彼の正体
門兵の言葉を、口の中で繰り返す。
「アレクシス、第一、王子……?」
そんなまさか。いくらなんでも、大国の第一王子があんな身軽な格好で供もろくにつけずに、国の外をウロウロしたりするわけが……
でも言われてみれば、思い当たる節がいくつもあった。
「あっ、そうか。結婚の話も……」
自分より優先しなくてはいけないものがあるからと言っていた、政略結婚の話。何故聞いた時に結びつけられなかったのか……
彼が一介の貴族などではなく、王太子だと考えれば破談に出来ないというのも当然の選択だろう。
相手が嫌だからと、そんな理由で断れるような問題じゃない。
「ちゃんと、言ってくれれば良かったのに……」
王族だったのなら、おいそれと正体を明かすわけにはいかないだろう。結局、向こうから見れば私は取るに足らない傭兵という身分だ。
でも、始めて会った時ならまだしも、仲良くなれたと思っている今まで、ずっと黙っていたのは……
やっぱり、信用されてなかった、ってことかな。
視線を落としたら、インターセプターが申し訳なさそうな目で私を見ていた。
「うん……ちょっと、ショックだ。友達だと思ってたから……」
クーン、と鳴いた白い頭を撫でて、温かい毛並みを抱き寄せた。
一つ嘘だと分かると、後のどこまでが本当だったのか、何を信じたらいいのかすら、分からなくなってしまう。
固い石ころを飲み込んだような、胸の詰まりを感じた。
「インターセプター……もうアレクのところに戻りな。元気でね」
そう言って、白い聖獣の首を離した。
小さく甘えるような声が後ろから追いかけてきたけれど、私はそのまま城を後にした。
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「……青い魔法剣」
飛那姫と名乗った傭兵の娘が去った後。会議が終わるのを待って、私は王子の自室へやってきた。
挨拶もなくそう声を投げた私に、部屋の中央に立った王子がゆっくりと振り返る。
「……唐突になんでしょうか、シャダール先生」
「持ち主を、ご存じですよね? 王子」
光沢のある白地に、胸に金の国章が入った気品ある礼服姿。アレクシス王子は、私の問いに端麗な眉を少しだけひそめた。
「どういう、意味でしょう?」
「そのまま、言葉通りです。言伝を預かって参りましたが、お聞きになりますか?」
「言伝……?」
「城に来たのですよ。縁があるのでしょうか、私がたまたま出会いまして」
王子はハッとしたように何かを言おうとして、口を閉じる。
「アレクシスという名の騎士を知らないか、ということでしたので、そのような者は騎士団にはいないと、騎士道の精神に則って正直に答えました。誤った対応でしたら、申し訳なく思います」
「……先生」
「言伝を、お聞きになりますか?」
いつもの王子らしくない焦りを帯びた表情だ。
背後で控えている腹心の侍従もなにやら事情を知っているらしく、おどおどしていた。
「聞きます。彼女は、なんと……?」
「自分は東に帰るから、もう一生会うこともないだろうと。そのように言っておりました。本当は自分の口から、友人に別れの言葉を伝えたかったようですよ」
「……!」
「私はアレクシスという名の騎士はいないとしか伝えておりませんが、すぐに色々と分かることでしょう。王子が城の外でどのような交友関係をお持ちだったかは存じ上げませんが、女性相手に身分詐称は感心しませんな。騙さなくてはいけない相手なら、最初から交流を持つべきではないと、僭越ながら申し上げたい」
「……後ほど」
王子はぽつりとそう言うと、きびすを返してバルコニーの扉を開け放った。
そこにはいつもの白い聖獣が、馬の大きさで座っていた。
「後ほど、説明いたします! イーラス、後を頼んだ!」
言うが早いか、侍従が止める暇も無く王子はバルコニーから白い聖獣の背に乗って飛んでいってしまった。
我が目を疑う程度には、十分驚いた。
いつも表向きには控えめで、自分より他人を優先する王子の行動にそぐわなかったからだ。この後の公務は、一体どうされるおつもりなのだろう。
隣を見たら、青ざめた顔でそれでも何かをあきらめたような顔の侍従が、がっくりと肩を落としていた。
その肩をポン、と叩く。
「イーラスと言ったか。王子はあのように言われたが、帰られるまで君からも説明を聞きたい」
「え? はっ、あの……」
「問題ない。後で説明すると王子が言ったのだ。君の口から聞いてもとがめられることはないだろう。それに君がこの後、王子不在の穴を埋めるために手を尽くすまでは待たせてもらうつもりだ。安心したまえ」
「……はい」
苦労をにじませた顔で、侍従はこくりと頷いた。
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「覚悟がついた?」
お昼ご飯の後、客室で手紙を書き始めた飛那ちゃんは浮かない顔だった。
