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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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回顧録5 ~救出作戦~

 たたき起こされた眠い頭を振り絞って考えた。

 恵麻ちゃんが、奴隷商に連れて行かれたと聞かされたから。

 どうしたらいい? どうすればいい? 私だけじゃ答えは出ない。


「奴隷商経由で今までよりもっと、悲惨なところに連れて行かれる可能性が高い。馬車の形と色は覚えてる。どこかに売られる前に見つけて助けよう」


 飛那ちゃんのその一言で、私のするべきことは決まった。

 私達は暗い町中に出て、奴隷商の馬車を探し歩いた。痛い足を励まして歩き回って、広いお屋敷のエントランス前に止まっている馬車を見つけることが出来た。

 飛那ちゃんが「あれだ」と呟く。


「多分、もうあの中にはいないな……屋敷の中がどんな風になってるのか分からないけど、助けるにはあそこに入るしかないか」

「どうやって入るの?」

「玄関ノックする訳にもいかないだろ。二階のあの窓の開いてる辺りから、こっそり入るのがいいんじゃないかな」

「恵麻ちゃんを見つけて逃げても、すぐ捕まっちゃうんじゃない?」


 飛那ちゃんと違って、私達がどんなに頑張って走ったところで、大人の足には敵わない。うまく屋敷内から出られたとしても、どこまで逃げるつもりなのか。途中で捕まりそうな気がする。

 私がそう言うと、飛那ちゃんは少し考えてから、ぽんと手を叩いた。


「町の外に隠しておいた馬車、あっただろ? 馬さえいればあれが使える。みんなであれに乗って、この国じゃない別の町に連れて行ってやればいい」

「そっか……そうだね!」


 すごくいい提案だと思った。

 自分が誰かを助けることが出来ると思うと、それだけで気分が高揚した。

 あの建物に入るのが怖いとか、そんな気持ちは吹き飛んで、ただ恵麻ちゃんや他の子を助けようと思う気持ちだけで動くことが出来た。


「美威、盾は使えるか?」

「あ……教えてもらった通り練習はしてるんだけど、まだ……」

「お前に怪我されるのが一番困る。危ないと思ったらすぐ逃げろよ」

「うん、分かった」


 屋敷の門には看板が掲げてあった。『未成年支援団体』と。


「どこに向けて何を取り繕ってやがるんだか……奴隷商って書けばいいのに」


 飛那ちゃんが忌々しそうにそう言った。奴隷商という職業があることに、私も最初は驚いた。

 本当に、国が決めた隷属の制度なんてものがあるんだ……当たり前のようにそれが許されて、商売が成り立つんだ。

 理不尽な非難に晒されて生きてきた私にも、それは異常なことのように思えた。


「飛那ちゃん、犬がいるよ」


 塀によじ登って中を覗いたら、灰色の背中をした大きな犬が、庭園にウロウロしているのが見えた。


「犬? そんな可愛いもんじゃない、ありゃベイリルだ」

「ベイリル?」

「森に住む狼の仲間だ。あいつらは飼い主の言うことなんか聞かないよ。相手が動くものならネズミでも人でも襲いかかってくる。逃げる時に庭を行けって言えなくなったな……」

