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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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回顧録1 ~旅立ちからまもなく~

 南の国を旅している時のこと。

 ある町の市場で出会ったのは、右頬に大きな傷のある少年だった。

 一目見て、貧民層の子なのだろうと分かった。

 その姿を見たとき、思い出したのはやはり右頬に傷を負った、11歳の少年のことだった。


「……似てるな」


 呟いた私の視線を追って、美威も同じことに思い当たったようだった。


「うん、似てるね……」


 野菜が入った木箱の前を横目で見ながら通り過ぎて、パンの乗った台をのぞき込んで、人に紛れるように歩く。

 既に買ったものなのか、買い物用の小さい袋を手に、少年はうろうろと市場の中を進んで行った。この南の国では黒髪が珍しいから、目に付いたのかもしれない。


「……美威と会ってから、すぐの頃だもんな」

「そうだね。あの頃は私全然役に立たなかったから、余計によく覚えてるよ」

「私もこの間のグラナセアの一件で、また色々思い出した」


 美威と旅してきた中で、思い出すと胸が苦くなるような出来事はたくさんあった。

 二人でいたから耐えられたようなもので、一人でいたらきっとまたどこかで足を止めていたに違いない。

 あの時のことも、そんな辛い思い出のひとつ。


-*-*-*-*-*-*-*-


「美威、あと少しで町に着くぞ。がんばれ」


 山道を下りながら、前を歩く飛那ちゃんが私を振り返った。

 今日は朝からずっと歩いている。日の高いうちに山を越えて、次の町に着くのだと急ぎ歩いてきた。

 私はだるく重い足をなんとか前に進めながら、飛那ちゃんを追っていた。


「うん、がんばる。もうちょっとだもんね……」


 こんなところで置いて行かれる訳にはいかない。

 播川村(はりかわむら)を出て、やっと飛那ちゃんに追いついて、一緒に行くことを許してもらったのだ。

 あれからまだ1週間しか経っていないのに、足手まといだと思われて捨てられるようなことがあっては困る。弱音は吐けない。


 私よりずっと重い荷物を背負った飛那ちゃんは、疲れ知らずだ。

 同じ10歳とは思えない体力。本当にどこからあんな力が湧いてくるのか……


「そっちの荷物も持ってやろうか?」

「あ、大丈夫。下りだし、そんなに重くないから」

「そうか、じゃあ行くぞ」

「うん」


 言葉遣いや態度は乱暴だけど、飛那ちゃんは優しい。

 彼女だけだったらもっと早く次の町にたどり着いてるだろうに、私のペースに合わせてくれてるから、歩みはすごく遅くなっているはずだ。

 最終的に南の港町に向かうそうなので、その予定よりずっとたくさん、時間がかかってしまっているだろう。

 なるべく彼女の足を引っ張らないようにしなきゃ、と思う。


 そこからまたしばらく歩いていたら、町に向かう案内板のある川の沿道に入った。5月とは言え、冷たそうな川だ。そう言えば、のど渇いたな。


 私のため息が聞こえたのか、飛那ちゃんは「ちょっと休もう」と言って、川縁に荷物を下ろした。


「少しくらい休んでも、夕方までには着くからな」


 飛那ちゃんの言葉に甘えて、私もどっかりと腰を下ろした。ああ、足痛い。

 水筒の栓を抜いて、のどを鳴らしながら水を飲んだ。

 こうして川沿いを見ていると、南に近くなってきたここら辺はもうかなり初夏の季節なのだと分かった。

 淡い緑の草原に、名も知らない小さな花がいくつも揺れている。


「可愛い……」


 ぼんやりそれを眺めていたら、飛那ちゃんは土手を下りていってしまった。水をぱちゃぱちゃさせながら「ひゃー、つめたーい」とうれしそうだ。

 元気だなぁ。私はもう遊ぶ元気はないや……

 その時ふいに、背後に草を踏みしめる音が聞こえてきた。


「?」


 首を回したら、見慣れない男が近付いてくるところだった。

 目が合った瞬間、なんとも言えない気持ち悪さが胸に広がった。


「……お嬢ちゃん、一人?」


 低い声が、そう問いかけた。「いえ」と答えようとした声を飲み込んだまま、私は立ち上がった。

 誰だろう、嫌な感じがする。


「ああ、お友達が一緒なんだ。大人は……いないみたいだね」

「なにか、ご用ですか?」

「うん、町に行くんだろう? 馬車に乗せてあげるから、一緒に行かないか?」


 もしかして、親切な人なんだろうか。

 私は土手の下の飛那ちゃんを見た。ちょうど私を振り返った彼女は、後ろに立つ男を見て険しい表情になった。


「美威! そいつから離れろ!」

「え?」


 飛那ちゃんがそう叫ぶのと同時に、無遠慮な手が私の肩を鷲掴みにした。


「いたっ……!」

「人の親切はちゃんと受け取らなきゃダメだよね。こっちも手ぶらで帰らずにすみそうだし、良かったよ」


 よく分からないことを言う男は、私の首筋にひやりとしたものを当てた。よく見えなくても、刃物だって事だけは分かった。冷たさだけじゃなくて、人を害することに何のためらいもない、その行動が背筋を寒くした。


