酔っ払いの男
「何っ……?!」
「な、なんだこいつは……?!」
突然現れた魔力を放つ長剣に、男達は明らかに動揺して数歩後ずさった。
少しのためらいの後、男の一人が剣を振りかぶって飛那姫に斬りかかる。
(……遅い)
すっと横に攻撃をかわすと、飛那姫は体を沈み込ませて神楽の柄を男のみぞおちに突き立てた。
「ぐはっ!」
頭の芯がすごく冷えて、冴えているように感じた。
崩れ落ちる男を、冷ややかに見下ろす。この男達は先生や城の精鋭隊よりよほど弱い。
「このくそガキ……!」
もう一人の男が頭上から振りかぶった剣を、神楽を横に構えて受けた。
ガキン! 金属音とともに火花が散る。飛那姫は魔力を腕に集中させると、ねじ伏せようとする上からの力をはじき返した。
驚愕に顔をゆがめた男に、攻撃を加えようと踏み出した瞬間。
「かはっ……!」
勢いよく横から首を引っ張られて、派手に転んだ。
鎖の先を御者として座っていたはずの男が握っていた。
もう一人、敵がいたのだ。
「いいぞ! そのまま引っ張れ!」
剣を弾かれた男は、再び剣を掲げて振り下ろしてきた。
とっさに剣を構えたものの、体勢が悪い。
(受けられるか……?!)
神楽を握る両手に力をこめたところで、剣を振りかぶった男がぴたりと動きを止めた。
「……?」
「あが……」
妙なうめき声とともに、男がその場に崩れ落ちる。ガシャン、と男の持っていた剣が地面に転がった。
首元の力が緩んだことに気付いて振り返ると、御者の男が走って逃げていくのが見えた。
「あー……、面白いもん見つけちまった……」
のんきな声とともに、ふわりと酒臭い匂いが立ちこめる。
振り返った飛那姫が見上げたそこには、40代くらいのがっしりした男が立っていた。
新たな敵かと、後ろに跳んだ飛那姫は剣を構えた。
「おいおい、助けてやった人間にそれはないだろう?」
「?」
その時、傭兵達の雇い主である太った男が、震えながら馬車の影から現れた。
「お、お前……一体なんなんだ?! せっかく買ったのに……奴隷のくせに、俺の言うことが聞けないっていうのか?!」
「……どれい?」
飛那姫はいぶかしげに眉をひそめて、脂ぎった男を見やる。
その言葉は、聞いたことがないものだった。
「いやいやいや、違う違う。奴隷じゃ無くて、これ、ウチの娘だ」
「「は?」」
太った男と飛那姫は、同時に酔っ払い風の男に向かって声をあげた。
(誰が、誰の娘だって?)
「というわけで、ウチの子連れて帰るから」
「ふっ、ふざけるな! その娘は、26万も出して俺が買ったんだぞ!」
「へえぇ~。お前、ずいぶん高く買ってもらったのな」
男は全く聞く耳を持たず、あっけにとられている飛那姫の手を掴んで歩き出した。
「じゃあな~」
ひらひらと手を振る男に、飛那姫も太った男も開いた口がふさがらない。
腕を捕まれたまま路地から出ると、まだ明るい街の喧騒が目の前に広がっていた。
「……!」
飛那姫はこんなにたくさんの一般民に囲まれたことはなかった。城下町に出るときはいつも、ロイヤルガード達が側に控えていたからだ。
両隣の護りが落ち着かない。飛那姫はわずかに体を強ばらせた。
「嬢ちゃん……その剣は目立つから、もう消しな」
そう言われたことで、はっとして自分の腕を引いている男を見上げた。
(この人は……一体誰?)
敵なのか、味方なのか。
飛那姫は捕まれている腕をふりほどくと、ぎっと男を睨み付けた。
「だから、そんな目で見るなって。おじさんちょっと傷つくぜ。
「私を助けた……の?」
「そうだよ」
「何のために?」
「そうだな……興味が沸いたんだ、お前さんに」
その剣、と男が神楽を指さす。
小さく肩を緊張させると、飛那姫は警戒を解かないまま剣を宙に溶かした。
それを見た男が、ひゅう、とうれしそうに口笛を吹く。
「やはり魔法剣か」
「……何を知っている? 何故私を助けた? お前は何者か?!」
「うーん、随分と質問が多いな」
「答えたくないならば良い。助けてくれたことには礼を言います。でも、これ以上は結構……」
飛那姫は立ち去ろうとして、男に背を向けた。
誰も信用できない。今は、誰も信用しない方がいい。
「まあ待て待て、お前さん、見たところ何にも持ってないみたいだし、そのまま行くとのたれ死ぬぞ。それにその奴隷の首輪、どうするつもりだ?」
「どれいの首輪?」
じゃらり、と音を立てた鎖に思い当たって、飛那姫は視線をさまよわせた。
「どこかで、取ります」
「どこかじゃなくて、俺が取ってやるって」
「あなたが?」
飛那姫は、まじまじと男を見返した。
短く刈り込んだ黒い髪、黄味がかった浅黒い肌は東の者の特徴そのものだ。
ちょっと暑苦しい感じの笑顔に、無精ひげ。
防寒にならなさそうな簡単な上着と、ゆるめのズボン。
がっちりとした体の割に、隙だらけのだらしない立ち姿。
そして酒臭い。
どこからどう見ても、強そうには見えなかった。
「……結構です」
「いや、おじさんのこと信用してないね?」
にやりと笑った男が少し動いた気がして、飛那姫は目を瞠った。
ふっ、と縦一文字に走った風が、前髪を揺らす。
次の瞬間、ガチャン、と音を立てて黒い首輪と鎖が足下に転がった。
「……なっ」
見えなかった。
かろうじて、気配だけ追えた。
明らかに目の前のこの中年男が何かしたのだ。それだけは分かった。
「今、何を……?」
軽くなった首に手をやって、飛那姫は呆然と尋ねた。
男は、にやにや笑いながらヒゲをさすると、親指で街の商店街の方を示して見せた。
「ま、とりあえず、飯でも食うか?」
番外編「病と光」にリンクしている話でした。
本編に組み込んだ方が良かったと後悔している短編なので、出来ましたらこちらを読んでから、次話にお進みください(読まなくても大丈夫と言えば大丈夫ですが)。
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