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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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回顧録8 ~何も変わらなくても~

 4人の子達が、口々に喋り出す。


「あんな風に死んじゃうのはイヤだよ」

「どうしてあの子達は死ななきゃいけなかったの?」

「逃げて、次は誰が庇護してくれるの?」

「逃げなければ良かったんだよ」


 耳から入ってくる言葉なのに、有毒なガスを吸いこんだような息苦しさを感じた。その場に凍り付いたまま、何も言い返すことが出来ない。

 傷の少年が、一歩前に出ると口を開いた。


「弟を助けてくれたことには礼を言う……でも、お前がどんなに強くたって、俺たちは助けられない。他人より能力があるからって、思い上がるな」


 違う、そんなつもりじゃなかったんだ。

 そう言おうとしたけれど、声にならなかった。震える肩を掴んでいる、美威の手の温かさだけで、かろうじて正気を保っていた。


「僕たちは行かないよ。もう怖いのはイヤだ」

「死んじゃった子がかわいそう……」


 何が原因で恵麻達を死なせることになったのかは、怖いほどにはっきりとしていた。

 生半可な気持ちで関わったんじゃない。ただ、力が足りなかった。甘かった。分かっていないことがあるのに、気付かなかった。

 

「神様……」


 女の子が一人、そう手を合わせて祈った。亡くなった子達への弔いなのか、この先の自分たちのためなのか、分からないけれど。

 少年はその姿を見て、皮肉に唇の端をあげた。


「俺は神には祈らない。祈るのとは違うやり方で、俺は俺の望みを叶える……お前の手も借りない」


 少年の言葉には、少しのためらいもなかった。弟を抱え上げると、昼間と同じように路地の向こうに去って行く。

 その後を、4人の子供達が追うようについていった。


 私も美威も、それを引き留めるだけの言葉を持っていなかった。

 もう「一緒に逃げよう」とは言えなかった。

 その場に取り残されて、何をどうすれば良かったのか、答えの出ないことだけをぐるぐると考える。


 奴隷商はきっとまたすぐに動き出すだろう。これからも、この国が大きく変わることはない。あの子達は、その中で生きていく。

 結局、何も変わらないんだ。


 傍らで涙ぐんでいる美威の服には、赤黒い血がべったりとついていた。

 それを見たら、汚してしまったことを後悔しないではいられなかった。

 恵麻達が失われてしまったこと以上に、美威に背負わせたくないものを背負わせたことが、重く心にのしかかった。

 そんな身勝手な自分を、どうかしていると思う。


「美威……ごめん」

「飛那ちゃんが、悪いんじゃないよ……」

「助けに行こうなんて言わなければ、良かった。私が……余計なことしたから」


 私の言葉を遮るように、美威が力一杯抱きついてきた。


「っ私も、私も言ったよ! 助けに行こうって……! 飛那ちゃんだけが、悪いんじゃない」


 あったかい、と思った。

 私より少し身長の低い美威が、一生懸命に慰めてくれているのが分かった。


 何だろう、これは。罵られた方が楽じゃないだろうか。

 だって、こんな温もりを、恵麻達はもう感じることが出来ないのに。

 

(どうすれば良かったんだ……何もしない方が良かったのか……)


