酒場の傭兵たち
「飛那姫、こっちこっち!!」
ジャクリーンがひときわ大きい手を挙げて、私を呼んだ。
体の大きな彼女は目立つので、呼ばれる前からいるところは分かっている。
「ジャクリーン、今そっち行く」
傭兵でごった返した酒場には、陽気なBGMに乗せて騒音のような声が飛び交っていた。
酒臭いのも酔っ払いも嫌いだけど、同じ女剣士として彼女と話をする場を持てたのは、素直にうれしい。
傭兵の夫婦が座るテーブルに着くと、早速店員がオーダーを取りに来た。度数の低い飲み物を二つ注文する。
優勝祝いだから仲間も連れておいで、と二人が招待してくれた酒の席なので、遠慮の無いマルコはもちろんついて来た。
美威に搾取されてて、ほんの少しだけ気の毒だから、食事くらい一緒にしてやるかと許したのはいいんだけど。
なんかこれ、2対2で嫌な構図だ。まだバイト中の美威に早く来て欲しい。
「飛那姫、怪我は大丈夫? 医療用の魔道具を持ってきたからまだ治ってないなら使って」
ジャクリーンはそう言って、卵形の治療用魔道具を私に差し出した。
マキシムにつけられた傷だったら、どこかのおせっかいな騎士のおかげでもう治ってる。
「ありがとう、でももう治してもらったから平気」
「そう、良かった。飛那姫みたいな綺麗な子に傷が残ったら大変だもんね」
「そうか? 小さい頃から傷だらけだったからあんまりそういうこと、考えたことないんだけど」
「そんなこと言っちゃダメ。剣士でも親からもらった体は大切にしなきゃ」
その台詞、今日2回目だな。
本人が全然気にならないんだから、私以外の人間も私の傷なんか気にしなければいいのに。
「俺のいないところで乱闘して怪我とか……勘弁して欲しいなぁ。本当にもう治ったの?」
後から事情を聞いたマルコは大げさにため息をついて、横から私の血の付いたシャツの袖をめくろうとした。
私は即座に、その手を払った。
「ひどいっ! 心配してるのにっ!」
「お前の手には悪意がある」
「ないよっ! 飛那姫ちゃんは俺を誤解してる!」
私達を見ていたジャクリーンとマキシムが、楽しそうに笑った。
「ああ、ごめん。紹介が遅れた。こいつは……下働きでコソ泥のマルコ」
「どうも、マルコです。将来は下働きから、飛那姫ちゃんの旦那様に大出世する予定です」
「お前、やっぱりもう帰れ」
「すみません、ちょっとふざけすぎました……」
こいつがいると、バカな方向にばかりいってマトモな会話が出来ない気がする。
私はマルコを視界から消して、目の前の夫婦に向き直った。
「あらためて、優勝おめでとう、マキシム」
「ああ、ありがとう」
ジャクリーンの旦那、マキシムは今回の傭兵大会の優勝者だ。
準優勝の拳闘士もなかなか強かったけど、マキシムはもっと強かった。
私が「強い」と感じるレベルの剣士はとても少ない。最近ではこのマキシムと……アレクぐらいだろう。
実際に剣を交えた私は納得だけど、傭兵としてはまだ若い部類に入るマキシムは、他の傭兵達から嫉まれているみたいだった。
今もちらほらと周りから好意とは取れない視線を浴びている。彼はこれからが少し大変だろう。
「ジャクリーンも男相手に十分強いと思ったんだけどな。大会出てたんだろ?」
「あたしはダメよ。3試合目で負けちゃった」
「そうか、残念だったな……」
剣士の中では唯一の女選手だったそうなので、それでも健闘をたたえたいけど。
「ところで、マキシムはどこで剣を覚えたんだ? 荒削りなところもあるけど、基本の型がよく身についた上での太刀筋だった気がするんだよね?」
「今日会ったばかりなのに分かるのか? すごいな、君は」
マキシムが感心したように言った。
そりゃまあ、基本の型は剣舞にも丸ごと入ってる大事な基盤だからな。そこをちゃんと学んでいるかいないかは、太刀筋を見れば分かる。
「俺は……9歳の時から剣を習い始めたんだが、16歳の時に1回、城勤めをしてるんだ。小さい国だったが、5年ほど世話になった。基本の型はそこで身につけたものだ」
「城か……なるほどね。マキシム達は今、何歳なんだ?」
「29だ。ジャクリーンは24」
ジャクリーンは24歳……予想より若かったな。
赤髪に浅黒い肌のジャクリーンは、この中立地帯に多い人の特徴に見えた。出身を聞けば、彼女はゴゾの領主の妹だという。マジか、お金持ちのお嬢さんじゃないか……
「よく、結婚出来たな……その、傭兵のマキシムと」
普通に考えれば、領主の妹が傭兵ってどうなんだろう? ましてや傭兵と結婚なんて、身分が違うとかで反対されそうな話じゃないだろうか。
「お兄様は傭兵に理解を示してくれてるし、私が剣術を好きなのを分かっているから、好きにすればいいと言ってくれたの。元々このゴゾは、自由の町だしね」
「へえー……うちの兄様なんか、私が傭兵やってるのをしぶしぶ了承してる感じなのに……そこまで理解があるって、すごいよな」
「そう? 飛那姫にもお兄さんがいるのね」
「うん、すごく過保護なのが一人」
「飛那姫みたいな可愛い妹だったら、私も心配で過保護になっちゃうわよ」
「ええー……」
笑っているジャクリーンはこうして話してみると、思いの外、物腰が柔らかいことが分かった。
見た目はともかくとして、中身は私なんかよりよほど女らしいんじゃないだろうか。
私達は飲んだり食べたりしながら、色んな話をした。
知り合って間もないのに傭兵の夫婦にはあまり遠慮するところがなく、共通の話題やお互いの新鮮な経験談を肴に、話は弾んだ。
しばらくの間そうして、楽しい酒の席を満喫していた私達は、なんとなく予想していた横槍を食らって、歓談に水を差されることになった。
「大会の優勝者さんだよな? 剣士の」
荒くれ者を表すのにふさわしい、野太い声がかけられる。
「随分と羽振りが良くなったみたいでうらやましいなあ。ちょっとそこまで、顔貸してくれよ」
気付けばテーブルの周りに、数人の屈強な肉体をした傭兵達が集まっていた。
見回してみると、酒場内の半数くらいの男達が、私達のテーブルを見ながら薄ら笑っているようだった。
酒の回った敗者達が、数にものを言わせて憂さを晴らそうってところか。
この分だと、また乱闘かな?
