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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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告白の行方

 さよならの理由を説明するのが、こんなに苦しいのは何故なんだろう。

 ひとつひとつの言葉を吐き出すことが、難しい。


「10年くらい前に滅んだ東の大国、知ってるだろ? 私、生き残ったんだ。別に嘘ついてた訳じゃないからな。傭兵なのは事実だし、あまり愉快な昔話ではないから、言いたくなかっただけ」


 平静を装うなんて、簡単なことのはずなのに。

 顔を上げて目の前にいる人を見れないのは、きっと風が強いせいだけじゃない。


「モントペリオルに行った時に、王女だったルドゥーテに言われたんだ。『紗里真を再建する気はないのか』ってさ……大国の三竦みの話もそこで聞いた。それで、今更だけど、私にも出来ることがあるって気付いてね。具体的に考えたら、東の大国を再建することは不可能じゃないって分かったんだ。プロントウィーグルに来たのは、どんな国か見ておきたかったからだよ」


 黙ったままのアレクに、私ばかりが饒舌にしゃべっていた。

 西の大国はいい国だな、騎士団長とも会ったけどあの人強いだろう? そんなとりとめもない言葉を並べて、何を必死に隠そうとしていたのか。

 ただ、この話の最後までは、彼と別れるまでは、笑って普通の顔をしていなくてはいけない。そう思った。


「だからアレク、お前の悩みも時間が解決するから……」

「飛那姫……ちょっと待ってくれ」


 ずっと無言で聞いていたはずのアレクが、口を開くと話を止めた。


「……これが、君の悩んでいたことか?」

「えっ?」


 落としたままの視線を上げたら、彼は眉間に複雑そうな色を浮かべていた。

 喜んでくれるだろうと思っていたのに、全然うれしそうじゃなかった。


「そうなんだな?」


 ……そうなんだな? って、論点ズレてないか?

 今は私の悩みの話なんか、していなかったはずだ。


「突飛すぎてまだ少し混乱しているが……君が本当は王族で、正統な継承権があることは理解した。これまで疑問に思っていたことにも納得がいった。しかし……大国の、王になる? 正気か?」

「……真面目に本気だよ。国の宝物庫や中枢部分はまだ現存してる。再建は可能なんだ」

「そうじゃない。私から見た君は、権力や贅を尽くした暮らしなどには無欲な人に思えると言っているんだ。本当に、なりたいのか? 王になど」


 その質問は最近、別の誰かにもされた気がする。

 真剣に聞かれているのだから、ちゃんと嘘偽り無く答えるべきなんだろう。

 でも、答えたくない。


「……それに関してはノーコメントってことで」

「ノーコメントとはどういう意味だ? はぐらかさないでくれ、君は、西と北が戦争を始めそうだからという理由で、東の大国を再建するつもりなのか? 君はそのために、自分がどれほどの負担を負うつもりなんだ? とてもじゃないが、推奨できる話じゃない」

「じゃあ、黙って戦争が起きるのを見ていろってのか?」

「それは……私や、現国王が何とかしなくてはならない問題だ。君が背負うことじゃない」


 何言ってんだ、と私は苦々しく呟いた。

 私の負担なんて、今は問題じゃない。アレク自身の悩みがなくなるんだから、喜んでくれればそれでいいのに。

 そうすれば、私だって自分のやるべきことに、逃げずに向き合える勇気がもらえる。


「東の大国を再建するのが一番いいってことくらい、分かるだろ? 北の民も、西の民も、兵士も誰も傷つかないで済む。この世界のどこでだって、たくさん血が流れるって分かってて、見て見ぬフリなんか出来るか! お前だって……意に沿わぬ結婚なんてする必要がなくなる。本当に好きな相手と一緒になれるんだ。アレクがそれで幸せになれるんだったら、私の行動にはそれだけでも価値があるだろ? 違うか?」

「ああ、違う」


 良かれと思ったことを口にしたのに、真っ向から否定された。


「それは違う。飛那姫、君は思い違いをしている。君が王になっても、私は幸せになどならない」

「なんでだよ……なんで、そんなこと言うんだ」


 冷たい風が枯れ野原を渡り、私の体を吹き飛ばそうとぶつかってきた。

 胸に広がっていくのは、悔しさだろうか。悲しさだろうか。

 この胸に詰まったような痛い気持ちも、いっそ吹き飛ばしてくれればいいのに。


「それなら良かったって、言ってくれればいいじゃないか! アレクの国のためにも、それが最善だって……! そうしたら、私はもう迷わないですむんだ。何があっても頑張れる。最後くらい、背中押してくれてもいいのにっ……!」


