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没落の王女  作者: 津南 優希
第一章 滅びの王国備忘録
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酔っ払いの男

「何っ……?!」

「な、なんだこいつは……?!」


 突然現れた魔力を放つ長剣に、男達は明らかに動揺して数歩後ずさった。

 少しのためらいの後、男の一人が剣を振りかぶって飛那姫に斬りかかる。


(……遅い)


 すっと横に攻撃をかわすと、飛那姫は体を沈み込ませて神楽の柄を男のみぞおちに突き立てた。


「ぐはっ!」


 頭の芯がすごく冷えて、冴えているように感じた。

 崩れ落ちる男を、冷ややかに見下ろす。この男達は先生や城の精鋭隊よりよほど弱い。


「このくそガキ……!」


 もう一人の男が頭上から振りかぶった剣を、神楽を横に構えて受けた。

 ガキン! 金属音とともに火花が散る。飛那姫は魔力を腕に集中させると、ねじ伏せようとする上からの力をはじき返した。

 驚愕に顔をゆがめた男に、攻撃を加えようと踏み出した瞬間。


「かはっ……!」


 勢いよく横から首を引っ張られて、派手に転んだ。

 鎖の先を御者として座っていたはずの男が握っていた。

 もう一人、敵がいたのだ。


「いいぞ! そのまま引っ張れ!」


 剣を弾かれた男は、再び剣を掲げて振り下ろしてきた。

 とっさに剣を構えたものの、体勢が悪い。


(受けられるか……?!)


 神楽を握る両手に力をこめたところで、剣を振りかぶった男がぴたりと動きを止めた。


「……?」

「あが……」


 妙なうめき声とともに、男がその場に崩れ落ちる。ガシャン、と男の持っていた剣が地面に転がった。

 首元の力が緩んだことに気付いて振り返ると、御者の男が走って逃げていくのが見えた。


「あー……、面白いもん見つけちまった……」


 のんきな声とともに、ふわりと酒臭い匂いが立ちこめる。

 振り返った飛那姫が見上げたそこには、40代くらいのがっしりした男が立っていた。

 新たな敵かと、後ろに跳んだ飛那姫は剣を構えた。


「おいおい、助けてやった人間にそれはないだろう?」

「?」


 その時、傭兵達の雇い主である太った男が、震えながら馬車の影から現れた。


「お、お前……一体なんなんだ?! せっかく買ったのに……奴隷のくせに、俺の言うことが聞けないっていうのか?!」

「……どれい?」


 飛那姫はいぶかしげに眉をひそめて、脂ぎった男を見やる。

 その言葉は、聞いたことがないものだった。


「いやいやいや、違う違う。奴隷じゃ無くて、これ、ウチの娘だ」

「「は?」」


 太った男と飛那姫は、同時に酔っ払い風の男に向かって声をあげた。


(誰が、誰の娘だって?)


「というわけで、ウチの子連れて帰るから」

「ふっ、ふざけるな! その娘は、26万も出して俺が買ったんだぞ!」

「へえぇ~。お前、ずいぶん高く買ってもらったのな」


 男は全く聞く耳を持たず、あっけにとられている飛那姫の手を掴んで歩き出した。


「じゃあな~」


 ひらひらと手を振る男に、飛那姫も太った男も開いた口がふさがらない。

 腕を捕まれたまま路地から出ると、まだ明るい街の喧騒が目の前に広がっていた。


「……!」


 飛那姫はこんなにたくさんの一般民に囲まれたことはなかった。城下町に出るときはいつも、ロイヤルガード達が側に控えていたからだ。

 両隣の護りが落ち着かない。飛那姫はわずかに体を強ばらせた。


「嬢ちゃん……その剣は目立つから、もう消しな」


 そう言われたことで、はっとして自分の腕を引いている男を見上げた。


(この人は……一体誰?)


 敵なのか、味方なのか。

 飛那姫は捕まれている腕をふりほどくと、ぎっと男を睨み付けた。


「だから、そんな目で見るなって。おじさんちょっと傷つくぜ。

「私を助けた……の?」

「そうだよ」

「何のために?」

「そうだな……興味が沸いたんだ、お前さんに」


 その剣、と男が神楽を指さす。

 小さく肩を緊張させると、飛那姫は警戒を解かないまま剣を宙に溶かした。

 それを見た男が、ひゅう、とうれしそうに口笛を吹く。


「やはり魔法剣か」

「……何を知っている? 何故私を助けた? お前は何者か?!」

「うーん、随分と質問が多いな」

「答えたくないならば良い。助けてくれたことには礼を言います。でも、これ以上は結構……」


 飛那姫は立ち去ろうとして、男に背を向けた。

 誰も信用できない。今は、誰も信用しない方がいい。


「まあ待て待て、お前さん、見たところ何にも持ってないみたいだし、そのまま行くとのたれ死ぬぞ。それにその奴隷の首輪、どうするつもりだ?」

「どれいの首輪?」


 じゃらり、と音を立てた鎖に思い当たって、飛那姫は視線をさまよわせた。


「どこかで、取ります」

「どこかじゃなくて、俺が取ってやるって」

「あなたが?」


 飛那姫は、まじまじと男を見返した。


 短く刈り込んだ黒い髪、黄味がかった浅黒い肌は東の者の特徴そのものだ。

 ちょっと暑苦しい感じの笑顔に、無精ひげ。

 防寒にならなさそうな簡単な上着と、ゆるめのズボン。

 がっちりとした体の割に、隙だらけのだらしない立ち姿。

 そして酒臭い。


 どこからどう見ても、強そうには見えなかった。


「……結構です」

「いや、おじさんのこと信用してないね?」


 にやりと笑った男が少し動いた気がして、飛那姫は目を瞠った。

 ふっ、と縦一文字に走った風が、前髪を揺らす。

 次の瞬間、ガチャン、と音を立てて黒い首輪と鎖が足下に転がった。


「……なっ」


 見えなかった。

 かろうじて、気配だけ追えた。

 明らかに目の前のこの中年男が何かしたのだ。それだけは分かった。


「今、何を……?」


 軽くなった首に手をやって、飛那姫は呆然と尋ねた。

 男は、にやにや笑いながらヒゲをさすると、親指で街の商店街の方を示して見せた。


「ま、とりあえず、飯でも食うか?」

番外編「病と光」にリンクしている話でした。

本編に組み込んだ方が良かったと後悔している短編なので、出来ましたらこちらを読んでから、次話にお進みください(読まなくても大丈夫と言えば大丈夫ですが)。

https://ncode.syosetu.com/n3200fb/

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