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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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拾われた滅びの国の王女

「肺炎?」


 診察を終えた医師から病名を聞いて、私は愕然とした。

 肺炎て、ひどくなると死んじゃうっていうアレよね? ああ、やっぱりただの風邪ですまないことになってた……

 客室の大きなベッドに横たわった飛那ちゃんは、相変わらず肩で息してるし、熱も高くて辛そうだ。

 こんなことになるなら、完全に風邪が治るまで無理矢理にでも宿屋で寝かせておけばよかった。今更だけど……


「薬は打ったけど、当分安静にしているようにね」


 このブライアン家のお抱えだという医師は、そう言い残して部屋を出て行った。

 私は深いため息をついて、飛那ちゃんのおでこに手をやった。うっすら目を開けた飛那ちゃんが、「ここは……?」と呟いた。


「気が付いた? 飛那ちゃん、馬車で移動してる間に意識なくなっちゃったのよ。ここはルドゥーテさんのお屋敷。元王族って言ってたけど、私達を捕まえて始末しようって気はないみたいだから。とにかく今は寝てて」

「……寝たくない」

「もう、またそんなこと言って。大丈夫よ、ここは安全だから。ちゃんと寝て早く治して」

「……寝たくないんだ。怖い夢、見るから」


 子供みたいなこと言うなぁ、と思ったけど、どうやら本気みたいだ。


「じゃあ、怖い夢見ないようにここにいてあげる。それならいいでしょ?」

「……うなされてたら、起こしてくれるか?」

「うん、手つないでてあげる。安心して寝て頂戴」

「……」


 はぁ、と息をつくと、飛那ちゃんは目を閉じた。

 つないだ手から、彼女の熱が相当高いことが分かった。心配だ……早く、いつもの飛那ちゃんに戻って欲しい。


 少し経ったら、小さな寝息が聞こえてきた。怖い夢ってなんなんだろう。王女時代のことなのかな……

 起きてても寝てても辛いなんて、かわいそうだと思った。


 コンコンと扉をノックする音が聞こえて、侍女らしき女の人が入ってきた。

 続けて、草色のロングドレス姿で、ルドゥーテさんが入ってくる。立ち上がろうとした私を手で制して、優雅な足取りで静かに近寄ってくるとベッドの側に立った。


「王女は寝ているか……医師から肺炎を起こしていると聞いた。しばらくは安静が必要だな。よくこんな状態で寒空の外にいたものだ」


 飛那ちゃんを見下ろして、ルドゥーテさん半ば呆れたように言った。

 王女……飛那ちゃんのことだよね?


「あ、あの。医師まで呼んでいただいてありがとうございます。その、ルドゥーテさんは、飛那ちゃんとお知り合いなんですか?」


 馬車の中では詳しいことが話せず、バタバタと運び込まれた形だったので、その辺りはまだ聞けていないのだ。


「ああ、昔にな……この子はまだ小さかったから、私を覚えていないのは無理もない。紗里真はとうの昔に滅んで、王子も王女も殺されたと聞いていたが……生きているという噂もあったからな。しかし、この目で王の剣を見るまでは信じられなかった」

「神楽を、ご存じなんですね?」

「何年も前に父に連れられて東に行ったとき、紗里真の王……この子の父の剣舞を見る機会があってな……あれは忘れられない。美しい剣だった」


 遠い目でそう言うと、ルドゥーテさんは飛那ちゃんから私に視線を移した。


「何故王女がこの地にいるのか聞きたい。何か企てがあるのではないのか?」

「く、企てですか?」


 少し厳しい表情になった彼女に、どう答えていいものか迷う。


「今この時期に、滅んだ国の王族がここへ来た理由を知りたい。そなたら、兵士に追われていたろう。聞けば不法入国したそうではないか」

「あ、そ、それは、確かにそうなんですが……企てなんて大それたものは何もなくてですね。もともと傭兵として配達人の仕事を請けたので、はるばるやってきただけで、不法入国も成り行きというか仕方なくというか……」

