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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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普通でない彼女

 困ったことになった。

 まさか飛那姫が、記憶をなくしているなんて。


 久しぶりに出会った彼女は、姿形こそ変わらないとは言え、私の知っている飛那姫ではなくなっていた。

 強い意志の光る瞳を持った、唯一無二の剣士。無尽蔵の魔力を携えた、美しい魔法剣の主。

 今の彼女には、そんな「強さ」が少しも見当たらない。


 あの輝く剣に憧れた私にとって、剣士であることを忘れてしまった彼女の姿は、少なからずショックだった。

 しかし強さを無くした彼女に失望したかと言えば、自分でも意外なほど、そんなことはなかった。

 不思議なくらいおとなしくなってしまったが、彼女は以前と変わらないところもあったからだ。


 飛那姫は、私を特別視しない。

 大国の第一王子ではない素の私の姿を、なんの先入観も持たずに見てくれる飛那姫は、貴重な人物だ。

 彼女は今までに出会ったどの女性とも違う。私の肩書きや容姿に惹かれて媚びたりせず、一人の人間として対等に接してくれる。


 それが自分にとってどれほど居心地の良いものか、剣士ではなくなった彼女に出会って、はじめて分かった。

 私が彼女に会いたかったのは……今にして考えれば、そんな理由の方が大きかったように思える。


 さらに今回、気付いていなかったもう一つの事実に向き合うことにもなった。

 いや、元々知ってはいたが、あえて意識しないように努めていたと言うべきか。


 彼女は剣士である前に、一人の女性なのだ。

 インターセプターの背で、そのあまりにも女性らしい柔らかさに気付いた時には、平静を保つのが難しかった。鎧越しに、心臓が鼓動を早めたのが聞こえてしまうのではないかと、正直焦った。

 腕に抱き上げた体は、想像以上に軽かった。

 普通の女性の格好をした彼女は、剣を持たずともとても美しく見えた。


(本当に飛那姫には、色々な意味で驚かされる……)


 女性に免疫がないわけではないが、私はこの歳になるまで真剣に愛した女性がいない。自分の育ってきた中に、そうなるような環境がなかったせいだろう。


 女性達はいつでも、私を見ているようで、見ていなかった。周囲には、私の容姿や王太子の肩書きを透かし見て、好意を寄せてくる人しかいなかった。

 どれほど美しいと評判の姫でも、そうと分かっている人達を心から好きになれるはずがない。

 いつの間にか、私は女性というものを少し煩わしく感じるようになっていた。

 自分から女性に近付こうなどと、考えたことはなかったというのに。


「飛那姫は、不思議な女性(ひと)だな……」


 彼女に再会してから何度もらしたか分からないため息とともに、私は馬の駆ける足を早めた。

 宿屋から借りてきた馬は、インターセプターよりは遅かったが、森の中で走ることに慣れているようで、完全に暗くなる前に、飛那姫を見つけた場所まで戻ることが出来た。


 馬を降りて辺りを探ってみる。別段おかしなところもなく、静かだ。

 彼女がいた場所には、まだ薄黒く血だまりの跡が残されていた。

 あの彼女がこんな深手を負うなんて……ここで、何があったのだろうか。


 出会った時から、彼女は記憶がないことに不安を感じているように見えた。

 無理もない。はじめて見る、弱った彼女を責めることなど誰にも出来やしない。

 何かが原因でこうなったのなら、一刻も早くなんとかしてやらなければいけないだろう。未だ顔を合わせたことのない、彼女のパートナーのことも気になる。

 飛那姫たちが何かトラブルに巻き込まれたのだとしたら、ここで有用な手がかりの一つも欲しい。


「……?」


 戦闘があったのなら、魔力の残滓を拾えるかと注視していた私は、ふと泉に目をやって違和感を覚えた。


 泉が放つ気は、あまりにも普通だった。

 注意して見なければ見落としていただろう。

 そこに住む生き物や、小さな川や湧き水から流れる水の量。季節によっても溜まった水の持つ気配というのは、揺らぎをみせるものだ。

 それがこの泉には、ない。

 そこにあるのが「普通であるかのように見せられている」錯覚すら覚えるほどに……


 一種の不気味さを感じ、泉から離れた状態でもう一度周囲を探ったが、他に気にかかるところは見当たらなかった。

 この薄暗さでこれ以上、なにかを見つけることは難しい……不審な点を見つけられただけでも、収穫があっただろうか。

 水を確保する場として利用されやすそうなこの場所は、きっと町でも知っている者がいるだろう。


(聞き込んでみるか)


