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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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助け船

 少し先で足を止めた飛那ちゃんが、私を振り返って何か言おうとしたままいきなりよろけた。


「飛那ちゃん?!」


 倒れる前になんとか手をついて、雪の中に座り込んだ飛那ちゃんに走り寄る。

 支えようと思ったら、服越しにでも体温が高いのが分かった。分厚い手袋から手を引き抜いて、おでこに当ててみる。冷たいようだけど、これ絶対熱い。


「やっぱり風邪ぶり返してるじゃない! なんでもっと早く言わないのよ……!」

「……ああ、頭痛くてダルいとは思ってたんだけど……ヤバい。クラクラする」

「もーっ……こんな時に……!」


 遠くで呼び子の笛が鳴っている。

 辺りは暗いとは言え、街灯のある通りだ。こんなところでうずくまっていたら、すぐに見つかってしまうだろう。

 道行く人が怪訝そうな顔で見ていったり、「大丈夫?」と声をかけてくれたりする。


「大丈夫です、何でもないです」


 私は貼り付けた笑顔で受け答えながら、飛那ちゃんを支えて立ち上がった。


「いい、1人で歩ける……」


 そう言って私の肩を押すと、3、4歩歩いたところで飛那ちゃんはまた座り込んでしまった。

 これ、本当にまずいかもしれない。

 私は物理的な怪我は治せるけど、風邪は治せない。風邪に必要なのは静養と薬だ。そう、今絶対に必要なのは時間と、安息の場所なのだ。それなのに、そのどちらも手に入れられる気はしなかった。


 呼び子の笛が段々と近付いてくる。私は逃げ場のない状況に少し焦り始めた。飛那ちゃんを抱えて飛ぶことも出来るけれど、絶対目立つ。


(あああ、どうしよう……!)


 落ち着け、落ち着け私。

 深呼吸深呼吸……


「そこの娘」

「ひゃっ!」


 背後からいきなり声をかけられて、思わず叫んでしまった。

 振り向くと、すぐ近くに立派な馬車が止まっていた。扉の小窓から女の人がのぞいている。


「具合が悪いのか? 医師のところまで乗せて行ってやろうか?」

「あ……いえ、その。大丈夫、です」


 女の人は薄い水色の瞳で飛那ちゃんをじっと見ると、ガチャリ、と馬車の扉を開けて表に出て来た。


「大丈夫なようには見えないな。こんな往来でうずくまっていたらいずれ凍え死んでしまうぞ。遠慮はいらぬ、乗れ」

「ええと、ちょっと今お医師には診てもらえない……というか、タダの風邪なんで。放っておいたらすぐに治る、かな~なんて」

「美威」


 飛那ちゃんが私の言葉を遮って、よろっと立ち上がった。


「……親切には感謝する。あんた見たとこ……貴族だな。私達のことは見なかったことにして、早くどっか行ってくれ……」

「私を貴族だと分かっていながら、ずいぶんと無礼な物言いだな、娘」

「あああ、ごめんなさい! ちょっとこの子! 熱で頭がおかしくなってるんで!」


 身分の高い人相手にもまったく態度を変えることのない、飛那ちゃんのこういうところを本当にどうにかして欲しいと思う。

 無礼な態度に憤慨するわけでもなく、飛那ちゃんをじっと見ていた女の人は、呼び子の笛に気付いて首を回した。


「騒がしいな、何かあったのか?」


 ええ、ちょっと不法入国者がいたくらいで大したことないですよ。

 とは、さすがに言えない。


「美威……行こう。ここにいたらまずい」

「う、うん」


 そう言って歩き出した飛那ちゃんは、少し咳き込んでまたうずくまってしまった。やっぱり様子がおかしい。これ、本当にタダの風邪なのかな?


「飛那ちゃん……ねえ、本当に歩けるの??」

「なんか、ダルいし息が切れる……頭痛い……」


 通りの向こうの方に、兵士の姿が見えた気がした。


「ひ、飛那ちゃん! まずい! 兵士のおじさん達が来るよっ!」

「美威、非常に不本意だけど、今の私すごい役立たずかも……」

「飛んで逃げる? どこに逃げる?」

「逃げるのはお前だけでいい」


 キン! と硬質な音が響き渡る。

 飛那ちゃんが、神楽を杖に立ち上がった。


「……な、何言って……」

「自分の身は自分で守れるから、お前だけどこか身を隠して……」

「馬鹿言わないで! 逆だったら飛那ちゃんは私を置いて逃げるわけ?!」

「……逃げないな」

「じゃあ言うだけ無駄でしょ?!」

「……違いない」


 苦笑いの飛那ちゃんを見て、私もこちらに近付いてくる兵士を迎え撃とうと意を決した瞬間。


「わっ!」


 後ろからぐいっと腕を引っ張られて、よろけた。


「よく分からないが、とにかく乗れ。話はそれからだ」


 女の人が、険しい顔で私を馬車のステップに押し上げた。

 それを止めようと手を伸ばした飛那ちゃんは、女の人が口にした一言で動きを止めた。


「王の剣、神楽だったか」


 びくり、と肩を揺らして、信じられないものを見るような目で、飛那ちゃんが女の人を見つめた。


「……何故」

「紗里真の王の剣舞は、一度見れば忘れられまい。話は後で聞く。乗るといい、悪いようにはしない」


 飛那ちゃんは力が抜けたようになって、馬車のステップの上に私同様、押し上げられた。

 後から女の人が入ってきてバタン、と扉を閉める。小窓越しに「出せ」と言うと、御者は「御意」と答えて馬車をゆっくり出発させた。

 窓越しに兵士達が走って行くのが見えたけれど、見とがめられたり止められることもなかった。

 私はひとまず、ほっと安堵の息をついた。


「……あんた、何者だ?」


 立っていることが出来なかったのか、椅子に坐りこんで私にもたれかかると、飛那ちゃんは向かいに座った女の人に鋭い目を向けた。

 女の人はふっと笑うと、飛那ちゃんを頭の先から足の先まで見定めるように眺めた。


「……そなた、もしや修喜王の忘れ形見か?」

「っ父様を、知っているのか?」


 言いながら飛那ちゃんがまた少し、咳き込んだ。


「そうか、不思議なこともあるものだ。こんな北の地で東の王族を拾うとは。当時もよく出来た人形の様に可愛らしい王女だと思ったが、また美しく成長したものだな。そなたが幼い頃に会ったことがあるのだが、私のことは覚えていないだろうな?」

「……会った、ことがある?」


 どうやらこの人は、小さい頃の飛那ちゃんを知っている人らしい。

 そう言われてもピンとくるものがないらしく、飛那ちゃんはぼうっと熱に浮かされたように目の前の女の人を見ていた。 


「名前を……聞いてもいいか?」


 飛那ちゃんの問いに、女の人は薄い水色の目を細めて微笑んだ。

 

「私はルドゥーテだ。ルドゥーテ・ファーカー・ブライアン。元、王族だ」

ピンチの飛那姫達に助け船、新しい女性キャラ登場です。

文書配達編はあと3話くらい続きます。


昨日は身内の結石騒動で結局何も出来ず……なんだろう改稿作業。呪われてる(笑)

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