 その答えが、出るはずもなかった。

 夜明けが来るまで、私と美威はその場から動くことが出来なかった。



-*-*-*-*-*-


 喧噪の中、市場を歩いて行く傷の男の子が、変な動きをしたように見えた。

 商品の入った袋をすっと抱え直して、足早にその場を去って行く。


「……美威、ちょっと行ってくる」


 飛那ちゃんはそう言って歩いて行くと、後ろから男の子の首根っこを捕まえた。

 何か叫んでいるようだけど、気にせずそのままつまみ上げて、私のところまで戻ってくる。


 買い物袋の中からは、買っていないだろうパンが出て来た。

 男の子は青い顔で膝をつくと、地面にこすりつけるように頭を下げた。


「すみません……! 返すから……殺さないで……!」

「殺されるかもしれないって分かってるなら、腹が減っても盗むのはやめておけ」

「……えっ?」

「盗むことでしか満腹になる方法はないのか? 違うだろう?」


 男の子はよく分からないという顔で、飛那ちゃんを見上げた。

 少しの後、説教されていることに気付いたみたいだ。


「……おっ、俺にはそういう方法しかないんだよ」

「このパンのために殺されてもか?」

「……死んじまったって、俺の代わりなんて、いくらでもいるだろ」


 吐き捨てるように言った男の子に、飛那ちゃんは「馬鹿が」と呟いた。


「お前の代わりなんて、どこにもいない。自分で自分の価値を下げるようなことを言うな」

「うるさい! 分かったようなこと言いやがって……! 何なんだよお前……説教したいなら他のヤツにしろよ! 俺だって好きでこんな暮らししてるワケじゃない!」

「生きるために必要なら、盗むのもやむを得ない時があるのは分かる。それでも、泥棒を正当化する理由にはならない。ただ……パンを盗んで殺されてもいい覚悟があるなら、もっと他の事だって出来るだろうって言ってるんだ」

「なんだよ……他のことって……」


 怪訝そうな男の子に向かって、飛那ちゃんは淡々とした口調で続けた。


「死ぬ気になれば、何でも出来るだろ。奴隷の立場から逃げ出して、働く気になればどんなに安い賃金でも働くことは出来る。こそこそ盗まないでも、自分で手に入れた金で食べ物を買うことが出来る。そうは考えられないのか?」

「俺が、働く……?」

「この国では子供は働くことも出来ないのか? そうでないんなら、お前のはただの甘えだ」

「……っ」

「自分が変わらなきゃ環境も何も変わらない。嫌なんだったら、変えろよ」

「……うるさいんだよ! えらそうに……」


 男の子は悔しそうに叫んで、飛那ちゃんの手から買い物袋をひったくった。中から、パンが転がり出てきたけど、男の子はそれを見ただけで、拾わなかった。


「……俺を雇ってくれるところなんて……ない。稼ぐなんて、出来るわけがない」

「出来るわけないって言ってるヤツには、出来ないだろうな」

「うるさいうるさい!!」


 癇癪(かんしゃく)を起こしたように真っ赤な顔で叫ぶと、男の子は走って行ってしまった。

 飛那ちゃんはもう、追わなかった。


「飛那ちゃん……」

「分かってる。余計なお世話だ……何にもならないって分かってるけど、今回は見ないフリ出来なかったんだ……あんまり似てたから、アイツ」

「うん、それでいいと思うよ」

「……良かった、のかな」

「少なくとも今回はね。だってあの子、少し考える気になったみたいだった。結局は自分で考えなきゃ、ダメなことだから」

「……そうか。そうだな」


 飛那ちゃんは、少しだけほっとした顔で男の子の駆けていった方を見た。


「なあ美威、もし自分が王だったら……って考えたことあるか?」

「え? あるわけないじゃん。そんなこと考える気になるのは、元王族の飛那ちゃんだからでしょ?」

「そっか……」

「もし飛那ちゃんが王様だったら? なんなの?」

「うん。奴隷なんてものがない、子供が理不尽に虐げられない国が作りたいな、と思って」

「……」

「胸クソ悪くなるような馬鹿なことが、当たり前にまかり通る国には……住みたくないだろ?」

「そうだね……」


 何が正しいかは分からない。正しければ正しいほど、間違っていることも世の中にはある。

 今日を必死で生きている人に、私達が説教できることなんて、きっとない。


 でも、そんな人と関わるのが怖くなっていた私達にも、何か出来ることはあるのかもしれない。

 飛那ちゃんの視線の先を追って見ていたら、理屈じゃなく、そう思えた。

暗い……もう完全に前章のノリでした。

何故第2章にこれを持ってきてしまったか。

外せない話ではあったので、そのうちどこかに避けることも考えつつ、ひとまずこのまま置いておきます。お付き合いくださってありがとうございました。


「もっと明るい話プリーズ!」という方の為に……

大蜘蛛編の短い閑話を、夕方くらいに投稿します(気分的に作者が耐えられなくなったので)。

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