ここに在るはずのない剣
あれ……昨日会った、ちょっと変な男の子だ。
今日は「ちょっと変」ですまないくらい、相当変なことが分かった。
なんていうか、人間の気配じゃない。今まで出会ったどんな生き物とも違う気配がする。
男の子は黒い魔力を帯びた、不気味な長剣を手にしていた。子供とは思えない、冷えた笑いを浮かべて飛那ちゃんを見ている。
あれも魔法剣? 飛那ちゃん以外の使い手なんて、はじめてだ。
「魔剣『煉獄』……君の血が欲しいんだって」
男の子が口にした言葉に、飛那ちゃんが顔色を変えたのが分かった。
彼女が敵を前にしてこんなにあからさまに動揺するなんて、普通じゃない。
それに今……「魔法剣」じゃなくて、「魔剣」って言ったよね?
「なんで……ここに」
たったそれだけ言った、飛那ちゃんの声が震えてた。
「やっぱりお姉さん、この剣を知ってるんだね? 煉獄がそう言ってるんだ。『君の血がもう一度欲しい』って……『一滴残らず飲み干したい』って」
「……馬鹿な……」
「でもそんなことしたら、お姉さん死んじゃうよね……僕、困ったなぁ」
そう言った男の子の姿が、その場からかき消えた。
消えたと思っただけで、私が目で追えてないだけなんだろうけど……
次の瞬間、すぐ近くで鼓膜が破れそうなほど大きな金属音が響いた。私は思わず悲鳴を上げて、耳を押さえる。
おそるおそる視線を上げたら、目の前に黒い刃と、それを受け止めるように青白く光る刃が重なって、魔力の煙を上げていた。
「……なんの、マネだ?」
私の前に立って斬撃を受けたらしい飛那ちゃんが、怒りを押さえられない口調で言った。
男の子は楽しそうにフフッと笑うと、後ろに飛んで離れた。
何? 今の……もしかして、私、斬られるところだった?
「弱点から狙うのは基本だと思って……でも、本当に疾いね、お姉さん」
「お前……今、自分が何したか分かってるか? 地獄に堕ちる準備は出来てるんだろうな?」
「ひ、飛那ちゃん、待って。落ち着いて……」
殺意のにじみ出た声色に、私は背後から彼女を呼び止めた。
まずい。久々、本気で飛那ちゃんがキレた。
こんな所で彼女が見境無く剣を振るったら、どれだけ被害が出るか分からない。止めなきゃ……
でも私が止める前に、意外な人物の妨害があった。
視線の先に立っていた男の子が、何かに気付いて黒い剣を一振りした。そう思ったら、空中で何かが割れて飛び散って……
「……っゲホッ!」
男の子が激しくむせ込んだ。
あれまさか、砂漠の民が使う例の……砂袋?
「と、唐辛子入りだよ! ざまあみろ!」
いつの間にか、壊れたシャッターの上に立っていた赤髪の女の子が、そう叫んだ。手には木で出来たパチンコを握ってる。
「リザちゃん!」
良かった……無事だったんだ!
うん! ナイス妨害よ!
あ、でも、これだけで飛那ちゃんが止まるのは、ちょっと無理かな……
「ふざけたことを……!」
男の子が立ち直る前に、飛那ちゃんは動いていた。
青い軌跡が光の速さで弧を描いて、男の子が剣を構える胸元へ吸い込まれていくように見えた。
直撃の瞬間、雷が落ちたような轟音が響き渡る。魔力を帯びた剣同士がぶつかり合う衝撃は、波になって周囲に飛んだ。
ビリビリ空気を揺らす振動と風が、盾を張り損ねてた私にも襲いかかってきて吹っ飛びそうになる。
すぐさま盾を展開して、地面にしゃがみ込んで耐えた。
「ちょっと飛那ちゃんー?! もう少し抑えてーっ!!」
何がどうなったのか分からないけど、爆風の後、飛那ちゃんは一人で広場の真ん中に立っていた。
男の子は後ろの建物を突き破って、がれきの中から体を起こすところだった。
「ああ……いいなぁ……今、生きてるって気がする……」
楽しくてたまらないといった声で、男の子がそう呟くのが聞こえた。
この状況でその台詞?? 頭がどうかしてるんだろうか。
起き上がる男の子を冷たい目で見ていた飛那ちゃんが、口を開いた。
「立てよ。お前が何者だか、何故その剣を持っているのか……そんなことはどうでもいい。全力をもって排除してやる」
だから全力はダメだってば!!
