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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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真の敵は……

 ぶち壊されたシャッターの奥からは、さらにもう一体、リザードマンが這いずり出て来た。

 鉄製の首輪から伸びた鎖の切れ端みたいなのが、地面に擦れてジャラジャラ音を立てる。

 これ、本当に建物内にいたのか? さっきの砂狼といい、ここは一体何を飼ってやがんだ……


 自分よりははるかに大きくても、こいつらは私の敵じゃない。

 でも、中に入っていったマルコ達がこんなのに出食わしてたら、ちょっとまずいよな……

 さっさと倒して中の応援に行くが得策か。


 神楽に青い冥界の炎を宿らせたまま、私は騒々しい奴隷商の建物を見上げた。


-*-*-*-*-*-*-*-



 今更かもしれないけど、マルコの言うことを聞いて、ちゃんとおとなしくアジトにいればよかった。

 あたしは冷たい石の床の上に、膝を抱え直した。


「……帰りたい」


 買い物をあきらめきれなくて、買い出しの馬車の荷台に潜り込んだところまでは良かったんだ。

 グラナセアに着いた時、すぐに出て行って「あたしも来ちゃった~」とか言って、怒られながらもみんなと一緒にいればこんなことにはならなかった。


 お気に入りの服飾店に行こうと、近道のつもりで裏道に入ったのもうかつだったんだ。

 路地で二人組の男に挟み打ちされて、よく分からないまま意識が遠くなって、気がついたらここにいた。


 あたしは、鉄格子のはまった小さくて冷たい部屋の中に視線を泳がせた。

 すぐ先には、あたしのいるこの牢屋っぽい部屋より、よっぽど頑丈な造りの檻が二つ、並んでる。

 その中にいる生き物が身動きする度、あたしは恐ろしくてたまらなかった。


 砂色のリザードマンだ。


 砂漠で出会ったことはあるけど、こんなに近くで見たことはない。

 檻には札みたいなのがかかってて、『モントペリオル行き』なんて書いてある。

 なんなの? 怖すぎる……なんでこんな所に、こんな化け物がいるんだろう。


 あたしは少し先にぶら下がってる、大きな錠前を見つめた。

 ああ、こんなことになるなら、もっとちゃんと錠前外しの腕を磨いておけば良かった。


 短剣も苦手だし、魔力もないあたしはいつでもみんなの足手まといだ。きっとこの先も、家事かチビ達の面倒見るか、馬番くらいしか仕事がないんだろう。

 本当はなんでもバリバリこなすカッコいい女性になって、第一線で働きたい。でも分かってる、こんなあたしには見張りの仕事とかが似合いなんだ。

 文句言ったりもしたけど、これからは小さい仕事も頑張るよ。

 もう欲は言わない。今はただみんなのところに帰りたい。


 ここは寒いし、暗いし、心細い。


「マルコぉ……」


 ぐすっと鼻をすすって膝に顔を埋めたら、すぐ近くから「泣いてるの?」と男の子の声が聞こえてきた。

 私と一緒にこの部屋にいるのは、この子だけだ。

 見たところ10~11歳くらいかな。目が覚めたときから、あの壁際にああやって座ってて、ずっと動かないしあんまり喋らない。


「……そりゃ泣くよ! ここがどこなのか分からないけど、あたしが捕まってるってことだけは確かだもん!」

「そうだね」


 黒髪がボサボサした男の子は、感情のこもらない声でそう言った。


「みんな、助けに来てくれるかなぁ……帰りたいよぅ。お腹空いたあ……」

「泣いてるだけじゃ何にもならないし、どうせ誰も助けには来てくれないよ」

「っなんなのあんた! あんただって捕まってるくせに!」


 カチンときて声を上げると、男の子は口の前に指を一本出して「しーっ」と言った。

 ジャラジャラした鎖の音を立てながら、リザードマンが首を回してあたしを真っ赤な目で見つめた。


「ひっ……!」

「檻に入ってるとはいえ、うるさくしてあんまり興奮させない方がいいよ」


 こんな状況で笑っていられる男の子が、不気味だった。

 あたしより小さいくせに、あたしより落ち着き払ってて、なんか異様なくらいだ。


「……あんたは、怖くないの?」

「怖い?」


 あたしが聞くと、男の子はおかしそうにククッと肩を揺らした。


「ぼくが怖いのは、欲しいものを手に入れられないまま、朽ちてしまうことだけだよ」

