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没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
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師匠と呼べ

 4月に入ったとはいえ、夜はまだ冷え込む季節だ。

 風漸は小さなストーブに火を入れると、壁際のベンチに座るよう飛那姫に声をかけた。


「ウチには客室なんて気の利いたものはないからな。屋根裏で勘弁してくれよ」


 奥の階段を布団を抱えて上っていく風漸を横目に、飛那姫は家の中をぐるっと見回してみる。


 小さい調理場のような水場があって、テーブルと椅子が二つあった。

 壁には食器や食料品の入った棚と、いくつかの道具と、洋服がかけられている。

 この家全体を合わせても、自分の部屋より狭いのではないだろうか。


(これが一般民の家というものなのね……)


 飛那姫ははじめて入る民の家を、もの珍しい気持ちで眺めた。

 この空間からは、彼がどんな生活をしているのか想像も出来ない。


 身の回りのことは、なんでも令蘭や侍女達がやってくれた。

 どこにいても護衛兵達が護ってくれたし、いつでも部屋は暖かくておいしい食事と清潔な寝床があった。

 自分がどれほどに恵まれた生活をしていたのか、少しだけ分かった気がした。

 そしてきっと、これからもっとそれを思い知ることになるのだろう。


「……ひなき、ひなき?」


 パタパタと目の前で振られる手に、はっとなって飛那姫は顔を上げた。


「今寝てたか? もう休むなら上に行って寝ていいぞ」

「ネテイイゾ」


 風漸の言葉を、椅子の背に止まった笹目が繰り返す。


「安心しろ、俺はお前の敵じゃない。寝首をかいたりはしないさ」

「……」

「なんだ?」

「私、ここにいていいのですか?」

「は? 何言ってんだお前。いて悪いなら連れてこないだろ?」


 思ってもいないことを言われた顔で、風漸は飛那姫のおでこをつついた。

 でも飛那姫は納得出来ない。家族でもないのに、臣下でもないのに、自分によくしてくれる理由が分からない。

 そう言うと、風漸はおかしそうに唇の端をあげて笑った。


「言ったろ? お前が面白そうだったから興味がわいたんだ。虫も殺せないような顔した嬢ちゃんが、あんなおっそろしい剣持ってたんだぞ? 黙って通り過ぎろってのが無理ってもんだ」

「あなたも、神楽が……この剣が欲しいの?」


 ざらついた嫌な気持ちが湧き上がってきて、飛那姫は尋ねた。

 父王から受け継いだ剣が心の中でずしりと重みを増したように感じられたのは、気のせいではないだろう。


「欲しい? 違うね。ただ面白そうだと思ったんだ」

「面白そう……?」

「ああ、俺は別にお前のその剣を欲しいとは思わんよ。それにその剣、俺には扱えんだろ?」


 風漸はそう言って、意味ありげに笑った。

 何故この人は、そんなことまで分かるのだろう。


「俺も剣を持ってるからな。お前さんのとは少し違うが……」


 そう言って風漸は自分の左の手のひらを上に向けると、飛那姫の目の前に差し出した。

 そこに赤い光の粒子が、魔力が凝縮したのは一瞬。

 キン! という硬質な音が部屋に響いたかと思うと、風漸の手の中には一振りの剣が出現していた。


「?!」

「これが俺の剣だ」


 赤い大きな宝石が中心にはめ込まれた細身の剣を、飛那姫は声を発することも忘れて見つめていた。

 顕現するところを見るまでも無く、にじみ出る魔力が物語っていた。その剣が、魔法剣であると。


「っあなたも、魔法剣を……?!」

「飛那姫のよりは質が悪いけどな。お前さんのは、別格だ」


 ぽりぽりと頭をかいて、風漸は赤い魔法剣を宙に溶かして消した。


「少しは信用してもらえたか? 俺は今日、はじめて俺以外の人間が俺と同じような剣を持っているのに出くわしたんだぞ」

「……はじめて……」

「それがちっちゃい女の子で、奴隷として不細工なブタ男に連れて行かれようとしてた上に、傭兵共に剣を向けられてたんだ。思わず助けちまったって、柄にもなく世話焼きたくなっちまったって、仕方ないだろうが」


 俺の理由はそれだけだ、と風漸は言った。


 飛那姫は目の前の男を、瞬きするのも忘れて見つめていた。

 魔法剣を扱える人間は、多くはない。

 魔法剣自体が希少な上に、それを使える能力のある人間がわずかしかいないからだ。

 昔、先生がそう教えてくれた。


 こんなことってあるのだろうか。

 あるとしたら、これは神様の仕業だろうか。

 みんなの敵を討つために、神様がこの人を自分のところへ連れてきてくれたのかもしれない。


 飛那姫は先ほど、自分の首にぶら下がった首輪を一瞬で断ち切った風漸のことを思い出していた。あの剣筋は、飛那姫の目には追えなかった。

 おそらく、この男は、強い。


「……風漸」


 飛那姫は、意を決したように口を開いた。


「なんだ?」

「私に、剣を教えてくれませんか?」

「ああ??」


 素っ頓狂な声で、風漸が答える。


「あなたは強いでしょう? 私も強くなりたいんです。どうしても、強くならなくちゃいけないんです……! お願いです。私の先生になってくれませんか?!」

「いや、お前、そもそも習ってた先生とやらがいるんじゃないのか?」

「……もう、いません」


 強かった先生は、もういない。

 信じたくはないけれど、もうどこにもいないのだ。


(だから私は……誰か他に剣を教えてくれる人を探さなくてはいけない)


 強くなるために。


「ああ……なんか知らねえけど……」


 居心地悪そうに、風漸は頭をかいた。


「お前の今の顔見ちまったら、断れねえな……」

「風漸……」

「でもな、俺は先生なんて性に合わない。あー、そうだな。師匠で良かったらなってやるよ」

「師匠?」

「おお、俺のことは師匠と呼べ」

「シショウトヨベ」


 横から笹目が口を挟んでくる。

 二人で顔を見合わせてから、灰色のオウムを振り返った。

 得意そうに胸を張っている笹目のポーズに、思わず笑みがこぼれる。


「あらためて……よろしくお願いします。師匠、笹目」


 飛那姫はそう言うと、1人と一羽に頭を下げた。

 小さな居場所を見つけて、張り詰めていた糸がほんの少し緩んだ気がする。

 飛那姫は城を出てからはじめて、安堵の顔で笑った。

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