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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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無関係じゃない

 東の大国を復活させれば、戦争は起こらない?

 それは、私にとって想像もつかないような仮定だった。

 戦争なんて馬鹿馬鹿しいと、腹立たしくもどこか人ごとのように感じていたものが、突然自分のものとして降りかかってきたようだ。


 北で出会ったのは、親切でいい人達ばかりだった。

 いざ戦争が起これば、巻き込まれて死ぬのはああいう一般民だ。それに西にはアレクがいる。騎士として、あいつは出兵することになるだろう。

 ハイドロ号で別れたレブラスやルーベルだって、確か西の大国の人間だったはずだ。そうやってどこかで私にもつながりがあることを思えば、この話は無関係なものじゃない。

 知り合いがいなくたって、世界のどこでも戦争なんて起こしていいとは思えない。


 私は紗里真の城下町跡を訪れたときのことを思い出した。

 紗里真が好きだったと言った人達の顔が浮かぶ。

 商店やギルド、町のあちこちに今もなお掲げられている王国の紋章。7年以上経っても、まだ多くの紗里真の民があそこに暮らしている。

 頭では分かっていた。でも……自分が王としてあの地をもう一度再建するだなんて、現実のこととは思えなかった。

 それに私は綺羅崩壊の後、民を国に置いたまま全てから逃げ出した。それを思えば、今更どの面を下げて王になどなれると言うのか。


(でも……あの時とは、もう状況が違う)


 あの時の私はまだ子供だった。考える力も足りなかったし、よく周りを見ることも出来ずに「無理だ」と叫ぶ以外の選択肢がなかった。

 じゃあ大人になって、三竦みの話を聞いて、東の大国の役割を知った今の私はどうなんだ?

 戦争に直接巻き込まれるのが、紗里真城下町跡に暮らすあの人達じゃ無かったとしても……見て見ぬふりをしていいのか。


(また、逃げるのか……?)


 神楽を所有している以上、王たる資格はある。けれど、自分にそれが可能なのか……

 北と西に匹敵する軍事力を手に入れるには、最低5000人程度の兵士が必要になるだろう。そういった兵力は今の東の国にはきっと、ない。

 自分1人がいるだけでも、かなりの戦力だろうが……そこまで考えたところで私は思い出した。

 そうだ、王族は私1人じゃなかった。


「ルドゥーテ、ちょっと……突然、色々分かって混乱してる。でもその質問については、ちゃんと考えてみたい」

「そうか……分かった。本調子でもないのに悪かったな。完全に回復するまで、ゆっくり静養していってくれ」


 私の言葉に納得したように頷くと、ルドゥーテはソファーを立った。

 行き場のない不安と動揺は、私の中でどんどん膨れ上がっていく。それでも、一つだけ心強く思えることがあった。東にいる兄様の存在だ。


(兄様……)


 聡明な兄様なら、この問題に答えを出してくれそうな気がした。

 しかし、手紙で相談出来る内容とも思えなかった。やはり直接話した方がいいだろう。そう考えた時、ルドゥーテと入れ替わるように、美威が部屋に入ってきた。


「……美威」


 ほっとするような、胸が痛いような気持ちで相棒の顔を見つめる。

 もし、万が一、王国再建なんて話が現実のものになったら……私達の今の暮らしは、きっとなくなる。


「あ、飛那ちゃん起きてるのね」


 美威は抱えていた分厚い本を、ベッド脇のサイドテーブルにドン、と置いた。


「こんなにゆっくり本を読むのって久しぶり。思わぬ休暇気分ね~」

「うん、良かったな……」

「? どうかした? 飛那ちゃん、難しい顔してる」


 座ったままの私を振り返って、美威が首を傾げた。


「なあ美威、ここを出たら……一度、東に帰らないか?」

「え? 東に?」

「うん、兄様に会いたいんだ。会って……話さなきゃいけないことが出来た」

「ふーん……そっか。じゃあ北の東から船かなぁ」


 詳しいことは聞かないまま、美威は懐からインパルスを取り出して進路を計算し始めた。

 私が自分から話すまで待ってくれる、相棒のこういう気遣いはいつもありがたく感じる。


(そうだ、兄様に会って話そう。私だけじゃ何も決められないから……)


