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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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決別

 もっと早くに振り切っていれば良かったんだろうか。

 どこまでも突き放して、傷つけても拒絶すれば良かったんだろうか。

 そうすれば、こんな顔をさせずに済んだのかもしれない。


「飛那姫ちゃんは、王様になりたいの?」


 いつものヘラヘラした雰囲気が、どこかに消えてしまったようだった。

 強ばった面持ちで、マルコはじっと私の答えを待っていた。


「なりたくはない。絶対に嫌なわけでもない。ただ、今の生活がなくなると思うと、少し憂鬱だ」


 少しの嘘を加えて、お茶を濁した。こいつの問いには、真剣に向き合わなくてもいいだろうと、まだどこかで思っていた。

 私の答えにマルコは、違う、と首を振った。


「少し憂鬱? 違うでしょ? だってさ、美威ちゃんは一緒にいられるの?」

「……無理だな。一般民の生活しか知らない美威に、城の暮らしは向かない。騎士団に入れて、美威との間に上下関係が出来るのも嫌だ。あいつはあいつで、私から離れて好きに生きて欲しいと思ってる」

「飛那姫ちゃんが美威ちゃんから離れて、少し憂鬱で済む訳ないじゃん! 本気でそんなこと言ってるの?!」


 あれ、おかしいな。と思った。

 最近どこかで、こんなやり取りをしたことがある気がする。

 立場は違っても、同じようなやり取りを。


 町中に向かおうとしていて、反対方向に歩いてしまっていたらしい。

 辺りに人通りのない、町外れの道の傍ら。

 マルコは足を止めた私の目の前まで歩いてくると、少し高い位置から視線を合わせた。

 なんでお前が、そんな辛そうな顔で、見え透いた嘘をわざわざ指摘してくるかな……関係ないくせに。


「選択肢なんかないんだよ、マルコ。東の大国は、世界にとって必要なんだ。私は今まで……もう十分自由にやらせてもらった。本来の道に戻ることにしたんだ」

「じゃあ聞くけど、それって、誰のため? 飛那姫ちゃんのため? 美威ちゃんのため?」

「……大げさかもしれないけど、この世界に普通に暮らしてる、色んな人のため、かな」

「そんなのって、ないよ……」


 そう言えばこいつって、私がグラナセアで黒い魔剣に相対した時も、こんな感じの顔してたよな。

 ずっと目をそらして考えないようにしてたけど。いつも適当に流してきたけど。

 マルコって本当に、私のことが好きなのかもな……

 そう思い当たったら、胸の奥がズキリと痛んだ。


「飛那姫ちゃんは、今まで十分大変な思いをして生きてきたじゃないか。それなのに、今の自分にとって一番大事な物を手放してまで、また大変なところに戻るの? 戦争を無くすために美威ちゃんと一緒にいることをあきらめるの? 人のためって……じゃあ飛那姫ちゃんの幸せはどうなっちゃうんだよ?! そんなの絶対におかしい!」

「お前、何言って……」

「2人がどれだけお互いを大事にしてるか、俺知ってるよ。俺も飛那姫ちゃん達を見ていて、自分以外の人間を大切に出来るっていいなあ、って思いながらずっとついて回ってた。そんな、簡単にあきらめて、手放していいもんじゃないよね?!」


 ああ、これはつい何日か前の私だ。

 アレクに向かって、理不尽を受け入れるなと、幸せをあきらめるなと、ただその気持ちだけで声を荒げた私と、今のこいつは同じだ。

 そんな風に気付いてしまったら、もういつものように、軽口で一蹴することなんて出来そうになかった。


「俺には世界がどうとかよく分からない。だから、そんなこと考える前に、目の前の1人の女の子が幸せでいてくれたら、それでいいよ」

「……勝手だな」

「勝手だよ。俺、馬鹿だし。でも大事なものは自分で選びたい」

「……そうだな」


 無理なものは無理だと言ってしまえばいい。

 ちっぽけな世界の中で、本当に好きなものだけに手を伸ばして、それを選びたいんだと叫ぶことが出来るのなら。


「俺ね、今回わざわざ東の国まで飛那姫ちゃんを追いかけていったのには、ちゃんとした理由があるんだ」

「理由?」

「どうしても言いたいことがあったからなんだ……聞いてくれる?」

「……いいよ」


 嫌だよ、と言ってしまったら、いつもの逃げと同じだ。

 今日は、逃げない。多分、最後だから。


「飛那姫ちゃんが幸せを捨てる必要は無いよ。俺が、一生側にいて、飛那姫ちゃんがいつも笑って過ごせるようにしてみせる。美威ちゃんとずっと友達でいられるような場所も、作ってみせる。だから……」


