怪しいライバル
一体どうなってんだ? 誰かこの状況を説明してくれ!
バイトが終わって戻ってみれば、飛那姫ちゃんは迷子になっていた。
連れて帰ってきて、と美威ちゃんに言われて捜しに来たんだけど……こんな町外れで彼女を見つけてみれば……
誰だよアイツは?!
俺は通りから外れた小径に入っていく、飛那姫ちゃんと知らない長身の男を見ていた。
パッと見は傭兵じゃない。どこかの貴族っぽい品のある金持ち服だ。遠目にも相手の男が、女子から歓声の上がりそうなイケメンだってことが分かった。
まさか飛那姫ちゃんも、美威ちゃんと同じイケメン好きだったのか?!
しかも手! 手とかつないでる! 俺が同じ事したら、絶対殴られるやつだ!
さすがにもう、兄とかいうオチはないだろう。
いや、ていうか俺、なんでコソコソ隠れて見てなきゃいけないんだ?
俺の葛藤を余所に、男は飛那姫ちゃんの腕を取ると、事もあろうに彼女のシャツの袖をめくりあげた。
飛那姫ちゃん! なんで無抵抗なんだ?! 俺がやったら、即、殴るくせに!
次の瞬間、白い光が見えて、治癒魔法がかけられたことが分かった。
なんだ……よく分からないけど、心配したようなことじゃなかったみたいだ。
でももうちょっと遅かったら、俺、確実に二人の間に割って入ってたな。
くそっ、アイツ、あんな貴族みたいな格好して、魔法士なのか?
それとも、ガタイがいいから飛那姫ちゃんと同じ魔法使う系の剣士か?
なんにせよ距離が近い! 俺の女神から離れろ!!
俺の心の叫びが届いたのか、男は一歩後ろに下がったけど。
飛那姫ちゃんは楽しそうに笑ってるし、釈然としない。
何話してるんだろう……すごく邪魔したい。割り込んでいったら怒られるかな。
出て行くのがためらわれて、俺はそのままちょっと離れたところから二人を観察していた。
そのうちに、飛那姫ちゃんは頭の後ろにつけていた髪飾りを自分で外した。何する気だ? 俺以外の男の前で、そんな部屋着が似合いそうなセクシーなヘアスタイルを晒しちゃダメだ! ダメダメ!!
男は飛那姫ちゃんの差し出した髪飾りを少し眺めていたけど、手を伸ばしてそれを受け取った。
え? まさかあげちゃうの? お気に入りのバレッタのはずなのに、どういうことだ??
どちらかというと男嫌いの彼女が、嫌悪感も表さずに、あんなに近い距離で男と二人で立っていられるなんて、もう訳が分からない。
ほんの少しの時間の流れが、俺には耐えがたく長く感じた。
「アレクシス様は見つかったか?」
「いや……そっちの通りはまだ見ていないな」
ゲッソリしている俺の後ろを、鎧をガチャガチャ言わせた騎士っぽいおっさん達が通り過ぎていった。さっきっから騒がしいな。なんかあったのか? こっちはそれどころじゃないってのに……
気付けば、男は飛那姫ちゃんと別れて、こっちへ歩いてくるところだった。
俺はささっと道の端に避けて隠れた。んん? ちょっと待て。だからなんで俺が隠れなきゃいけないんだ……
飛那姫ちゃんを見たら、彼女もこちらを見ていた。そう、俺じゃなくて明らかに去って行くコイツを。
あ、なんかイラッとするなぁ。
目の前を通過していく男は、俺より身長が高くて、鍛えてる感じなのにスラッとしてて、目鼻立ちは類を見ないと言ってもいいくらい整っていた。男のくせに少し長めの銀髪がキラキラしてて、何というか、飛那姫ちゃんと同じ種類のオーラがにじみ出てる。
ヤバい……もしかしてこれ、超強力なライバル出現か?
イケメンのライバル男は角を曲がったところで、向こうから来た数人の騎士達に囲まれた。
なんやかやと言われるのを軽く手を挙げて制すと、そのまま騎士達を引き連れて足早に去って行く。
なんだ? あの男を捜してたのか? 一体どこの誰なんだ……?
俺はどうするかちょっと迷ったけど、素性の怪しいあの男を尾行してみることにした。
「アレクシス様! どちらへ行かれていたのですか?!」
向こうの方から走ってきた、従者っぽい男がとがめるように叫んでいる。
俺の女神にちょっかい出しに来てましたよ。ちゃんと掴まえておいてください。
「王子、護衛である我らが待機を命じられるのは困ります」
「突然悪かったけれど、其方達は結局、私の言うことを聞かなかったじゃないか」
「ご命令に背いたことで処罰を受ける覚悟はあります。ですが、御身に何かあったら如何なさるおつもりですか? ご冗談が過ぎます」
王子? あの騎士のおっさん、アイツのこと王子って言ったか??
