表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
188/251

態度の悪い男は大店の店主

 白い海鳥が一羽、物哀しい声を上げて頭の上を通過していく。

 甲板の舳先(へさき)に一人で立つ私は、鳥の飛んでいった船の前方へ顔を向けた。


 厳冬期の海風を受けて、近付いてくるのは西の大陸の主要港。

 ラグドラル港はプロントウィーグルに一番近い、大型交易都市だ。花島と違って一つの小国として機能している。

 私が美威とここを訪れるのは、もう何度目か分からない。


「兄様が自分の目で見るといいって仰ったんですよ?」


 そう言って、止める兄様を振り切って東の地を出てきた。

 大型の高速船を使って真っ直ぐにここへ来た私達は、西の大国へ向かっている。

 城下門を通過するのに検問が厳しいことから、私と美威は大国を避けることが多い。プロントウィーグルを訪れたことはあるはずだけど、正直どんな国だったかはよく覚えていない。


(私は、西の大国をこの目で見る必要がある……)


 戦争を起こそうとしている北と西の大国。

 民の暮らし、町の雰囲気。何が悪で、何が善なのか、この目で見て判断したい。

 自分が今の暮らしを捨てて、もう二度とあの地から逃げないと決意するためには、全てを知ることが必要だ。

 そう思ってこの地にやって来た。


「飛那ちゃ~ん、もう少しで着港するってー。荷物確認しないと~」


 背後から美威の呼ぶ声が聞こえた。


「ああ、今行く」



 ラグドラル港は、多くの人で溢れる賑やかな港町だ。

 商人から子供まで忙しなく行き交うのを見て、たくましく生きている人達の多さに圧倒される。

 そうだ、私はきっとこういうものを見て、覚悟を決めるために来たんだ……そう思った。


 港町からはプロントウィーグルへの連絡馬車がたくさん出ている。私達はその中の一つに乗って、大国へと続く平原を進んだ。

 山道はほとんどなく、走ること4時間。春が来れば青野原だろうと思われる大地の向こうに、大国の城下門が見えてきた。

 北ほど大きくはない。南ほど小さくもない。

 石造りの門柱が6本横に並び、その間に金属で作られた門が見える。他の国と違って一つの大開口でない造りが特徴的だ。


「ええと、訪問種別。知人の所に個人的に訪問……と。職業と持込み武器……はあ? 生まれなんかどうでもいいじゃない」


 検問で入国のための書類を書いている美威は、面倒臭そうに愚痴をこぼしている。

 大国はこれがあるから来たくないんだよな。もっと簡易に出来たら楽なんだろうけど、防衛事情とか色々あるんだろう。


 やっと城下門を通過して、大通りに入った私達は町乗りの小さいオープン馬車を捕まえた。


「魔道具と魔法薬のお店で『パナーシア』ってところに行きたいんですけど」

「第1地区にあるパナーシアだね。ちょっと距離あるけどいいかい?」

「お願いします。おいくらですか?」

「3名様で1600ダーツ」


 小さい馬が引く馬車は、私達を乗せて大通りの馬車道を軽快に走り出した。

 大きい通りだけは馬車の道が専用に整備されていて、歩行者が危なくないように工夫されている。

 大国にも色々あるんだな……


 ハイドロ号で会ったレブラス・ハーンと、従者のルーベル。

 ひとまずこの二人を訪ねたいからと、美威の希望でやって来た店は、思いの外大きかった。

 第1地区と呼ばれるこの辺りは、それでなくとも大きい店が多いようだったが、3階建ての上に馬車停留所まで併設した『パナーシア』はまたひときわでかい。


「おお……レブラスさん、立派な店の店主さんだったんだね」


 荷物を抱えたマルコが、停留所から黒い建物を見上げた。

 よく見れば、店の後ろに建物と同じくらいの倉庫がある。敷地面積だけみても、ちょっとしたお屋敷並みだ。

 金持ちだったんだな、レブラス。


「え? これ本当に魔道具屋なの?! こんなに大きいの?!」


 金の亡者の美威が、珍しく金を忘れて魔道具屋の規模の方に感動している。

 早く中が見たいのか、走って行ってしまうし。

 楽しそうな相棒の後を追いかけようとしたら、店の入口が開いて一人の子供が出て来た。あれはもしかして……