「断る。酒がまずくなる」
マキシムは毅然と言い放った。おお、男前じゃないか。
椅子に坐るマキシムに上から威圧感を与えながら、男達は殺気のこもった笑顔を向けた。
「お前に断る権利とかないんだよ。立て」
「30対1でも余裕だろ? 優勝するくらい強いんだから」
「おい、引きずってもいいから連れて行っちまえ」
口々に言う傭兵達に後ろから椅子を蹴られたマキシムは、否応なしに席を立ち上がった。
床に転がった椅子が、明るいBGMにそぐわない、不穏な音を立てる。
それを見たジャクリーンも険しい顔で席を立った。
「なんなのあんたたちは。負けた腹いせかい? みっともないったらありゃしない!」
「うるせえ! なんだこのでかい女は?!」
うーん、ジャクリーンて身長どのくらいあるんだろう。迫力あるなぁ……
しかしこれは、本気で多勢に無勢ってやつだ。こんなおっさん達に囲まれて引っ張られたら、いくらマキシムの剣の腕が良くても拒絶しようがないだろう。
マキシムは拳闘士らしい男達に両脇を掴まれると、半ば引きずられるように店の外に連れて行かれた。
「マキシム!」
おっさん達に邪魔されながらも、ジャクリーンがそれを追う。
はぁ。せっかくの楽しい酒だったのに……仕方ない、手助けするか。
「お前達もあいつの仲間だろ?」
「ちょっと付き合ってもらおうか」
立ち上がった私の前に、まだ残っていた傭兵達がずらりと並んだ。どいつもこいつも、完全に私をナメてるニヤけ面だ。
先に全員叩きのめしてから外に出るべきか、と考えていたら、男達の一人が私を掴まえようと腕を伸ばしてきた。
私に触れる前に、横から出て来たマルコがその手を掴む。
「俺の許可無くこの娘におさわりはいけませんっ」
「マルコ」
「飛那姫ちゃん、俺今ちょっとカッコ良くなかった?!」
「私の前に立つとか、百年早い……」
「あ、すみません」
なんとなく戦意喪失して私はマルコを押しのけると、ついでにおっさん達も全部押しのけながら進んで、酒場の出口をくぐった。
すっかり暗くなった広い通りに灯る街灯の下、いくつもの金属の光が見て取れた。
真剣を持ってるヤツがこれだけいると、もうちょっとした戦争だな。
遠巻きに傭兵達に囲まれたマキシムとジャクリーンは多対二だ。さすがに卑怯だろう。胸くそ悪いぞ。
私は出口の横にいた男の脇腹に肘鉄を食らわせると、そいつが持っていた木刀を奪い取った。
「え、飛那姫ちゃん、あいつらみんな真剣だけど……木刀でやるの?」
「私が雑魚相手に神楽使ったら重傷人が出るだろ? 大剣よりはこっちのが使い勝手がいい。全員これで半殺しだ」
「マジですか……?」
「マジだ」
青ざめた笑顔のマルコにそう返すと、私は木刀を一振りして魔力を流し込んだ。
傭兵大会には出れなかったけど、ここにいるこいつらをまとめて倒せば、この中では私が一番強いってことになるよな?
(それはそれで楽しそうだ)
私は一人微笑んで、鋼鉄よりも硬くなった木刀を構えた。
傭兵は基本的に荒くれ者が多いです。
他の職業につけず仕方なくやってる底辺生活者が一番多いかも。
マキシム夫妻のように剣が好きでやってる人間は一握り。
お正月休みのお知らせなど、活動報告に載せていますので、足を運んでいただけますと幸いです。
次回は、「思わぬつながり」。お休み明けに更新します。




