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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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エベレスの町と森の異形

 小さな町には傭兵ギルドがない、なんてこともわりとある。

 訪れた小さな総合ギルド。傭兵から冒険者から、なんでも一緒くたになった窓口には、かろうじて一人の情報屋がいた。


「この町には流れの傭兵が請け負うほどの仕事はないからなぁ……ここから海岸線沿いに西の方に行くと、比較的大きな国があるから、そこで探すといいよ」


 その話を聞いて私と美威がやって来たのが、南の大陸、西の外れにある小国、エベレスだ。

 ここは、赤レンガの産地として知られてるらしい。道路も建物も赤レンガ色という、ちょっとすごい色彩の町だ。青い空に映えて綺麗なんだけど、砂レンガよりよほど派手だし、慣れないと目が痛い。

 どこを見ても似たような景色に見えるから迷いやすいってのもある。まあ、そうじゃなくてもどうせ私は迷うんだけどさ。


 早速見つけた魔道具屋に入って、美威の買い物に付き合う。

 カウンター横の装飾台には、細かいアクセサリーが並んでいた。デザインはシンプルだけど、カラーバリエーションのあるものがいくつか置いてある。

 私はその中のひとつ、涙型のガラス細工がはまっているペンダントを手に取った。

 なんでそれが目を引いたかって、その色だ。


 私は後ろで、棚に並んだ魔道具をチェックしている美威を振り返った。

 ペンダントを美威の顔の横にぶら下げて、のぞき込む。うん、やっぱりそっくりだ。


「何?」

「美威の目の色とそっくりな細工ペンダント見つけた。この色好きなんだよ」


 ほら、と言ってチェーンをプラプラさせると、美威は「ふーん」と言って大して興味もなさそうに魔道具の棚に視線を戻した。

 なんだよ、綺麗なのにな。


 他に興味のあるものもなかったので、ペンダントを売り場に戻して壁にもたれかかってたら、会計を終えた美威が歩いてきて「はい」と私にむき出しのチェーンを差し出した。


「欲しかったんでしょ? でもこれ、安物よ?」


 いくつかの魔道具と一緒に買ってくれたらしい、濃い藍色のガラス細工が揺れているペンダントを受け取って、私は笑顔で答えた。


「値段とかどうでもいい。サンキュ」


 早速首元につけてみる。藍色の涙型がコロンとしていて、気に入った。

 私達を見ていた魔道具屋のおっさんが、「そのペンダントだけど」と声をかけてくる。


「念の為断っておくけどね、魔道具じゃないよ。ただの飾り」

「ああ、分かってる。ただの飾りでいい」


 毎度ありー、という声を聞きながら、店を出る。

 装飾品なんか滅多に付けない私でも、気に入ったものが見つかるとうれしいんだよな。


 エベレスはそれ程大きい国じゃないけど、町はしっかり整備されてるし、小さい城も見えるし、傭兵ギルドもちゃんとあった。

 いつもみたいに情報屋のカウンターでファイルを閲覧していた美威が、顔を上げてため息をついた。


「平和な国なのかしら……イマイチ報酬の低い案件ばっかりね」

「なるべく強い敵がいいな。異形相手ならなんでもいいぞ、私は」

「報酬が低い、イコール敵が弱いに決まってるでしょ……ねえ、おじさん、案件これだけですか? 他にもっと報酬がいいのとか、ありませんか?」


 美威が窓口をのぞき込んで情報屋に尋ねると、眠たそうな男が「あるにはあるんだが……」と答えて、この辺りの地図を取り出した。


「お嬢さん達にはちょっと荷が重いかもなあ」

「それ難しい案件ですか? 報酬額は??」

「討伐成功で30万ダーツだね。これ、厄介だから国からも報奨金が出てるよ。合計で50万ダーツ」

「50万! それ請け負います!」

「まだ内容も聞いてないだろう、お嬢さん……」


 情報屋は半分開いたような目で美威を見ると、地図にある一つの森の場所を指ししめした。

 説明してくれたのは、異形退治の案件だった。


 エベレスの南にある広い森は、ハンティングのための狩り場になっている。その近辺でここ3ヶ月くらいの間に、何人ものハンターや旅人が行方不明になっているらしい。


「かなりでかい人喰いの異形がいる、ってことまでは分かってるんだが……何人も傭兵が向かって、まだ退治出来てないんだ。中には帰ってきたヤツも数人いるんだが……これがまた、全員何があったか覚えてないらしくてな」

