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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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大国の騎士団長と魔法剣の傭兵

 隙ってものが全く感じられない、初老の剣士は鋭い目で飛那ちゃんと私を睨んでいた。

 誰だか知らないけど、周りの反応や態度からして、きっとエライ人なんだろうってことは分かった。

 分かったけど、臨戦態勢で圧力かけるのはやめてほしい……私は飛那ちゃんの後ろにしっかりと隠れ直した。


「通りすがりの傭兵だけど……あんたらは城の兵士か?」


 飛那ちゃんの言葉に、男は「いかにも」と腰の剣に手をかけた。

 うーん……飛那ちゃん、穏便にね。穏便に……


「お前達は今、ここを登ってきたな? 魔法士か? 何故この界隈(かいわい)をうろついている?」

「うろついてるわけじゃない。通りすがりだって言ったろ? あんたらこそなんなんだ、ピリピリしやがって……感じ悪いぞ」

「……ふむ、ただの通りすがりには見えないので聞いているのだが……もう一度聞こう。ここで何をしていた?」

「しつこい爺さんだな。通りすがり以上の何を説明すりゃ気が済むんだ? つーか、この問答に付き合ってるほどヒマじゃない。そこ通してくれ」

「ほう、若いのにいい度胸だな、娘」


 剣が鞘から引き抜かれるところは見えなかった。ヒュッと空を斬る音がして、飛那ちゃんの体が少し強ばったのが分かった。

 気付いた時には、初老の剣士が、抜剣した切っ先を、飛那ちゃんの首筋にぴたりとあてていた。

 飛那ちゃんは身動きひとつしないまま、初老の剣士の目を見据えていた。


「……身じろぎすらしないとは、どういうつもりだ? 戦えるのだろう?」


 その様子に、初老の剣士は表情を変えずにそう尋ねた。


「殺気もない相手になんで戦わなくちゃならない? あんたは私達を殺す気はないし、私達もあんたらの敵じゃない。仕事で北に向かってるだけのただの傭兵だ」


 緊張感なくそう言って、飛那ちゃんは首筋にあてられた剣の刃を指でつまむと、投げ捨てるように引きはがした。


「ふむ、ただの傭兵とは思えないが、まあいい。悪しき者ではないようだ」

「そりゃどーも」


 初老の剣士は剣を鞘に収めると、私達が登ってきた谷底の先を指さした。


「この先を行くのなら止めはしないが、崩落があって下は落石で埋まっている。このまま上を行くといい」

「落石? だから火薬臭かったのか?」

「臭いに気付いたか……時間が経っているゆえ、かなり薄くなっていると思ったのだが」

「怪しいと思ったから、下を行かないでわざわざ登ってきたんだよ。なんなんだ? なんかの軍事訓練なのか?」

「……答える必要はない。もう行くといい」


 飛那ちゃんの質問には答えずに、初老の剣士は一歩退いて道を空けた。他の兵士もそれにならって後ろに下がる。

 飛那ちゃんは油断なく兵士達を見て、背後の私を引っ張り出すと先に行くよう促した。


「……盾」


 一言だけ、小声でそう呟いて。

 意味は分かった。盾を張っておけってことだ。そう思った私は自分の体ギリギリのラインで絶界の盾を展開した。こうすると、他の人からは盾の境がよく見えないのだ。


 キン! と神楽の顕現する音が耳に聞こえたのと同時に、金属同士が接触する衝撃音が響き渡った。

 ビリッとした衝撃波が、駆け抜けていく。


「……危ねえな」


 再び抜剣した初老の剣士の刃を受け止めたまま、飛那ちゃんが呟いた。

 行かせてもらえると思ったら、背後から攻撃されたらしい。拮抗(きっこう)を保ったままの剣同士がカチャカチャと震える音を立てた。


「避けると思ったが……それは魔法剣か。やはり娘、ただの傭兵などではないな?」

「魔法剣持った、ただの傭兵ってことでどうだ?」

「……それは面白い」


 ふっ、と笑って剣を引くと、初老の剣士は刃を下ろした。


「強い相手と分かれば試してみたくなる、剣士の(さが)だ……すまなかったな」

「怪しい魔法剣持った傭兵を、このまま行かせていいのか?」

「お前はいい目をしている……先ほども言ったが、悪しき者ではないだろう。かまわん」

「悪しき者でないと思うなら、背後から斬りかかるなよな……まあ、爺さん達も仕事だろうから仕方ないけどさ」


 飛那ちゃんが持った青く光る神楽を見て、周囲の兵士達はまだ警戒心たっぷりみたいだけど。

 初老の剣士はすっかり緊張を解いているように見えた。笑顔すら浮かべながら、飛那ちゃんを見ている。


「お前達がプロントウィーグルにとって害なす存在ならば容赦はしないがな。私は騎士団長のトラハード・シャダールだ。お前が騎士になりたいのならいつでも歓迎するぞ」


 初老の剣士は大国の騎士団長だったらしい。普段なら会うことのないような身分の人だ。

 今までにも城から請け負った依頼の際に、騎士に誘われることはあったけど……こんなところでスカウト?

