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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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3国協議の裏舞台にも苦労があります

 私の名前はイーラス・マクウェイン。

 この西の大国プロントウィーグルの第一王子、アレクシス様の侍従兼護衛です。


 本日は、年に一度の3国協議の日。

 大国間の政治経済にまつわる重要な議題を、3国の王が同じテーブルについて話し合う、とても大切な日です。

 この時に向けて、着々と準備を進めてきたプロントウィーグル城内は、いつになくピリピリした空気が漂っています。


 今年の開催国である西の大国の名において、各国のゲストを完璧にもてなすため、執事や侍従が一丸となって動いているのですから、無理もありません。

 かく言う私も、数多い王子や王女と我が主の間に入り、接待を受け持つ任を得て、少なからず緊張しております。


 国王様と来賓の方々が大きな会合を催されている裏で、来国された王子や王女は一同に介し、お茶会を開くことになっています。その目的は、他国間での若い世代の交流にあるのですが……


 目的通り、皆様は先ほどまで和やかに歓談されていました。

 そう、先ほどまでは。

 現在のこの状況を一体どうしたものか、私は頭が痛いのです。


 お茶会が催されている、バンケットルームにおられるはずの各国の王子達は、何故か今、騎士団の練習場にいらっしゃいます。

 事の発端は、グラナセアの騎士団長が素晴らしい剣の達人であるという話から、対抗心を持たれたイゴール様が自国の竜退治の話を持ち出されたことに始まります。


 金髪に碧眼。ちょっとキツイお顔立ちの、北の大国モントペリオル第一王子、イゴール様。

 浅黒い肌に大きな紫の瞳が特徴的な、南の大国グラナセア第二王子、ラブドラファ様。


 このお二人がまずいのです。傍目から見ても笑顔の裏で心穏やかならぬご様子。

 北と南ではどちらの国の方が優秀な剣士が多いだとか、自分は竜を討伐しに行く隊の指揮を取ったことがあるとか、それならうちはもっと巨大な竜を退治したことがあるとか、ようするに低俗な……もとい、あまり高等ではない言い合いとでも申しましょうか。


 お二人ともまだ18歳という若さですから、多少元気が良くても理解は出来るのですが……これが一国の王子かと思うと、少々情けなく思います。

 そしてその言い合いの果てに、何を思ったのかイゴール様が仰ったのです。


「毎日鍛錬を積んでいれば、自然剣術の腕は上がるものです。鍛錬と言えば……プロントウィーグルの騎士団練習場は、全天候型の屋内練習場もあってとても広いと伺いました。城内を案内してもらった時に、そこには行かなかったので少し残念に思っていたのです」


 アレクシス様はそれまでお二人の傍観者に徹しておられましたが、そこではじめて口を開かれました。


「それは申し訳ないことをしました。お見せするほどの場所でもないため、案内係も失念していたのでしょう。お時間さえよろしければ、ご滞在の間いつでもご見学ください」


 接待に不手際があった訳ではないので、これで正答でしょう。

 そう思った矢先、イゴール様はにっこり笑って仰いました。


「では、今から参りませんか?」


 ……お待ちください。なんと仰いましたか?


「今から……ご見学、されたいということでしょうか?」


 アレクシス様も笑顔で答えられましたが、お顔の横に「?」が見えます。

 私も同感です。はじめてお会いしましたが、イゴール様は大分自由な方のようですね。


「お茶会は女性に任せておいて、私達は少し体を動かしに行くのはどうでしょうか、ということです」

「……ああ、なるほど」


 体を動かしたいということは、まさか自分も稽古をしたいとか仰っておられるのではないですよね?

 それはもう、見学とは言いませんよね??


「何日も剣の稽古をしていないと、体がなまってしまうようで。ラブドラファ殿もそう思いませんか?」

「ええ、いいですね、アレクシス殿さえよろしければ、是非」


 お二人が何を思っておられるのかは察しが付きました。

 これまでバチバチ火花を散らされていたのです。じゃあ剣で決着をつけようじゃないか、というお気持ちなのでしょう。

 ですが、それはあまりにも……しかし、無下に断ることも出来ません。


「……では、精鋭隊用の屋内練習場を整えるようにいたしましょう。30分ほどお時間をいただけますか?」

「「もちろんです」」


 アレクシス様のお言葉に、お二人の王子は満面の笑顔で答えられました。

 ああ、何かおかしなことになってきました。私の記憶が確かならば、今は確か、3国協議中でしたよね?

 他国間の若い世代同士の交流を目的としていたはずのお茶会が、騎士団練習場の見学(という名の決闘)になってしまいました。

 そんな前代未聞の経緯で、今イゴール王子とラブドラファ王子が木刀を手に、手合わせをされているところなのです……

 練習中であった精鋭隊の騎士達は、何事かと遠巻きにしながらも、別の練習場からお二人の王子の様子を覗っている始末です。


 これ、本当に大丈夫なんでしょうか?

