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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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ここに在るはずのない剣

 あれ……昨日会った、ちょっと変な男の子だ。

 今日は「ちょっと変」ですまないくらい、相当変なことが分かった。

 なんていうか、人間の気配じゃない。今まで出会ったどんな生き物とも違う気配がする。


 男の子は黒い魔力を帯びた、不気味な長剣を手にしていた。子供とは思えない、冷えた笑いを浮かべて飛那ちゃんを見ている。

 あれも魔法剣? 飛那ちゃん以外の使い手なんて、はじめてだ。


「魔剣『煉獄(れんごく)』……君の血が欲しいんだって」


 男の子が口にした言葉に、飛那ちゃんが顔色を変えたのが分かった。

 彼女が敵を前にしてこんなにあからさまに動揺するなんて、普通じゃない。

 それに今……「魔法剣」じゃなくて、「魔剣」って言ったよね?


「なんで……ここに」


 たったそれだけ言った、飛那ちゃんの声が震えてた。


「やっぱりお姉さん、この剣を知ってるんだね? 煉獄がそう言ってるんだ。『君の血がもう一度欲しい』って……『一滴残らず飲み干したい』って」

「……馬鹿な……」

「でもそんなことしたら、お姉さん死んじゃうよね……僕、困ったなぁ」


 そう言った男の子の姿が、その場からかき消えた。

 消えたと思っただけで、私が目で追えてないだけなんだろうけど……


 次の瞬間、すぐ近くで鼓膜が破れそうなほど大きな金属音が響いた。私は思わず悲鳴を上げて、耳を押さえる。

 おそるおそる視線を上げたら、目の前に黒い刃と、それを受け止めるように青白く光る刃が重なって、魔力の煙を上げていた。


「……なんの、マネだ?」


 私の前に立って斬撃を受けたらしい飛那ちゃんが、怒りを押さえられない口調で言った。

 男の子は楽しそうにフフッと笑うと、後ろに飛んで離れた。


 何? 今の……もしかして、私、斬られるところだった?


「弱点から狙うのは基本だと思って……でも、本当に(はや)いね、お姉さん」

「お前……今、自分が何したか分かってるか? 地獄に堕ちる準備は出来てるんだろうな?」

「ひ、飛那ちゃん、待って。落ち着いて……」


 殺意のにじみ出た声色に、私は背後から彼女を呼び止めた。

 まずい。久々、本気で飛那ちゃんがキレた。

 こんな所で彼女が見境無く剣を振るったら、どれだけ被害が出るか分からない。止めなきゃ……


 でも私が止める前に、意外な人物の妨害があった。

 視線の先に立っていた男の子が、何かに気付いて黒い剣を一振りした。そう思ったら、空中で何かが割れて飛び散って……


「……っゲホッ!」


 男の子が激しくむせ込んだ。

 あれまさか、砂漠の民が使う例の……砂袋?


「と、唐辛子入りだよ! ざまあみろ!」


 いつの間にか、壊れたシャッターの上に立っていた赤髪の女の子が、そう叫んだ。手には木で出来たパチンコを握ってる。


「リザちゃん!」


 良かった……無事だったんだ!

 うん! ナイス妨害よ!


 あ、でも、これだけで飛那ちゃんが止まるのは、ちょっと無理かな……


「ふざけたことを……!」


 男の子が立ち直る前に、飛那ちゃんは動いていた。

 青い軌跡が光の速さで弧を描いて、男の子が剣を構える胸元へ吸い込まれていくように見えた。

 直撃の瞬間、雷が落ちたような轟音が響き渡る。魔力を帯びた剣同士がぶつかり合う衝撃は、波になって周囲に飛んだ。

 ビリビリ空気を揺らす振動と風が、盾を張り損ねてた私にも襲いかかってきて吹っ飛びそうになる。

 すぐさま盾を展開して、地面にしゃがみ込んで耐えた。


「ちょっと飛那ちゃんー?! もう少し抑えてーっ!!」


 何がどうなったのか分からないけど、爆風の後、飛那ちゃんは一人で広場の真ん中に立っていた。

 男の子は後ろの建物を突き破って、がれきの中から体を起こすところだった。


「ああ……いいなぁ……今、生きてるって気がする……」


 楽しくてたまらないといった声で、男の子がそう呟くのが聞こえた。

 この状況でその台詞?? 頭がどうかしてるんだろうか。

 起き上がる男の子を冷たい目で見ていた飛那ちゃんが、口を開いた。


「立てよ。お前が何者だか、何故その剣を持っているのか……そんなことはどうでもいい。全力をもって排除してやる」


 だから全力はダメだってば!!