 私はもう一度馬に乗り込むと、来た道を引き返し、町へと急いだ。

 町にたどり着くと一番大きい酒場に入って、カウンターから度数が低めの酒を注文する。


「はい、お待ちどおさん。兄さん一人かい?」


 目の前に置かれたジョッキを手に取ると、話しかけてきた店主に、泉について話題を振った。


「ああ、あの泉ね……なんてことはない静かな場所なんだが」


 やはり旅の途中、道から少し外れた場所にあるあの泉は、水飲み場として重宝されているのだという。

 しかし、ここ3ヶ月ほどの間に、町の人間を含む複数の人間が、あの周辺で姿を消していると店主は言った。


「あの周辺に異形が?」

「そういう話があるね。ここら辺はそもそも平和な一帯でね。事件らしい事件もないんだが、その話だけは今有名だよ」


 他にも行商人や傭兵に何人か声をかけたが、森の中で行方不明になった人間がいて、ギルドでも傭兵を募っているということ、城から報奨金が出るほどの異形がいるということが分かった。

 もしかして飛那姫達は、その異形を討伐に向かったのだろうか。

 私は考えながら代金を支払って、店を出た。

 念の為向かったギルドは、既に閉店していた。異形について、詳しい話を聞けるとしたら明日になるか……


 宿屋に帰り着くと夕食の時刻はとうに過ぎていた。飛那姫と夜食でも取るかと、食堂でパンやチーズ、フルーツなどをバスケットに入れてもらい、部屋に戻った。

 ノックの音に出てきたのはインターセプターだった。彼が指し示すソファーには、飛那姫が崩れるように眠っていた。

 出血もひどかったし、色々あって疲れたのだろう。


 そのままそこで寝かしておくかどうか迷ったが、いくらなんでも、朝までこの場所では体も休まらないだろう。そう思って、私は彼女を奥のベッドに運ぶことにした。

 起こさないようにそっと腕を差し入れ、その体を抱え上げる。


「ん……」


 ベッドにゆっくりと横たえ、静かに体を離そうとしたところで、飛那姫が寝言のように呟いた。

 ふいに彼女の右手が私の肩口をつかんだ。思わず息を飲んで制止したのは、起こさないように配慮した結果だと思いたい。


 閉じられた瞳に長いまつげ。赤く形の良い唇が至近距離にある。

 やましいことは何もない。だが、ここで目を覚まされるのはまずい気がした。

 かすかに甘い香りが胸の鼓動を早めたが、気付かぬふりを決めた。息を止めたまま彼女の手を取り、慎重に外す。

 ブランケットを肩までかけてやり、音を立てないようにそっとその場を離れた。


 思わず脱力して、ため息をもらす。

 何かすごく、心臓に悪い思いをした気がする。

 たかがこれしきのことで、何故こんなに心が波立つのか……

 様子のおかしい私を見上げて、インターセプターがクーン、と鳴いた。


「……ああ、何でもないんだ。何でも……」


 手を振って返したが、この聖獣がなんとなくからかうような雰囲気を醸し出しているのは、気のせいだろうか。

 賢い相棒から視線をそらし、私は「引き続き、護衛をよろしくな」とだけ言い残し、部屋を出た。


 今日はもう、別に部屋を取って早く休もう。少し頭を冷やした方が良さそうだ。

 一向に収まらない鼓動にもう一度深くため息をついて、私は階下へ下った。


恋愛要素の多い回が続いてますが……純粋なファンタジーです。多分。


次の更新ですが、明日作業出来るかどうかちょっと怪しいので、ひとまず明後日の予定とさせてください。

皆様も風邪には十分ご注意を……

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