回顧録6 ~逃走の分かれ道~
捕らえられていた子供達は合計で8人。
「どこに逃げるの?」
「逃げてどうするの?」
皆が口々にそんなことを言い始める。
その態度に違和感を感じたのは、美威だけじゃない。この状況を、甘んじて受け入れる精神は、私にはないものだ。
逃げるとか、抵抗するとかいう選択肢がそもそもないのか……ここから出てどこか別の場所へ行くということが、本当にこの子達にとって幸せなのか。そんな疑問さえ浮かんだ。
「とにかく、逃げたいヤツは出てこい。この国から出て、別の町に連れて行ってやるから」
よく分からないという顔をしながらも、「別の町」の言葉は魅力的に響いたのか、全員が自分の足で牢から出て来た。
最後に牢の奥に残った、小さい男の子には見覚えがあった。昼間に会った傷の少年の、弟だ。
「おい、そこの弟。お前も早く出て来い」
「え? あ……」
私が誰なのか分かったらしい。青くなると、男の子は首を横に振った。
「ご、ごめんなさい……許して」
「取って食おうってんじゃない、殺したりしないから出てこい。さっきは……脅したりして悪かった。兄さんの所に戻りたかったら一緒に来い」
「で、でも……僕、走れないし……」
「つべこべ言わずに出てこい! 何とかなる!」
「は、はい!」
男の子は勢いに負けたように、慌てて牢の中から出て来た。
「兄さんとはぐれたのか?」
「兄ちゃんが……夜になっても帰ってこないから、探しに行こうと思って。ダメだって言われてたけど、外に出ちゃったんだ。兄ちゃん、またどこかで捕まってるんじゃ……って思ったら、じっとしてられなくて……」
ゴホゴホ、と咳き込みながらも、男の子はここにいる経緯を説明してみせた。
「それで、奴隷狩りにあったのか?」
「……うん。兄ちゃん、きっと今頃、おれのこと捜してる……」
「そうだな、早くここを出よう」
そう言って、元来た方へ足を向けようとした時だった。
ジリリリリリリリリイイイィィィィ!!!
牢の奥から出て来た8人の子供達は、みんな一斉に頭上を仰ぎ見た。
天井付近に取りつけられた警報装置が、激しく耳障りな騒音を発していた。
「っ気付かれたな……!」
私は自分たちが下りてきた階段を振り返った。帰り道はその方向にしかない。
警報装置のスイッチを押しただろう見張りの男が、壁に張り付いてこちらを見ていた。
手加減しすぎたか。そんなに早く目を覚ますとは思わなかった……!
「美威、1階に上がるぞ!」
一番前に飛び出ると、私は長い棍棒を構えた男に体当たりした。
勢いよくひっくり返った男から、棍棒を取り上げる。ガツン、と頭部を殴打したら今度こそ床にのびた。
「他に人が集まってくる前に逃げるぞ!」
そう言って、先に階段を駆け上がる。廊下に出ると、あちらこちらの部屋から人が出てくるのが見えた。
5人……7人……いや、もっといるか。雇われの傭兵と護衛兵……魔法士がいないといいんだが。
ホールの上からも人が集まってくる音が聞こえた。全員が戦闘兵ではないだろうが、思ったより人数がいるようだ。
誰も殺さず、手加減した状態でこの人数をさばききれるのか……一抹の不安がよぎった。
「飛那ちゃん、どうするの? どう逃げる?!」
美威が向こうから駆けてくる男達を見て、うろたえたように尋ねる。
「とにかく私が一人ずつ倒して行くから、お前は盾を張れるかどうかやってみろ」
「わ、分かった。やってみる」
「庭にはまだ出るなよ、みんな出来るだけ固まってろ」
剣やらナイフやら、色んな武器を持ちだしてきた大人相手に、さすがに素手は厳しい。
この棍棒を使うか……私は棍棒の先端まで魔力を流すと、金属並みの硬さにまで強化した。
向かってきた二人を一気にたたき伏せる。
それを見て顔色を変えた男達が、本気で剣を構えるのが見えた。
腕っ節の強そうな何人かが、前に出てくる。そのうちの一人が、私に向かって剣を突き出した。
「お前ら何のつもりだ? 商品の分際で勝手に動くんじゃねえよ」
「商品? ふざけるなよ……」
男の物言いに、心底吐き気がした。
「ふざけてるのはお前らだろう。まさか本気で逃げれると思ってんじゃねえだろうな? さっさとあきらめろ。今ならまだ殺さないでおいてやる」
「はい分かりました、なんて言うと思うか?」
「……おい、抵抗するヤツは不要ねえ。殺せ」
男の合図で頭上から振り下ろされた2つの剣を、棍棒一本で受け止める。
加重に耐えて押し返そうとした瞬間、横から飛んで来た風の刃が、とっさに沈み込んだ私の髪を一部、斬り取っていった。
風魔法……魔法士がいる!
