ウルクマルタンの町
ウルクマルタンの小さな酒場は、まだ営業時間前。
おじいさんの妹だというおばあさんは、突然やって来た私達を嫌な顔一つせず招き入れてくれた。
「適当に座ってくれるかしら? まだお店開けてないけれど、簡単なものなら作れるわよ」
そう言っておばあさんは、カウンター向こうのキッチンに立つと、鍋に火を付けた。気さくで穏やかで、「安心感」という言葉がぴったり合いそうなおばあさんだ。
北にやって来てから、親切な人だな、と感じることが多い。途中の農村で会話した人達も、城下門の兵士も、犬そりを貸してくれたおじいさんも、みんな優しかった。
厳しい冬を耐える期間が長いところには、人が優しくなる魔法でもあるんだろうか。
ぱちぱちとはぜる、暖炉の火が暖かい。
営業時間前なのに、おばあさんはパンとスープと豆を煮た軽食を出してくれた。素朴な見た目なのに、すっごくおいしかった。味にうるさい飛那ちゃんも、ぺろりと平らげた。
北は食べ物がおいしいところも魅力的だなぁ。これで寒くなかったら、いつでも滞在してるのに。
「そう、毛玉の異形がねぇ……ヤギの味を覚えたらしくて、最近よく来るみたい。兄さんを助けてくれてどうもありがとうね」
おじいさんにそりを借りた経緯を話したところで、私はモントペリオルへの行き方を尋ねた。
「え? モントペリオルに行くのかい?」
「はい、届け物の仕事なんです」
雪なれしてない人にはあまり勧められないねえ、と食後のお茶を出しながらおばあさんは言った。
「ここからだと2日くらいかかりますか?」
「そうねぇ……今の季節だと、もうちょっとかかるかしら。大国に近付くと、海に近いここよりも雪が深くなるから、進みにくくなるのよ」
「そ、そうなんだ……どうしよう」
私達は雪深い時期に北の大国へ行くのは初めてだ。道中がどんな風になっているのか想像もつかない。
途中で遭難したり、雪に埋もれて動けなくなったりしたらどうしよう。
「少しお金がかかるけど、連絡ソリが出ているから、それに乗っていくといいわよ。1日で着くし、迷うこともないし」
おばあさんが教えてくれた連絡ソリは、ウルクマルタンとモントペリオルをつなぐ定期便なのだそうだ。今日の便はもう出てしまったということなので、私と飛那ちゃんは一泊して、明日の早朝の便に乗ることにした。
「うちね、小さいけれど宿もやってるから、泊まっていくといいわよ」
至れり尽くせりって、こういうことを言うんじゃないだろうか。
宿も、夕飯もお願いすることにして、私達はウルクマルタンの町を見物することにした。
暖かい羽毛入りのコートを着こんで、外に出る。
歩いていて思った。気のせいか、武器商人が目に付く。明らかに数が多い。
ギルドに寄ってみれば、流れの傭兵に対して長期滞在者を募っているし、城も傭兵部隊を作る予定があるとかなんとか。
(戦争ビジネスってやつかな……)
まだうわさの段階で、確かなことは何もないそうだけれど、火のない所に煙は立たない。みんなそういう心づもりなんだそうだ。
この先本当に、大きな戦争が起こるんだろうか。
「戦争になるって決まった訳じゃないんだろ? 呆れた混乱ぶりだな……」
町の様子を見た飛那ちゃんが、厳しい顔で言った。
攻め込む用意っていうよりは、自衛のために画策しているようだけれど。穏やかでない雰囲気の町に、私も飛那ちゃんも気持ちが波立つ。
「おじいさんが言ってた通り、西の大国とそんなことになったら、世界的な問題よね」
「大国同士が争うなんて、馬鹿げてる。隣の芝生が青く見えるんだかなんだか知らないが、欲しがっていいようなもんじゃない」
「まあそうよね……」
実際に戦争となれば、危険な目に遭うのはまず兵士と一般民だ。
何かを手に入れるには犠牲がつきもの、なんて考え方が当たり前なのはそもそも好きじゃない。
私達はなんとなく重たい気持ちになって、酒場へ戻った。
その夜、飛那ちゃんが窓を開けたので目が覚めた。冷たい風が室内に侵入してきて、目を覚まさずにはいられなかったのだ。
私は布団を引っ張り上げて、肩までかぶり直した。抗議しようと思ったところで、メンハトが飛んで来たのだと気付いた。
「……蒼嵐さんから?」
時間の都合とか考えずに飛んでくるメンハトは、たまにメイワクだ。
飛那ちゃんは窓を閉めると、鳥から元の姿に戻った手紙の封を開けた。
「兄様……だと思ったんだけど、違うみたいだな」
「え? じゃあ誰?」
「アレクだ。そういえば、メンハトの球一つ渡してあった」
私が度々会い損ねている騎士の名前を出すと、飛那ちゃんは手紙を広げて難しい顔になった。
どうやら、私が思わず想像してしまったような、甘い内容ではないみたいだ。
「北から早く出た方がいいってさ。モントペリオルには近付くなって書いてある」
飛那ちゃんから手渡された手紙を読んでみる。綺麗な字で、警告のような内容が書いてあった。
うん、本当に一言一句甘くない内容だった。残念過ぎる。
「大国に近付くな、か……とはいえ、文書配達は終わらせなきゃいけないしな」
「さっさと終わらせて、さっさと帰りましょう。それがいいと思う」
「そうだな、とりあえず寝よう。明日は1日連絡ソリの上だ」
飛那ちゃんはそう言うと、向かいのベッドに潜り込んでさっさと寝てしまった。
高価そうな封筒をちょっとだけ眺めて、手紙をサイドテーブルに置くと、私も頭から布団をかぶった。
北の大陸はなんだかあちこちきな臭い感じです。
次回は、北の大国モントペリオルへ。文書配達完了……?
明日の更新は厳しいかもです(不快な風邪の諸症状が執筆を邪魔している)。
 




