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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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大国の闇市通り

 沿道を走る馬車が砂煙りを巻き上げていく。

 大国と呼ばれる都市独特の、このかすんだ空気は好きじゃない。

 私は首元のストールをまき直して、口元まであげた。


「グラナセアは3度目ねー」


 同じくストールをあげながら、美威が目の前にある砂色をした巨大な門を見上げた。

 中立地帯を出てから12日目。私達は南の大国、グラナセアの城下門にいた。


 もっと南のサンパチェンスの方に行くと、日中の寒暖差が30度以上になることもあるけど、この辺りは年間を通して過ごしやすい気候だ。

 でかいオアシスが中心にあるグラナセアは、たまにまとまった雨が降るし、植物も生えているし、自然人が集まってくるから、砂漠の中で最も栄えた国になったんだろう。


 国の規模としては最下位だけど、大国の名にふさわしいでかい門は、砂の侵入を防ぐために強固な造りになっているようだった。

 城下町に入るには、ここにある兵の検問所を通過しなくてはならない。

 でもグラナセアは大国の中でも一番、検問がユルいんだよな。


 どこの出身で、どこから来て、何しに大国へ入るのか、滞在期間はどれくらいかなど、いくつかの質問に答えて、武器を所持していないことが分かると、あっさり通してもらえる。

 武器や火器を持っている場合や、商人なんかはもっと厳しい持ち物チェックがあるみたいだけど。


「この間来たときは寄らなかったから、2年ぶりくらいか?」

「そうね、ここは物価が高いから、長く滞在するのに向かないのが難点よね」

「じゃあ何しに来たんだ? まっすぐこいつの家に行けば良かったんじゃないのか?」

「もう夕方なのに、ここからまた砂漠を旅したい? 必要なもの揃えたりしたいし。それにマルコにももう一働きしてもらわなきゃ。ね?」


 美威にそう言われて隣で頷いているマルコは、いつもよりちょっとだけ元気がない。

 さんざんこき使われてるから無理もないか……

 ここに来るまでに、お得意の盗賊稼業やギルドの簡単な仕事なんかで稼いできたのに、まだ美威の予定している報酬額には足りないらしい。


「私達ここで買い物したり、城下町見物したりしてくるから、マルコはまたどこかで適当に稼いできて。方法は任せるから、終わったら戻ってきてね」

「承知しましたっ」


 笑顔の美威にびしっと敬礼すると、マルコは大きな荷物を抱えたまま通りの向こうへ走っていった。

 あいつも本当によくやるよな。たまに感心させられる。


「飛那ちゃん、おいしいもの食べ歩きしよう! 富裕民の地区近くに、屋台市場があったよね?!」


 あー、それがここに寄った本当の目的か。

 美威はつい先日まで経済困難で不機嫌MAXだったとは思えないくらい、ご機嫌になっていた。

 今ここにいるのだって、ある意味予定通りだもんな。旅費が浮いただけでもラッキーとか思ってるんだろう。

 

 そんなわけで、私達はそのまま屋台市場に行くことにした。

 町の中まで砂っぽいのは大国でも同じで、外で食べるご飯は砂だらけになることもしばしばだ。

 でも、南の国の揚げ物系はかなりウマイ。

 美威も私も唐揚げやらドーナツやらをたらふく食べて、満足した。


 食後に町を散策しようということになって、私達は買い物がてら地図も見ずに歩き出した。

 話しながら歩いていたら、なんとなく治安の悪そうな区域に迷い込んでしまったことに気がついた。

 富裕民の住む地区には近いのに、建物は薄汚く暗いし、明らかに歩いている人間から良くない匂いがする。


「飛那ちゃん、ここは早く通り過ぎた方が良さそうね」


 雰囲気の悪い店が建ち並ぶ中、美威が足早に歩き出す。私も少し警戒しながら、隣で歩調を合わせた。

 狭い通りを、後ろから一台の馬車が駆けてくる。

 美威の腕を掴んで引っ張ると、道の端に避けた私達の目の前を馬車は走り抜けて行った。


「危ねえな……」

「こんな通りにも馬車が通るのね」


 見たところ、金持ちの乗ってそうな馬車だ。

 貧民街の最下層みたいなこの場所に来るには場違いだと思ったけど、その理由はすぐに分かった。

 馬車は少し先の広場に入ると、徐々にスピードを落とし、停車した。その周りには、他にもいくつかの馬車が止まっていた。

 