 いやそれより、こんな無礼な態度の飛那ちゃんを雇おうとか、心が広いのかなんなのか知らないけど、無謀すぎる提案だ。


「いや、私は傭兵でいい。行くぞ、美威」

「あ、うん」


 当然のように飛那ちゃんはあっさり断った。

 傭兵より大国の騎士の方が絶対お給料いいと思うんだけど。そう言おうと思ったけど、やめておいた。


 今度は後ろから攻撃されるでもなく、私達は無事にその場を後にした。

 なんかよく分からないけれど、びっくりしたなぁ……


「あの爺さん、強いな」


 飛那ちゃんが珍しく、そう褒めた。


「プロントウィーグルの騎士団長って言ってたよ。強くて当たり前じゃない? 飛那ちゃんでも勝てない感じなの?」

「お前、自分の相棒を見くびりすぎじゃないか? 騎士団長だろうがなんだろうが、私に勝てる剣士がいるか」

「すごい自信だけど、まあ確かにそうね」


 この広い世界を旅してきて思ったこと。

 小さい頃から世界最強の剣士になるのが夢だったと言っていた飛那ちゃんだけど、実質その願いは叶っている気がする。

 だって、どこを見渡しても飛那ちゃんより強い剣士なんて、いる気がしない。


「しまった……手合わせくらい頼んどくんだったか」


 ちっと残念そうに舌打ちする飛那ちゃんを見て、私は余計にそう思った。

 大国の騎士団長なんて、ある意味最強の剣士のはずだ。部下の前で手合わせして、飛那ちゃんにやられるようなことがなくて良かった。


 崖の上の岩場を進んでいて、火薬の臭いがさっきより強くなった気がした。飛那ちゃんも気付いたみたいだ。

 ちょうど騎士団長さんの言っていた崩落地点にたどり着いたようで、大きく山側を迂回しないと、崖っぷちは崩れ落ちてしまっている。たくさんの落石で埋まった崖下を見て、飛那ちゃんが顔をしかめた。


「……これ、ずいぶん死んだんじゃないか?」


 岩の合間に見える黒い跡、火薬の臭いに混じる屍臭。

 単なる落石じゃない。火薬を使った爆破に……戦闘の跡。私にも分かった。


「うん……なんかあったんだね」

「大国がらみか。まるで戦争の跡だな」


 私達はそっと手を合わせてから、凄惨な現場を通り過ぎた。

 こういう場面に出くわすとお腹が重くなって、息がしづらくなる。

 世界のどこででも、こんなことがなければいいのにと思う。


 そこから1時間も歩くと、北の大陸へと続く大橋が見えてきた。

 海の上を渡る巨大な建造物、カルパイア大橋だ。


 この海域は温暖な海流が流れ込む北限の海峡で、霧が出ることが多い。渡し船よりも安全な大橋をと望まれて、橋がかけられたのは20年前のこと。

 海峡部が8kmにも及ぶ長大橋は、当時の技師や魔術士達の叡知の結晶だと褒め称えられている。

 大型の馬車が横に4台も並んで通行することが出来る、とにかく大きいこの橋は、北と西とを結ぶ架け橋として互いの国が協力して維持しているものだ。


「カルパイアはいつ見てもでかいな」

「そうねぇ」


 私達がこの橋を渡るのは、多分3度目。

 まあ、この時期に西のこっち側から北側に渡ることになるとは、正直思ってなかったけど。

 橋を渡ってしまえば、あちらはもう完全に雪の舞う冬の国だ。


 暖かいコートやら手袋やら帽子やら、防寒対策は万全。

 いざ、北の国へ! そして、文書届けたらさっさと帰るわよ!


 私達は冷たい風の吹く、海の上の大橋を歩いて行った。


西の大国、トラハード・シャダール騎士団長。アレクシスの師です。

飛那姫は爺さん呼ばわりですが、御年53歳なので失礼でしょう。老眼鏡が必要なお年頃ではありますが。


次回は、北の国に渡って最初の小国に入ります。雪国なので進むのにも一苦労。

2日以内の更新予定です。


※追記:現在前章校正作業中です。15話まで手直し済。ちぐはぐご容赦!!

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