「えっ、じゃあどうするの?」

「生き物を斬るのは嫌なんだけど……襲いかかってくるようなら、私が倒すよ。その後で恵麻達を連れて庭園を突っ切って、門から外に出よう」


 簡単な打ち合わせを済ますと、飛那ちゃんは私を横抱きに抱え上げて塀から屋敷のベランダに飛んだ。

 絶対おかしい……人間ってこんなにジャンプ出来るものなんだ。


 窓の影に隠れて、様子を覗う。部屋の中は暗く、人気はないように見えた。開いた窓を少し広げて、飛那ちゃんがそっと中に忍び込む。

 来い来い、と振られた手を見て、私も同じように中に入り込んだ。心臓がバクバク言ってるけど、見ないフリだ。

 どこかに売られてひどい目にあう前に、恵麻ちゃんを助けなきゃ。


「……牢屋らしきものがあるとしたら、下の階だろうと思う。ちょっとだけ、ここで待ってろ」


 そう小声で言うと、飛那ちゃんは部屋の入口を開けて外に出ていった。

 誰か来たらどうしようなんてドキドキしながら待っていたけど、彼女はすぐに戻ってきた。


「2階、3階は綺麗なもんだ。やっぱり下だな。階段を下りるぞ、美威。着いてこい」


 飛那ちゃんについて部屋を出ると、建物の中央にある階段を下った。

 踊り場で足を止めると、下の様子を覗う。1階部分のホールには、警備兵が3人ほど見えた。

 みんなヒマそうにしていて、ぼーっとした感じだ。あんなんで警備になるんだろうか。


「美威、ここでじっとしてろよ。すぐ片付けてくる」

「片付けてくるって……」


 そう言うが早いか、飛那ちゃんの姿が消えた。

 動きが速すぎて目で追えなかったんだ、と気付いたのは視線の向こうで警備兵の一人が倒れてからだった。

 異変を察知して身構えた残り二人も、同時に床に崩れ落ちる。


「美威、下りてこい」


 いつの間にか、ホールの中央に立っていた飛那ちゃんが、小さな声で私を呼んだ。おそるおそる階段を下りていく。


「こ、殺しちゃったの?」

「人聞き悪いこと言うな、魔力を使ってちょっと身体機能を麻痺させただけだ」


 死んでないと聞いてほっとした。悪い人でも、死んでいいとまでは思えないから。

 1階の部屋を確認したけれど、子供が閉じ込められていそうなところはなかった。廊下の一番奥に、地下に続く階段があるのを見つけて、飛那ちゃんがその下を指さす。


「見つかる前に行くぞ。とにかくお前は、自分の身を守ることだけ考えてろ」

「わ、分かった」


 地下へと続く階段は、中央のビロードが敷いてある木造りと違って、冷たい石造りだった。

 ひんやりと肌寒い感触を一段一段踏みしめて、階下にたどり着く。

 奥まで伸びる灰色の廊下の片側に、鉄格子が並んでいるのが目に入った。


 見張りなのか、男が一人通路の椅子に腰掛けていて、こちらを向いた。

 目が合った。


「おい、お前ら……どこから」


 そこまで喋った声が途切れて、男の体がぐらりと揺れる。

 頭からひっくり返りそうになった男の服を、飛那ちゃんの手が掴んで、音もなく床に下ろした。


「恵麻、恵麻はいるか?」


 飛那ちゃんが薄暗くてよく見えない、鉄格子の中に向かって呼びかけた。

 区切られた牢屋は、2つあった。1つは空で、奥の1つに何人かの小さい人影が見える。


「恵麻ちゃん! いたら返事して!」


 私も駆け寄ると、鉄格子にかじりついて小声で叫んだ。

 座り込んで丸まったり、床に寝ていたりした小さい影の一つが顔を上げる。


「……美威ちゃん?」

「恵麻ちゃん! 良かった……!」


 寝ていたのだろうか、ぼんやりした風に私を見た恵麻ちゃんは、次の瞬間すごく驚いた顔になった。

 這いずるようにして、鉄格子の側まで寄ってくる。


「ど、どうしてここにいるの?」

「恵麻ちゃんを助けに来たんだよ。一緒に逃げよう!」

「逃げる?」

「そうだよ、待ってね、今鍵を……」

「逃げるって、どうして?」

「え?」

「どうして逃げるの?」


 恵麻ちゃんの問いかけの意味が分からなくて、私は動きを止めた。


「どうしてって……だって、逃げないと、ひどいところに売られちゃうかも……しれないでしょ」

「どこに行っても、私を大事にしてくれるところなんてないよ? 13歳までは仕方ないでしょ?」

「恵麻ちゃん……」


 全てを諦めているような恵麻ちゃんの目は、それでも濁りがなくてきれいだった。

 何で諦めるの? 幸せにはなりたくないの?

 ただ辛いだけの労働を強いられて、仕方ないと思いながら生きていくなんて……


「恵麻ちゃんに、夢はないの……?」

「夢?」

「そうだよ! 行ってみたいとことか、してみたいこととか……!」

「? 夢は、寝てるときに見るものでしょう?」


 それ以外に何があるの? と、問いかけられた私は言葉を失った。

 この子は、「夢」の意味さえ知らないんだ……


「……逃げよう、恵麻ちゃん……この国にいちゃいけないよ。もっと、幸せになれるところに行こう」


 何かに対して許せないと思う気持ちが、沸き上がってくる。私は鉄格子にはまった錠前を掴んだ。

 冷たい感触の向こうに、細かい道のようなものが見えた気がした。それをなぞるように辿ると、光る終点がある。光の出所に向かって自分の中の魔力が動くのが分かった。


 ガチリ、と音がして鍵ははずれた。

 錠前が冷たい床に落ちて、鈍く重い金属音を立てる。


「……お前の魔力って、本当未知だな」


 背後から飛那ちゃんが言った。

 これを外したのが自分だってことは分かった。どうやったらいいかも、今何となく覚えた。

 私にも、誰かの役に立てることがある。この力を使って、もっと幸せになる方法を考えることが出来る。

 そう気付いた今、災いにしかならない、呪われた子なんて言われてた私には、もう戻らない。


「行こう恵麻ちゃん。ここを出て、本当に自分の力で生きていける場所に行こう」


 伸ばした手を不思議そうに見て、それでも恵麻ちゃんは笑って私の手を取った。


改稿週間、第1章から手直しに入ってます。今のところ順調ですが……

これまで見ずに済ませていた自分が恐ろしい。反省しきりです。

更新する時はある程度まとめて一気に修正する予定です。


次回、「逃走の分かれ道」。回顧録もあと2話……いや、3話かな。

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