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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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あきらめきれない想い

「え……? もう一度言ってくれないか?」


 机の脇に座って私を見上げる金色の瞳が、いたずらっぽく笑ったように見えた。

 白い聖獣は小さく頷いて、自分の首輪についている青い髪飾りを見せてくる。窓の外に顔を向けると「ワン」と小さく吠えてみせた。


「飛那姫が……このプロントウィーグルに……?」


 彼女が、この国に来ている。

 いつも庭園にいるインターセプターがわざわざ書斎に上がってきたのは、そのことを私に報せるためだった。


 いても立ってもいられなくなるとは、こういうことを言うのだろうか。

 私はペンを置いてそわそわと椅子を立つと、壁のスケジュール表に書かれている今日の予定について再確認してみた。

 おおむねいつも通りの公務で、夕食前には手が空くようだ。


「イーラス、イーラス」


 隣の自室で暖炉清掃中のイーラスが、「お呼びですか?」と顔を覗かせた。

 鼻の頭についているススは、あえて指摘しないでおく。


「今日の夜、インターセプターと散歩に出たい。一般民用の軽装を用意しておいてくれないか?」

「周辺の森ですか? 城下町ですか? 私もお供を……」

「いや、インターセプターさえいれば危険はないから大丈夫だ」

「……王子」


 じとっとした目のイーラスは、何か苦言を呈したくて仕方がないようだ。

 小言を並べられたとしても、黒い鼻の頭のおかげで笑っていられそうだが。


「少し羽を伸ばしたいだけだよ。いいだろう?」

「ご帰還の時間を決められて、追跡用の魔道具を携帯していただけるのでしたら、かまいません」

「仕方ないな……」


 イーラスは近頃ますます、私の扱いがうまくなった気がする。

 黙って逃げられるくらいならと、落としどころを分かってきたようだ。


 なんとなく気はそぞろになったものの、定例の公務を済ませ、予定より早く仕事を片付けることが出来た。

 夕食の後、イーラスの用意してくれた織りの厚いベージュのシャツと、黒い細身のパンツに、ウールのコートを羽織ってバルコニーに出る。

 馬大になったインターセプターは待ち構えていたように、尻尾を振った。早く乗れと言うように、鼻で私を背に押し上げる。

 どうやらこの相棒も、飛那姫に会えるのがうれしいらしい。


「アレクシス王子、日付が変わるまでにはお帰りください。12時を1分でも過ぎましたら、捜索隊を出します」

「分かったよイーラス、心配いらないから……じゃあ行ってくる」


 いってらっしゃいませ、というイーラスの声が遠ざかって、インターセプターが空に舞い上がった。

 彼の鼻を信じていれば、自然飛那姫にはたどり着くが、城下町上空をずっと飛んで行くのはさすがに目立つ。私達は繁華街にほど近い、町の隅の林に降りた。

 インターセプターの体が、瞬時に大きな馬程度の大きさから、大型犬程度の大きさにまで縮む。


「さて、道案内を頼むよ」

「ワン!」


 軽い足取りで歩き出す相棒を追う私も、大分気がはやっているようだった。

 彼女に会えるのはうれしい。会えない時もその姿を、声を思い出しては、再会を心待ちにしていたのだ。

 しかし、顔を合わせれば合わせるほど、辛くなることも分かっていた。

 どんな側面から見ても、所詮叶わぬ想いだと分かりきっている。私の立場では気持ちを打ち明けることすら、ままならないだろう。

 早々にあきらめた方がいいと冷静な私が耳打ちし、感情のままに動きたい私がそれに抗う。

 自分の中にこんなに合理的でなく、馬鹿げた行動に走らせる衝動があったなんて……人というのは、強い感情の前では、愚かだと分かっていることにも必死に手を伸ばしてしまうものらしい。


「……インターセプター?」


 前を歩くインターセプターが急に走り出した。

 通り過ぎる噴水広場の時計は午後8時を回ったところ。仕事終わりの人や、食事に出かけた人で大通りはまだそれなりに混雑している。

 追いかけようと私も走り出したが、人にぶつかりそうになって止まった。もとより、インターセプターの足に敵うわけがない。

 完全に置いてけぼりを食ってしまった。


「どういうつもりだ……?」


 賢い彼のことだ、何か考えがあるのだろうが……

 私は見えなくなってしまった相棒にひとつため息をつくと、広場の端にあるベンチに腰掛けて彼が戻ってくるのを待つことにした。


 広場の中央にある噴水は、ライトアップされていて美しかった。

 城の庭園にある華やかなものとは違う。もっと俗っぽいカラーで照らされた、そこに生きている人達をそのまま写し出すような美しさだ。


 しぶきごしに道行く人達を眺めていると、色んな風体の人がいることが分かる。

 幸せそうな顔をした夫婦、その間にいる子供。帰りを急ぐ大工、おしゃべりに花が咲く女性3人組、これから仕事場へ向かいそうな見世物小屋の道化。

 誰一人として同じ人間はいない。個々の暮らしがあって、またそれぞれの幸せがあるのだろう。


(この民達の暮らしを、守らなくてはな……)


 つい先日、南のグラナセアから、第2王女の婚約打診を取り下げる旨の通知が来た。北の顔色を窺ってのことだと、容易に想像が付く。

 戦争を避けるためには、いよいよモントペリオルのイザベラ姫を王太子妃として迎えるしかない様相を見せてきたということだ。

 しかしそうなった際には、今後内政にまで北が口を出してくることになるだろう。

 どちらに転んでも、プロントウィーグルにとって利があるとは言いがたい。

 だが、大国同士の全面戦争だけは、どうしても避けなければいけないのだ。

 先日の騎士隊襲撃事件のような、あんなことをこの国で起こしては絶対にならない……


 近頃私は、そのことばかりを考えていて沈みがちだった。

 イーラスや他の侍従が気を遣うほどに、嘆息してしまう時もある。情けないことだ。


 だから今日、飛那姫がこの国に来ていると分かった時には余計に嬉しかった。

 何も煩わしいことを考えずに、ただ彼女の隣にいられることを思えば、大きな不安も影を潜めた。


 人混みの向こうから、インターセプターの声が聞こえた気がした。

 ようやく戻ってきたか……一体何をしにどこまで行ってきたのか。


「急に置いて行くなんてひどいじゃないか、インターセプター」


 人の足の間をすり抜けて走り寄ってきた相棒の頭を撫でると、私はそう文句をこぼした。

 金色の瞳は私をじっと見上げた後、走って来た方を振り返った。「これでもひどいって言うのか? 相棒」と言われた気がした。


「?」


 インターセプターの視線を追ったら、人混みを抜けて出て来た一人の女性にたどり着いた。

 白いセーターにタイツ。茶のショートパンツにブーツ。フードの大きな上着を羽織った姿は、大勢の中にいても埋もれることがなく目立って見えた。


「……飛那姫」


 薄茶の大きい瞳と目が合った。

人は感情の生き物だなぁ、と思う時には大抵ろくでもないことが待っている作者です。


次回は、噴水広場の再会を、飛那姫語りでお届けします。

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