(まずい……!)
「飛那ちゃん……!」
呼ばれて振り返った先には、美威と8人の子供に向かって走って行く男達が見えた。すぐに追撃しようと思ったものの、また襲いかかってきた風の刃を避けるのだけで精一杯だった。
先に魔法士を仕留めないと……! 私の心に焦りが浮かんだ。
「盾……盾ってどうやるんだっけ? 出来ないよー! 飛那ちゃーん!」
美威と一緒に固まっていた子供達が、男達に捕まっていくのが見えた。
泣いている子もいれば、無抵抗の子もいた。
「きゃあっ! あっち行ってー!」
「美威!」
私は手に持っていた棍棒を、美威をつまみ上げている男の後頭部目掛けて投げつけた。
鈍い音がして、男がよろめく。その隙に逃げ出した美威は、恵麻を捕まえている男に向かって思い切り体当たりした。
「いたっ!」
ぶつかっていった美威の方がはじき飛ばされて、また捕まる。
「美威! 危なくなったら逃げろって……!」
「だって恵麻ちゃんが……!」
何度目かの攻撃を避けた私は、魔力の出所を目で追って、やっと魔法士の居場所を見つけた。
ホールの階段の上に、二人の剣士と一緒に立っている青白い顔の男が見えた。
「いやがったな……!」
降り注ぐ剣を交わすと、そちらに走る。
階段を駆け上がったところで、薙ぎ払われた刃を飛び越し、魔法士の横に立っている男の顔面に思い切り着地した。
「ぐぇっ……!」
変な声をあげてひっくり返る男の手から剣を取り上げると、私はその隣にいた剣士に横から斬撃を打ち込んだ。
ガギン! 私の攻撃を受けた剣が、弾かれて宙を舞った。天井から下がっていたシャンデリアに突っ込んで、甲高い音を立てる。
蹴り飛ばした男の体と、ガラスの破片が一緒になって階段下に落ちていった。
私はうろたえている魔法士の男に向き直ると、首を掴んで、そこから魔力をたたき込んだ。こうすれば脳の一部がショートして、しばらくの間動けなくなる。
力を失った魔法士の体をその場に転がして、私は階段の下に向き直った。
エントランスの玄関口が開いていて、子供達が叫びながら走り出ていくのが見えた。その後ろから、追い立てるように男達が走っていく。
「おいっ待て! 外にはまだ出ちゃダメだ……!」
「きゃーっ!」
階段の下で、太い腕に掴まれた美威が、引きずられながらバタバタ暴れているのが目に入った。
「放してーっ!!」
私は階段を駆け下りると、美威を捕まえている男の脇腹に剣の側面をたたき込んだ。斬り殺すわけにはいかないけど、こんな状況じゃ大した手加減も出来ない。
男は美威を取り落とすと、床を2回転くらいして壁にぶつかり、気を失った。
それが建物内にいる最後の一人だったようだ。私に向かってくる敵はいなくなった。
「飛那ちゃん!」
「美威、怪我ないか?!」
「うん! あれ? 恵麻ちゃんが……いない!」
「さっき、あっちから出て行くのが見えた。追うぞ!」
エントランスを走り出たところで、庭園の入口に立って剣を振っている男が4人、見えた。
ひやっとしたけど、武器を向けている相手は子供ではなくて、3匹の灰色の獣だった。
ほっとしかけて、でも次に目に飛び込んできた赤い色に、私は本格的な寒さを覚えた。
庭園の入口に、倒れているいくつかの小さい体と、短い黒髪の頭を見つけてしまったからだ。
今日もサーバー遅いですね……最近殊更に不安定な気が。
投稿したい時に、サクッと作業出来ないのは困るなぁ。運営さん、頼みます。
短編で収めておくべきだった? 長い回顧録。残り2話です。
次回も、暗いです……