 どん、と握った拳で、魔力もこめずに彼の胸を叩いた。

 責任転嫁と言われようと、今の精神状態では精一杯の抗議の形だった。

 アレクの左手が壊れ物を扱うように、私の握りしめた手を包み取った。


「背中なんて、押せる訳がないだろう。君が望んで傭兵でいることを、私が知らないとでも思っているのか? どうしてそう虚勢を張るんだ……?」

「友人の言葉を借りるなら、『私個人より優先するものがあるから』だよっ!」

「……勝手を承知で言うが、私は、君が犠牲になることで得る幸せになど、価値はないと思っている」

「お前、王太子なんだよな? 次期国王が何言ってるんだ……私のことなんかどうでもいいから、国のことだけ考えてればいいだろう? 結婚の話の時みたいに!」

「それは出来ない」


 なんでアレクがそんなことを言うのか分からなかった。

 いや、本当は分かっていたんだ。純粋に、私のことだけを考えて言ってくれているってことを。

 でもそれは、未来に国を背負う立場としてはあまりにも誤った選択で。

 理解、できなかった。


「私にも、本当に好きな人の幸せくらい守りたいと、願う気持ちはある……大国の王太子などではなく、一人の男として」


 通り過ぎていった風が、私の髪を巻き上げていった。

 アレクが、ためらうように手首を掴んだ方とは反対の手をあげた。


「飛那姫……」


 張り付いた髪をすくい上げた手のひらが頬に触れて、背筋がぞくりとした。

 私を見下ろす熱を帯びた瞳から、目が離せなくなる。


「君が、好きなんだ」


 頬に添えられた手の温かさよりも、伝えられた言葉に心が揺れた。

 時間が止まったような、錯覚を覚えた。


「友人として、じゃない。君のその猛々しさも、気高さも、他人(ひと)を想える優しさも、本当は傷つきやすい脆さも……全部」


 風の音に消された最後の「あいしてる」は、口の動きだけで読み取れた。

 心の奥底から、泣きそうな気持ちが溢れてくる。この速まる鼓動の理由(わけ)に、はじめて思い当たった。その瞬間に、理解ってしまった。

 本当はもっと前から気付いていたのに、直視していなかっただけなのだと。

 彼に対して抱いていた、この気持ちの正体を。


「……嘘だよ」


 何事もなく綺麗にさよならを言いたかった。

 顔を合わせれば一緒に笑っていられると、愚直なまでに信じていた傭兵の私は消える。

 もう気安く側になんて、いられなくなるのだから。


「そんな……言っても仕方ないこと……」


 そんなこと(・・・・・)には気付きたくなかった。

 沸騰した頭の中を、どうにかして落ち着かせなければいけなかった。

 自分がどうすればいいか、もう、答えは出てるのだから。


「今のは、聞かなかったことにする……もう、行くよ。私は自分のやるべき事をやる。アレクも、そうするといい……」


 吹き付ける風の冷たさから守るように、頬に添えられた大きな手を、握られた手を、震える手で払った。

 差しのべられた彼の手を、以前にもこうやって払いのけたことがあったような気がする。


「待ってくれ! まだ話は終わっていない。君がやるべき事は……」

「いや、もう話すことはないよ」


 アレクの言葉を遮って背を向けると、私はなるべく下を見ないように、はっきりとした声で言った。


「傭兵の私は、もう消える。次に会うことがあるとしたら、私とお前は同じ王族という立場だ。こんな風に話をすることもないだろう」


 どこから捻れてしまったのか。

 傭兵としての私。騎士としてのアレク。王女だった私。王子だったアレク。

 本当は、重なる道なんてなかったんじゃないだろうか。同じ所にありながら、見えていないことが多すぎた。穏やかな気持ちだけを信じすぎた。


「私は、君の力にはなれないのか……?」

「ああ……無理だね」

「嫌われて、しまったかな……」


 苦い笑いを含んだ、独り言ともとれるような問いが、背中越しに聞こえてきた。

 馬鹿だな。嫌いになんて、なるわけがないのに。


「そうだな……」


 私の絞り出した答えは、真逆のもので。

 その言葉に、声を、肩を、震わせてはいけない。


「……大嫌いだ」


 涙を、知られてはいけない。


「もう、私に……関わらないでくれ……さよなら、アレク」


 最後の彼の顔は、とうとう見れずに。

 少しも振り返ることなく、私はその場から走って、逃げた。


 悲鳴のような風の音だけが、後から追いかけてきた。

第2章だけだと135話目?

告白回まで、長い道のりでした……まだ続きますが。


次回は、美威語りで。

明日の更新は夜になる可能性大(午前中覗きに来て下さる方が多いようなので、お断りをば……ブクマの方は更新通知を使うと、多分便利です)。

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