「覚えてない?」

「ああ、自分の名前も思い出せないくらいに綺麗さっぱり忘れちまってる。傭兵だったことも覚えてないもんだから、剣も持てなくなって、廃業しちまったヤツもいるよ」

「なにそれ……」

「それでも請け負うかい? やるってなら、場所の説明はするよ。国の報奨がらみだから何人で向かってもいいし、手付金もいらねえ」


 正体不明の異形か。望むところだな。


「やります。詳しい場所と、討伐の証明に必要なものがあれば、教えてください」


 美威がそう言うのを、私は当たり前の様に横で聞いていた。

 私達に倒せない異形なんて、いるわけないからな。いい仕事が見つかって良かったんじゃないか。


 私達はギルドを出て、宿を取ることもなく目的地に向かうことにした。

 まだ日は高いし、目的の場所まではそれほど遠くないし、サクッと退治して帰ってきてからでも宿は探せるだろう。

 そんな風に軽く考えてた。


「森の中にいるってこと以外、どんな見た目だとかの情報が全然ないわね。まず見つけることから始めないと……」

「ウロウロしてたら、そのうち出てくるんじゃないか?」

「そうかもしれないけど……まずこの、帰ってきた人達がいたって言う範囲の所から回ってみようかしら」

「そうだな」


 森の中は下草が少なくて歩きやすい場所が多かった。気温も暑すぎず寒すぎず、快適と言ってもいい位だ。もうはっきり言って、仕事って言うよりただの散歩気分だな。

 結構歩き回っただろうか。討伐の対象ではないだろう異形はちらほら出て来たけど、話題の人喰い異形は姿を現さない。


「ちょっと休まない? 足が疲れたわ」


 泉のある開けた場所まで来た時、美威が言った。

 本当に体力ないよな……あちこちを歩き回ってみたけど、大きい異形の気配とか別にないし、見つかるまで美威が歩けるかどうかの方が問題じゃないだろうか。


 まだまだ歩ける私も、美威にあわせて休憩を取ることにした。

 冷たそうな水がお日様の光にキラキラしてて、気持ちの良い泉のほとりだ。

 私は水際に近づくと、腰を屈めて水面をのぞき込んだ。透明度は高くないけど綺麗な水だ。顔でも洗おうかな……


「飛那ちゃん、泳がないでよ~」

「泳ぐか、バカ」


 後ろの草むらに腰を下ろした美威を軽く睨んで、私は水の上に少しだけ身を乗り出した。

 胸元から、さっき買ったばかりのペンダントがコロン、と転がり出てきてぶら下がる。同時に、安物のチェーンが、プツン、と首の後ろで音を立てた気がした。


「あっ……」


 気付いて手を伸ばそうと思った時には、遅かった。

 ポチャン、と音を立てて藍色のガラス細工が水の中に落ちる。


(しまった……!)


 まだ間に合う! 私は沈んでいこうとするペンダントを追って水の中に手を伸ばした。

 手を突っ込んだのは、水、のはずだった。


「?!」


 ぐにゃりとした感触が指先から伝わってきて、手を引く間もなく水面から水が絡みついてくる。


「なにっ……?!」


 今まで何事もなかった水面に、どす黒い気配が浮上してくるのを感じた。

 これ、まさか……


「飛那ちゃん?」

「美威、下がれっ! 何か来る!」


 キン! と、硬質な音が空気を震わせる。

 私は水の糸に絡め取られたままの右手に、愛剣を顕現させた。


「この……!」


 薙ぎ払おうと振り上げた神楽から、ぞわりと魔力が流れ出るのを感じた。

 柄を握った手からも、体の内の魔力が引き出されて、水の糸に吸い上げられていく。


 魔力だけじゃない。自分の中にある気力、力の出所、そういったものの全てを巨大な手が鷲掴みにして引きずり出すような、暴力的な感覚。


(力を持って行かれる……!)


 冥界の炎を召喚したはずの神楽から、更に魔力が吸い上げられていくのが分かった。水底に全てを持って行こうとする勢いで、体中から力が吸い出されていく。


 その時、せり上がってきた気配の主が、水面を割って姿を現した。黒い不穏な魔力が満ちて、泉を波立たせる。

 何本もの太い脚を持つ異形が、獲物を見つけたように私に狙いを定めていた。


(でかい……!)


 黒い蜘蛛だ。

 水を滴らせながらアメンボみたいに水面に浮かぶ背中には、いくつもの水球が見て取れる。

 その一つ一つに、人影のようなものが見えたのは、きっと気のせいじゃない。

 たくさんの赤い目が並ぶすぐ下の、口と思われる部分から伸びた水糸が、私の腕に絡みついているのが分かった。


 その姿と状況から理解した。

 人喰い、その表現は正しくない。

 コイツは、人の魔力を奪い取って喰うタイプだ。


「花火っ!」


 美威の声が聞こえて、目の前で赤い炎が燃え上がる。

 でも水糸は燃え上がるでもなく、一瞬で炎を吸い込んだ。振り返った先で、美威が目を瞠るのが見えた。

 相棒も理解したろう。コイツにはおそらく、魔法が効かない。


「美威! 逃げろ! ……盾もきっと喰われる!」


 魔力を乗せないで攻撃すれば、私の剣はきっと効く。

 この水糸を早く切らなければ……!