 私は青い瞳から目をそらさずに、続く言葉をじっと待った。


「だから、俺を、世界一の幸せものにしてください!」

「……そこは、『世界一幸せにする』って、言うところじゃないのか?」


 なんとも呆れたプロポーズの言葉に、ゆるゆると肩の力が抜けた。

 本当に、こいつはどんな時でも不思議に人の気持ちを緩ませてしまう。


「あれ? なんか間違えた?」

「いや、お前らしい」


 マルコ相手にちょっと緊張してしまった私が馬鹿みたいで、クックッとこみ上げてきた笑いが止まらなくなった。

 笑う私を見て、マルコもホッとしたような顔を見せた。


「うん、飛那姫ちゃんはやっぱり笑ってる方がいいよ」

「お前は……本当に、一人のためだけに一生懸命になれるんだな。少し羨ましい……私には、無理だから」

「飛那姫ちゃん……」

「ありがとな、マルコ。お前さ、馬鹿でコソ泥だけどいいヤツだよ。でもさ……」


 その先の答えは、もう知っているだろうと思った。

 でも、向かい合って、言葉にして伝えなきゃいけない気がした。逃げながらの言葉じゃ、きっと足りなかったんだ。


「マルコを世界一の幸せものにするのは、私じゃないよ。私は盗賊になるつもりはないし、お前とは、一緒にはいられない」

「……だよね」


 寂しそうな顔で視線を下に落とすと、それでもマルコはちょっと笑ってた。


「ごめん」

「うん、はじめて、ちゃんと断ってくれたね」

「ごめん……余計な時間、使わせたな」


 今更気付いた。もっと早くに、ちゃんと気持ちを受け止めて、こうして断ってやれば良かったんだって。

 自分が同じようにアレクに叫んだことで、マルコの真剣さに気付くなんて。

 本当……私は馬鹿だ。


「俺さ! 飛那姫ちゃんを好きになって、一緒に旅したことは後悔してないからね! むしろ感謝してる!」

「え……」

「だからさ、余計な時間とか、言わないでよ。俺の人生の中でちゃんと、有意義な時間だったよ」

「……そ、か」


 恨まれるかと思ったのに、そんな風に言ってもらえるとは思わなかった。

 いつものへラッとした笑いを取り戻したマルコを見ても、ホッとするより、罪の意識の方がまだ大きい。

 納得したのか、虚勢を張ってるだけなのか、笑顔でマルコは続けた。


「飛那姫ちゃん、王様になるのはさ、よく考えて決めてね」

「うん、よく、考えるよ」

「王様なんて絶対つまらないよ! 美威ちゃんのことを抜きにしても、色々自由に出来なくなるでしょ? 好きな人と結婚することも出来なくなっちゃうよね?」

「……さあ、どうだろうな」

「たとえば、身分違いの人とか。王様同士だって、結婚出来ないワケでしょ?」

「何の話だよ?」

「飛那姫ちゃんもさ、もっと自分の気持ちを大事にしてあげてね」

「だから、何の話……」


 引き寄せられたのも、抱きしめられたのも一瞬で。


「ちゃんと、幸せになってね」


 耳元でそう囁かれた、実現不可能と思えるような、温かい本当の言葉を残して。


「……本当、最後まで馬鹿なヤツ」


 もっと怒れば良かったのに。罵しってくれても良かったのに。

 そうするくらいの権利はあったはずだ。


 私はまだぼんやりとした頭で、マルコが去って行った方とは別の方向に向かって、歩き出した。

ちょっと切ない、決別回でした。マルコファンの皆さん、ごめんなさい。


次回、飛那姫がアレクを捜しに城へお出かけです。

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