 白磁のカップに残った赤い水色に、ひどい顔をした自分の姿が映った。



-*-*-*-*-*-*-*-*-


 ルドゥーテさんのお屋敷にお世話になって、ちょうど1週間が過ぎた。

 今日の北の国は快晴。

 兵士達に追われてお尋ね者の身としては、観光も出来ないままこの地を去ることになったけど……


「ソリ馬車とは言え、道中長いぞ。本当にもう大丈夫なのか?」


 見送りに出て来てくれたルドゥーテさんが、今日3回目くらいの台詞を繰り返す。


「ああ、本当に大丈夫だ。ソリまで出してもらって、すまないな」


 飛那ちゃんは、起きれるようになってから前にも増して考え込むことが多くなった。

 南の国以降、ちょっとおかしいとは思っていたけど、ここに来て良くなるどころかひどくなっているじゃないの……

 

「そなたらが届けた南からの文書は、結局詳しいことが分からなかった。公の方法で伝達出来るようなものでない以上、内容は想像がつくが……」

「そうか。なんにせよ南の大国と何か企んでるんだろうな……きな臭い話だ」

「ああ、世界は今、均衡を失っている。私は既に政治の道から外れているが、何もせずに見ていられるほど、状況は良くない。出来ることは多くないが……飛那姫、お前を動かすことが出来るのなら、私は何でもするぞ」


 ルドゥーテさんの謎の言葉に、飛那ちゃんは苦く笑った。


「正直なところ、私も王位に未練はないんだ。どっちかって言うと、今のこの暮らしが好きだ。でも……もし、私に出来ることがあるのなら、見て見ぬフリはしない」

「それは、復興に前向きな発言ととっても良いのか?」

「まだ、分からない。とにかく兄様と話をしてみる」

「王子までもが存命だったとは驚いたが……そうだな、よく話し合うといい。そなたの人生と、世界に影響を与えるような問題だ。私も簡単に実現するようなものではないと思っている」

「ああ」


 差し出された手を取ると、飛那ちゃんはルドゥーテさんと握手を交わした。

 その姿はまるで、互いに最後まで戦うことを誓った戦友のようにも見えた。


「飛那姫、お前は強いな。神楽の継承者だけはある。少し、羨ましいよ。私にもそんな強さがあれば……現状は違ったのかもしれない」

「ルドゥーテ……」

「お前と会えて、話せて良かった。道中気を付けて行くといい」




 連絡ソリと違って、2頭の雪駆馬(オロロン)が引くソリは、普通の馬車同様の造りだった。違うところと言えば、車輪がソリであるところと、温度調節のための魔道具が完備されているところ。う~ん、快適だわ……

 幌で囲まれただけのスキマ風ピューピューソリにはもう乗りたくなかったので、すごくありがたい。


 北の大陸の一番東南にある港町へは、まだまだ距離がある。

 世話役にとつけてくれた侍女のおばさんは、向かいの端に座って飛那ちゃんと話をしていた。


「ルドゥーテは脅されたって、そう簡単に屈するような女性とは思えない。どうして王位を叔父に譲ってしまったんだろうな」


 飛那ちゃんの呟きのような質問に、侍女は困った風に笑ってみせた。


「あの時は、私を含め、多くの人間の命がかかっていましたから……そうせざるを得なかったのです。お優しい方ですから、ルドゥーテ様は」

「……あの人も、戦ってきたんだな」

「ええ、今も暮らしは不自由ではありませんが、お一人で戦っておられますよ」


 ルドゥーテさんが元王女で、降嫁したって話は聞いていた。だから侍女の話す内容はなんとなく想像がついた。大変だったんだろうなって。

 そして飛那ちゃんの厳しい顔を見ていたら、さらに気付いてしまった。自分の置かれている立場とは、違う次元の話をしていることに。

 飛那ちゃんの心が、もうそこに行ってしまっていることにも。


 この世界には、私が感じたことのない重さを背負って、未来(さき)を見据えて生きていく人達がいる。

 自分の弱さをひた隠しにしても、強く生きてきた過去の飛那ちゃんは、そういった人達と同じ種類の人間だ。


 そう思い当たった私が少しだけ不安に感じたことを、飛那ちゃんにはきっと、言ってはいけない。

いつの間にやら国際情勢に関する話に。登場人物にもそれぞれの思惑があります。

第2章も一つの大波を迎えたところ。この先、作者が頭の中で勝手に分けている「文書配達編」のような小さい話の区切りはなくなりますが……

動き出す大きな話をお楽しみいただければ幸いです。


次回、見晴らしの塔から蒼嵐語りでお届けします。飛那姫達も移動中。

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