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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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プロントウィーグル城訪問

 夕方、レブラスの店に戻ったら、マルコの姿はもうどこにもなかった。

 ルーベルが「お世話になりました、って出て行っちゃいました!」ってオロオロしてた。

 いいんだ、大丈夫。そう言って美威の姿を探した。


「あ、飛那ちゃん! 帰ったのね」


 ちょうど地下から上がってきた美威が、私を呼んだ。

 ずっと作業してたのかな。疲れた顔してるけど、楽しかっただろうことは表情から窺えた。


「良かった。マルコだけ戻ってきたから迷子になってるんじゃないかと思って。そろそろ捜しに行こうとしてたところよ。あいつったら、南に戻るから良かったらまた遊びに来てね~、なんて言いながら、急に荷物まとめてさ。本当に帰っちゃったのよ!」

「うん、知ってる」

「……なんか、あった?」

「美威、夕飯、外に食べに行こう。2人で」

「?……うん、いいけど……」


 作業で汚れた服を着替えた美威と、外に出かけた。

 いつもの大衆酒場での夕飯。騒がしい盗賊の青年はもういない。

 これでやっと終わったんだと、ホッとしたのと裏腹に、慣れた人との決別に寂しさを覚える、勝手な私がいた。いつの間にこれだけ情が移っていたんだか、自分でも驚く。


「え? プロポーズされて断った??」


 皿の上のコロイモにフォークを突き立てながら、美威が言った。


「うん」

「よくあきらめたわね……マルコ」

「本当にちゃんと、断ったからな」

「へぇ……そっか。私、マルコは飛那ちゃんの運命の人かと思ってたのに」

「はあ? 嘘だろ?」

「ほら、だってハイドロ号に乗る前……占いのお婆さんが言ってたでしょ?」

「ああ……」


 そう言えば、そんなこともあったっけか。

 でもそれを言うのなら、私の事じゃないと思う。


「あれは、お前とレブラスのことじゃないのか?」

「へっ?」


 目を丸くした拍子に、美威が口に入れようとしていたコロイモが転げて皿に戻った。

 私はそれを指でつまんで、口に放り込む。


「え? 私?」

「だって、好きだろ? レブラスのこと」


 まだそんなに酒も入ってない美威の顔が、みるみる赤くなった。

 正直だな。


「絶対違うわよ! 誰があんな態度と口の悪い男のことなんか……全然タイプじゃないしっ!」

「認めたくないのか? 別にいいじゃんか。態度と口が悪くても、あいつは悪人じゃない」

「そ、それはそうかも、しれないけどっ!」

「良かったな美威、傭兵でもちゃんと好きなヤツが出来て。ついでに魔道具屋に永久就職出来るんじゃないか?」


 からかうように笑う私に、うろたえていたはずの美威がさっと真顔になった。


「飛那ちゃん? 本気で言ってるんじゃないでしょうね?」

「……一応、半分は本気なんだけど」

「怒るわよ?」


 いや、もう顔が怒ってるだろ。


「ここが東からどれだけ離れてるか分かってる?! 飛那ちゃんが王様になったらタダでさえ会いにくくなるって予想がついてるのに、こんな所で私が就職なんかしたらそれこそもう、一生会えないかもしれないじゃない! そんなの絶対嫌!!」

「嫌って言っても……どうせそのうち、そういうことになるだろ」


 もし美威が東の大国に住んでいたとしても。そのうち誰かと結婚して、家族を持って、私のことなんかきっと……

 目の前に、美威の手がにゅっと伸びてきた。


「美威、いひゃい」

「自分が何言ってるか分かってるの?!」


 両方の頬をつままれたまま、私は恨めしげに美威の顔を見返した。


「わひゃっへるよ」

「何気弱になってるのよ! 新しいこと始めようって人が、後ろ向きに自虐的なことばかり考えていてどうするの?! そうなったら飛那ちゃんがどうなるか、私に想像力が働かないとでも思ってるわけ?! 仕方ないって言葉、嫌いなくせに……そんな台詞、二度と吐かないで!」

「……あい」


 私の頬から手を放して、盛大なため息をついた美威がまたコロイモにフォークを突き立てた。

 私が間違っていると思えば、いつでもどこでも真っ直ぐに怒ることの出来る、相棒の姿が少しまぶしく思える。


「一緒にはいられなくても、せめて私は、飛那ちゃんが手を伸ばせば届くところにいるわよ」


 いつでもね、と、とても大事なことを付け足すように美威が言う。


「……ごめん」

「謝らなくていいわ。余計ムカつくから」

「東に、早く帰らなくちゃって思うんだけど、アレクと手合わせする約束、まだだから……」

「いつなの? その約束って」

「なんか多忙らしくて。時間が出来次第、来るって……店の名前、教えたから」

「……そう」


 そうだ、せめてその約束を果たしてから帰らなきゃ。

 アレクのことを思い出したら、胸の内から「会いたいな」という言葉が出て来た。

 なんだか今、不思議なくらい、あのお人好しな騎士に会いたい。


(……変なの)