 もう何だか私、胃が痛くなってきました。


「イーラス」


 アレクシス様が小声で私を呼ばれました。

 一歩前に出て会釈すると、アレクシス様は続けてお尋ねになりました。


「先ほど、ハリシャ姫はなんと仰っていたのだ?」


 南の大国の第一王女、ハリシャ様は、ラブドラファ様の姉君にあたります。

 お茶会の会場を出る前、お二人が交わされていた会話の内容を盗み聞いていた私に、確認されたいようですね。


「ハリシャ姫は、ラブドラファ様に「負けなさい」と仰っておられました」


 南の大国は3国の中でもっとも小さく、軍事力の低い国です。

 下手に北を敵に回したくない南にとって、たとえ王子同士の諍いや手合わせという名の決闘であっても、北に勝って不興を買うのは利口ではないということなのでしょう。


「……そうか」

「大層、ご不満のようでしたよ」


 私がそう言い終わったところで、イゴール様がラブドラファ様の剣をはじき飛ばすのが見えました。

 練習場の床に転がった木刀を悔しそうに見て、ラブドラファ様が開始線まで戻られます。わざと負けるのも、ラクではありませんね。

 深く礼をして、お二人の手合わせが終わりました。

 イゴール様はすっきりしたお顔で、こちらに向き直られました。


「アレクシス殿、勝ち抜き戦といきましょう。私と一試合、如何ですか?」


 はい、飛んで来ましたよ。火の粉が。


「アレクシス殿は日々、剣術の修行に励まれていると伺っています」

「……私などはまだまだです。イゴール殿のお相手には……」

「そう仰らず。交流のために是非」


 己の強さを見せつけたいのかなんなのか分かりませんが、いい迷惑です。

「交流」と言われたら、我が主も断れないでしょう。


 アレクシス様も、仕方なく木刀を受け取って、開始線まで歩いて行かれました。


「では、一試合だけ……お手合わせ願います」

「こちらこそ、お願いいたします」


 開始の合図と同時に、イゴール様は先手で踏み込まれました。繰り出されるコンビネーションの技をアレクシス様は表情を変えないまま、全て受け流されていきます。

 いつも我が主の剣さばきを見ている私には分かります。修行不足とまでは言いませんが、イゴール様は太刀筋が荒いです。これではまったく勝負にならないでしょう。


 あっという間に決着がつくだろうと思ったのですが、アレクシス様はご自分から手を出さず防戦一方です。

 アレクシス様? 何を考えておられるのですか?


 結局、アレクシス様は一度もご自分から手を出されませんでした。

 3分の制限時間切れで、勝負は引き分けとなりました。

 あの威張り腐った高い鼻をへし折ってやって欲しい……とは申しませんが、我が主が圧勝するところを見たかった私にとって、ちょっと残念な思いがいたします。

 大体からして、これではまるで、アレクシス様が一度も攻撃することが出来なかったようにも見えるではありませんか。


 イゴール様もそう思っているのか、意地の悪い笑顔で礼を終えました。

 ううむ、悔しいです。


 我が主はいつもと変わらぬ笑顔で、私に木刀を渡されました。


「……王子、どうされたのですか?」


 恨みがましく呟くと、アレクシス様は笑顔のまま仰いました。


「これでいいんだよ、イーラス。どちらが勝っても駄目なんだ」


 どちらが勝っても駄目……それは、おそらく大国間の牽制のことを言っておられるのでしょう。

 東の紗里真王国が健在であった頃は、いわゆる三竦(さんすく)みの状態が保たれていました。

 大国間が互いに牽制しあって、どの国も大きく動き出せない、争いを仕掛けられない状態であったと言えます。


 しかし現在は、他2国に比べて南の大国グラナセアの軍事力が低いことから、三竦みが成立していないのです。いつこの均衡が崩れ、大きな戦争が起こるか……懸念は、年々大きくなっていくように思います。

