脅しと願い
私達は明日ここを発って、東の国へ戻ろうと決めた。
ここで魔道具の勉強をさせてやると言ってくれたレブラスに、ちゃんと謝って、断らなきゃいけない。
死にそうな気分の飛那ちゃんは部屋に置いて、一人階段を下りる。
工房の扉を開けると、本を片手に薬品の整理をしているレブラスがいた。
「来るのも突然なら、去るのも突然なんだな」
昼間も夜も変わらず、明るいとは言えない地下の工房。
作業台の上から下がる光球の下で、レブラスが眉間にしわをよせた。
ただでさえ愛想のない顔が余計に可愛くなくなるから、そういう表情は止めた方がいいと思う。
「明日の朝なんだから、まだ12時間くらいあるわよ?」
「突然の範囲に入らないとでも言うつもりか? 明日続きをやる予定だった、カルロスの記憶時計はどうするんだ?」
「次に来たときに教えて」
「それは具体的にいつの話だ?」
「分からないけど」
「そんな答えに納得がいくか。俺は軽い気持ちで、ここで学んだらどうかと言った訳じゃないぞ」
「知ってるわ……ごめんなさい」
謝った私を見て、レブラスは意外そうに、いや、どちらかというと居心地が悪そうにため息をついた。
「急にそうしおらしくされても、気味が悪い。俺はこれでもお前の価値を高く評価しているつもりだ。お前が魔道具について学びたいというのなら、歓迎するし助力は惜しまない……そう伝えたはずだ。俺の提案を全却下すると言うのなら、それなりの釈明が必要だと思うが?」
「全却下なんてしてないでしょっ、魔道具のこと、レブラスに教えてもらいたくないわけじゃないんだからっ!」
「じゃあ、早々にここを去る理由は何なんだ?」
「それは……ちょっと話せば長いわ」
「長くてもいい、話せ」
ガタン、と無造作に引き出された木の椅子が二脚。
レブラスはひとつに自分が座り、もう一つに座るよう私に促した。
「話せって言ったんだから、ちゃんと信じて最後まで聞きなさいよ。嘘じゃないからね」
そう前置きして、私は話せることの全てを話した。
飛那ちゃんの生い立ち。私と彼女の出会い。どうして二人で傭兵なんてやってるのか。今飛那ちゃんが置かれた立場から、これからしなくてはいけないことまで、全部話した。
「……お前達に絶つことの出来ないつながりがあることは分かる。だが、東の大国の再建に、王族や貴族でないお前がどこまで関われるんだ? 紗里真が動き出した後は? 大国にお前の居場所はあるのか? 飛那姫お抱えの魔法士にでもなるつもりか」
特に嘘だとも言われず、信じてくれたらしい。レブラスは冷静にそう問いかけてきた。
「飛那ちゃんは、私と上下関係を作るのが嫌なんだって。だから、お抱えの魔法士とかにはならないわ。私が直接できることは少ないと思う。けど、飛那ちゃんの支えにはなれるから……ううん、支えなんて言ったら、聞こえが良すぎるわね」
そうして私は、普段なら言わないようなことを口にした。
「私達は、生きる理由をお互いのせいにしているのよ」
なんでそんなことを話してしまったのか、自分でもよく分からない。
聞いて欲しかったんだろうか、レブラスに。
「本当は依存なんだって知ってるから、どこかでこの疚しさを捨てたいと思ってる。自分が生きていくために必要だから相手を大事にするなんて、おかしいじゃない? 特に飛那ちゃんはああ見えて臆病だから、もう長いこと私以外に大切な人を作れないでいるのよ」
また失うのが怖いと、必死で私を生かそうとしてる飛那ちゃんを、可愛そうだとは思いたくないけれど。いつか怖れずに、私以外にも大切な人を増やしていって欲しいと、心から思う。
でも、今はまだ彼女を一人には出来ない。
きっと、壊れてしまうから。
「飛那ちゃんを縛る足枷にはなりたくないけど、出来ることは少ないかもしれないけど、今はまだ離れられないの。その時じゃないから」
「……俺には」
レブラスが仕方なさそうな顔で、口を開いた。
「お前達を見ていてそんな風には思えんな。少なくとも美威、お前は自分が燃え尽きることすら気付かないほどに、飛那姫を助けようとしていたじゃないか。あれが、相手を想った行動でなくて自分のためだって言うのか?」
ハイドロ号で、時を止める魔法を使った時のことを言っているのだと思った。
確かにあの時は自分がどうなるかなんて少しも考えてなかったっけ。
絶対に助ける、とだけ。
「それが依存なのよ……そうやってもし、私が死んじゃって飛那ちゃんが助かったとしても、飛那ちゃんは不幸だわ。きっと死ぬほど苦しむ。それが分かってて、それでも生きてて欲しいって思うのはひどいし、私の勝手でしょ?」
