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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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妹からの手紙

 長かった……やっと、やっと、飛那姫が帰ってくる。

 僕は机の上に置かれた薄緑色の封筒を手に取って、部屋を出た。


 見晴らしの塔は4階と5階部分がほとんど書庫になっている。

 朝からここにやってきた僕は、突き当たりの大きな窓を開け放った。お日様の光と冬の冷たい空気がこんなに心地良いのは、昨晩飛んできたメンハトのせいだ。

 手紙を読み返すこと17回目。


『兄様に相談したいことがあるので、近々帰ります。今はまだ北にいるので、東から高速船を使って紋泊(もんどまり)の港経由でそちらに向かいます。8日ほどかかると思います。』


 飛那姫の筆跡に、僕はうれしさを噛みしめていた。

 なにせ可愛い妹がここを出て行ってから、もう5ヶ月も経ってしまったのだ。どれだけ再会を心待ちにしたことか……

 毎日側にいて、もっと色々な話をして、あの笑顔を見ていたいと思うけれど……傭兵として世界を回っていたいという妹の希望を叶えるためには、ここで帰りを待つしかない身だ。

 すっかり大人になって、僕の庇護下にいてくれなくなってしまったことは、本当に寂しく感じる。


 せめて帰ってきてまたすぐに出て行くなんて言い出さないように、今回はあらゆる食材を用意して、妹好みの最新レシピを開発済みだ。新しく雇った侍従や腕の良い料理人もいる。引き留めるための準備は万全だ。

 後は飛那姫が帰ってくるのを待つばかり。


(それにしても、改まって相談したいことってなんだろう……)


 まさか、「結婚します」とか言って、恋人連れてきたりしないよね?

 ちらと嫌な予感が頭をよぎった。と言うのも、遠見の本でそれらしき人物を見てしまったからだ。

 あれから一度もその姿を見かけていないから、何かの間違いだったのかもしれないけれど……いや、間違いに違いない。

 そうなった時に冷静でいられる自信がない僕は、ひとまずそういうことにしておいて自分の心を落ち着かせた。


 僕は兄として、可愛い妹に悪い虫がつかないよう、第一級の防衛体制を配備する用意がある。

 世に溢れる害虫から妹を守るため、女性専用の悪漢撃退用魔道具なんかもいくつか作ってみた。まぁ……僕以上に腕力のある飛那姫には必要ないのかもしれないけれど。


「蒼嵐様、こちらにいらっしゃいましたか」


 開けっ放しの扉から、衣緒が顔をのぞかせた。

 窓際に腰掛けて飛那姫からの手紙を読んでいた僕は、顔を上げる。


「北の豊浪(とよなみ)国より、先日請けた仕事について追加依頼があったのですが……」

「追加? 内容を見せてくれる?」


 僕は衣緒から手渡された紙を広げた。最近、侍従を増やしたことで家事仕事がヒマになったのか、余戸よりも頭脳労働が得意な衣緒は、こうして仕事を請け負う窓口や書類整理を手伝ってくれている。


 5日前に豊浪国から請けた仕事は、国近辺の地質調査と、城下町の水路整備の話だったはずだ。

 地質調査の件は僕が長年ため込んだ頭の中のビックデータから抽出済みだし、水路整備にしてもどうやってランニングコストを下げるかの話を盛り込んであげれば、資料は完成するところだったんだけど。


「国民増加の件か……」


 追加依頼の内容は、小国が抱えている国民が適正な水準を越えて、更に増えてしまったことについての相談だった。そういえば、この間西からの移住者を大量に引き受けたっていう話を聞いたっけ。

 医療が発達していて年々人口が増える傾向にある豊浪では、ある意味死活問題なんだろう。


 元を辿れば東の大国が崩壊した際、各小国に大国の民が散らばってしまったことが国民増加の始まりなんだけれど……

 小国全ての経済事情などを把握している僕にとって、頭の痛い問題なのは容易に想像がついた。

 それでなくとも近年は各方面から、「農地を拡大するためにどの場所がもっとも適当か」、「領土を広げるために城壁をどう改修していったら良いか」など、大幅に国家予算が削られそうな相談が多い。


「分かったよ、こっちに関しては納期を4日ほどもらおうか。先の二つの件については、明日にでも返せると伝えておいて」

「承知いたしました」


 目の前にある黒い壁に、白墨でサラサラといくつかの数式を書いて、現状でどの程度の食糧が確保出来るかを計算してみた。

 うーん、148人も増えたってことは、このままだと結構厳しいな。

 一つの国を統治するというのは、凡人にとってそう簡単なことではない。頭の切れる大臣がいたとしても、リアルタイムに変わる国政をうまく回していくのは難しいものだ。


(大国の王であった父様は、本当に立派だったなぁ……)


 事実上、各国のブレインとして現在の真国を見ている僕は、心底そう思う。

 紗里真の王であった父の顔を思い浮かべて、僕は一人懐かしく微笑んだ。



-*-*-*-*-*-*-*-*-


「……マジか」


 雪のちらつく空の下、船のタラップを降りた飛那ちゃんが嫌そうに呟いた。

 ここは真国の一番北、紋泊の港。

 ついさっき海を越えてたどり着いたばかりなんだけど……


「飛那姫ちゃーん! 探したよー!!」


 船から下りた私達を待っていたのは、そんな騒がしい声と、人なつっこい満面の笑顔だった。

 遠い南の国で別れたはずの盗賊の青年は、温かそうな防寒具に身を包んで手を振っていた。


「マルコじゃない……こんなところまで追いかけて来たの?? っていうより、よく私達がここに来るって分かったわね?」


 久しぶりに会ったのに全然変わっていないマルコに向かって、私も呆れた眼差しを向けた。

 飛那ちゃんを追っての移動距離に感心はするけど、ナイスファイト、とかいう気には全然ならない。

 本当、私の周りには残念な人が多い。


「南で探しても見つからなかったから、一か八か東の港町に賭けたんだよね。花島か紋泊か、二分の一の確立だったんだけど……見つかって良かった! もうお兄さんのところに行って、飛那姫ちゃん帰ってくるまで雇ってもらおうかとか考えてたんだよ? 約束通りデートしてくださいっ!」

「……私に指一本でも触れたら、殺す」


 向かってきたマルコに、飛那ちゃんは冷え切った声で答えた。


「えっ? 手つなぐとかもナシですか?」

「ナシだ。お前には絶対接触しないって決めてる」

「……なんか、塩対応が拍車をかけてませんかね?」

「自業自得だろ」


 泣き真似をするマルコに呆れはしたけど、私はこのところ張り詰めていた緊張の糸が少しだけほぐれた気がした。

 飛那ちゃんが蒼嵐さんに相談したいことの内容は、船の中で聞いた。あまりにもスケールの大きい、現実離れしているような話。

 そのことで飛那ちゃんがどよーんとしていて、私にまでそれがちょっぴり伝染して……実を言うと、結構気を遣ってしまっていたのだ。


 緊張感とは縁のない、予定外な旅の同行者が増えたことは、吉と出るのか凶と出るのか……

 細く長い真国のちょうど中心にある、見晴らしの塔まで、あとちょっと。


 少し痩せた面持ちの飛那ちゃんは、うなだれた様子のマルコを見て、小さく笑った。

色々暗くなっていたところに、うるさいヤツ再び。


次回、蒼嵐と再会です。

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