態度の悪い男は大店の店主
白い海鳥が一羽、物哀しい声を上げて頭の上を通過していく。
甲板の舳先に一人で立つ私は、鳥の飛んでいった船の前方へ顔を向けた。
厳冬期の海風を受けて、近付いてくるのは西の大陸の主要港。
ラグドラル港はプロントウィーグルに一番近い、大型交易都市だ。花島と違って一つの小国として機能している。
私が美威とここを訪れるのは、もう何度目か分からない。
「兄様が自分の目で見るといいって仰ったんですよ?」
そう言って、止める兄様を振り切って東の地を出てきた。
大型の高速船を使って真っ直ぐにここへ来た私達は、西の大国へ向かっている。
城下門を通過するのに検問が厳しいことから、私と美威は大国を避けることが多い。プロントウィーグルを訪れたことはあるはずだけど、正直どんな国だったかはよく覚えていない。
(私は、西の大国をこの目で見る必要がある……)
戦争を起こそうとしている北と西の大国。
民の暮らし、町の雰囲気。何が悪で、何が善なのか、この目で見て判断したい。
自分が今の暮らしを捨てて、もう二度とあの地から逃げないと決意するためには、全てを知ることが必要だ。
そう思ってこの地にやって来た。
「飛那ちゃ~ん、もう少しで着港するってー。荷物確認しないと~」
背後から美威の呼ぶ声が聞こえた。
「ああ、今行く」
ラグドラル港は、多くの人で溢れる賑やかな港町だ。
商人から子供まで忙しなく行き交うのを見て、たくましく生きている人達の多さに圧倒される。
そうだ、私はきっとこういうものを見て、覚悟を決めるために来たんだ……そう思った。
港町からはプロントウィーグルへの連絡馬車がたくさん出ている。私達はその中の一つに乗って、大国へと続く平原を進んだ。
山道はほとんどなく、走ること4時間。春が来れば青野原だろうと思われる大地の向こうに、大国の城下門が見えてきた。
北ほど大きくはない。南ほど小さくもない。
石造りの門柱が6本横に並び、その間に金属で作られた門が見える。他の国と違って一つの大開口でない造りが特徴的だ。
「ええと、訪問種別。知人の所に個人的に訪問……と。職業と持込み武器……はあ? 生まれなんかどうでもいいじゃない」
検問で入国のための書類を書いている美威は、面倒臭そうに愚痴をこぼしている。
大国はこれがあるから来たくないんだよな。もっと簡易に出来たら楽なんだろうけど、防衛事情とか色々あるんだろう。
やっと城下門を通過して、大通りに入った私達は町乗りの小さいオープン馬車を捕まえた。
「魔道具と魔法薬のお店で『パナーシア』ってところに行きたいんですけど」
「第1地区にあるパナーシアだね。ちょっと距離あるけどいいかい?」
「お願いします。おいくらですか?」
「3名様で1600ダーツ」
小さい馬が引く馬車は、私達を乗せて大通りの馬車道を軽快に走り出した。
大きい通りだけは馬車の道が専用に整備されていて、歩行者が危なくないように工夫されている。
大国にも色々あるんだな……
ハイドロ号で会ったレブラス・ハーンと、従者のルーベル。
ひとまずこの二人を訪ねたいからと、美威の希望でやって来た店は、思いの外大きかった。
第1地区と呼ばれるこの辺りは、それでなくとも大きい店が多いようだったが、3階建ての上に馬車停留所まで併設した『パナーシア』はまたひときわでかい。
「おお……レブラスさん、立派な店の店主さんだったんだね」
荷物を抱えたマルコが、停留所から黒い建物を見上げた。
よく見れば、店の後ろに建物と同じくらいの倉庫がある。敷地面積だけみても、ちょっとしたお屋敷並みだ。
金持ちだったんだな、レブラス。
「え? これ本当に魔道具屋なの?! こんなに大きいの?!」
金の亡者の美威が、珍しく金を忘れて魔道具屋の規模の方に感動している。
早く中が見たいのか、走って行ってしまうし。
楽しそうな相棒の後を追いかけようとしたら、店の入口が開いて一人の子供が出て来た。あれはもしかして……
