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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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回顧録7 ~その先の自由は~

「恵麻ちゃん!!」


 美威があげた悲鳴のような声で、我に返った。

 脱力しそうな手に無理矢理力を込める。ベイリルと戦っている男達を、後ろから剣の柄で殴打して倒した。

 牙を剥いてくる3匹の獣は、動きが素早すぎて手加減が出来ない。仕方なく持っていた剣で斬り伏せた。


 静かになった周囲を見回すと、地面に落ちた灰色の塊の他に、4人の子供がその場に倒れていた。

 人と違って、一瞬で急所をかみ砕く獣の仕業だ。その光景に全身が総毛立った。


「恵麻ちゃん! 恵麻ちゃんしっかり!!」


 地面に這いつくばるようにして、美威が黒いショートカットの頭を腕に抱え上げた。首の付け根辺りのかみ傷から、大量に出血しているのが嫌でも分かる。


「……美威ちゃん……」


 ショートカットの少女は、ぼうっとした目で美威を見上げた。


「恵麻ちゃん! 待ってね、今止血して……」

「……ごめんね。うまく、逃げれなかった……」

「……っ」


 美威は上着の布を押し当てて、なんとか流れ出る血を止めようとした。その行為が無駄だと分かったものの、やめさせられるはずもなかった。

 青い顔で微笑みながら、恵麻は静かに話し続けた。


「このまま、天国にいけるといいな……痛いことも、苦しいこともないところなんだって。お父さんとお母さんもきっといると思うの……そしたら、みんなでおいしいご飯を、お腹いっぱい食べるんだ」

「恵麻ちゃ……」

「ここ、寒い……もん、ね……」


 恵麻と美威のすぐ側に、あの少年の弟も倒れていた。

 駆け寄って助け起こすと、左の足首を噛まれているのが分かった。命に別状はなさそうだ。隣の恵麻を見て、苦い気持ちのまま少しだけほっとする。

 上着の布を裂いて、傷口に巻き付けると、手早く止血した。


「あ、ありがとう……」

「立てるか? まだ逃げなくちゃいけない」

「うん……」


 他の2人も助け起こしてみたけれど、どちらも喉元をかみ砕かれていて、即死だったことが分かっただけだった。

 手が、唇が震えるのを止めることが出来ない。

 取り返しのつかないことが起こってしまった。それだけが、かろうじて理解できた。


 無事だった他の4人も、目の前で惨劇を見てしまったのか、すっかり怯えて泣いていた。


「飛那ちゃん、恵麻ちゃんが……息、してないの」


 美威が、ぽつりと言った。

 ギリ、と奥歯を噛みしめてから、私は顔を上げた。


「……美威、行こう。まだ、無事でいる子達を……逃がさなきゃ」

「恵麻ちゃんは……?」


 認めたくないのか、分かりきっている答えを美威が私に問いかける。

 私は目を伏せて、首を横に振った。


「嘘……だって、今……話してたよ……?」

「美威」


 今まで普通に会話していたはずの人間が、突然何も言わなくなる。この世界ではいつでも、誰でもがそうなり得る。

 そんなことを美威に教えたかったんじゃない。

 ただ、助けたかっただけなのに。


「……私のせいだ……私が、もっとちゃんと止めてれば」


 それ以上、何も言えなかった。

 謝って許されるようなことじゃない。何かに代えて償えるようなことでもない。

 私に分かるのは、この先それを背負って、悔いながら生きて行くしかないということだけ。

 そんな思いをするのは私一人だけで十分だったのに……私は本当に、大馬鹿だ。


 そう思いながら、足を負傷した男の子を抱えて、もう片方に座り込んだままの美威を抱え上げた。


「また人が来る前に、ここを出るぞ」

「……恵麻ちゃん」

「そっちの4人は怪我無いな? 行くぞ。着いてこい」


 ひどく重苦しい足を引きずるように、私達は庭園の中を進んだ。


「飛那ちゃん……待って。恵麻ちゃん置いていくの? こんなところに、恵麻ちゃん置いて行っちゃうの?!」

「……ごめん」

「そんな……ひどいよ……!」

「ごめん……」


 今は、残った子達を逃がすのが優先だから。心の中だけで、そう呟いた。


 星がない夜だった。

 辺りは恐ろしく静かで、いつもよりずっと、暗闇が濃かった。


「怖いよぅ……」


 子供のうちの一人が、小さく呟いた。


 頑丈なかんぬきを外して、鉄の門を押し開けた。ギギィ……と妙に響く低い音を立てて、門が開く。

 敷地から出ていく際、『未成年支援団体』と看板のかけられた門の向こうを、一度だけ振り返った。

 暗闇の向こうに、もう恵麻達の姿を見ることは出来ない。


 思考に、感情に蓋をしなければ。ここで考えてしまったら、もう動けなくなる。


「うっ……うっ……」


 脇に抱えた美威は、しゃくり上げながらずっと泣いていた。

 こんな時なのに、自分が泣かなくても同じ気持ちで泣いてくれる人がいるのは、ただ泣けないよりずっといいんだな、と思った。


 傷の少年の弟に案内されて、昼間に少年と別れた場所に向かった。

 でも傷の少年はそこにたどり着く前に、私達の前に姿を現した。私が抱えた自分の弟を見て、路地の向こうから目を瞠ったのが分かった。


「友伍……!」


 弟の名を呼んだ少年が、血相を変えて走ってくる。私は抱えていた男の子を地面に下ろした。

 ひょこひょこ歩きながら、兄に向かっていく。


「友伍! 無事だったのか……俺はてっきり奴隷狩りに捕まっちまったんじゃないかって……!」


 弟を腕に抱え込むと、傷の少年は私の顔を敵意むき出しに睨んだ。

 今はその視線さえも、当然だと思えた。傍らに下ろした美威は、少年に少し怯えたように、私の後ろに隠れた。


「てめえ……なんで俺の弟と一緒に……」

「兄ちゃん、おれ奴隷狩りに捕まったんだ! でも、この人が助けてくれたんだよ」

「なんだと? 嘘言うな」

「本当だよ! 女の子だけど、すごい強いんだ! おれも他のみんなも、助けてもらって逃げてきたんだ!」

「……?」


 少年は、疑わしげに私の顔色を窺った。

 そんな少年に、私は伝えなくてはいけないことがあった。


「なあ、この国から、出て他に行かないか……? 一緒に逃げるなら、出してやれる」

「……なんだと?」

「東には奴隷制度がない国もある。お前みたいなヤツなら、逃げた先でもやり直せるだろう」

「……馬鹿なこと言いやがって。13歳以下は城下門から出られない」

「私が兵士を倒しさえしたら、出られるよ」


 そう言ったら、それまで黙っていた子供の一人がぽつりと言った。


「……また、逃げるの?」

「え?」

「また、追いかけられて、お姉ちゃん、戦うの?」

「……この国を出るには、そうするしか……」

「イヤだよ! 今度こそ死んじゃうかもしれないじゃんか!」

「!」


 突然投げかけられた言葉は、思考を止めていた私の心を動かすのに十分なものだった。


笑うところがないですね、回顧録編。

残すところあと1話です。おつきあいくださ(るかスルーしてくださ)い。明日更新します。


第1章の修正作業は、今日明日中に終わらせる予定です。

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