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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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北西の国境地帯

 南と西の大陸は陸続きにはなっていないものの、さほど離れていない。

 元々西に近い所まで来ていた私達は、小さい連絡船を使って海を渡った。

 そんな1日目の夜。


 運ぶことになった文書は、急いで封でもしたのか、かなりいい加減に閉じられていて、開ければ中身が取り出せそうだった。

 焚き火の明かりの中、封筒を眺めていた私はそのことに気付いてしまった。少し考えてから、カサカサと何枚かの紙を取り出す。

 美威が「ちょっと」と、咎めるように言った。


「飛那ちゃん……それはまずいんじゃない?」

「これを見ること以上に、届けること自体がまずい可能性がある。見れるなら確認しておいた方がいいだろ?」

「まあ、そうかもだけど……」


 ちゃんと封をしておかない方が悪いんだ、そう思いながら広げた紙を見て、私は首をかしげた。

 大量の「0」と「1」しか書いていない手紙に、目が点だ。

 横からのぞき込んだ美威が、「あら」と呟いた。


「2進数で暗号化されてるのね。これじゃ読めないわ」

「なんだそれ?」

「飛那ちゃんに全部説明するのはちょっと難しいけど、特殊な方法で解読が必要ってことよ」

「……マジか。ますます胡散臭い。お前、読めないのか?」

「こんなのパッと見て読める人いるわけないでしょ。元が数字なのか文字なのかすら分からないわよ。あきらめよう」

「ちょい待て。とりあえず写しておこう。なんか気になる」

「写してって……これ、全部?」

「そうだ。頭から読んでくれ。私が書くから」

「どうせ読めないのに……」


 嫌そうな美威に手伝わせて、私は手持ちの紙に大量の「0」と「1」を書き写していった。

 こんな作業がしたいわけじゃないけど、この文書の中身は何か勘にひっかかる。取り越し苦労に終わるなら、それでもいい。

 延々と数字の世界が続くんじゃないか、と思うほど面倒な作業だったけれど、私達はなんとかやり終えた。


 間違いなく写しきったことを確認すると、疲れた顔の美威は簡易ツリーハウス状態のポータブルハウスに飛んで行って寝てしまった。

 兄様が用意してくれた、この野営用のポータブルハウスはすごく重宝してる。

 普段はコンパクトで荷物にならないし、使うときはワンタッチで大きく広げられるときてる。地面にも、木の上にも設置できるってところがまたいい。

 まあどこで寝ていても敵が近付いてくれば分かるし、美威の盾の中で寝てればそもそも安全なんだけど。夜露よけとプライバシーの確保って点では最高だと思う。


 実のところ、私もまだ調子が悪かった。

 だるいし頭痛いし、早く休んだ方がいいのは確かだ。

 それでも寝る気になれないのは、このところ気持ちがざわざわして落ち着かないせいだろう。

 怪しい文書を元のように封して荷物にしまうと、私は焚き火の側に座り直した。


 夜空を仰いだら、木々の間からたくさんの星が見てとれた。

 南に近いとは言え、すっかり寒い、冬の空だ。

 綺麗だな、と感じるのと同時に、ふと10日ほど前に別れたお人好しな騎士のことを思い出した。


「あ……そう言えば」


 確か西の国だったか、アレクがいるのは。

 国の名前は知らないけれど……この大陸のどこかにいるということだ。

 北に向けて通り過ぎるだけだし、バッタリ出くわすようなことはないにしても、国の名前くらい聞いておけば良かったかな。

 今度会った時に聞こう、そう思った。


 静かで暗い森の中、一人で燃える明かりを見つめていたら、色んなことが思い浮かんでは、消えていった。

 子供の頃に師匠と二人、こうして囲んだ焚き火のこと。綺羅に向かう前、一人苦い肝を舐めるような思いで野営していた時のこと。

 美威と旅してきた小さな夜の数々まで振り返って、妙に感傷的になってしまう。


 そんな風になるのは、きっとこの胸の中にある暗い気持ちのせいだ。

 あの黒い剣に再会してから、その不安感は消えることなく私の中に居座っていた。

 美威の安全のことだけじゃない、それ以外にも気にかかることはある。考えれば考えるほど、嫌な予想ばかりが浮かんできた。


(あの魔剣は、先生が所有している時にも、たくさんの血を欲していた……)


 一般民でも兵士でも、見境なくその命を奪っていったおぞましい剣だ。

 私の血が欲しいと言っていたが、一人の血で満足するようなものとも思えない。


(次に対峙したら……きっと、止めなきゃいけなくなるだろう)


 あの魔剣を止められるのは、きっと私しかいいない。そして、止めるにはどうすればいいのかは明らかだった。

 命を奪う行為を、またしなくてはいけなくなる。そのことを考えると、どうにも気持ちが沈んだ。


 美威や他の人の命と、あの半妖精の少年と、どちらが大切かと問えば自然答えは出る。

 魔剣を取り込んだネモという少年が、どういう人間だったのかは分からないが、その思考はもう人のものではなくなっているだろう。

 その時が来れば、おそらく私はやれる。しかし、やれるということと、やりたいということは、また話が違う。


「ここに来て今更……なんの因果なんだかな……」


 自分で呟いた言葉に吐き気を覚えたのは、病み上がりのせいではなかったろう。




 翌日、私達は近くの町で馬を借りて食料を買い込み、9日後にモントペリオルに入る旅程を組んだ。

 西の国は緑豊かな国で、平野の草原地帯も多く、美威のコンパスに従って旅は順調に進んでいった。


 段々と寒くなっていく以外は、問題の無い旅路だったが、4日目、西の大陸も終わりにさしかかろうかという頃。

 山中を歩いていた私達は、流れてきた火薬の匂いに足を止めた。


「……臭いな」

「風上から、かしらね」

「進むか? それとも、飛ぶか?」


 私は空を指さして、美威に尋ねた。

 この場所はちょうど谷間になっている。ここを抜けないと、北の大陸に渡るための大橋にたどり着けない。

 とはいえ、怪しい匂いがする逃げ場のないところを、わざわざ進んで行く必要もない。


「そうね、ちょっと気になるから上から行こう」


 浮遊呪文を唱えると、美威はふわりと崖の上を目指して上昇し始めた。

 ところどころにある崖の出っ張りを足がかりに跳躍しながら、私もその後を追う。途中で美威を追い越して、てっぺんに出た。


 崖の上に降り立ったところで、私はぎょっとした。

 その場所に、たくさんの兵士が集まっていたからだ。みんながすごい形相で、一斉に私を振り返る。

 谷底の道からいきなり人が現れたら、そりゃびっくりするだろうけど……なんだ? なんか殺気立ってて変だぞ?


 後から飛んで出て来た美威も地面に降りようとして、兵士達に気付いた瞬間、驚いて私の後ろに隠れた。


「えっ? なになに? もしかして訓練中とかなの?」

「さあな? でも明らかに雰囲気悪い」


 ざっと数えて20名ほどの兵士。隙の無い感じを見るに、そこそこ精鋭揃いだろう。

 不審なものを見るような顔つきで、いつでも攻撃できるよう身構えているようだ。

 

 ざわつく兵士の間から、40代後半~50代前半くらいと思われる男が一人、進み出て来た。

 屈強な体つきにつり目気味の鋭い眼光は、手練れの剣士のものだ。

 オレンジに近い赤髪の男は、腰の剣をちらつかせながら、私達に向かって言った。


「……何者だ?」

騎士団襲撃事件の現場を通過中の飛那姫たち。プロントウィーグルの精鋭隊に遭遇です。

不審者扱いも致し方なしの状況。

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