「ルーベル!!」


 美威が子供の名前を呼んだ。

 亜麻色のふわふわクセ毛がこちらを振り向くと、大きいターコイズブルーの瞳がまん丸になった。


「美威さん?! 飛那姫さん! マルコさんも!」

「遊びに来たよ~!」

「わあっ! お久しぶりです!!」


 ハイドロ号で出会った気の優しい少年は、満面の笑顔で私達を迎えてくれた。


「突然来ちゃってごめんね。レブラスも元気?」

「ええ、レブラス様は基本不健康ですけど、病気に縁はないので元気です。みなさん、本当によく来て下さいました。うれしいです!」

「ルーベル、ここ魔道具屋なのよね? 入ってもいい? 中見てもいい?!」


 キラキラした目の美威を見て笑うと、ルーベルは入口の大きな扉の前に立った。

 手も触れていないのに開いたドアを見て、美威がまた目を輝かす。


「えっ、何コレ? これも魔道具なの??」

「前に立つと自動で開く扉ですよ。この店オリジナルです。さ、どうぞ」


 ルーベルの後について、スキップしそうな勢いで店に入っていく美威を追いかける。

 店内は予想通り広くて、なんだか美術館みたいな落ちついた雰囲気だ。杏里さんの店とは大分違う。

 2階にも売り場があるらしく、1階は大物を置いてあると説明書きがあった。


「レブラス様! レブラス様!」


 バタバタと2階へ続く階段を駆け上っていったルーベルに、「騒がしいぞ」とお叱りの声が飛んでいるのが聞こえた。

 それでもすぐに引き返してきたルーベルの後ろから、長い紺色の髪をした男が降りてくる。

 相変わらずの表情に乏しい男は、それでも少し目を瞠ったように見えた。

 私達をぐるっと見て、美威に目を留める。


「レブラス! 久しぶり!」


 手を振る美威に、レブラスは小さく息をついた。


「……本当に来たんだな」

「それどういう意味?! 訪ねて来いって言わなかったっけ?!」


 久しぶりに会って開口一番がそれじゃ、美威が怒るのも無理はない。

 態度の悪いところが全然改善されてないな。むしろ、悪くなってる気すらする。


「美威さん、そのまんま言葉通りです。レブラス様、驚いてるだけで嫌味じゃないんです」


 ルーベルのフォローがなかったら、美威はもっと突っかかってたかもしれない。

 なんちゅー分かりにくい男だ。すぐに感情が表に出る美威とは正反対だな。

 でも、美威の前に立ったグレーの瞳はうれしそうに見えた。


「今日来たのか? 宿が決まっていないなら客室が空いているから、滞在中使っても構わんぞ」

「えっ本当?! レブラス太っ腹!」


 バンザイで喜ぶ美威は、ハイテンションのまま周りをきょろきょろし出した。

 ああ、宝の山みたいなもんだもんな……

 うれしくてそわそわしっぱなしの相棒に苦笑する。


「魔道具いっぱいで良かったな、美威。じゃあ私は、ちょっと別行動で出かけてくるよ」

「えっ? 飛那ちゃん、一人で大丈夫? 私も一緒に……」

「いや、お前はせっかくだからこの店を堪能させてもらえ。夜遅くなるかもしれないけど、ここに戻ってくるから。レブラス、世話になる。美威をよろしくな」


 そう言った私に、レブラスは小さく頷いた。


「あっ! 俺一緒に行く! 飛那姫ちゃんが迷って帰れなくならないように!」


 私は挙手してついてくるマルコを睨んだ。


「お前は来るな」

「行くよ! だってまだデートの約束も守ってもらってないもんね!」

「あのなぁ、私は今それどころじゃ……」

「約束を守らないのはダメだと思います」


 びしっと目の前に出された指を見て、私は苦々しく舌打ちした。


「……半日だけ、私が行くところについてくることを許可する。それ以上は譲歩しない」

「十分です! ついでに手もつないでいいですか?」

「却下だ。神楽のサビになるか、おとなしく道案内だけするか選べ」

「おとなしくついて行きます……」


 不本意な同行者を一人連れて、私はレブラスの店を出た。

西の大国にやってきました。

相変わらずの態度の悪いレブラスでした。


次回からまた少し、恋愛要素の強い回が続きます……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