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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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思わぬつながり

 私はマキシム達の助太刀に入るため、木刀を手に酒場の階段を降りた。

 周囲にいた男達が、武器を構えてじりじり近寄ってくる。


 木刀を奪い取られた仲間が一人、後ろで転がっているから、敵認定されるのは仕方ないと思うけど。

 私を見て「出来るだけ傷つけるな」とか言ってるのは、配慮じゃないね。多分。

 一体誰を相手に、手を抜いてなんとかなると思ってるんだろうか。完全に見誤ってると思う。


 私は更に前に進み出ると、腰を落として木刀を脇に構えた。

 昔師匠から教わった、東の古武術を応用した戦術だが、多対一の幕開けにはこれが一番効率的だ。昔は人間相手にも嫌と言うほど使った。


 近づいてくる剣を構えた男達を一瞥してから、私は滑るように木刀を一閃した。

 右足を軸に旋回させれば、飛んだ剣気だけでも打撃を与えられる。


「ぐえっ!」

「かは……っ!」


 風切り音とともに、男達は周囲でバタバタ倒れていった。

 たったこれだけで完全にのびてしまったのが数人いる。木刀だぞ? いくらなんでも物足りなさすぎるだろう。


 実際、ここに集まっているのは小物ばかりだった。本当に強いヤツはこんな風に群れて襲いかかってきたりしないから、当然と言えば当然なんだけど。

 マキシムやジャクリーンなら、手助けしなくても大丈夫だったろう。


 雑魚っぽい傭兵剣士達の、最後の一人を叩きのめすまであっという間だった。

 単なる木刀で真剣を受け止められて叩き伏せられるんだから、筋肉達磨のおっさん達も目が点だ。

 誰にでも出来ることじゃないけど、肉体も武器も、魔力で強化することが出来ればどこまでも強くなれる。人を見た目で判断するなよ……


 拳闘士の一人が、ジャクリーンに吹っ飛ばされた。あの大剣はどっちかっていうと、斬るっていうより、叩くって言った方がいい武器だと思う。

 数人の魔法士達は、まだ敵意をあらわにして、火炎系魔法をいくつか放ってきた。ジャクリーンは確か、魔法に抵抗がない。

 代わりに前に出たマキシムが、剣で火炎球を薙ぎ払った。マキシムはそれなりに魔力がありそうだ。


「くそっ、こいつら本当に強いぞ!」

「魔法にはそれ程抵抗がないみたいだ! 大きいのをお見舞いしてやれ!」


 残っていた傭兵魔法士達は、それぞれの攻撃魔法を使うつもりか、そう叫ぶと身構えた。

 ちょっとまずいな……私も防御系魔法は得意じゃない。というか、全く使えないから。


 私は地面を蹴って飛ぶと、マキシムと同じようにジャクリーンの前に降り立った。

 飛んで来る攻撃魔法を受けようと、神楽を顕現しようとした時。


「……峰打ちっ!!」