完全にキレてる彼女は、近付くことすら危険な存在だ。
リザちゃんはなんとか無事だったみたいだけど……このまま続けたら、この辺り一帯が更地になってもおかしくない緊急事態だ。
おろおろしていた私を救ってくれたのは、またも意外な人達だった。
「な、なんだこれ?!」
「何があったんだ?!」
ぞろぞろと、奴隷商の建物から出て来た人達が、外の景色を見て口々に騒ぎ始めた。
エアーズ盗賊団と、ソレル盗賊団の男達だ。
「ええ? なんかあちこち壊れてる?!」
そう叫んで出て来たのは、マルコね。
広場の真ん中に立ち尽くして、全身から青白い魔力の煙をあげている飛那ちゃんを見るなり、ぎょっとした顔になった。
「ひ、飛那姫ちゃん……?」
「そこにいろ、マルコ。すぐに仕留める……」
剣を構えた飛那ちゃんの視線の先には、あの男の子だ。
腕を押さえて、にじみ出た血を拭う口元には薄笑いを浮かべている。
「ま、待って待って! どういうこと?!」
飛那ちゃんに走り寄ると、マルコは男の子と殺気だった飛那ちゃんの顔を交互に見比べた。
ああ、命知らずにも程があるわ……マルコ。
「どけ、邪魔だ」
「いや! どかないって! 殺気すごいんですけど?!」
「あいつを殺すだけだ」
「いやいやいや! ちょっと落ち着こう!」
マルコは慌ててバタバタ手を振ると、飛那ちゃんの前に立ちふさがった。
飛那ちゃんが、小さく舌打ちしたのが分かった。
「どけって言ってるだろ。お前から死ぬか?」
「それは勘弁して欲しいけど! 殺生はダメだよ! しかもあれ子供!」
「子供じゃない、敵だ」
マルコは、無視して前に出ようとする飛那ちゃんの腕を掴んだ。振り払われそうな気配を察知したのか、かなりがっちりと。
「子供でも敵でもダメ! 飛那姫ちゃんはそういうことしちゃダメ!」
「っ私のことなんて何も知らないくせに……!」
「知ってるよ! でも俺、止めるって言ったよね?! 人殺しでも好きだけど、飛那姫ちゃんが目の前でそういうことしようとしたら、止めるって言ったよね?!」
飛那ちゃんは何かを思い出したのか、進みかけてた足を止めると、魂が抜け落ちたような表情でマルコの顔を見上げた。
いつものヘラヘラした顔じゃない、必死なマルコに気付いたみたいだった。
「後で……絶対苦しむよ。だから、ダメだ……!」
「……」
ふっと、飛那ちゃんから、鋭いナイフみたいな気配が消えた。
マ、マルコが飛那ちゃんを止めた……ちょっと信じられないけど、グッジョブ……!
安全を確認した私も、飛那ちゃんの側に走り寄った。
「……飛那ちゃん」
「美威……」
男の子は消えていた。
この周囲のどこにも気配はなくなっていた……逃げた、のかな……
「美威」
飛那ちゃんが、神楽を消さないまま左手で私の肩を掴んできた。
その手が少しだけ、震えてた。
「……怖かった」
私にだけ聞こえる小さな呟きとともに、掴んだ肩に額が押しつけられる。
「うん……もう大丈夫だよ」
明るい薄茶の髪を撫でながら、私もほっと胸をなで下ろした。
大丈夫、ここにいるよ。
マルコも安堵したのか、優しい眼差しで飛那ちゃんを見ていた。
「マルコーっ!!」
「リザ?!」
走ってきて勢いよくジャンプしたリザちゃんを受け止めると、マルコはくしゃくしゃな笑顔になった。
「うわーん! 言うこと聞かなくてごめんなさーい!!」
「うん、いいよ……リザが無事だったから、もういいよ」
しがみつくリザちゃんの頭を撫でながら、マルコは盗賊団のおじさん達と笑顔を交わした。
本当、彼女も無事で良かった。
結局、行方不明の人達はここにいなかったけれど、マルコ達は彼らが攫われた証拠と、どこに売り払われたかを掴んで、解決の糸口が見つかったらしい。
さらにマルコ率いるエアーズ盗賊団とソレル盗賊団は和解して、お互いの仕事に干渉せず、協力できることはするっていう、協定を結んだみたい。
これでシルビオさんに怒られそうな件が、少しだけ緩和されたかもね。
仲間からも愛されてるマルコは、そのうち、ちょっと頼りない、でもいい頭になれそうな気がした。
神楽を握りしめたまま、唇を引き結んで立っている飛那ちゃんは、誰も殺さないで済んだ。
私の声じゃきっと届かなかった。
彼女を止めてくれたマルコに、感謝しなくっちゃ。
そう思いながらも、私は手放しでは喜べない空気を感じていた。
飛那ちゃんの目が、そこにいない敵を見据えたまま、揺れ動いていたから。
珍しく深夜投稿しました。
なぜなら、日曜月曜と投稿作業出来なさそうなので……
眠くて文章チェック甘いのだけが気がかりです。
次の更新は、火曜日になります。
うーん、月曜日は色々大変なことが多いので、もう定休日にしようかな、とも考えています。
次回、盗賊団編の後談小話集です。