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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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親父の心息子知らず

「いや……俺、親父が倒れたって聞いて帰ってきたんだけど?!」

「てめえの目は節穴か?! 俺はこの通りピンピンしてるぞ!」


 笑いながら声を張り上げているお父さんに、マルコは訳が分からないといった顔で部屋の中に入っていった。私達も後からついて入る。

 ピンピンしてるって本人が言うとおり、どう見ても病気とか怪我してる人には見えないわね……なんかの間違いだったとか?

 マルコのお父さんは、何かに気付いたように息子の顔をじっと見ながら、無精ヒゲの生えたあごを撫でさすった。


「少しはマトモな顔になったかと思いきや……また女連れか? 懲りねえ奴だな」

「なんでみんなして同じ事言うんだよ?! 俺の信用ガタ落ちじゃん!」

「どこからでも女を引っかけてくるのはお前のオハコだろうが」

「親父にだけは言われたくない! 西の国に仕入れに行った時の例の件、おふくろに言うぞ!」

「な……っマルコてめえ、家庭を崩壊させたいのか?!」


 うーん、見た目はあんまり似てないけど、中身は確かにマルコのお父さんぽいわね。

 顔を合わせた途端、言い争いをはじめた親子を、私と飛那ちゃんはなんとも言えない気分で見つめた。


「俺、倒れたって聞いてマジでちょっと心配したんだからな!」

「ほざけクソガキが! 俺の心配するなんざ百年早えんだよ! てめえのこともままならねえ半人前は、もう一度武者修行にでも行って鍛え直してこい!」

「このクソ親父……!」


 悪態をつきながらお父さんとにらみ合っていたマルコは、そこでぷいっと方向転換すると、「もういい! 親父の顔なんか見たくない!」と、扉から飛び出して、行ってしまった。

 えーっと、私達だけ、ここに残されてもね?


「……みっともないとこ見せちまって、すまないな。お嬢さん方」


 今まで怒鳴っていた声とは打って変わって、静かな口調でマルコのお父さんが私達に声をかけてきた。

 みっともないって言えばみっともないけど、それよりせっかく帰ってきた息子に対して、ちょっとひどいんじゃないかしら、と思う。


「挨拶が遅れた。マルコの父、シルビオ・エアーズだ」

「飛那姫だ。こっちは美威……傭兵だ。あんたのことは(かしら)、って呼べばいいか?」

「シルビオでいい。頭は家族(ファミリー)の中での呼び名だからな」

「そうか、シルビオ……悪いのは、心臓か?」


 飛那ちゃんがさらりと口にした言葉に、マルコのお父さん、シルビオさんはわずかに眉をあげた。


「……何故そう思う?」

「そこのテーブルに置いてある黄色い薬、見覚えがあるんだ。昔、知り合いが使ってた」


 飛那ちゃんはそう言って、シルビオさんの後ろに置いてある黄色い錠剤の入った小さい瓶を指さした。


「ふふ、そうか。鋭いお嬢さんだな。美人なだけじゃないとは、マルコもなかなかやるじゃねえか」

「誤解のないように言っておくけど、おたくの息子とはなんでもないから。ここに来たのも、傭兵として雇われたからだ」

「何? そりゃ残念だ。傭兵として雇われたって……マルコにか?」

「ああ、他の盗賊団との戦闘があるかもって話なんだろ? 私は剣士で美威は魔法士なんだ」

「そうか……確かにこの半年くらいで、グラナセアを拠点としてる新参の盗賊団がおかしな動きをするようになったがな。今すぐどうこうしようってな話じゃない」

「そうなのか?」

「ああ、だがまあせっかく来てくれたんだ。部屋を用意させるから、ゆっくりしていってくれ」


 マルコには怒鳴りっぱなしだったけど、普通にしゃべれるみたいね、シルビオさん。

 ちょっとほっとした。


「時にお嬢さん方、馬鹿息子とはどの位一緒にいるんだ?」

「どのくらい……だっけ? 美威」

「ハイドロ号からだから、かれこれ半年はほとんど一緒に行動してるわね」

「半年か、あいつがここを出てすぐくらいか……そりゃ、世話をかけてるな」

「ああ、あいつ本当にうるさいんだ」


 飛那ちゃんの言葉に、シルビオさんは声をあげて笑った。


「悪いな、しつけのなってない馬鹿息子で」

「うるさいですけど、役に立つことも結構ありますよ。迷子になった飛那ちゃん捜してもらったり、道案内してくれたり、手先が器用だから細かいことも頼めるし、料理も出来ますよね」

「ほう?」

「ハイドロ号の時なんか、この子、危ないところを助けてもらったんですよ」


 私はそう言って、嫌そうな顔をしている飛那ちゃんをぽんぽん叩いた。

 シルビオさんは興味深そうに、私の顔を見た。


「あいつ、ここを出て行った時よりいい顔してやがるんだ。この半年間、何をしてたか……少し聞かせてもらえるか?」

「ええ、いいですよ」


 私はマルコと会ってからのことを思い出しながら、活躍してくれたようなことを並べていった。

 自分で話してて気付いたけど、マルコって実際かなり役に立っていたみたいだ。

 バカでうるさくて人なつっこいのだけが取り柄みたいなヤツだと思ってたけど、ちょっと評価を修正してあげないとかわいそうかも……

 でも顔見るとどうしても、「バカ」って言いたくなるのよね。


 一通り話終わったら、シルビオさんはすごく満足そうな顔をしていた。

 強面(こわもて)だけど、父親の顔だった。なんだかんだ言って、愛されてるなあ、マルコ。


「マルコに……言わないのか? 病のことは」


 一区切りつくのを待っていたように、飛那ちゃんが口を開いた。

 問いに、シルビオさんは小さく笑う。


「あの馬鹿息子はどうにも気持ちの弱いところがあってな……知れば必要以上に気にしてうっとうしいだろうから、教える気はない。そもそも俺は、あいつを呼び戻せなんて言った覚えはないからな。どっかの部下が勝手に帰ってこいって、手紙を送りつけやがったんだ」