 大きな建物の看板に書かれた「奴隷市(どれいいち)」の文字。

 馬車から降りた金持ちそうな夫婦は、その建物に入っていった。


「行こう、美威。ここにはいたくない」


 私はそれだけ言うと、その場を離れようと歩き出した。


 あそこで何が行われてるのかは知ってる。当たり前のように年端もいかない子供が売り買いされているのは、どこにでもある事実だ。

 私は正義の味方じゃない。ましてや世の中の理不尽を全て正そうとは思わない。

 ただ……目の前でそういうことが起きたら、多分、手を出さずにはいられないだろうから。なるべくそういう汚いものは、見ないでやり過ごしたい。


「……黒髪か。確かいくつかオーダーが入ってたな」


 後ろでそんな声が聞こえたかと思ったら、目つきの悪い男が二人、幌のかぶった汚らしい馬車から降りてくるところだった。どちらの目も、美威の方を向いている。

 私はすぐに引き返すと、数歩後ずさった美威の前に立った。男は私を見て、卑しい笑いを浮かべた。


「こりゃ驚いた……お前達この国の人間じゃないな?」

「どっちもいい商品になりそうだ。今日はついてるじゃないか」


 人買い。人(さら)い。そんな言葉が頭に浮かんだ。

 言動や腐った目から判断するに、そういう人種だろう。


「おとなしくついてくれば手荒なことはしねえ。こんな場所に入り込んじまったことを恨むんだな」


 男の一人が伸ばして来た手を掴み返すと、私は容赦なくその腕をひねった。

 関節が外れる音がして、男の口から悲鳴が上がった。うん、これ結構痛いだろ。

 もう一人の男が呆気にとられている間に、横からあご下をかすめるように殴る。ぐらりと首を振って、男はその場に尻餅をついた。


「うげぇ……!」

「しばらくそこで安静にしておいた方がいいぞ」


 思い切り脳みそ揺らしてやったから、最高に気持ち悪いはずだ。


「ああ、どこに行っても私達ってもめ事ばかり……美しいって罪ね」

「バカ言ってんな。さっさと行くぞ」


 周囲に人買いの仲間はいないみたいだ。私は早くその場を離れようと思った。

 でも気付いてしまった。男達が降りてきた馬車の中身に。

 幌の隙間から、ちょろちょろ覗いている、数人の子供達の姿に……


(ああ、くそ……だから面倒なものを見る前に離れたかったのに……)


 ひとつため息をつくと、私はまだうめいている男達の横を通って、馬車の後ろにかかっている幌をめくりあげた。

 手首を鎖でつながれた子供達が、突然明るくなった荷台から、怯えきった目を向けてきた。


「……お前達、助けてやるから、こっから1人で家に帰れって言ったら、帰り道は分かるか?」


 見てしまった以上、何もしないで通り過ぎるって選択肢はない。仕方なく私はそう尋ねた。

 薄汚れた子供達は、それぞれに顔を見合わせたりおどおどしたりしながら、それでも弱々しく首を横に振った。


「じゃあ、とにかく逃げたいヤツだけ、降りてきな。手枷、外してやるから」


 見たところ、6~10歳くらい。ここで逃がしてやっても、のたれ死ぬことだって十分考えられる。

 生きていく意志のあるヤツは助けてもいいけど、ただ弱いだけの子供は助けてやれない。この子達にその意味が分かるとは思えないので、あえて説明はしないけれど。


 数人の子供が荷台から降りて外に出てきた。軽い怪我をしている子もいる。


「そこに並んで、手枷を外すから手を出して。少しの間目を閉じてじっとしてな」


 子供達が言われるままに、金属製の手枷のついた両手を前に出したのを見て、私は神楽を顕現した。

 一瞬で全ての手枷を断ち斬って、再び魔法剣を宙に消す。


「はーい、じゃあこれ、元気の出るおまじないね」


 美威が横から、全員にまとめて回復魔法をかける。

 白い光に包まれた子供達は、驚いたように美威と私を見た。


「私達に出来るのはここまでだ。後は、家に帰るなり、1人で生きていくなり自分の力でなんとかしな……ほら、また掴まらないうちに早く逃げろ」


 子供達は理解したのか、していないのか、蜘蛛の子を散らすように走って町のどこかへ消えていった。


「くそっ……勝手なことしやがって……! うちの商品を台無しにして、お前らタダですむと思うな……!」 


 腕を押さえて額に脂汗をにじませた人買いの男が、憎々しげにそんな台詞を吐いた。

 なんとでも言え。これがいいか悪いかなんて、私にも分からない。


 見れば馬車の荷台にまだ1人、子供が残っていた。奥の隅に座ったまま、じっとこちらの様子を覗っているようだ。


「おい、お前は逃げなくていいのか? 怪我してるなら治してやるから出てこいよ。手枷だって、外して欲しいだろ?」


 私が声をかけると、その男の子は顔を上げて私の目を見た。

 子供のくせに、冷たくて暗い、感情の伴わない目をしていた。

 少し不気味に思ったところで、その男の子が唇の端をあげたように見えた。

 え……今の笑うとこか?


「……なんか、おかしかったか?」


 ちょっと気味の悪い子供だ。 

 私の中で、何かが小さい警鐘を鳴らした気がした。


「……お姉さん、変わってるね」

「何?」


 男の子は確かに笑っていた。年は10歳くらいに見えた。

 ボサボサの黒髪と黒目は、彼が南の国の人間ではないことを示していた。


「変わってる。他の人と違う。すごく……綺麗だ」

「……」


 単純な褒め言葉とも思えなかった。子供の言うことなのに、薄気味悪く感じる。

 これから売られるはずの奴隷の態度じゃない。この状況で笑ってられるなんて、正気じゃないだろう。

 気が触れてるのでなければ……もっとまずい何か、ってこともある。

 要するに、関わらない方がいいヤツってことだ。


「……行こう、美威」


 私は会話を切り上げ、美威の腕を取るとその場を離れた。

 後ろから、あの子供の視線が追ってくるのを感じたけれど、振り返ろうとは思わなかった。


 奴隷の子供達の姿は、もうどこにも見当たらない。

 余計なことに首を突っ込んでしまった。何が最善かなんて分からないけれど、あの子供達がちゃんと未来を生きていく力を持てればいいと、思わずにはいられなかった。

 全てを失ったいつかの自分が、さまよった後に苦しみを乗り越えることが出来たように。


 私は傍らの相棒の横顔を見て、今の自分の幸いは確かにここにあると思った。


南の大国、グラナセアにちょっと寄り道。

変な子供に出会いました。


次回は、盗賊団のアジトからお届けします。

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