「傭兵として配達? 私に分かるように説明してくれるか」


 私はここに来るまでの経緯と、兵士を倒して不法入国せざるを得なかった話をかいつまんで聞かせた。もちろん、私達が現在、傭兵業を営んでいることも。

 ルドゥーテさんは静かな水色の瞳でじっとそれを聞いていた。


「なるほど……状況は大体分かった。運んできた文書とやらは兵士に渡したのだな? ブルクハルトへの届け物と言ったか」

「はい、城下門でそう言うように言われたので……文書を渡した瞬間、飛び道具の武器で殺されそうになりましたけど」

「そんな状況でよく無事だったな」

「あ、私魔法士なんで。飛那ちゃんは、運動神経が常識外で神楽もありますから」

「そうか……確かにそうだったな、当時もこの子は、奇跡と謳われるほど天賦の才を持った王女だった」


 へえ、小さい頃から非常識だったのね。

 声には出さずに私はそう呟いておいた。


 ルドゥーテさんは、「事情は大体分かった。南から来た文書は私の方で少し調べてみよう」と言って部屋の出口に向かった。

 侍女が扉を開けると、彼女はそこで一度振り返った。

 

「まだ聞きたいこともあるが……今日はもうこのままゆっくり休みなさい。また王女が元気になったら改めて話をしよう。何かあれば侍女に言いつけるといい」

「あ、ありがとうございます」


 亜麻色の長い髪が扉の向こうに消えると、入れ替わりで侍女が入ってきた。

 扉の外に控えているから、何かあればいつでも声をかけて欲しいと言ってまた出て行く。


 私と飛那ちゃんしかいなくなった室内は途端にしん、と静まりかえった。

 同時に、どっと疲れが出て来た。思えば寒かったり、追われたり、また寒かったりでまともに休んでいなかった気がする。

 熱があるような状態で、道中を歩いてきた飛那ちゃんは、もっと大変だったろう。


「どうして我慢しちゃうかな……」


 もっと早く言ってくれれば、ここまで悪くならなかったかもしれないのに。

 私が怪我したり、どこか悪かったりすると必要以上に心配するくせに、自分がその立場になると我慢ばかりして、ほとんど弱音も吐かない。

 飛那ちゃんはいつも自分の事を後回しにして、人の心配をする。自分が大変だったり、辛かったりしても1人で歯を食いしばって耐えてしまうんだ。

 そうしないといけないと思いこんでるのか、性格なのかは分からないけれど。


(もっと、頼ってくれていいんだよ)


 ちょっと寂しい気持ちで、私は飛那ちゃんの握った手をつなぎ直した。

 


-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-


(……またか)


 このまどろみの中に堕とされるのは、これで何度目だろう。

 生温かくて薄暗い空間に、私は目を開けた。


 深淵はいつもと変わらず、そこにあった。

 体は動かない。深い黒がどこまでも続いている。

 気の遠くなるような孤独に耐えかねて叫びそうになっても、声は出ない。

 はたして、この世界に私と同じように漂う人間はいるのだろうか……そう考えたところで、思い出した。


 先生も昔、ここにいた。

 王女時代、高熱を出して寝込んでいる時は、先生の存在がいつも以上に側に感じられたことを覚えている。

 この暗い淵に、確かに先生の気配を感じられた。それは当時の私にとって、唯一の救いにも思えるほどの安堵だったのだ。私にとって、先生はそういう人だった。

 そう伝えると、あの人は満足そうに笑っていたっけ。


(私の孤独を埋めてくださるのはあなたの存在だけ。あなたの孤独を埋められるのも私だけです)


 幼い私にも分かっていた。先生のあの言葉の意味が……

 誰とも重なることのない、交わることのない、不可視の道の上。

 せめて同じ深淵を宿すものをと、狂おしいまでに手を伸ばしたことが、あの人の罪につながっていったのだろうか。


(いる……)


 この漂う空間の中には、今も確実に私以外の誰かがいた。

 自分とは異質な気配が伝わってくる。この孤独を理解出来る、私と同じ種類の人間が。

 でもそれが誰かなんて、知りたくなかった。知っていても、目をそらしたかった。

 ここでその人を追い求めたら、きっと……私も先生のようになってしまう。そんな気がした。


 私が知りたいのはこの右手に感じる、包まれた温もりの先にある世界のことだけ。見えなくても、つながれた手を感じられるうちは、私は孤独じゃない。


 だから早く目覚めろ、早く。

 この深い闇の、孤独に負けてしまう前に。


 それからもしばらくの間、私の意識は生ぬるい深淵を漂っていた。

肺炎の時に打たれる注射、えらい痛かった記憶があります。

数多い予防接種の比ではありませんでした。いや、健康って大事ですね。


次回、王女対談です。

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