 完全にキレてる彼女は、近付くことすら危険な存在だ。

 リザちゃんはなんとか無事だったみたいだけど……このまま続けたら、この辺り一帯が更地になってもおかしくない緊急事態だ。


 おろおろしていた私を救ってくれたのは、またも意外な人達だった。


「な、なんだこれ?!」

「何があったんだ?!」


 ぞろぞろと、奴隷商の建物から出て来た人達が、外の景色を見て口々に騒ぎ始めた。

 エアーズ盗賊団と、ソレル盗賊団の男達だ。


「ええ? なんかあちこち壊れてる?!」


 そう叫んで出て来たのは、マルコね。

 広場の真ん中に立ち尽くして、全身から青白い魔力の煙をあげている飛那ちゃんを見るなり、ぎょっとした顔になった。


「ひ、飛那姫ちゃん……?」

「そこにいろ、マルコ。すぐに仕留める……」


 剣を構えた飛那ちゃんの視線の先には、あの男の子だ。

 腕を押さえて、にじみ出た血を拭う口元には薄笑いを浮かべている。


「ま、待って待って! どういうこと?!」


 飛那ちゃんに走り寄ると、マルコは男の子と殺気だった飛那ちゃんの顔を交互に見比べた。

 ああ、命知らずにも程があるわ……マルコ。


「どけ、邪魔だ」

「いや! どかないって! 殺気すごいんですけど?!」

「あいつを殺すだけだ」

「いやいやいや! ちょっと落ち着こう!」


 マルコは慌ててバタバタ手を振ると、飛那ちゃんの前に立ちふさがった。

 飛那ちゃんが、小さく舌打ちしたのが分かった。


「どけって言ってるだろ。お前から死ぬか?」

「それは勘弁して欲しいけど! 殺生はダメだよ! しかもあれ子供!」

「子供じゃない、敵だ」


 マルコは、無視して前に出ようとする飛那ちゃんの腕を掴んだ。振り払われそうな気配を察知したのか、かなりがっちりと。


「子供でも敵でもダメ! 飛那姫ちゃんはそういうことしちゃダメ!」

「っ私のことなんて何も知らないくせに……!」

「知ってるよ! でも俺、止めるって言ったよね?! 人殺しでも好きだけど、飛那姫ちゃんが目の前でそういうことしようとしたら、止めるって言ったよね?!」


 飛那ちゃんは何かを思い出したのか、進みかけてた足を止めると、魂が抜け落ちたような表情でマルコの顔を見上げた。

 いつものヘラヘラした顔じゃない、必死なマルコに気付いたみたいだった。


「後で……絶対苦しむよ。だから、ダメだ……!」

「……」


 ふっと、飛那ちゃんから、鋭いナイフみたいな気配が消えた。

 マ、マルコが飛那ちゃんを止めた……ちょっと信じられないけど、グッジョブ……!


 安全を確認した私も、飛那ちゃんの側に走り寄った。


「……飛那ちゃん」

「美威……」


 男の子は消えていた。

 この周囲のどこにも気配はなくなっていた……逃げた、のかな……


「美威」


 飛那ちゃんが、神楽を消さないまま左手で私の肩を掴んできた。

 その手が少しだけ、震えてた。


「……怖かった」


 私にだけ聞こえる小さな呟きとともに、掴んだ肩に額が押しつけられる。


「うん……もう大丈夫だよ」


 明るい薄茶の髪を撫でながら、私もほっと胸をなで下ろした。

 大丈夫、ここにいるよ。


 マルコも安堵したのか、優しい眼差しで飛那ちゃんを見ていた。


「マルコーっ!!」

「リザ?!」


 走ってきて勢いよくジャンプしたリザちゃんを受け止めると、マルコはくしゃくしゃな笑顔になった。


「うわーん! 言うこと聞かなくてごめんなさーい!!」

「うん、いいよ……リザが無事だったから、もういいよ」


 しがみつくリザちゃんの頭を撫でながら、マルコは盗賊団のおじさん達と笑顔を交わした。

 本当、彼女も無事で良かった。


 結局、行方不明の人達はここにいなかったけれど、マルコ達は彼らが攫われた証拠と、どこに売り払われたかを掴んで、解決の糸口が見つかったらしい。


 さらにマルコ率いるエアーズ盗賊団とソレル盗賊団は和解して、お互いの仕事に干渉せず、協力できることはするっていう、協定を結んだみたい。


 これでシルビオさんに怒られそうな件が、少しだけ緩和されたかもね。

 仲間からも愛されてるマルコは、そのうち、ちょっと頼りない、でもいい頭になれそうな気がした。


 神楽を握りしめたまま、唇を引き結んで立っている飛那ちゃんは、誰も殺さないで済んだ。

 私の声じゃきっと届かなかった。

 彼女を止めてくれたマルコに、感謝しなくっちゃ。


 そう思いながらも、私は手放しでは喜べない空気を感じていた。

 飛那ちゃんの目が、そこにいない敵を見据えたまま、揺れ動いていたから。


珍しく深夜投稿しました。

なぜなら、日曜月曜と投稿作業出来なさそうなので……

眠くて文章チェック甘いのだけが気がかりです。


次の更新は、火曜日になります。

うーん、月曜日は色々大変なことが多いので、もう定休日にしようかな、とも考えています。


次回、盗賊団編の後談小話集です。

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