「王子、国にお戻りになられるまで、もうこういった心臓に悪い行動はお慎みください」
従者の男もそう言いながら男をたしなめていた。
「ああ、悪かったよ、イーラス」
「……アレクシス王子、なんだかご機嫌ですね?」
「そうかな?」
「思い切りお顔に出ておられますよ……はぁ」
俺は話している男の背後から、白いマントに刺繍されている金の紋章をじっと見つめた。天馬に剣と盾……俺でも分かる。あれは西の大国の紋章じゃないか。
3人の騎士に囲まれながら、男は通り沿いに停めてある白い馬車に乗り込んでいった。
あ、あれ、昨日俺が轢かれそうになった馬車じゃないか? 色々腹立つなぁ……
残りの騎士達も後ろに控えている地味な馬車に乗り込み、少し経つと馬車は2台とも出発して、どうやら町の外に出ていった。
西の大国の……王子だって?
確かアレクシスと呼ばれてたな。調べれば分かるだろうけど、こんな所になんで大国の王子が?
飛那姫ちゃんとは知り合いなんだろうか……王女時代の昔なじみとか?
頭を悩ませながら、俺は彼女のいたところまで戻った。
飛那姫ちゃんはまだ同じ場所にいて、壁に寄りかかったまま、ぼうっと茜色に染まった空を見上げていた。
踊り子のバイトのところでされたんだろう、いつもと色合いの違う紅い唇に目元を強調する化粧。
もう尋常じゃなく見た目がヤバくなってるから、化粧とか本当にやめてほしい。これ以上変なライバルを増やさないで……
「飛那姫ちゃん」
俺が声をかけると、彼女はこちらを向いて小さく息をついた。
「遅いぞマルコ」
「え、遅いって……」
「もう1時間も迷ってるんだ。いい加減お腹が空いた。早いところ大会本部のあった所に連れて行ってくれ」
あ、もしかして俺が探しに来るのを待っててくれたのかな。
それであればうれしい。
「かしこまりました!」
「今日は知り合いと約束してるんだ。この後酒場に行くけど、お前はどうする?」
「えっ? 約束?」
もしかしてその相手、今の男だったりして??
「俺も行く! 飛那姫ちゃんは渡さない宣言してやる!」
「何言ってんだお前……どこまでバカなんだ?」
「バカかもしれないけど、本気なの!」
「あのな、知り合いって、夫婦だからな」
「え? 夫婦?」
「だから、あんまりバカ発言しないように」
なんだ……俺の勘違いか。いや、勘違いじゃないことだってあるぞ。
この際、白黒はっきりさせておきたい。
俺は手を伸ばして彼女のゆるいウェーブがかった髪を一房、指に絡めた。
「飛那姫ちゃん、今日してたお気に入りのバレッタ、どうしたの?」
俺が聞くと彼女は俺の手から髪の毛を取り返して、目をそらした。
「……人にあげた」
「あんなに気に入ってたのに? 誰にあげちゃったの?」
「マルコには関係ないだろ」
関係大アリです!!
なんではぐらかすかなあ?? 怪しい!
「そんなことどうでもいいから、早く帰ろう」
俺は歩き出した彼女の手を掴んだ。
「そっちは逆方向だよ」
「……分かってるよ」
即、振り払われた手を、俺はじっと見つめた。
殴られなかったけど、やっぱりそうなるよな……くそっ! なんでアイツは良かったわけ?!
問い詰めたい気になったけど、なんとなくそれは止めた方がいい気がした。
すごく墓穴を掘りそうな気がする。
「さっさと戻るぞ」
「はいっ」
俺の横に並んだ飛那姫ちゃんは、髪を下ろして化粧をしているせいか、夕方の光の下で、いつもよりぐっと艶やかに見えた。
ああ、予期してなかった強敵が現れたことで、変な焦りが出て来たかも……俺のものじゃないんだけど、もうこのまま彼女をどこかに隠してしまいたい衝動に駆られる。
これ独占欲か? 嫉妬深い男は嫌われるっていうけど、うーん。気持ちばかりはどうしようもないんだよな。
いつもなら我慢するところだけど、すっかり動揺した今の俺は自制心に欠けているらしい。
こそっと手を伸ばすと、彼女の後ろ髪に触れた。
「っ勝手に触るなっ!」
「ゴミついてるよ」
「え? どこに?」
はぐらかして振り払われるのを回避すると、俺は薄茶の綺麗な髪を指の間に絡め取った。
「飛那姫ちゃん、大好きだからね」
「は? ……またお前はこんな往来で恥ずかしげもなく……」
「俺が一番、飛那姫ちゃんを好きなの! 覚えておいて!」
「いや、どうでもいいけど、ゴミ嘘だろ? 放せ不審者」
「いででっ!」
彼女は俺の手の甲をつねりあげて、髪の毛から引きはがした。
もうちょっと手加減プリーズ!
不審者呼ばわりされてもいい。今、こうして彼女の隣にいるのは俺なんだ。
敗北感なんか感じてないからな!
アイツの顔は覚えた。次に会ったら絶対宣戦布告してやる。
大国の王子だろうがなんだろうが、彼女は渡さない……渡すもんか!
バカを見るような目でため息をつく女神に、俺は強く、そう誓った。
恋敵と書いてライバルと読む……漢字って便利ですね。
マルコが叫んでいる回でした。
連載中本編ですが、おそらく年内最後の投稿になります。
今年度のご愛読に、感謝をこめて。