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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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道中の黒ヤギと犬そり

 ヤギだ。ヤギがいっぱいいる。


「メエェ~」


 真っ白い雪の中に、黒いヤギが転々としてるって、なんか変だ。

 雪が止んでお日様が出ているのがうれしいのか、ヤギたちはしきりに鼻で地面を掘り起こしながら、雪の下のコケやら草やらを食べている。

 なんか、寒くてものどかだなぁ。


黒星山羊(くろほしやぎ)だな。こんな北の方の種類だったんだ。知らなかった」


 飛那ちゃんが黒いヤギを見て言った。彼女によると、あのヤギのチーズはクセが少なくておいしい高級食材らしい。

 へぇ、食べたいものリストに追加しておこうっと。

 おそらく牧草地帯だろうこの辺りは、すっかり銀世界。道もあるんだかないんだか……インパルスがなかったら、私だって絶対迷ってる。


 私達は旅程で言うところの5日目の朝を迎えていた。モントペリオルまではまだ結構な距離がある。

 現在の外気温は0度。さすがに野営は厳しくて、昨夜は羽毛のブランケットにくるまっていても凍死するかと思った。今日はどこかちゃんとした宿に泊まりたいわ。


「それで、そのウルクナントカって言う小国はあとどれくらいで着くんだ?」

「インパルスによると、この速度で進めばあと3時間後だって。3時間……歩くの? この雪の中を」

「なんで私に聞くんだ。歩くんだろ? 歩かなきゃ着かないんだから」

「ええー……」


 北には小国が5つある。

 私達はそのうちの一つ、ウルクマルタンの町へ向かっているところだ。

 この寒い中、後3時間も歩くのかと思うとうんざりだけど、飛那ちゃんの言うとおり歩かないと着かないので仕方ない。

 雪は深くないので多少歩きにくいだけで済んでる。でもこのスパイクのついたモコモコブーツ、ちょっと重いから余計に疲れるのよね……


 そんなことを考えていたら、前方に見える小さな納屋から、突然人が飛び出して来た。


「こらーっ! うちのヤギ食うなあーっ!!」


 そう叫んだのは、茶色い毛皮をかぶったおじいさんだった。雪の中をわしわしこっちに向かって走ってくる。


「え? え?」


 ヤギ、食べてないよ?!

 私と飛那ちゃんが顔を見合わせてると、おじいさんは私達の横を通り抜けて、黒星山羊達のいた方へ走って行ってしまった。


「何なのあの人……」

「……美威、あれじゃないか?」


 飛那ちゃんの指さした先に、黄土色っぽい塊が何個か見える。動いてるみたいだ。

 あ、あれ多分……ケルトマトンだよね? 寒いところと暗いところが好きな、丸くて跳ねる異形。


「あの爺さん、戦えるのか? 見たとこ武器は、あの手に持ってる棒だけみたいだけど」


 確かに。いかにも頼りないあの太い棒だけじゃ、低級とはいえ、異形を滅することなんて出来ないわよね。

 心配になって見ていたら、おじいさんは勇敢にケルトマトンの群れに突っ込んでいって棒を振り回し始めた。そして案の定、後ろから横から毛玉のボディアタックを食らって、雪の中に倒れ込んだ。


「あ、やっぱり無理そうだな」

「助けますか。ちょっと距離があるから……小鳴神(こなるかみ)っ」


 私が放った小さい雷系魔法は、ケルトマトン達の上空から四散して、その場にいる数体を灰色の霧に還していった。

 それを見た残りの数匹が、脱兎のごとく逃げていく。

 飛那ちゃんと私は、倒れたままのおじいさんに駆け寄った。


「爺さん、大丈夫か?」

「あいたたた……くそぅ、あの毛玉共……ああ、すまない。なんとか大丈夫だ」


 雪まみれのおじいさんを抱え起こすと、飛那ちゃんはその場に落ちていた棍棒を拾ってあきれ顔になった。


「仮にも異形相手に、魔力も無い人間が棒一本で立ち向かおうなんて……ヤギが食われる前にあんたが食われちまうぞ?」

「いや、いつもなら息子達が剣で追い払ってくれるんだが……どうもありがとう。助かったさ」


 そう言って、おじいさんは苦笑いで頭をかいた。

 ひとまず怪我がなくて良かったけど……


「息子達はすぐに戻ってくるのか? 爺さん1人でヤギの番じゃ心許ないだろ」

「ああ。今日の夜か明日にでも帰ってくるさ。徴兵制度とやらが始まったせいで兵士の登録に行ってるんだよ」

「徴兵制度?」

「知らないのかい? お嬢さん方、北以外から来なさったか。悪い時期に来たもんだ……」


 意味ありげにそう言うと、おじいさんは毛皮についた雪を払って自分の出て来た納屋を指さした。


「寒いだろう? 茶でも飲んで行きなさい」


 お言葉に甘えて、私達はヤギの見張り小屋でお茶をいただくことになった。

 素朴な木のテーブルにベンチ。燃えているストーブの火に、かじかんだ手を近付けてほっとする。おじいさんは木彫りのカップに温かいお茶を煎れてくれた。


「あったか~い」

「ゆっくりあったまっていくといいよ」


 こう寒いと、火の側がいつも以上に快適に感じられる。ああ、もうここから離れたくないわ。


「さっきの話だけど、徴兵制度が始まったって、なんのことなんだ?」


 飛那ちゃんの問いに、おじいさんは自分もお茶を持って向かいに腰を下ろした。


「モントペリオルが数年前から、小国を統治するように動いているのは知ってるかい?