「……奴隷狩りか」


 土手を駆け上がってきた飛那ちゃんが、舌打ちしてそう言った。


「今日はいい子供がいなかったんだ。こんなところで二人も見つけられるなんてオレは運がいい」

「運が悪い、の間違いだろう?」


 飛那ちゃんは眉を寄せると、ゆっくりこちらに近付いてきた。男はそれを見て、私の喉に更に刃物を突き立てた。


「おっと、そこで止まりなよ、お嬢ちゃん。まずお前が馬車に乗り込むんだ」

「断る。お前こそそいつを放せ」


 とうとう飛那ちゃんは私の目の前まで歩いてきて、止まった。

 その行動と鋭い目に、男がうろたえたのが分かった。


「飛那ちゃん……」

「後十秒、じっとしてろ」

「な、何なんだ! 気持ちわりぃ子供だな!」


 男が、私の首筋から離した短剣を、飛那ちゃんに向けた。彼女は至近距離からの攻撃をなんなく避けて、男の手首を掴んだ。

 鈍い音が聞こえたのは、気のせいじゃない。


「ぎゃあぁっ! い、いてえぇっ?!」

「骨が折れたら痛いに決まってる」


 変な方向に曲がった手首を押さえて、男は土手を転がり落ちていった。飛那ちゃんに背中を蹴られたせいだ。

 青くなったまま、私はその光景を眺めていた。


「ああいうのはどこにでもいるから気をつけろよ。油断した瞬間に命がないこともあるからな」

「え、あ、うん……でもあの人、痛そう……」


 ちょっとやり過ぎじゃないだろうか。

 そう言うと、飛那ちゃんはあからさまにバカを見る顔になった。


「何言ってんだ? 短剣突きつけられてたの自分だろ? 私は自分の守りたいものを守るのに躊躇はしない。あれ以上手加減なんか出来るか。殺しは嫌だけど、悪党を殴るのに情けはいらない。しばらくあくどい仕事が出来ないようにしてやるくらいでちょうどいい」

「そ、そういうものかな……」

「そういうことにしておかなかったら、命がいくつあっても足りないだろう」


 一体今まで、どんな生活を送ってきたんだろう。あの人より、飛那ちゃんの方がよほど恐ろしい気がしてきた。

 彼女は荷物を担ぐと、沿道の端に停めてある小さな馬車を指さした。


「美威、喜べ。もう歩かなくていいぞ」




 私達は馬車を駆って川沿いの道を走った。御者の座る場所は掴まるところがなくて、段差や石で車輪が跳ねると結構怖い。何しろ、こんなところに乗ったのは生まれて初めてだ。


(歩くよりマシかもしれないけど、早く下りたい……)


 飛那ちゃんに掴まって落ちないように祈っていたら、また町の案内板が出て来た。それを見て、馬を止める。

 私は案内板を見るために、馬車から身を乗り出した。


「……西渡(にしわたり)まで、あと600メートル……こっちの方向で合ってるみたいね」

「西渡……?」

「何? どしたの?」

「向かってる町の名前が違うような……」


 そう言って飛那ちゃんはガサガサと懐から地図を出した。

 ここに向かう予定だったんだけど、と指さしたのは今居るところとは全然違う場所にある小さな町だった。


「え? 方向違いすぎじゃない?」

「……みたいだな」

「……飛那ちゃん、もしかして方向音痴なの?」

「……思い当たる節はある」


 あり得ないくらい目的地と離れている現在地を見て、私は飛那ちゃんから地図を奪い取ることにした。私が見た方が数倍マシだろう。


「まあ、別にこっちの町でもいいや。ちょっと遠回りだけど、大きいし。仕事ありそうだ」


 誤魔化すようにそう言うと、飛那ちゃんは馬を進めた。

 すぐに町の入口が見えてくる。城壁と門が見えるから、きっと小国のひとつなんだろう。

 やっと着いた、そう思ったら、飛那ちゃんは沿道を更に脇に入って、森の中を突き進み始めた。


「ど、どこ行くの?」

「馬車を隠す。これでまた悪い商売が出来ないようにしてやる」


 周囲に茂みが多いような場所まで来ると、飛那ちゃんは馬車を止めた。

 馬車につながれている馬を放して、頭絡もはずしてやる。


「運んでくれてありがとうな。ほら、お前もう自由だぞ。どこにでも行って腹一杯草でも食べな」


 そう言って撫でてやると、やせた馬は歩いて行ってしまった。

 さて、と飛那ちゃんが私を振り返る。


「行ってみようか、その西渡とやらに」


 西渡。それがはじめて訪れる国の名前。

 私の中で、世界は確実に広がりつつあった。

ここから、10歳の飛那姫と美威の回顧録が続きます。

盗賊団編のところで出そうと思ってストックしていた短編(にしては長い話)を、本編に組み込むことにしました。

暗鬱な話になりますので、苦手な方は「回顧録」の何話かを飛ばして読まれることをオススメします。


次回は、小国に入った二人の様子から。

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