「そういうものの見方もあるだろうが……」
「いいのよ、もう。そんな風に出来てしまってるんだから」
どこかで私達にもお互い以外に大切なものが出来れば、この疚しさも消えるのかもしれない。
そう思いながら、私はレブラスの無愛想な顔をじっと見つめた。
「……なんだ?」
色々と、思うところはあるんだけど。
「ううん、魔道具のこと、教えてくれてありがとう。感謝してる」
そう言って椅子を立った私を見て、レブラスも億劫そうに立ち上がった。
斜めに見上げた顔が、どうにも納得していないように見えるのは気のせいだろうか。
「次に来たときは、こんな風に帰れると思うなよ」
「何それ、脅し? 怖っ」
「ああ、この際たっぷり脅しておくか」
言うなり、すくい上げるような腕が両側から伸びて、背中から抱き寄せられた。
そういう行動に出るとは予想してなかった。腕の中に収まってしまってから、一瞬止まった思考と呼吸が動き出す。
ぱくぱくとうろたえた口が動いたけど、急激に熱の上がった頭のせいで言葉にならない。
慣れない手つきで、髪を撫でるレブラスの手に力がこもった。
感じたのは不器用な愛情と。
寂しさ。
「今は……放してやる。だが、今度会ったら逃がさんからな」
気付いたら、少しだけ力が抜けた。
「……覚えて、おくわ」
レブラスらしい言葉だ。苦笑して私もその背に腕を回した。
そうして心臓の音が薙いでいくまで、しばらく二人でそこにいた。
-*-*-*-*-*-*-*-*-
「また必ず来るからね」
美威はそう言い残して、レブラスとルーベルに手を振った。
城下門で見送るレブラスの顔が曇って見えたのは、以前の私なら気付かなかったようなことで。
二人がとうに見えなくなっても、残る罪悪感。
これで良かったのか。
一生の別れじゃなかったとしても、本当にこれで……
「なんて顔してるのよ」
西のラグドラル港、高速船の乗り合い所。
船の到着を待っている私の頬を、美威の手が横からつまんだ。
最近この相棒は、暴力に訴えてくることが多い気がする。誰に似たんだか……
「私はね、遊びに来たくなったらまた来るつもりなんだから。それでいいのよ」
「だって……」
「くどい」
ぺち、と頬から離れた手がおでこを叩いた。
反論は聞く耳持たずか。仕方なく口をつぐんだところで、ふと面を上げた。
乗り合い所のゲート向こうから近付いてくる、人ではない透明で綺麗な魔力。
「インターセプター……」
アレクの聖獣だった。
大きい犬にしか見えない姿で、小走りに駆けてくる。
桟橋に寄りかかっていた私の前で止まると、うれしそうに尻尾を振った。
ワン、と金色の瞳が見上げてくる。
「見送りに来てくれたのか?」
いや、今日発つともなんとも言ってないのだから、そういうわけではないか。
手を伸ばして白い毛並みを撫でたら、首輪に結わえ付けてある布袋を押し付けてきた。
少しためらった後、外して手に取る。
固い手触りがあって、中から細く丸い金属がひとつ、出て来た。
「これは……?」
細かい草模様が刻まれた、白銀のバングルだった。
裏側に、何か文字のようなものが掘ってある。
「古代文字ね……『災厄を払い、幸福を呼ぶ』って書いてあるわ。魔道具の一種かしら」
美威が横からのぞき込んで訳してくれる。
「災厄を払い、幸福を、呼ぶか……」
私はその意味を噛みしめて、バングルを自分の左手首にはめた。
冷たくて細い金属は軽い。それなのに、ずしりとした重みを感じた。
「おつかいありがとうな、インターセプター」
この白い聖獣とふれ合えるのも最後かもしれない。そう思って、思い切りくしゃくしゃに撫でた。
手や頬を舐める仕草は、本当に犬みたいだ。騎士団長は誰にも懐かないなんて言ってたけど、全身で私を好きだと言ってくれているのが分かった。
「そうだな、お前には言っておかなきゃな……この間のは嘘だよ。お前のご主人を大嫌いだなんて言ってごめんな。本当は、お前も、お前のご主人も大好きだよ」
澄んだ目で私を見ている賢い聖獣は、話せなくとも言葉を理解してると思った。
「私からは何もあげられないけど……あいつの国を私も守るから。インターセプターは、アレクのことを守ってやってな」
分かったというように頷くと、インターセプターは桟橋の隅に座った。
私達が船に乗り込んで、港を離れて去って行くまで、白い聖獣はじっと、その場所で見送ってくれていた。
それぞれの想いを抱えて、西の国から終話です。
次回は、少し時間軸が進んだところから。
ツイッター、質問箱など訪れてくださってありがとうございます<(_ _)>
あちこち手が回っていない現在ですが、応援励みに頑張ります!




