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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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遠見の本

「蒼嵐様、ほどほどにされませんと……」


 3時のお茶を持って部屋に入ってきた余戸が、書見台の前に立つ僕を見て眉をひそめた。


「いや、たまーにしか見てないからね? それこそ1週間に1度くらいのペースだから」

「ペースの問題ではありません。姫様のプライバシーではありませんか。見てはいけない場面に出くわしたら、どうなさるおつもりなのですか?」

「それはまぁ……すぐに閉じるよ」

「蒼嵐様……」

「だって、心配じゃないか。無事でいる姿をちょっと見れば気が済むから!」


 僕の目の前には、片手では持てないほどの大きな本がある。

 黒檀の重厚な書見台にセットされた本の表紙はいたってシンプルで、題名すら書いていない。

 色も生成りの布張りで、装飾のひとつもないのを見れば、この本が価値のあるものだと分かる人は少ないだろう。

 僕はしおりを挟んであったページを開いた。ページの左上に「飛那姫」と書き込んである。


 これは遠見の本。

 みんなが使える汎用的な便利道具ではなく、魔力がないと使えないタイプの魔道具だ。

 元々ある魔道具のいくつかと、新しい原料を組み合わせて僕が作った。偶然にも好条件が重なって、あまりにもよく出来てしまった魔道具。

 またこれと同じものを作れと言われてもきっと無理だろう。それくらい、完成度の高い希少品と言える。


 この本は距離に関係なく、見たい人物の「今」を映し出すことが出来る。


 僕は本に触れて魔力を流した。見開いたページの右側に、もやもやとした絵が映し出されていく。

 それは次第に、鮮明な画像になって動き出した。


「まだ南の国にいるみたいだな……」


 赤いレンガの壁が立ち並ぶ異国の風景がページに浮かんでくる。その中に妹の顔が映るのを確認して、僕は胸をなで下ろした。

 町並の特徴を考えるに、エベレス辺りかその近隣の村だろう。ここら辺は赤レンガの産地で知られているから判別しやすい。

 無事に旅を続けているようだけれど、こんな遠いところまで行ってしまって、帰ってくるにも一苦労じゃないだろうか。


「蒼嵐様、姫様のご無事を確認されましたら、すぐに本を閉じられてください」


 横から、余戸がとがめるように口を挟んでくる。

 分かっている。僕だってのぞき見が趣味なわけじゃない。罪悪感だってある。

 でも、傭兵なんてヤクザな職業についている妹の身を案じているだけなんだから、少し位許されてもいいと思う。

 胸の中でそんな言い訳をしながら、僕はふと妹の装いがいつもと違うことに気付いた。


「え? スカート?」


 動きやすい服しか着る気はないと言っていた妹が、今日は何故か女性らしいワンピース姿でいる。

 何を着ていても可愛いことに変わりはないけれど、久しぶりにこういう姿を見るとまた超絶に可愛いじゃないか。いや、本当に美人だ。僕の妹。


 でも、なんでこんな傭兵らしくない格好を……美威さんはどこにいるんだろうか。僕はいつも一緒にいるはずの、黒髪の女の子が見えないことに気付いた。

 別行動中なのかな?

 色々不思議に思ったところで、画面に一人の長身の男が映った。こちら側から見ると背中しか見えないけれど、すらりとしていて筋肉質な体つきだ。護衛兼下働きと言っていたマルコ君ではないみたいだな。

 腰に帯剣しているところから見ても、別人だろう。


「……誰だろう?」


 男は妹の前に立つと、なにやら話しはじめた。知り合い、みたいだな……

 妹は男の顔を見上げて一言二言返すと、花がほころぶように笑った。


「……誰だ?!」


 そんな心臓にぐさっと刺さりそうな笑顔を向けられたら、男はみんな勘違いするじゃないか!

 相手の顔は見えないまま、二人は歩き出した。

 一軒の高級宿らしきエントランスに足を踏み入れたところで、僕の動揺は限界値に達した。


 ちょっと待った!

 説明! この状況には説明がいる!


 本に食らいつこうとしたところで、突然パタンとページが閉じられた。


「あっ!」

「蒼嵐様、これは完全に姫様のプライバシーですよ」


 余戸が呆れ顔で、遠見の本の背表紙を押さえていた。


「いや! せめてどんな男か確認するくらいは……!」

「姫様だって、もう17ではありませんか。あれほどに美しい方なのですから、恋人の一人や二人、いてもおかしくはありません」

「恋人……」

「落ち込まれないでください。いずれこうなるのは、分かりきっていたことです」


 いやいや! 分かりたくないから!


「本当に恋人なのかな? 通りすがりの誰かとか、新しい護衛とかかも……」

「錯乱されているようですので申し上げておきますが、女性があのように笑いかけるのは相手に好意があるときだけだと思います」

「好意……」


 恋人。好意。

 遠慮の無い絶望的な言葉が胸に刺さる。

 あまりのショックに、めまいすら覚えた。


「飛那姫に、恋人……?」


 余戸の言うとおり、飛那姫はもう17だ。結婚してもおかしくない年だということは理解できる。

 だけど理屈じゃなくて、認めたくないんだ。

 僕の可愛い妹がどこの馬の骨とも分からない男に嫁いでいくなんて、耐えられる訳がない。


「相手を社会的に抹殺する……っていうのはどうだろう……」

「そのようなことをしたら、姫様が悲しみますよ」

「じゃあどうすればいい?! お金で解決出来るかな?!」

「どうもしないのがよろしいかと思います。いつもの思慮深い蒼嵐様でいていただければ、何も問題はありません」

「……」


 じゃあこのまま、妹が毒牙にかかるのを指をくわえて見ていろというのだろうか?


「やっぱりもう一度だけ見る! 事実関係を把握したい!」

「蒼嵐様……」


 僕の声を聞きつけてか、「何事ですか?」と衣緒も部屋の入口から入ってきた。

 二人が話している隙に、僕はもう一度遠見の本に手を伸ばした。僕の指が届く前に、横から出て来た太い腕が、布張りの背表紙を取り上げる。


「主をお諫めするのも騎士の務め……ご無礼を、蒼嵐様」

「余戸! 返して! あと少しだけだから!」

「落ち着かれたらお返しします」


 余戸の手に取り上げられた遠見の本を追って、僕は部屋の中をパタパタと走り回った。

見晴らしの塔の様子をお届けしました。

閑話、のような感じです。

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