 特に、好戦的な北の大国モントペリオルにおいては、そんな動きがちらほら見えるため、油断なりません。


 たとえ王子同士の手合わせであっても、後ろに国の名前を背負っている以上、勝つことも負けることもしない方がいいということですか。

 アレクシス様の深いお心は理解できましたが、気持ちの上では釈然としません。

 イゴール様付きの侍従などが、こちらを見てニヤニヤしているのを見ると、余計に腹が立ちます。


 後を案内係に任せて退出する旨を伝えると、アレクシス様は「一旦自室に戻って着替える」と練習場を後にされました。

 引き分けたことを全く気にしていない様子のアレクシス様について、私もその後を追います。


 お茶会の会場の前を通りかかったところで、正面の大扉が開いて、中から華やかな出で立ちの金髪美女が出てこられました。

 北の大国の第一王女、イザベラ姫です。

 イザベラ姫はアレクシス様の姿を見つけると、目を輝かせて近寄ってこられました。


「アレクシス王子、お兄様方との手合わせは終わりましたの?」

「ええ、少し汗をかきましたので、私はこれから着替えに戻ろうかと」

「少し、お話がしたいですわ」

「このような格好ではご無礼になりますので、また後ほどに……」

「かまいません」


 アレクシス様の進行方向を塞ぐ形で立ちふさがると、イザベラ姫は艶やかな笑みで王子を見上げられました。

 王子がこの姫を少し苦手と感じられてるのは承知していますが……我が国の王太子妃としては申し分のない家柄、輿入れを打診されている今は、特に丁重に扱わざるを得ません。


「以前、私が贈りましたストール、気に入っていただけまして? 氷の大地に咲く大変珍しい花を使って染めた織物でしたの。あの深い青が貴方にお似合いになると思って」

「そのように希少なものを惜しげなく贈っていただき、恐縮です」


 気に入った、とは仰らないんですね。アレクシス様。


「実は私、欲しいものがあるのです。聞いていただけませんか?」

「なんでしょう?」


 恩を着せておいてお返しを催促とは、さすが毒姫と名高い……あ、いえ。美しい姫ではあるのですが、何というか、振る舞いがトゲトゲしいというか、ドクドクしいというか。私は正直、この方が苦手なのです。

 イザベラ姫は前々より、国間の政略的なことも含め、アレクシス様を大変気に入っておいでなのです。

 とにかく会えばグイグイ来られる方なので、我が主も扱いには困っておられるようです。

 私もこの方が王太子妃になられるのは、ちょっと……遠慮したいですね。


「西の大国のお菓子はとてもおいしいと、以前から聞いておりましたの。お茶会に出たお菓子もとても珍しいものばかりで、すっかり気に入ってしまいましたわ。自国でも味わえたらうれしいのですけれど、贈ってはくださいませんか?」


 西の大国において、女性に改まってお菓子を贈ることは、「貴方に好意があります」と伝える手段のひとつになります。

 どこで仕入れた知識かは分かりませんが……ある意味、既成事実を作りたいのでしょうね。

 さあ、アレクシス様、どうなさいますか?


「気に入っていただけて私もうれしいです。私自身は甘いものは苦手なのですが……弟のヒートウィッグが大のお菓子好きで大変詳しいのですよ」


 アレクシス様の弟君、第2王子のヒートウィッグ様よりは、第3王子のエトックワール様の方が甘い物好きだった気がしますが。

 既に西の小国の一つに婿入りが決まっている弟君の名前を出されて、アレクシス様は続けられました。


「ご帰国の際には、ご期待に添える選りすぐりのお菓子を用意するよう、ヒートウィッグに伝えておきます」

「……まあっ……!」


 イザベラ姫のつり上がり気味の目が、更につり上がりました。

 アレクシス様……ご自分から贈られることを、遠回しに断りましたね。


「ではこれで失礼いたします」


 真っ赤な顔になったご立腹のイザベラ姫を置いて、王子はまた歩き始めました。

 私も後を追うも、ため息が隠せません。 


「王子……何故あんなことを申し上げたのですか? 喜んで贈らせていただきますと、その一言だけでよろしかったではないですか……」

「私にもよく分からないな。ただ、最近あまりにも周囲がうるさいものだから、諸々煩わしく感じたのかもしれない」

「アレクシス様らしくありませんね。先ほど勝てる勝負をあっさり捨てられた方とは思えません。一歩間違えれば国同士の争いに発展しかねませんよ。もっと自重されてください」

「自重か……」


 そう言いながら、我が主が何を考えているのかなんとなく思い当たりました。

 あの女傭兵に会いに行くことでも、考えておられるのでしょう。


 アレクシス様はこの3国協議が終われば、こなさなくてはならない公務が大分減ります。

 公務を他の人間に任せておいて、つかの間の休暇を取ることも可能でしょう。


 自重は、きっと無理でしょうね。

 アレクシス様は、剣の試合のことも、お菓子をねだられたことも忘れてしまったようです。

 既に心ここにあらずといった主の横顔を見て、私はやはり頭の痛い思いがするのでした。


表舞台では、大国の王3人が絶賛協議中です。

イーラスの苦悩は、これからも続くことでしょう。

次回、飛那姫と美威の道中話に戻ります。


遅くなりましたが、なんとか本日更新出来ました。

お待ちくださっていた皆様、大変ありがとうございました。

まだ通常運転、というわけにもいかないので……次の更新は、明後日の予定です。

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