 

 目が覚めた次の日は、朝から妙な焦燥感がまとわりついていた。

 早く東に帰らなきゃ、とか、早くアレクと手合わせの約束を果たさなきゃ、とか。

 まるで何かのカウントダウンが始まったかのように、とにかく焦ってた。

 

 朝食の後、美威がまた工房にこもるのを見送って店を出た。

 朝の荷を並べ始める市場の大通りを、人を縫って歩く。城に行くためだった。

 手合わせをする約束だったけど、アレクは未だにやってこない。これ以上ここで時間を潰すわけにはいかないし、だからと言って、何も言わずに去るわけにもいかないと思った。

 だってきっと、彼と会うのもこれで最後になる。


(せめて、別れの挨拶くらいは……)


 城下町と城とを隔てる城壁が見えてくる。

 木と金属で出来た城門が口を閉じたまま、通りの先に静かにそびえていた。

 見張りの兵が立つその側まで近寄っていくと、若い兵の一人に声をかけた。


「……騎士団の精鋭隊にいる騎士?」

「取り次いで欲しいんだ。友人なんだけど……」

「しかしな、もう一度名前を言ってくれるか?」

「アレクシス……ええと、フルネーム、覚えてないんだよね」


 話していた兵士と、その傍らにいた兵士達から笑いが起こった。

 なんだ? なんか変なこと言ったか?


「姉さん、その名前の騎士は騎士団にはいないよ」

「ああ、絶対にいない」

「多分、なんかの間違いだよ。もう一回ちゃんと確認するといいよ」


 親切に対応してくれた兵士達は、誰も嘘を言ってるように見えなかった。なんとなく腑に落ちないまま、頭をひねる。


「騎士団に、いない……?」


 騎士団と一口に言っても、相当な人数がいることは確かだ。

 この門番の兵士達が知らないだけってこともありうる。取り次いでもらえないとしたら、どうしたものか。

 うーん、と悩ましい頭をかいていたら、通りの向こうに砂煙が見えた。開門のファンファーレが、城門の上の方から聞こえてくる。


「視察のシャダール様が帰られたぞ! 開門! 開門だ!!」

「姉さん、馬が通る。危ないからどいてて」


 ん? どこかで聞いたような名前……


「あ」


 そう言えば、北に行く途中で会った騎士の爺さん、プロントウィーグルの騎士団長だって言ってなかったっけ?

 あの爺さんを捕まえて聞けば、アレクのことを知ってるかもしれない。

 問題は、どうやって呼び止めるかだな。騎馬は城門前の跳ね橋を止まらずに通過するだろうし……


「ねえ、騎士団長、ちょっと呼んでくれない?」


 私は跳ね橋の横に立って、敬礼している兵を背後からつついた。


「は? いや、無理に決まってる。我々が用もなく呼び止められるようなお方ではない」

「そう言わないでさ。頼むよ……ああ、もう来ちゃった」

「危ないからどいていなさい」

「……しゃーないなー」


 目立ちたくはなかったけど、せっかく騎士団長が通るのだ。この機会を利用しない手はない。

 私は兵士達の間をすり抜けると、城門のど真ん中に立った。


「!」


 馬のいななく声が響き渡った。駆けてきた先頭の馬たちが、一斉にその場でイヤイヤをするように足踏みする。前脚を宙でばたつかせながら、私のすぐ先で砂煙を上げて止まった。


「姉さん何してるの!」

「あぶないだろう!」


 見張りの兵士達が慌てて私を取り押さえに来たけど、後の祭りだ。

 町の視察から帰ったらしい、騎士団の一隊は私の少し先で馬をなだめながら停止していた。

 先頭の馬に乗った男には、確かに見覚えがあった。私に、騎士団に入るのならいつでも歓迎するといったこの大国の騎士団長。


「これは……驚いたぞ。なんだ、やはり騎士になりに来たのか?」


 トラハード・シャダールは、さも愉快そうな笑みを浮かべて、馬上から私に声を投げた。

理由もなく人に会いたくなるのは、色んな心の動きがあるでしょうが……

相手が自分にとって重要な人であることに間違いはないようです。


明日月曜日はそろそろ定休日の予感。次の更新は火曜日になります。

次回は、バレます。

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