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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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青い大翼の鳩

 エベレスから帰還して、またしばらく時が経った。


 私はイーラスとともに、寒風の吹き込む外廊下を歩いていた。

 今年の冬は出だしから寒さが厳しい。鈍色(にびいろ)の雲が流れていくのを見ていると、まるで色々なことが悪い方向に傾いていくかのようにさえ感じる。

 そんな風に思ってしまうのは、今し方終わった、父王や大臣らとの会議のせいだろう。


「ついこの間、3国会議だったはずですのに……もうすっかり真冬ですね」


 空を見上げていた私の視線の先を追って、イーラスがぽそっと言った。


「うん、そうだな」


 時の流れが早いのは確かだ。考えなくてはいけないことが色々あると、1日がもっと長ければと考えてしまう。

 しかし時間はいつでも平等に流れ、少しも立ち止まってはくれない。


 今日の会議の内容は、北の大国の動きについてだったのだが……

 大臣らが言うには、モントペリオルが進めていた小国の統治が事実上終わったらしい。

 小国を威圧して統治を進めた上で徴兵制度を作り、大陸中の兵士となる人間をかき集めていると聞く。

 一体何が目的かと考えれば、その先は悪い予想しかない。


 対して南の大国は、息を潜めるようにおとなしい。

 北を警戒してはいるのだろうが、何を考えているのか読めないというのも不気味なものだ。


 モントペリオルや他の小国に滞在している、内部調査部隊からの情報によれば、武力をちらつかせて無理に統治を進めたせいで、北の内部には軋轢(あつれき)が生じているところも少なくないという。

 だがその小さな諍いも、いずれは落ち着くだろうということだ。

 大陸内部の問題が片付いたら、モントペリオルはもっと大きな問題に手を出すことになる。


 すなわち、我が国との関係において。

 今まで通り協定関係を続け、自国に有利な条件を突きつけてくるか。

 もしくは、敵対することを選ぶのか。


「アレクシス王子、午後からの予定ですが……所用をいくつか片付けておきましたので、3時間ほどスケジュールに穴が出来ました」

「それはありがたい。イーラスは本当に優秀だな、助かるよ」

「いえ、私と他の侍従で済むことでしたので……王子も少し、息抜きされた方がよろしいかと」

「ああ、そうさせてもらおうかな……」


 思わぬ休息の時間が取れて、私はここ数日剣の稽古が出来ていなかったことを思い出した。

 練習場は空いているだろうか。体を動かせば少し気分も晴れるかもしれない。


 外廊下の向こうに見える、騎士団の練習場には精鋭部隊が集まっていた。

 しかし稽古ではなく、どうやら帰還した部隊が荷物を広げて後片付けを行っているらしいことが分かった。


「あれは……」


 国境地帯で起きた襲撃事件を調査しに行っていた部隊だろう。

 到着したばかりの騎士達の元へ、私は足を向けた。集団から抜けて、騎士団長のシャダール先生がこちらへ歩いてくるのが見えた。


「シャダール先生、調査ご苦労様でした」


 私が声をかけると、先生は軽く礼をして応えた。


「アレクシス王子、ただいま帰還しました。いや、ひどい有様でしたよ。これから国王様へご報告に参るところですが……」

「襲撃犯のことは何か分かりましたか?」

「ええ、何点か北の仕業だろうという根拠も見つけたのですが……使われた爆薬が南の方の製造だったのが意外でした。その他にもご報告したいことがあります」

「南の……? 分かりました。詳しいことを父上と一緒に聞かせてください」


 私はシャダール先生と肩を並べて歩き出した。


「時に王子、私がいない間も面倒な公務が多かったと聞きます。剣の稽古は出来ておりましたかな?」


 稽古をしていないのが分かっているような口ぶりで、先生がそう尋ねた。


「いえ、この数日は全く」

「そんなことだろうと思いました。後でお時間があれば、手合わせにお付き合いしましょう」

「先生、帰還されたばかりでお疲れでしょう。少し休まれた方が……」

「年寄り扱いですかな? 勘弁していただきたい。いや、実のところ私自身が少し稽古をしたいのですよ」

「先生が……ですか?」


 予想外の言葉に、私は不思議に思い聞き返した。

 確かに、御年53歳になられるはずの先生に、疲れた様子は見られない。だが、剣の稽古をしたいというのは……


「シャダール先生、何かありましたか? 何というか、こう若返られたように生き生きとされているように感じますが」

「はっはっは、若返るですか、それはいいですな。何、少しばかり楽しい出会いがあったものですから」

「楽しい、出会いですか?」


 愉快そうに先生は、「ええ」と頷いた。


「襲撃現場をうろついているところを見つけましてね。傭兵の剣士ですよ。あれは……まれに見る強い剣士でした。是非とも我が騎士団にと、その場でスカウトしたのですが……見事にフラれてしまいましてね」