 膨れあがった風の塊が背後からすり抜けて、前方の魔法士達を全員すっ飛ばしていった。

 なぎ倒された魔法士達は、酒場の壁やら柱やらに突っ込んで転がっていく。


 風の刃で斬り付ける普通の風魔法ではなくて、いわゆる空気砲みたいなものだ。こういうデタラメに広範囲な魔法を、デタラメな呪文で使うヤツは、多分、一人しかいない。

 私は背後を振り返った。


「……美威、遅かったな」


 私の相棒だ。


「もう! 疲れてる私にタダ働きさせないでっ! ずっと立ってて腰痛い! お腹空いた!」


 午前中からバイト漬けだった美威は、不機嫌をあらわに叫んだ。


「分かってるよ、お疲れさん」

「で、何やってるのこれ? またもめ事?」


 美威はわざとらしく困った顔を作ると、足下に転がった傭兵達を指してみせた。


「ほとんど私がやったけど、私のせいでこうなったんじゃない」

「あ、そ……片付いたんだったらもうどうでもいいわ。それより早くご飯!」

「はいはい……ジャクリーン、怪我無いか?」

「ええ、ありがとう。飛那姫は?」

「あるわけないだろ、小物過ぎる」


 ジャクリーンもマキシムも、とりあえずは無傷だった。

 マキシムが一歩前に出て来て、「助太刀すまないな」と軽く頭を下げた。


「巻き込んでしまったようで悪かった……そちらは、話していた相棒か?」

「ああ、美威だ。美威、こっちはマキシムとジャクリーン。あー、私達トラブルは慣れてるから、気にしないでいいよ」

「美威です、よろしく。私達っていうか、いつもトラブルを起こすのは飛那ちゃんでしょ……」

「君はもしかして、東の出身か?」


 マキシムが美威を見てそう尋ねた。


「ええ、そうですけど、マキシムさんも?」


 二人とも東の人間の特徴そのままだから、判別がつきやすいよな。


「ああ、生まれも育ちも東だ。この中立地帯では黒髪が珍しいから、懐かしく感じるな」

「本当ですね」


 マキシムは美威にそう言った後、私に向き直って苦笑いで木刀を見た。


「真剣相手に木刀とは、参ったな……魔法剣の使い手は、みんなそうやって木刀を使うのか?」

「いや? どうかな……なんでそんなことを?」


 多分、褒められてるんだろうけど。

 まるで他の魔法剣の使い手を知っているようなマキシムの言葉が気に掛かって、私は聞き返した。


「子供の頃、魔法剣の使い手を君以外にも見たことがあるんだ。俺の父親は商人だったんだが、商品を運んでいる山中で山賊に襲われたことがあって。その時に助けてもらった人が、魔法剣の使い手だった」

「マジか? 珍しいな」


 魔法剣はその数自体がかなり少ない上、扱える人間も希少種並なので、なかなかお目にかかることがない。ほとんどの人は、一生その姿を目にすることもないだろう。


「その人も君と同じように、木刀を使って山賊達を叩きのめしていたんだ。驚いたよ。でも……その後に出て来た異形は、魔法剣でバッサリだった。だから、人相手には魔法剣は使わないものなのかと思って」