午前中どこに行ってきたのかは知らないけれど、普通にしているようで何かあったんじゃないだろうか。これを覚悟が付いたがためのテンションの低さと取って良いものかどうか、悩ましい。
「ああ、結局のところ心の問題だから、どっかで区切り付けないとダメだろ。なんとなく整理もついたし、とりあえず、兄様にメンハト送るよ」
後ろからのぞき込んだ便せんには、『残りの人生を、民のために王として生きようと思います』という短い言葉が添えられていた。
なんだろう。書き終わった手紙を封筒にしまう飛那ちゃんを見ていたら、不安が沸いてきた。
「なんか、やけっぱちになってる?」
「やけ? 違うな」
私の質問に、メンハトの白い球を取り出しながら答える。
否定したところで、やけになってる「だけ」じゃないって程度にしか信用出来ない顔だ。
「色々考えてるだけだ……平穏って、壊れるためにあるのかな、とか」
静かな口調で、飛那ちゃんが言った。
「は? そりゃ違うでしょ。違うに決まってるでしょ。何言い出すのよ一体」
「そうとしか思えないからな、私には」
「限られた時間の平穏だってことなら、なおさらムダにするなって話じゃないの。そういうことよね?」
「……お前、強いよな」
「私を強くしたのは飛那ちゃんでしょ。いつでも前を向いていたい私にしたのは間違いなくアナタ。私はね、どんなことでもウジウジしてたくないの。ザッツ時間の無駄。時は金なり。タイムイズマネーよ」
「ウジウジか……」
確かにそうかもな、と呟いて飛那ちゃんは窓を開けた。
綺麗な指が窓枠に置いた封筒の上で、白い球を押し潰す。じわりと広がると、沸き立つように大きな鳥になった。
シナモン色の羽が、大空に吸い込まれて行くのを見送っていると、それと入れ違いに、空から何かが降ってくるのが見えた。
昼過ぎの高い光を浴びて、白い毛並みが光る。
「え? なんか来たけど……」
どこかで感じたことのあるような透明な魔力。
近付いてくるにつれ、白い大きな獣なのだということが分かった。その背に、同じような白い服装の人影が見えた。
「……美威」
「ん?」
「ちょっと、用事出来た。客だ」
「え? あ、もしかして、例の騎士?!」
飛那ちゃんはくるりと窓から離れると、乱暴に上着を取って、部屋を出ていってしまった。白い獣と人は、ちょうどパナーシアの店の前に降り立つところだった。
「待って飛那ちゃん! 私も実物見たい!」
慌てて、飛那ちゃんの後を追った。
1階に下りたところで、店の入口に向かう飛那ちゃんに追いつく。
「飛那ちゃん、何なのあれ? 天馬じゃないよね?」
「見た目は限りなく犬に近い、聖獣だ。一回会ったことあるだろ? 大きさ、違うけど」
大きさが違う、と言われてピンときた。
「……あ! あの時のおつかい犬だ! 魔力が一緒!」
「そう。で、その飼い主……今日はちょっと装いが違うみたいだけど。馬鹿かあいつ……城下町にあんな格好で出て、お忍びにもなりゃしない」
「え?」
店の入口付近に降り立った騎士の彼は、仕事中だったのか、完全に城の高級官僚みたいな服装をしていた。確かに、城下町では目立つ格好だ。
でもお忍びって?
1階にいたレブラスとルーベルが、自動扉をくぐった彼を見つけて、やっぱりぎょっとした顔を作る。
従業員が「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」と声をかけるのに軽く手を挙げて「いや、客じゃないんだ。すまない」と断ると、正面に立った。
ぱっと見からすぐ分かった。長身ですごく綺麗な顔立ちの、銀髪イケメンだ。
イケメンというか、上から下までちょっと尋常でない整い方だ。私の身近にもそういう人が一人いるけど、確実に同じ種類の美麗さだと思う。
いつもだったらキャーッとはしゃぐところだけど、騎士の彼も飛那ちゃんも、なんかそういう雰囲気じゃない。特に飛那ちゃんが、剣呑とした空気を醸し出している。
「飛那姫……」
「今日は騎士の格好じゃないんだな、アレク」
呼びかけた言葉を遮るような飛那ちゃんの声には、確実にトゲがあった。
「少し目立ち過ぎじゃないか? 暗殺者とか近くにいたら、どうするつもりなんだ?」
「……話がしたい。時間を、くれないか?」
綺麗な濃緑の瞳に切羽詰まった何かを感じたのは、気のせいじゃないと思う。
「……いいよ」
ちょっと出かけてくる、と言って、飛那ちゃんは入口の自動扉から外に出ていった。
その後から出ていく彼のさらに後ろから、ちょこちょこと、あの白い犬がついていった。
更新夜になりましたが、なんとか本日中にアップできて一安心。
活動報告に月曜定休日のお知らせを載せていますので、足を運んでいただけると幸いです。
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次回、あまり和やかでないお話合い。