「病は、かなり悪いのか?」

「そうだな。まあ、いきなり死ぬようなことはまだないだろう」

「……突然目の前で倒れられるのも、結構ショックがでかいぞ?」

「はははは! はっきりものを言うお嬢さんだ! 気に入った。どうだ? 本気でマルコの嫁にならないか?」

「全力でお断りだ」

「おお、フラれちまったな、馬鹿息子。いや、男はフラれてなんぼだ」


 がははは、と大きな口を開けて笑うと、シルビオさんは扉の外に向かって声をかけた。

 使用人らしき若い女性が入って来る。


「お嬢さん方を客室に案内してやってくれ」

「承知しました」


 体よく病の話を切り上げられた気もしたけど、なんとなく疲れた様子にも見えたので、挨拶をして私達は用意された部屋に向かった。


「夕食までまだ時間がありますから、自由に出歩いていただいてかまいません。3階以上は頭一家のプライベート空間なので、この2階から上には行かないでくださいね。お風呂は共同で外にあります。温泉なので旅の疲れがとれますよ」


 聞けば、オアシスに見えたのは湧き出ている鉱泉らしい。

 砂漠の真ん中に温泉とか、マジ? 

 中立地帯で共同浴場に入ってから、温泉にハマり気味な私達にはうれしい話だった。


 ところで……マルコはどこに行っちゃったんだろう。


「あの、マルコがどこに行ったか分かります?」


 扉を出て行こうとした女性は振り返って、上を指さした。


「若は多分、奥様のところだと思いますよ」

「マルコの……お母さん?」

「はい、若が出て行かれた後、かなり心配されてましたから」


 そっか、お母さんか。それじゃ顔を見せて安心させてあげないとね。

 マルコ、お母さんもお父さんもちゃんと健在なのね。それだけでも、この世界では恵まれた境遇だと思う。


「じゃあ、少しその辺を歩かせてもらうか」


 飛那ちゃんがそう言って、私達は岩穴の住居から外に出ることにした。


 温泉って言うからお湯でも沸いてるのかと思ったら、オアシスはちゃんと水だった。水場には所々花が咲いていて、珍しく感じる。

 5人くらいの小さい子が、砂に円を書いてその中で押し相撲みたいなことをしていた。

 楽しそうに遊んでいる子を見ていると、ここが盗賊団のアジトの中だってことも忘れてしまう。


「ね、飛那ちゃん。グラナセアにいた奴隷の子達……うまく逃げられたかな」

「……分からない。考えても仕方ない」


 私と飛那ちゃんは昔、同じように奴隷商と関わって奴隷の子達を保護しようとしたことがある。

 その時に全部が良い結果にならなかったこともあって、何をしてあげれば最善だったのか、私達は分からなくなってしまった。

 だから今は、なるべくそういうことを視界に入れないようにして、思考に蓋をするようになってしまったのだけど。

 たまに思う。これでいいんだろうか、と。


「最後に馬車に残ってた子……ちょっと、変な子だったね」

「ああ、あれは本気で関わっちゃダメなヤツだ」


 遊んでる子達を見ながらそんな話をしていたら、じっとこちらを見ている人がいることに気がついた。

 テントの影から、洗濯物のカゴみたいなのを頭に半分かぶって、しゃがみ込んだ女の子。

 あれ、まさか隠れてるつもりなのかしら……


「飛那ちゃん、あの子……」

「さっきの、リザって子じゃないのか? マルコの婚約者の」


 私達よりまだ年下よね。赤髪を後ろで2つに結ってるから余計に幼く見える。

 痩せてるからか、体型は男の子みたい。身長も私よりまだ低そう。

 見ているだけで何も言ってこないので、私は試しに声をかけてみることにした。


「あのー……リザさん?」

「!」


 瞬間、女の子はカゴを放り出して走って行ってしまった。


「……変なヤツだな」

「飛那ちゃんのこと、恋のライバルだと思ってるんじゃない? マルコはあげないわよー、みたいな」

「冗談だろ? いつでも熨斗(のし)つけてくれてやるよ」


 見た感じは可愛い子だった気がする。

 マルコのどこがそんなにいいんだか、よく分からないけど。


「男はまず、顔が良くなきゃねえ」

「お前……そんなこと言ってるから、たまに変なのに引っかかるんだよ」


 走って行ってしまったかと思いきや、女の子は更に離れたところからやっぱり私達の様子を覗っていた。

 うん、見てるのバレバレだから。

 なんか、マルコと同じで憎めない感じの子かも。


 私と飛那ちゃんは、顔を見合わせて苦笑いをもらした。


態度が悪いように見えるのに、本当は人情深い人がいます。

愛情の裏返しが激しい人もいますね。


「素直に何でも言えたらいいのに」と思いつつ、普段思っていることを全部口に出したら、間違いなくどん引きされて嫌われる自信のある作者です。


次回は盗賊団がミーティング中。うるさいマルコの、うるさい自称婚約者が出る予定です(一話が長くなりがちなので、そこまでたどり着くか未定……)。

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