本当は
無理に予定を空けて、会いに行こうと思えば時間を捻出することは出来た。
だが見えない足枷が付いてしまったように、私は城を出ることが出来なくなっていた。
身分を偽っていたことを告げれば、彼女を傷つけることになるかもしれない……
始めて出会った時。王族であることを隠していたのは、傭兵として討伐に参加している以上、それが必要だったからだ。
そもそも、旅先でおいそれと自分の身元を明かすような危険なことはしない。
だから、そのことで彼女に引け目は感じていない。
だが、再会した後も、その後もずっと口をつぐんでいたのは事実だ。
飛那姫が、私の身分が分かったところで、害なす人間ではないと分かっていたのにも関わらず。友人だと口では言いながら、本当のことを話さずにきたのは私の意志だ。
あの盗賊の青年が言うように、私は彼女を騙している。
その引け目が、どうしようもなく飛那姫に会いに行くことを妨げていた。
そして望まない形で、彼女にそれが伝わることになってしまった。
私の口以外から真実を知るという、最悪なパターンで。
民家の屋根を飛び越えた彼女を追って、インターセプターを降下させた。
今日は風が強い。彼女の長い髪が、振り向きざまにあおられて大きくなびいた。
「……許してもらえるとは思っていないが、まず、謝らせてくれないだろうか」
春がくれば気持ちの良い田畑になるだろう、農耕地の一角。
私と飛那姫は少し距離を取って向き合った。
「何に対して? 身分詐称のこと? それなら謝る必要なんてない。単に私が信用するに足らない人間だった。それだけの話だろう。ちゃんとそう理解してる。そんな人間相手に謝罪も弁明も要らないと思うけれど?」
いつもの口の悪さに輪がかかったような刺々しさで、飛那姫が答えた。
にじみ出るのは怒りだけじゃないだろう。彼女を傷つけた私は、面と向かって弾劾されなくてはならない。
「身分を偽っていてすまなかった……本当は、何度も言いたかった。騙したかった訳ではないんだ」
「何、言ってんだよ。じゃあ、言えば良かったじゃんか! お前の正体を知っても、私がお前を害したり、利用したり、そんな風に考えることはない。私は……そんなに信用ならなかったか?」
「違う」
それは、違う。
言えなかったのは、明かせなかったのは、隣に立っていたかったからだ。
住む世界が違うと、拒絶されるのが怖かったのだ。
それがたとえ杞憂だったとしても、言い出せなかった。
「違うんだ。信用していなかったのじゃない。私はただ、君との関係を壊したくなかったんだ。王太子という立場を明かしてしまえば、みんな一歩引いて私を見るようになる。身分を知られたら、きっと壁を作られてしまう……もう、同じ目線でものを見れなくなってしまうかもしれない。そう思うと、怖くて言い出せなかった」
「……な、んだよ、それ……」
正直に伝えた内容は、彼女にとって思ってもみなかったものだったらしい。
続ける言葉にためらったように口をつぐむと、小さく首を振った。
「こんなことで君を傷つけてしまって、本当にすまない……」
「……馬鹿っ! なんだよそれ……人を見くびりすぎだよ! 本当は一発ぐらいひっぱたいてやろうと思ってたのに、そんなこと言われたら叩けないだろっ! 卑怯だぞっ……」
私が大国の王太子だと分かっても、叩くという発想がでてくるところがあまりにも彼女らしい。
ああ、一体何に怯えていたのだろう。こうして彼女が態度を変えることがないことくらい、分かっていたはずなのに。
申し訳ないやらうれしいやらで、歩を進めると彼女の前に立った。
「気が済むのなら、叩いてもかまわないが……?」
「だから! もう叩く気が失せたって言ってんの!」
「すまない……他に、どう謝罪すればいい?」
「もう、いいよ。アレクが意外に馬鹿で、思い込みの激しい消極的選択が好きな臆病者だって分かったから!」
「それは、許してもらえた、ということかな……? 君はたまに解釈の難しいことを言うな」
「私より傷ついた顔されてたら、許さないわけにいかないだろ?!」
飛那姫の私を真っ直ぐに見る目と、取り繕うことのない言動はいつもと変わらなかった。
彼女の前に立つと、上手く立ち回ろうと思うことすら滑稽に思えてくる。
「まだ、私を見捨てないでいてくれるか?」
「ばーか。見捨ててたら、もう口も聞かないよ」
「そうか……ありがとう、飛那姫」
「……お前も難儀な性格してるよな」
そう言った後、少し視線をそらした飛那姫は唇の端をあげた。
「でもさ、結果的に良かったよ。私もアレクの悩みのために役に立てるんだって、分かったから」
「? 私の悩み?」
「政略結婚。モントペリオルの毒姫だろ? 色んな人から聞いたから、知ってるよ」
「……ああ」
なんで、イザベラ姫との縁談に、飛那姫が役に立てる話が出てくるのだろう。
口から出任せという風には見えないが、不可解だった。
「北とのその話は、引き延ばせるだけ延ばして、最終的に破談にするといいよ。はっきり言ってやればいいんだ。お前みたいなヤツはごめんだって」
「飛那姫、事情が分かっているのなら、自分が何を言っているのか……」
「分かってるよ。大丈夫、戦争にはならない」
「……どういうことだ?」
何か確信した答えを持っているかのような口ぶりで、彼女は私を見上げた。
口調とは裏腹に、瞳の中には何か迷いのような揺らぎが見えた。
「南のグラナセアにも、北のモントペリオルにも、プロントウィーグルを狙わせたりしない。大国の三竦みを、なるべく早く復活させるんだ。それで、半永久的に大きな戦争はなくなる」
「ちょっと待ってくれ、飛那姫。何を言ってる……? 大国の三竦みは、成立していない。それに南のグラナセアがプロントウィーグルを狙うというのは……?」
「南は、北と手を組んで西を潰しに来る可能性が高い」
あまりにも唐突な、彼女の言葉に愕然とした。
南が北と手を組んでいる?
「……何故、君がそれを知っているんだ?」
彼女の話が不可解なことはこれまでにもあったが、今回のこれは、今までとは種類が違う。
言いようのない違和感を感じた。
「んー、まあ、色々あってね……とにかく心配ないよ。何とかするから」
「何とかするって、君がか?」
「うん。だから心配いらないよ。もうアレクが、嫌々結婚する必要もない」
「……すまない。やはり君の言葉は、解釈が難しいところがある。私に分かるように説明してくれないか?」
風にさらわれそうな髪を押さえて、飛那姫が視線を落とした。
表情は見えなくとも一種の緊張感のようなものが、伝わってきた。
何か、大事なことを言おうとしているのかもしれない。そう思った。
「アレク……私の剣を覚えてるか?」
「もちろんだ」
「私の魔法剣、『神楽』にはいくつかの通り名があるんだ」
「通り名?」
「現存する魔法剣の中ではおそらく、最上の剣だ。それゆえに、奇跡の『聖剣』と呼ばれ……東の真国においては、正統な王位継承者だけが受け継ぐ剣として、『王の剣』と呼ばれていた」
「……王の、剣?」
何故その剣を君が、という疑問を口に出すことはためらわれて、続く彼女の言葉を待った。
少しの沈黙の後、飛那姫が面を上げないまま呟いた。
「私の本当の名前は、紗里真、飛那姫。お前と同じ……王族だ」
色々暴露回でした。恋愛要素の強い回が続いていますね……
お話のストックがなくなりかけてきたので、執筆せねば。次回更新は2日以内時間不定のお約束で。
恋愛回、もうちょい続きます。