「ああ……基本、相手を殺す気がなければ使わないよ。木刀と違って殺傷能力が高すぎるからな」


 無駄な殺生をしたくない、私と似たような考えを持つ魔法剣の使い手か。なんだか親近感を覚える。


「普通、自分に刃を向けてくる相手を斬るのに、躊躇なんてしないだろう? 君もあの人も……本物なんだな」

「本物か……」


 本物の強さって意味で受け止めると、うれしい褒め言葉だ。


「実は俺は、そういう本物の剣士になりたくて、剣を始めたんだ。剣を続けていれば、あの人にもまたどこかで会えるかもしれないと思って」

「……てことは、まだ会えてないのか?」

「ああ、残念ながら……東の国は上から下まで方々捜したんだが、未だに会えていない」

「そうなのか、そりゃ残念だな。ちなみにそれ、どんな魔法剣だったんだ?」


 話の流れでなんとなく尋ねた私は、次のマキシムの言葉で一つのことに思い当たった。


「火属性の、赤い細剣だったな」

「えっ?」


 そんな魔法剣を持っていた人物に一人、心当たりがあった。

 ちょっと酒臭くて不器用な笑顔の、懐かしい人物を思い出す。


「マキシム、その魔法剣の使い手……どんな人だった……?」

「そうだな。城の騎士っぽい見た目で、でも傭兵だと言っていた。体格のいい、がっしりした剣士だったよ」

「名前とか分かるか……?」

「教えてもらったんだが、俺が9歳の時のことで……忘れちゃったんだよな」

「もしかして、渡会(わたらい)……風漸(ふうざん)じゃなかったか?」

「……何?」


 マキシムは何かに思い当たったように目を見開いた。


「そう! 思い出した! その名前だ! まさか、知り合いなのか……?」

「うん……よく知ってる」


 渡会風漸。

 剣の師匠として、また父親代わりとして、子供の頃の私に接してくれた恩人。

 まさかこんな故郷から離れた地で、そんな接点のある人間に会えるなんて。


「……傭兵としてギルドに登録しにいく時に、初仕事として商人の親子の護衛したって昔話、私も今思い出したよ」

「飛那姫は、あの人がどこにいるのか知ってるのか?!」


 マキシムは興奮した様子で尋ねてきた。


「いや」


 ちょっと気が重かったけど、私は事実を伝えることにした。


「その人にはもう会えないよ、マキシム」

「え?」

「死んだんだ。7年前に……」


 師匠は私の目の前で、息を引き取った。

 その時のことを、暗い気持ちで思い出す。ついこの間、墓参りして気持ちの整理をつけてきたはずだったのに……まだこんなにも、重い気持ちになるんだな。


 マキシムは何か言おうとしたけど、私の顔を見て黙ってしまった。

 私も何を言ってやればいいのか迷って、なんとなく黙った。


「あのー、飛那ちゃん?」


 横から美威が、耐えかねたように口を挟んできた。


「大事な話してるとこ、悪いんだけど。もう切実に座ってご飯食べたいのよね、私。話すなら店の中にしてくれない?」

「ああ……」


 それはまあ、そうだろう。

 美威は本当にマイペースだな……


「悪かった。じゃあどっか別のとこ入ろう。ジャクリーン、店任せるから連れて行ってくれるか?」

「ええ、近くにいくつかあるわよ」

「お料理のおいしいところでお願いします」


 ちゃっかり横から希望を付け足す美威に、みんなが苦笑いだ。

 横から出て来たマルコだけ、満面の笑顔で美威の前に札束を取り出してみせた。


「じゃあ美威ちゃん、今日の所は俺のおごりでっ」


 唐突に出て来た金に、私は眉をひそめた。それってまさか……


「ちょっとそこに倒れている傭兵の方々から頂戴しました」


 ああ、やっぱり。


「でかしたわマルコ! お手柄よっ!」

「お褒めにあずかり恐悦至極っ!」

「いや、まて美威、よく考えろ。それ、盗んでるからな?」


 珍しく手放しでマルコを褒める美威に、複雑な思いで私は口を挟んだ。

 いくらこいつらがマキシムから賞金巻き上げるつもりだったって言っても、これじゃ立場が逆じゃないか。いつから盗賊になったんだ? 私らは。


「何言ってるの飛那ちゃん、悪人には何をしても罪にならないのよ?」


 当たり前のような顔で、美威が言った。


「いや、その理屈、おかしいだろ……」

「美威ちゃんてさ、見た目すごくおとなしそうなのに、実は飛那姫ちゃんより怖いよね」


 マルコの言葉に、大いに賛同したい。


 でも、まあ仕方ない。赤字が補填されて、美威の機嫌が直るなら……今回だけは見ないフリをしておこう。

 経済危機イコール断腸の思いって言い切る美威に、鬼気迫るものを感じるし。

 ここは逆らわない方がいいだろう。


「早く行こう飛那ちゃん。お腹いっぱい食べて飲むわよっ」

「はいはい……」


 暗くなっても眠らない、ゴゾの道にはまだたくさんの人が行き来している。

 東の地から遠く離れたこの町で、私は赤い魔法剣のことを思い出していた。


傭兵夫婦と思わぬ接点がありました。

今後どうなっていくかはまた別のお話。


余裕が出来たので、お正月休みから復帰しました。本年もよろしくお願いします。

次回は西の国から。明日更新します。


(※ちょっと色々見切り発車の回だったので、1/12改稿しています。話の中身は変わっていません)

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