大事なひとだから
白い獣と、その飼い主と一緒に店を出て行く飛那ちゃんを見送って、私は一人息をついた。
事情はよく分からないけれど、どう見てもデートのお誘いって感じじゃなかった。
あんなにピリピリした飛那ちゃんを連れて行って、大丈夫なんだろうか。
剣の手合わせとか、自殺行為なんじゃ?
お茶でも飲んで帰りを待とうかな、と振り返るのと、レブラスが私を呼ぶのが同時だった。
「……まさか、知り合いなのか?」
イケメン騎士についての質問だった。
「飛那ちゃんと剣つながりの友人らしいけど。私も実物はじめて見たのよね」
「冗談だろう?」
「なんで冗談なのよ?」
「……ウチは城で使用されている魔道具や魔法薬の一部を受注しているんだ。あの人物は、俺も何度か見かけたことがあるし、知っている。お前はあれが誰だか、まさか知らないのか?」
「西の大国の、騎士なんでしょ?」
いぶかしげに首を傾げるレブラスに、私も首を傾げて返す。
「馬鹿か……あれは、この国の王太子だ」
「……は?」
「お忍びで出かけるのが好きな王子だとは知っていたが……まさか、第一地区とはいえ、あんなに目立つ形で訪ねてくるとは思わなかった。しかもウチの店じゃなく、飛那姫個人に用とはどういうことだ?」
「ちょ、ちょい待った!」
私は一人分かってる風の、レブラスの言葉を遮った。
「その話、冗談よね?」
「何故俺が冗談を言わなくちゃならない?」
「それもそうね。レブラスが面白い冗談のひとつでも言えたら、槍が降りそう」
「……それはどういう意味……」
「王太子?! なんでどうしてそんな人と飛那ちゃんが?!」
「……だから、俺が先にそう質問したはずだが」
二重の意味で反問したレブラスが、ため息交じりに続けた。
「アレクシス・ヴァン・プロントウィーグル、確か22歳になる、この国の第一王子だ。今は渦中の人物でもある」
「渦中の人物って?」
「北のモントペリオルから王太子妃を迎える、迎えないの話題だ。破談になると戦争になるって噂が、一部では有名な話だ」
「え……あ、じゃあ……」
完全に、当事者ということではないだろうか。
でも、飛那ちゃんはそんなこと一言も言っていなかった。
(あっ、でも)
さっき出て行く時に、少し変なことを言ってたっけ。「お忍びにもならない」とか、なんとか……
じゃあ、やっぱり飛那ちゃんは分かっているんだろうか。
もやもやしながら考えていたら、夕方になってやっと飛那ちゃんが帰ってきた。
ただいま、もなく部屋に入ってきた彼女は、ひどい顔をしていた。
「……泣いた?」
赤くなった目を見て聞いたら、首を横に振った。
握りしめた白い手が、蝋みたいに生気を無くしているのが分かった。
冷たくなった手を取って、強ばった一本一本の指を剥がすように広げたら、手の中に爪の跡が残っていた。
「馬鹿ねっ、なんでこんなになるまで……手が可愛そうでしょ?」
「……美威」
「うん?」
冷え切った腕が首に回されて、飛那ちゃんがしがみついてきた。
ここまで弱った彼女を見るのは、珍しい。
「何か、あったの?」
背中に腕を回してポンポンと叩くと、手触りのいい髪を撫でた。
「アレクに、最後にひどいこと言っちゃったんだ……きっと、傷つけた」
「何て言ったの?」
「大嫌いだって言った……」
「……嫌いなの?」
「……嫌いじゃない」
「ええと……飛那ちゃん? 最初から順を追って、話してくれる?」
引きはがしてベッドに座らせると、私もその横に腰を下ろした。
「あいつが王太子だなんて、今日まで知らなかったんだ……」
飛那ちゃんは、そうポツポツと話し始めた。
アレクさんが王太子だって、城に行って知ってしまったこと。
飛那ちゃんが紗里真の王女で、国を再建しようとしてるって話したら、反対されたこと。
告白されて、自分もそうかも、とはじめて気付いたこと。
でも王になると決めた以上、素直に答える訳にもいかず「大嫌いだ」と拒絶したこと。
「もう顔も見れないかもって思ったら、息がうまく出来なくなって……苦しいんだ。おかしいよな」
愁いを帯びた飛那ちゃんの表情は、いつもよりぐっと女の子らしかった。
その気持ちは、最近の私にも覚えのあるものだ。
今までもアレクさんの話を聞いていて、なんとなく様子が違うとは思っていた。
だけど、いざこうして本人から想いを聞かされると、やっぱり驚きしかない。
男性に対して「近寄るだけで吐き気がする」発言していた飛那ちゃんが……
でも「春が来たわね」なんて、冗談交じりには喜べなかった。むしろ全然喜ばしくない方に向かってるみたいだし。
「おかしいとは思わないけど……せっかく好きになった人に、『大嫌い』まで言わなくても良かったんじゃって気はするわね」
「だって! そう言わなかったら、どうにもならなかったから……!」
「まあ、そうね……」
王族に戻るのなら、飛那ちゃんはアレクさんと釣り合う身分になる。
でも、互いに国を統治する王様同士は、立場が対等になるだけで恋愛対象にはならない。
仮に飛那ちゃんが傭兵のままだったとしても、身分が違いすぎる彼とは、恋人になることすらままならないだろう。
拒絶して良かったとは言えないけど……結局はそうするしかなかったってことになるのかな。
なんだか、切ない。
「なあ、美威はやっぱりここに残れよ」
「はあ?」
「私は兄様もいるし、大丈夫だからさ。レブラスとここで、魔道具の勉強しろよ。それがいいよ」
いきなり、私の話になった。
唐突になにを理解したんだか知らないけど、そんな気遣いは無用だわ。
「二度と言うなって言ったわよね……?」
「だって、東に帰っちゃったら……お前だって」
「私がいなくちゃダメな人が何言ってるのよ? どこに行ったって私は大丈夫よ。うまくいかない時はやり直せばいいし、ダメなときは泣けばいいし、助けて欲しかったらそう言うわ。飛那ちゃんも、私にくらい素直に言いたいこと言いなさいよ」
続く言葉を遮って、ぴしゃりと言った。
飛那ちゃんは口の中で、「でも」とか、もごもご呟いた。
「美威には、幸せになってもらいたいから……」
「自分は? 『大嫌い』の答えのままで本当にいいわけ?」
「ああ、いいよ……その方が全部うまくいく。それに私は、美威以外に大事な人はいらない」
怖いからな、と小さく呟いた飛那ちゃんを、本当にどうしようもない人だと思う。最初から失うのを恐れてちゃ、価値のある存在なんて手に入れられるわけがないのに。
心の底からため息が出た。
「あのね、飛那ちゃんにそんな気を遣ってもらっても、私はうれしくないし、幸せにもならないわよ」
「お前も、アレクと同じようなことを言うんだな……」
「へえ? 今私の中で、アレクさんの評価が急上昇したわよ」
「なんだそれ」
じっと横顔を見ていたら、飛那ちゃんが首を回して薄茶の目を細めた。
「美威……明日には、東に帰ろうと思う。ついてきて、くれるか?」
「当たり前でしょ。最初から決まってるわ」
「……サンキュ」
肩の力を抜いて答えた飛那ちゃんは、少しだけ寂しそうに笑った。
大事なものを増やすのは勇気がいる、と思います。
ちょっと長かった西の大国編、次話で終了(区切りあったのか!)。
明日、明後日と連休いただきます。すみません。
匿名質問(?)BOXはじめました。詳しくは活動報告にて。
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