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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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奪還と帰路

 魔力が主食の大蜘蛛め。

 美威を取り込んで、枯れるまで喰い続けるつもりか……


「……?」


 立ち上がった私をかばうように、やたら大きくて白い犬が横から出てきた。

 どこから現れたんだろう……馬くらいある大きさ的に、犬と言っていいのかどうか分からないけど。にじみ出る透明感のある魔力は、最近どこかで感じたような気がする。

 光る毛をたなびかせるその姿は、神秘的で勇猛な戦士のようにも見えた。


「そこの犬。あいつは私の獲物だぞ」


 白い犬はちらりと私を振り返ると、分かったと言うように目を細めた。

 ひとまず、この犬は敵じゃなさそうだな。

 私の敵は、あの化け蜘蛛だ。


 キン! と響いたいつもの愛剣の音に、ほっとするものを感じたのはどうしてだろう。

 右手の中に青く光る魔力を握り込んで、押さえ込む。刃から、青い光が消えた。

 悪食のこいつ相手に、魔力はいらない。


 代わりに、両の足にはなみなみと魔力を注ぐ。私は一気に大蜘蛛の正面へと駆けた。

 向かってくる水の糸をかわして、斜め横から剣を振り上げる。剣閃とともに、黒い右足が一本、宙を舞った。

 ヒットアンドアウェイだ。すぐさま後ろに飛ぶ。あの糸にはもう捕まらない。


 一声叫んでその場で地団駄を踏むと、大蜘蛛はいくつもの赤い目を向けてきた。

 恐ろしく素早い動きで私目掛け、走り込んでくる。剣に魔力は流さずとも、自分の全身には完全に魔力ドーピングをすませてある。

 私は大蜘蛛よりも速く回り込むと、その左足を二本、根元から切断した。


『ギエェッ! ギェッ!!』


 耳に痛い大音量で叫びながら黒い塊が暴れ回る。大蜘蛛は口から吐き出した糸を、細い網に変えて四方に飛ばしてきた。

 投げた網のように、頭上から水の糸が襲いかかる。


「……捕まるかよっ」


 もう二度と、油断などしない。

 瞬時に、糸の届く範囲を見極めて脱出する。捕らえる対象を失って落ちた網の上を、一足飛びに越して私は蜘蛛の正面に舞い戻った。


「終わりだ」


 蜘蛛の頭上から、神楽を突き立てる。

 硬い甲羅を砕くような手応えとともに、剣の先端が、あごを突き抜けて地面に突き刺さった。


『キィエエエエエエエエエェッ!!!』


 断末魔の叫びが、森の中にこだました。

 どす黒い無数の粒になって、大蜘蛛の体が空中に霧散していく。

 敵の消滅を確認した私は、神楽を消して上空を仰ぎ見た。支えを失った体が、落ちてくる。


「美威!」


 腕を伸ばして、その濡れた体を抱き止めた。

 顔色は青かったが、何よりも大切な存在を取り返せたことに、ほっとする。

 私は美威の頬をペチペチと叩いた。


「……っ美威! 美威! 起きろ!! 生きてるのか?!」


 閉じたままの瞼に、取り返しのつかないことを想像して体が強ばった。

 草の上に膝をついて、片腕に抱いたままの首筋に、震えながら手を添える。

 温かな肌の下に、脈打つ鼓動を感じ取ることが出来た。生きてる。


「っ生きてるならっ……目を開けろ! ちょっと魔力喰われただけで寝るな!!」

「……うーん……もうちょっと寝かせて……」


 美威からは、むにゃむにゃ、と間抜けな寝言が返された。

 一瞬固まった私は、少しの後、心の底から安堵のため息をもらした。

 体中の筋肉が緩んだ気がして、泣きたくなる。


「この馬鹿……すごい心配したんだからな……」


 力が抜けた腕を下ろして、私は美威の体をそっと草むらに横たえた。


 異形は、跡形もなく消え去っていた。

 泉にカモフラージュして罠を張り、人を喰ってきた狡猾な化け蜘蛛。

 自分が油断していたばかりに、美威を危険な目に合わせてしまった。未だ苦い後悔が広がる。


 先ほどの白い犬が、地面に転がっている傭兵の男達を鼻先で小突き起こしていた。彼らも無事だったようだ。

 割れた水球から出て来たのだろう。他にも何人かの人影が転がっていたが、遠目から見ても生きていないだろう事が分かった。

 顔も知れない相手だけど、そっと手を合わせる。


 助けるのがもっと遅かったら、美威も魔力から生気から搾り取られて、あんな風にミイラになっていたかもしれない。

 それは、ぞっとするような「もしも」だった。


「飛那姫、パートナーは……無事なんだな?」


 ふいに投げかけられた声に、私はこの場にいたもう一人の人物を思い出した。


「アレク……どうしてここに?」


 振り返ったそこには、いつもの騎士姿でないアレクが立っていた。

 元々ここには美威と2人で来たはずだ。彼はどこから出てきたのだろう。

 なんとなく、記憶にもやがかかっている気がするのは……気のせいかな。


「もしかして、覚えていないのか? 昨日と、ここに来るまでのことを……」

「昨日?」


 なんの話だろう。私は美威と異形退治に来て……戦って、倒したんだよな?

