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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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逃避の旅

 結局は迷っているところをマルコが迎えに来る、いつものパターンになってしまった。

 インターセプターとの散歩は楽しかったか? と聞いたら、すごい苦い顔をしていたから、よほど不本意だったんだろう。


 店に戻って、言われていた通り勝手口に回って中に入った。

 もう日付も変わりそうな時刻なのに、まだ灯りが付いていて、ルーベルが作業していたのには驚いた。

 前々から思ってたけど、やっぱり彼は半妖精という珍しい種族らしい。


「ぼく、あんまり寝なくても平気なんですよね」


 2日くらい平気で起きていられるなんて、うらやましい体質だ。

 そして半妖精としては子供の部類に入るけれど、年齢はなんと28歳だってことも分かった。

 年上に見えなさすぎて、軽くショックだ。


 そんな話をしながら客室に案内されたら、美威は既に寝ていた。

 魔道具屋、堪能できたかな。

 気持ち良く寝てる相棒の姿を見たら、なんだか気が抜けた。

 今日はあちこち動き回って、色々考えてて……私にしては珍しく疲れたみたいだ。


 部屋着に着替えてベッドに腰掛けると、ベッド脇のテーブルに世界地図が広げてあるのが目に入った。その上に、なんとなく見覚えのある、小さい魔道具が乗っている。


「これ……」


 昔、旅を始めた頃の美威が買った、おもちゃみたいな魔道具によく似ていた。

 あれは確か、傭兵として請けた初仕事の報酬で買ったんだったか。


「どうせなら、役に立つもので、可愛くて、ずっと持っていられるものがいい」


 そう言って町の小さい魔道具屋でそれを選んだ美威が、その後無くしてしまうまで、ずっと大事に持っていたのを覚えている。


「……不格好だな。まさか、作ったのか?」


 手にとってみて、くすりと笑いがもれた。

 広げた世界地図の上に乗せてみる。確か、国の名前を言うと動くんだよな。


起動(ムーブ)……」


 プロントウィーグルって言えば良かったのに、口から出て来たのは懐かしい国の名前だった。


「……紗里真」


 ちょこちょこ歩いた不細工な鳥が、コツン、と真国の中心を指すのを見て、私は一人、苦笑いをもらした。


「……馬鹿。なんで、地図に入れてるんだよ……」


 美威も、もう覚悟を決めているのかもしれない。

 私が側からいなくなることを。


 サイドテーブルごしに見える相棒はよく眠っているようだった。こんな寝顔を、もうどれだけ眺めてきただろう。

 誰にも傷つけさせないと必死で守ってきたのは、ただ孤独を忘れたかったからじゃない。

 この、荒れ野原の岩山に二人きりで立つような、それでも幸せな日常を。この暮らしを守りたかったのは、私だけじゃないはずだ。

 それが仮に、共依存と呼ばれるようなものであったとしても。

 私達にはお互いが必要だった。


「私さ……王になるのが、嫌なんじゃないんだ」


 呟いて、膝の上に組んだ手を握りしめた。


「この暮らしが消えて……美威が、手を伸ばせば届くところにいなくなるのが、嫌なんだ。守らなきゃいけないものが増えて、この手でお前を守れなくなるのが……怖い」


 誰にも聞かれていないのなら、今だけ、少し吐き出してしまいたい。

 本当は、美威と離れることを、許容など出来ないのだと。


「王様ってさ、難儀な職業だよな。プライベートなんてあってないようなもんだし、絶えず近くに誰かがいるし、公のなんとかばっかりで自由なんてほとんどない。美威を騎士団の魔法士にしたところで、一緒にいられる時間なんかわずかだろうと思う。兄様が側にいてくれるのはうれしいけど、兄様は美威の代わりじゃないもんな……」


 相棒は、幸せそうな顔でスヤスヤ寝ていた。


 おやすみ、と小声で呟いて、吐き出した気持ちをそのままに、私もベッドに横になった。



-*-*-*-*-*-*-*-*-


 これは玉座から見る風景。

 小さい頃に父様の真似をして座った、あの大きくて、強固で、過去の重みがぎっしり詰まった椅子の上から見える風景。

 この場所は、最後に父様と別れた場所でもある。


 あれから私は、弱い心を抱えながら、強さばかりを求めて生きてきた。

 何にも掴まらず、自分一人で立って、戦わなくてはいけなかったあの頃。

 幾度も「助けて」という言葉を飲み込んだ。

 朝の光にまた今日が始まることを思い、気が狂いそうになっても、私は守る側の人間だった。

 自ら望んでそうなったはずだったのに。

 戦うことにどれほど強くなっても、心を鍛えるのは難しかった。


 全てが終わった後。たった一人の大事な人を守ることだけが、私の存在意義になった。

 寄りかかれる人を見つけたことで、生きていく力を手に入れた。

 この世界の中で、やっと手に入れた小さな私の居場所。温かさ。

 それだけが私を強くしてくれた。私の心を守ってくれた。


 でも、それが失われてしまったら……?

 私はまた、一人で歩いていけるのだろうか。


 否。


 分かりきっている。

 だからこそ、何と引き替えにしても守ろうと、これは結局のところ自己愛なのだと分かっていても、頑なまでにそれだけを拠り所に生きてきたのだ。


 本当は嫌だと、声の枯れるまで叫びたい。

 この玉座に一人座り、誰よりも強くあれと歯を食いしばりながら。

 側に彼女のいない頂点で、彼女以外を守り、生きていくなんて。


 どこまで耐えられるかを、始まる前に考えている時点で先など知れている。

 自分が壊れる未来は容易に想像がついた。


 それでももう、逃げることは許されない。

 3度目の逃亡を阻止するための、残酷な選択肢は最初から一つしか存在しない。

 この迷うだけの旅の終わりには、過去が追いついてきて、私が描いていた未来像を塗り替えていく。


 そんな生々しい、夢を見た。

そもそもこの旅自体が前向きなものではなくタダの時間稼ぎというか。

早く何とかしなくちゃと思いながらずるずると先延ばしにする、作者の行動に思い当たる節がありすぎます。


次回、レブラスと美威の変化に気付いた飛那姫が、もやっとしてます。

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