「シャダール先生自ら? それは……傭兵も驚いたことでしょう」

「いえ、私が名乗ってからも始終落ち着いていましたよ。試みに後ろから斬り込んでみたのですが、なんなく止められてしまいました」

「先生の攻撃を、ですか??」

「ええ、あの青い魔法剣の剣気は凄まじいものでした。あのような剣がこの世に存在するとは……長く剣士をやっていて良かったと思いましたよ」


 先生の言葉に、私は足を止めた。

 今のは、聞き間違いではないだろうか。


「……今、青い魔法剣……とおっしゃいましたか?」

「ええ、魔法剣です。大変珍しいものを見ました。世界はまだまだ広いものです。若い頃のように武者修行の旅に出たくなってしまったくらいですよ」


 立ち止まった私を振り返って、先生はそう笑った。

 青い魔法剣を持つ傭兵……間違いない、飛那姫だろう。


「魔法剣を所有しているというだけで、手練れの剣士には間違いないでしょうからな」

「先生、それで彼女はどこへ行くと言っていましたか?」

「えっ? ……さあ? 北へ行くとは聞きましたが、詳しいことは何も。仕事で向かうのだと言っていましたよ……それがどうかしましたか?」

「……いえ」


 飛那姫が北に向かった?

 この時期に何故、南から北へなど向かうことになったのか……一体何の仕事なのだろう。

 何となく、嫌な予感がした。


 国境付近の襲撃事件といい、小国との諍いといい、今この時に治安の悪くなっている北へ向かうのは、避けた方がいいだろうと思えた。

 飛那姫なら大丈夫だろう、とも思ったが、先日の一件のようなこともある。あの強い彼女でも、あんな風に深手を負うことがあるのだ。

 せめて北の内部が荒れていることを、彼女に報せられないだろうか。


(そうだ……伝書鳩(メンハト)……!)


 私は彼女からもらったメンハトがあったのを思い出した。


「先生、急用を思い出しましたので、ここで失礼させていただきます。襲撃の詳細はまた後ほど聞かせてください」

「む? そうですか……?」


 首を傾げた先生を後に、私は急ぎ自室に戻った。

 机から便せんを取り出し、ペンを握って手短な手紙を書く。


『無事に旅を続けていることと思う。詳しいことは省くが、北方面は今、大国を中心に治安が悪くなっている。もし北に向かったのなら、余計なことに巻き込まれる前になるべく早く出た方がいい。特にモントペリオルは余所者の侵入に過敏になっているはずだから、近付かないように』


 用件だけだったが、それだけ書いて封筒にしまった。

 飛那姫からもらったメンハトの(たま)を、しまっておいた小箱から取り出す。


「王子、それは……?」

「飛那姫のメンハトだよ。これ一つだけなんだが……北は今安全でないってことを、一応報せておいた方がいいだろう?」


 私の行動を止めるでもなく黙って見ていたイーラスが、そこではじめて小さいため息をついた。

 分かっている。だが、今は先生の報告を聞くよりもこれを優先したい。 


 書き終わったばかりの手紙の上で、飛那姫の宛名登録がしてある白い球を潰した瞬間。

 翼を広げたメンハトの姿に、私もイーラスも目を疑った。


「これは……」

「だっ、大翼の鳩?!」


 現れたのは濃い青空のような羽色を持った、大翼の鳩だった。

 しなやかに伸びた首。凜としたシルエット。美しい艶の大きな冠羽。

 体長は私のメンハトと同程度だろう。しかし青く輝くしだり尾は、今までに見たこともない程の長さだった。


「これが、飛那姫の鳩……?」


 その気高い姿に、私は息を飲んだ。本人と同じ薄茶色の透き通った瞳に、視線が釘付けになる。

 開いたバルコニーの窓から飛び出す瞬間、翼の裏だけが純白なのだと分かった。

 飛那姫の鳩が遠く空の彼方に飛び去ってしまうまで、私とイーラスは呆然とその場に立ち尽くしていた。


「どこまで、非常識な娘なんでしょう……」


 そんなイーラスの呟きで、私は我に返った。

 非常識なんて言葉で片付けられるのだろうか。王族の私よりも艶やかな大翼の鳩なんて、一般民の生まれでは考えられない。

 飛那姫の鳩は、今までに見たどの王族の鳩よりも気高く、美しかった。


(彼女は本当に、ただの傭兵なのか?)


 私の中に、大きな動揺と疑問が残った。

飛那姫のメンハトは派手なので、密書を運ぶには全く向きません。


次回、モントペリオルへ向かう道中話に戻ります。

文書配達編はもう少し続きます。

明後日、更新予定です。

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