 あれ? おかしいな。最初っから思い出そうとすると、なんだか記憶があいまいだ。

 頭をひねって考えている私に苦笑いをもらすと、アレクは美威に視線を移した。


「彼女が君のパートナーか?」

「ああ、うん。そう言えばやっと紹介出来るか。って言っても、寝てるけど」

「ひとまず、無事で良かった……女性だったんだな。ずっと、男性だと思っていた」

「え? いつ男だって言った?」

「そういえば、そうは言われていなかったな」


 そう言ってアレクはおかしそうに笑った。

 変なヤツ。


 大蜘蛛との戦闘で、乗ってきた馬たちは逃げ出してしまったらしい。

 傭兵の男達3人は無事だったので、その場で別れた。ギルドに報告に行かなきゃいけないし、私達も町に帰るか……

 私は美威を荷物のように抱え上げた。


「飛那姫、インターセプターに乗るといいよ」

「インターセプター?」


 アレクの言葉で、白いでかい犬は、私の前までやってきた。

 伏せのポーズをとって頭を回すと、金色の瞳で私を見た。乗れってことか。


「あっ、もしかしてこの犬、この間のおつかい犬か? 大きさ大分違うけど、そうだよな?」

「そうだよ。でもインターセプターは犬じゃない、聖獣なんだ」

「聖獣……確か、兄様から聞いたことあるな。希少動物で……ええっと、賢いんだっけ?」

「ああ、とても賢い。そうか、飛那姫には兄弟がいるんだな」

「うん、いるよ。過保護なのが一人……」


 兄様の話が出て、私はふと思い出すと、アレクを眺めてみた。

 最初会った時は兄様に似てると思ったけど、こうやって見てみると見た目は大分違うな。


「うん、やっぱり似てない」

「え?」

「はじめてアレクに会った時さ、兄様に似てるって思ったんだ。でも、あらためて比べてみると似てないなーって思って」

「そう、なのか……?」

「見た目の話ね。おせっかいで過保護なところは似てると思う」

「おせっかい……」


 なんとなくテンションの下がった気配を感じて、私は少しだけ笑った。


「うん、だからアレクのそういうとこ、嫌いじゃないんだよな」

「……そうか」


 最初に兄様に似てると思ったからか、このお人好しな騎士には不思議と嫌悪感が沸かない。

 騎士という職業のせいか、どこか懐かしいような気がするし、彼を取り巻いてる5月の庭園みたいな柔らかい空気は、むしろ心地よささえ感じるくらいだ。


 私は美威を横抱きに抱えたまま、白い聖獣の背にまたがった。


「良かった。説教臭くて嫌われているのではと思っていたんだ」


 立ち上がった聖獣の背から見下ろしたアレクは、そう言って少年みたいな顔で笑った。

 いつもの綺麗な笑顔とは違う、飾り気のない素の表情で。


(……あれ?)


 その笑顔に、ちょっとだけ心臓がいつもと違うリズムを打った。

 本当に、ちょっとだけ。


「……?」


(気のせい、かな……)


 白い聖獣がゆっくり歩き出す。その横をアレクもついて歩いてくる。


「飛那姫、君の家族や故郷のことを、もっと聞かせてくれないか。友人として、そういう話をしたいんだ」

「……話せる範囲でいい?」

「もちろんだ」


 そう言われてみれば、彼とゆっくり話す機会なんて今までなかったかもしれない。

 私達は森の道を進みながら、たわいもない小さな話をたくさんした。

 自分の事を話すのは得意じゃないはずなのに、兄様や師匠のことまで話してしまっている自分に気がついた。

 頷きながら楽しそうに聞いている、アレクのせいだな、きっと。


 アレクの家族のことも聞いてみたかったけど、弟が二人いて、お母さんが亡くなっていることくらいしか聞けなかった。

 人に聞いてきたくせに、自分の家のことはあんまり話したくないみたいだ。なんか事情があるのかな、そう思った。


 帰り道の穏やかな時間はあっという間に流れて、エベレスの赤いレンガ色をした城門が見えてきた。

 一番高いところまで昇った太陽が、強烈な空の青と、町の赤をいつもより美しく見せている。そんな気がした。


森の異形編はひとまずこれで終わりです。


次回はオマケ話になりますが、物理的に時間が足りないので明日の投稿が難しいです。むぅ。

予定は、明後日更新ということで……

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