表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
180/251

ウルクマルタンの町

 ウルクマルタンの小さな酒場は、まだ営業時間前。

 おじいさんの妹だというおばあさんは、突然やって来た私達を嫌な顔一つせず招き入れてくれた。


「適当に座ってくれるかしら? まだお店開けてないけれど、簡単なものなら作れるわよ」


 そう言っておばあさんは、カウンター向こうのキッチンに立つと、鍋に火を付けた。気さくで穏やかで、「安心感」という言葉がぴったり合いそうなおばあさんだ。


 北にやって来てから、親切な人だな、と感じることが多い。途中の農村で会話した人達も、城下門の兵士も、犬そりを貸してくれたおじいさんも、みんな優しかった。

 厳しい冬を耐える期間が長いところには、人が優しくなる魔法でもあるんだろうか。


 ぱちぱちとはぜる、暖炉の火が暖かい。

 営業時間前なのに、おばあさんはパンとスープと豆を煮た軽食を出してくれた。素朴な見た目なのに、すっごくおいしかった。味にうるさい飛那ちゃんも、ぺろりと平らげた。

 北は食べ物がおいしいところも魅力的だなぁ。これで寒くなかったら、いつでも滞在してるのに。

 

「そう、毛玉の異形がねぇ……ヤギの味を覚えたらしくて、最近よく来るみたい。兄さんを助けてくれてどうもありがとうね」


 おじいさんにそりを借りた経緯を話したところで、私はモントペリオルへの行き方を尋ねた。


「え? モントペリオルに行くのかい?」

「はい、届け物の仕事なんです」


 雪なれしてない人にはあまり勧められないねえ、と食後のお茶を出しながらおばあさんは言った。


「ここからだと2日くらいかかりますか?」

「そうねぇ……今の季節だと、もうちょっとかかるかしら。大国に近付くと、海に近いここよりも雪が深くなるから、進みにくくなるのよ」

「そ、そうなんだ……どうしよう」


 私達は雪深い時期に北の大国へ行くのは初めてだ。道中がどんな風になっているのか想像もつかない。

 途中で遭難したり、雪に埋もれて動けなくなったりしたらどうしよう。


「少しお金がかかるけど、連絡ソリが出ているから、それに乗っていくといいわよ。1日で着くし、迷うこともないし」


 おばあさんが教えてくれた連絡ソリは、ウルクマルタンとモントペリオルをつなぐ定期便なのだそうだ。今日の便はもう出てしまったということなので、私と飛那ちゃんは一泊して、明日の早朝の便に乗ることにした。


「うちね、小さいけれど宿もやってるから、泊まっていくといいわよ」


 至れり尽くせりって、こういうことを言うんじゃないだろうか。

 宿も、夕飯もお願いすることにして、私達はウルクマルタンの町を見物することにした。


 暖かい羽毛入りのコートを着こんで、外に出る。

 歩いていて思った。気のせいか、武器商人が目に付く。明らかに数が多い。

 ギルドに寄ってみれば、流れの傭兵に対して長期滞在者を募っているし、城も傭兵部隊を作る予定があるとかなんとか。


(戦争ビジネスってやつかな……)


 まだうわさの段階で、確かなことは何もないそうだけれど、火のない所に煙は立たない。みんなそういう心づもりなんだそうだ。

 この先本当に、大きな戦争が起こるんだろうか。


「戦争になるって決まった訳じゃないんだろ? 呆れた混乱ぶりだな……」


 町の様子を見た飛那ちゃんが、厳しい顔で言った。

 攻め込む用意っていうよりは、自衛のために画策しているようだけれど。穏やかでない雰囲気の町に、私も飛那ちゃんも気持ちが波立つ。


「おじいさんが言ってた通り、西の大国とそんなことになったら、世界的な問題よね」

「大国同士が争うなんて、馬鹿げてる。隣の芝生が青く見えるんだかなんだか知らないが、欲しがっていいようなもんじゃない」

「まあそうよね……」


 実際に戦争となれば、危険な目に遭うのはまず兵士と一般民だ。

 何かを手に入れるには犠牲がつきもの、なんて考え方が当たり前なのはそもそも好きじゃない。

 私達はなんとなく重たい気持ちになって、酒場へ戻った。



 その夜、飛那ちゃんが窓を開けたので目が覚めた。冷たい風が室内に侵入してきて、目を覚まさずにはいられなかったのだ。

 私は布団を引っ張り上げて、肩までかぶり直した。抗議しようと思ったところで、メンハトが飛んで来たのだと気付いた。


「……蒼嵐さんから?」


 時間の都合とか考えずに飛んでくるメンハトは、たまにメイワクだ。

 飛那ちゃんは窓を閉めると、鳥から元の姿に戻った手紙の封を開けた。


「兄様……だと思ったんだけど、違うみたいだな」

「え? じゃあ誰?」

「アレクだ。そういえば、メンハトの球一つ渡してあった」


 私が度々会い損ねている騎士の名前を出すと、飛那ちゃんは手紙を広げて難しい顔になった。

 どうやら、私が思わず想像してしまったような、甘い内容ではないみたいだ。


「北から早く出た方がいいってさ。モントペリオルには近付くなって書いてある」


 飛那ちゃんから手渡された手紙を読んでみる。綺麗な字で、警告のような内容が書いてあった。

 うん、本当に一言一句甘くない内容だった。残念過ぎる。


「大国に近付くな、か……とはいえ、文書配達は終わらせなきゃいけないしな」

「さっさと終わらせて、さっさと帰りましょう。それがいいと思う」

「そうだな、とりあえず寝よう。明日は1日連絡ソリの上だ」


 飛那ちゃんはそう言うと、向かいのベッドに潜り込んでさっさと寝てしまった。

 高価そうな封筒をちょっとだけ眺めて、手紙をサイドテーブルに置くと、私も頭から布団をかぶった。

北の大陸はなんだかあちこちきな臭い感じです。


次回は、北の大国モントペリオルへ。文書配達完了……?

明日の更新は厳しいかもです(不快な風邪の諸症状が執筆を邪魔している)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