「ルーベル!!」
美威が子供の名前を呼んだ。
亜麻色のふわふわクセ毛がこちらを振り向くと、大きいターコイズブルーの瞳がまん丸になった。
「美威さん?! 飛那姫さん! マルコさんも!」
「遊びに来たよ~!」
「わあっ! お久しぶりです!!」
ハイドロ号で出会った気の優しい少年は、満面の笑顔で私達を迎えてくれた。
「突然来ちゃってごめんね。レブラスも元気?」
「ええ、レブラス様は基本不健康ですけど、病気に縁はないので元気です。みなさん、本当によく来て下さいました。うれしいです!」
「ルーベル、ここ魔道具屋なのよね? 入ってもいい? 中見てもいい?!」
キラキラした目の美威を見て笑うと、ルーベルは入口の大きな扉の前に立った。
手も触れていないのに開いたドアを見て、美威がまた目を輝かす。
「えっ、何コレ? これも魔道具なの??」
「前に立つと自動で開く扉ですよ。この店オリジナルです。さ、どうぞ」
ルーベルの後について、スキップしそうな勢いで店に入っていく美威を追いかける。
店内は予想通り広くて、なんだか美術館みたいな落ちついた雰囲気だ。杏里さんの店とは大分違う。
2階にも売り場があるらしく、1階は大物を置いてあると説明書きがあった。
「レブラス様! レブラス様!」
バタバタと2階へ続く階段を駆け上っていったルーベルに、「騒がしいぞ」とお叱りの声が飛んでいるのが聞こえた。
それでもすぐに引き返してきたルーベルの後ろから、長い紺色の髪をした男が降りてくる。
相変わらずの表情に乏しい男は、それでも少し目を瞠ったように見えた。
私達をぐるっと見て、美威に目を留める。
「レブラス! 久しぶり!」
手を振る美威に、レブラスは小さく息をついた。
「……本当に来たんだな」
「それどういう意味?! 訪ねて来いって言わなかったっけ?!」
久しぶりに会って開口一番がそれじゃ、美威が怒るのも無理はない。
態度の悪いところが全然改善されてないな。むしろ、悪くなってる気すらする。
「美威さん、そのまんま言葉通りです。レブラス様、驚いてるだけで嫌味じゃないんです」
ルーベルのフォローがなかったら、美威はもっと突っかかってたかもしれない。
なんちゅー分かりにくい男だ。すぐに感情が表に出る美威とは正反対だな。
でも、美威の前に立ったグレーの瞳はうれしそうに見えた。
「今日来たのか? 宿が決まっていないなら客室が空いているから、滞在中使っても構わんぞ」
「えっ本当?! レブラス太っ腹!」
バンザイで喜ぶ美威は、ハイテンションのまま周りをきょろきょろし出した。
ああ、宝の山みたいなもんだもんな……
うれしくてそわそわしっぱなしの相棒に苦笑する。
「魔道具いっぱいで良かったな、美威。じゃあ私は、ちょっと別行動で出かけてくるよ」
「えっ? 飛那ちゃん、一人で大丈夫? 私も一緒に……」
「いや、お前はせっかくだからこの店を堪能させてもらえ。夜遅くなるかもしれないけど、ここに戻ってくるから。レブラス、世話になる。美威をよろしくな」
そう言った私に、レブラスは小さく頷いた。
「あっ! 俺一緒に行く! 飛那姫ちゃんが迷って帰れなくならないように!」
私は挙手してついてくるマルコを睨んだ。
「お前は来るな」
「行くよ! だってまだデートの約束も守ってもらってないもんね!」
「あのなぁ、私は今それどころじゃ……」
「約束を守らないのはダメだと思います」
びしっと目の前に出された指を見て、私は苦々しく舌打ちした。
「……半日だけ、私が行くところについてくることを許可する。それ以上は譲歩しない」
「十分です! ついでに手もつないでいいですか?」
「却下だ。神楽のサビになるか、おとなしく道案内だけするか選べ」
「おとなしくついて行きます……」
不本意な同行者を一人連れて、私はレブラスの店を出た。
西の大国にやってきました。
相変わらずの態度の悪いレブラスでした。
次回からまた少し、恋愛要素の強い回が続きます……