「こ……の、馬鹿力……!」


 ギリギリと締め上げられる、剣ごと掴まれた腕の水糸に歯ぎしりすると、私は目の前の大蜘蛛を睨んだ。

 蜘蛛の口から、小さいあぶくのようなものが出て来たのは、その時だった。

 あぶくはだんだんと大きい一つの水球になると、水糸を伝って私の方に向かってくる。あの背中にあるのと同じものだろう。

 この水球に取り込まれたら、多分まずいことになる。そう、容易に想像出来た。


「ちっ……」


 ふりほどけそうにない水糸に、次の手を考えなければと思った瞬間、視界に黒いものが飛び込んできた。

 私の腕を締め上げている水糸を素手で抱え込んだのが、美威だと理解するのが、少し遅れた。


「なっ……何やってんだ! お前が出て来てなんとかなるわけ……」

「だって! これ取らないと動けないんでしょ?!」

「何とかする! いいから早く逃げろ!」

「だ、ダメ元で風円鎌(ピンキング)!!」


 美威が水糸に直接攻撃した風の刃は、もちろん効かない。魔法だけじゃない。こうなってくると、物理攻撃がちゃんと効くのかどうかも怪しい。

 水糸はぐにゃりと曲がると美威を振り払い、次の瞬間には私を背後に向かって勢いよく放り出した。

 

「飛那ちゃ……!」


 叫んで私を目で追った美威の体が、背後から水球に飲み込まれるのが視界の端に見えた。

 その姿に、浅く吸い込んだ空気ごと肺を握りつぶされそうな息苦しさを覚える。

 背中を擦って草の上に投げ出されると、すぐさま私は立ち上がった。魔力をこめない、いつもより重い神楽を握りしめて、地面を蹴った。


 正面に美威がいなけりゃ、迷いなく斬撃をたたき込めた。

 水球の中に浮かんで、ゆっくり目を閉じていく美威を突きつけられなかったら、大蜘蛛の脳天に一撃を食らわせてやれたのに……


 ひるんで振りかぶった剣を打ち下ろせなかった私に、左右から黒い脚が飛んで来た。右は避けたけれど、左が肩をかすっていく。


「このクソ蜘蛛っ……!」


 再び向かってきた足に攻撃しようと剣を引いた途端、ぐらりと目の前の景色が揺れた。ふらつきそうになるのをなんとか堪えて神楽を握り直す。

 魔力だけじゃない。力そのものを持って行かれすぎた。

 油断しすぎてたんだ。気を抜かずにもっと周囲を注視していたら、最初からこの蜘蛛の存在に気づけていたかもしれないのに……


「美威っ!!」


 無理矢理、剣を握る手に力をこめたところで、左の太股に鈍い衝撃が走った。

 大蜘蛛から伸びた黒い前脚の先端が、私の動きを止めるように真っ直ぐに脚を貫いていた。


「……っ!」


 これだけ至近距離で止まっているのなら、目がかすんでよく見えなくても外したりしない。

 振り下ろした剣先は、硬い手応えとともに黒い脚を斬り離した。


『キエエエエエエッッ!!!』


 耳をつんざくような高い声をあげて、大蜘蛛が脚を引っ込める。同時に、その黒い体が水の中に沈み始めた。

 水中に逃げられるのが分かった。あのまま引きずり込まれたら、簡単には美威を助けられなくなる。


「待て……!」


 左脚に刺さったままの黒い脚の先端を、掴んで一気に引き抜く。痛みを感じることより、可能性を閉ざされる恐怖が全身を襲った。

 沈んでいく黒い塊を追いかけようと、一歩踏み出したところでまたも目の前の景色が回った。

 白くかすんでいく景色に、焦る気持ちばかりが先に走る。


「くそっ……」


(美威……!!)


 水面を波立たせて、大蜘蛛の体と水球が水中に消える場面だけが最後に映った。

 かきむしるように掴んだ草の感触が、地面に倒れていることを教えていた。

 そこから先の意識は、闇の中に落ちて、もう何も分からなくなった――。


ピクニック気分でいたら、突然ピンチ。

油断はいけません。


次回、インターセプター再び。あの人もついてきます。

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