽でロックを解除する仕組みが解析出来たから、逆にそれを利用して新しい認証システムを作ってみたんだ。この後試してみたい。いいかな?」

「もちろんです」


 兄様は、父様が言っていた「神楽による王位継承を無くす」話を忘れてはいないようだった。

 神楽の持ち主でなくとも、王位を継げるように城の仕組みを変えていくつもりらしい。それには私も賛成だ。

 でも、それなら私が王位についている間にゆっくり考えればいいのに、なんでこのやらなきゃいけないことが山ほどある今、わざわざ急いでそんなことをしているのか……


「じゃあ行こうか」


 私の疑問をよそに、兄様は笑顔で歩き出した。

このお話も大きなまとまりで言うと、残すところあと2つとなりました(2話じゃないですよ。念の為)。

小さな区切りはもうないので、「編」としてしまって良いのかどうか分かりませんが。

最終編ひとつ手前(予定)のお話「紗里真復活編」、本日からスタートです。


次回、宝物庫と蔵書室に行きます。

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