「欲しいもの?」

「君にもあるだろう? 欲しいもの……」


 なんだろう、コイツやっぱり変だ。


「僕の欲しいものはね……やっと、見つけたんだ」


 そう呟くと、男の子は薄笑いの顔でゆっくりと立ち上がった。


「もうすぐそこに、来てるよ」


 その暗い目の輝きに、背筋がざわりとした。


-*-*-*-*-*-*-*-



 赤黒い血を吹き上げながら落ちた首は、鈍い音を立てて石畳の砂の上に転がった。

 リザードマン2体、お片付け完了だ。


「まったく……こんなもんを何に使うつもりだったのか知らないけど、町中でいい迷惑だ」


 死体の後片付けだけでも一手間だろう。

 私は小山のように動かなくなった二つの塊から、奴隷商の3階建ての建物に目を移した。

 大分戦闘の音が小さくなった気がする。あっちも無事に終わったのだろうか。


「おい美威、ちょっと上、様子見に行ってくる」

「りょーかーい、気をつけて……ね……」


 手を振ろうとした美威が、上げかけた手を止めて眉をひそめた。

 理由は、私にも分かる。


(なんだ……?)


 このリザードマン達が出て来た奴隷市の建物。

 真っ暗な店の奥から、ふいに気味の悪い気配が漂ってくるのを感じた。

 異形じゃない、リザードマンでもない。もっと異質な、異様な何か。


「飛那ちゃん……」

「ああ、分かってる。どっかの馬鹿じゃあるまいし、油断なんてしない」

 

 私は神楽を横に構え、暗い空間を睨んだ。

 近づいてくる。


「……あーあ……トカゲさん達、せっかく逃がしてあげたのに、殺しちゃったんだね」


 穏やかな口調で、影の中から姿を現したのは、一人の子供だった。

 つい最近ここで目にした黒髪、黒目、死人のように白い肌。

 馬車の荷台に一人だけ残っていた、あの時の不気味な子供がそこにいた。


「お前……」


 重く陰鬱な気配は、間違いなく目の前の少年が発しているものだった。

 昨日は感じなかった……隠していたか。


「でもまたその剣が見れて、うれしい。お姉さんと同じですごく綺麗だもんね」

「……お前、何者だ?」

「僕? 僕はネモ。みんなそう呼んでる。本当の名前は……忘れちゃった」


 そう言ってうれしそうに口の端を上げた子供の目は、笑っていなかった。

 感情のない、冷たい深淵を宿した……全てを呪っているような、この目は誰かに似ている。

 

「また会えてうれしい。ぼく、お姉さんをずっと探してたんだよ」

「私を?」

「うん、だって、僕と同じように剣とつながってる人……はじめて見たんだ」

「何だって?」


 明るい月明かりに照らされた、その顔は蝋人形のように見えた。

 整った顔立ちだが、一つだけ人と違うところがある。

 私は黒髪の間から覗く尖った耳を見て、コイツが見た目通りの年齢でないことを確信した。

 おそらく、純粋な人間じゃない。気配からしても、妖精かなにかの血が混ざっている。


「剣とつながってるって……まさか、お前も魔法剣を?」

「ううん、違うよ」


 そう笑ったかと思うと、子供の体がゆらりと揺れた。

 刹那。


「……っ!」


 真横から薙ぎ払われた剣を、気配だけで追って受け止める。

 腕を駆け上がる衝撃、ぞくりと粟立つような魔力が至近距離で弾けた。

 

「今日は、あいさつだけ……まだきっと、お姉さんには敵わないから」


 世間話でもするかのようなトーンで、刃の向こうから子供が言った。

 絡んでまとわりつくような魔力を、剣を返して振り払う。子供は、なんなく後ろに飛んで、少し離れたところに着地した。


 その手には一振りの、細身の長剣が握られている。


 刃を交えた時点で、「まさかそんな」とは思った。

 その剣にこんなところで出会うわけがないのに……否定しようのない無二の存在は、確かにその少年の手の中にあった。


 黒く、どこまでも陰惨な魔力を放つ、その長剣。

 私はその剣を、知っている。


「魔剣『煉獄(れんごく)』……君の血が欲しいんだって」


魔剣の存在は、前章を読んでいないと分からないという面倒くささですが……どこかで見たかもなぁ、くらいで全く大丈夫です。


ここで登場↓

「対決」https://ncode.syosetu.com/n7477ey/41/


次回は、「ここに在るはずのない剣」を美威語りでお届けします。

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