「いや……」

「元々大国と小国は協定を結んでいただけで、はっきりとした上下関係はなかったんだが……今の王になってからかなあ、大国が小国を完全な傘下に入れたがるようになってな」


 おじいさんの話によると、モントペリオルは5つある小国のうち、4つまでを早々に傘下に入れて、事実上の大陸統治を目指していたらしい。

 小国からは反発もあったみたいだけど、逆らえば戦争になるから、4つの小国は大国の言いなりになるしかなかったそうだ。


「ウルクマルタンもなぁ、最後まで自分たちに有利な条件を得ようとあがいてたんだが。この何日か前にとうとう傘下に入ることになった」

「じゃあ徴兵制度ってのは、大国の政策なのか?」

「そうだ。なんでも兵士になる人間がどれだけいるか把握したいとかで、40歳以下の男は農民でも、みんな兵士登録しなきゃいけない。それで今、若い衆が町へ登録に行ってるんだよ」

「……農村地帯でも兵士のかき集めだなんて。戦争でもする気かしら?」


 私の言葉に、おじいさんが暗い顔で頷いた。


「もっぱらそんな噂だ。西の大国とおっ始める気なんじゃないかってな」

「え? 嘘でしょう? なんのためにそんな……」


 大国同士で戦争? 領土拡大のためとか? ナンセンスすぎやしないだろうか。

 飛那ちゃんは難しい顔でその話を聞いていた。


「私達、これからウルクマルタンに行くんですけど。町には入れるかしら?」

「今は城も町中もピリピリしてるけど、入れないことはないだろう。気を付けて行くといいいよ、いきなり戦争になったりはしないだろうが……ああ、そうだ。わしの妹の所に行くといい。ウルクマルタンで酒場をやってるから」


 おじいさんはそう言って、町で妹さんがやっているという酒場の場所を教えてくれた。

 さらに、そこで返せばいいからと、犬ぞりまで貸してくれるという。私達は親切に甘えて、ありがたく4頭の犬とそりを借りることにした。


「おじいさん、どうもありがとう~!」


 そりが出発すると、手を振っているおじいさんはどんどん小さくなっていった。

 雪の中を滑り出したそりは、馬車と全然違って、地面が近いせいかスピード感がある。


「おおっ、これめちゃくちゃ楽しい!」


 マッシャー(馬車で言うところの御者)役の飛那ちゃんはすごく楽しそうだったけど、私はちょっと怖かった……


 3時間の道のりが、1時間足らずで着いてしまった。

 おじいさんの妹さんの酒場、もうやっているだろうか。お腹空いたしなんか食べたいな。


 ウルクマルタンは見えている部分の城壁からして、そこそこ大きい小国のようだった。

 グラナセアよりは小さいけど、城下門の造りもしっかりしている。

 検問でおじいさんの妹さんの名前を出して、知人で酒場を訪ねるところです、って言ったら、中に通してもらえた。


 町の中ももちろん雪だらけなんだけど、道は広いしちゃんと除雪されて歩けるようになっている。

 私と飛那ちゃんは、酒場を目指してゆっくりそりを滑らせていった。


 三角の大屋根が並ぶウルクマルタンの町は、家一軒一軒の間が広い。

 屋根から雪が落ちてくるのと、除けた雪を積むスペースとして空けてあるらしい。


 商店の窓に見える、色鮮やかな布を使ったバッグやら小物やらを見ていて思い出した。

 ここら辺一帯の特産品は民族織物なのよね。


 北の伝統模様を、華やかなクロスステッチと刺繍で表現した民族織物(パービリアン)は、東の真華蘭織(しんからんおり)と、西の西華蘭織(せいからんおり)と並んで、世界三大織物の一つと言われている。

 ちなみに西の西華蘭織は、東から伝わったものを独自に発展させたものらしい。


 目的の酒場はと言えば、城下門から割と近いところにあった。

 私は犬ぞりを止めた飛那ちゃんの後ろから降りて、丸太造りで出来た酒場の階段を上った。

 「準備中」の看板がかかった入口の扉を叩く。


「ごめんくださーい」


 中でガタガタ音がしたと思ったら、ガチャッと入口の扉が開いた。

文書配達編は、世界観や世情の解説が多めです。

作者は幼い頃犬そりに憧れ、飼い犬にスケボーを引かせましたが、即電柱に激突しました。いい思い出です……


次回、プロントウィーグルの話を挟みます。

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