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没落の王女  作者: 津南 優希
第三章 その先の未来へ
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再会を望んでも

 結局、試合でもそれ以外でも、飛那姫の姿を見つけることは出来なかった。


 私はもう1日滞在するはずだった予定を切り上げ、夕方の高速船で帰還することを決めた。自国での公務も滞っているのに、彼女がいないと分かった今、これ以上ここで遊んではいられない。


 傭兵大会が終わったばかりの町はまだ熱気冷めやらぬ様子で、あちこちに賑やかな宴の準備をする人の姿が見て取れる。楽しげに道を行く人の中に、もしかしたらと彼女の姿を捜してしまうのは、我ながら未練がましいことだと思う。

 なんの確約もなく来たのだから仕方がないと言えばそれまでだが……残念の一言では片付けられない、ざわざわした気持ちが拭いきれない。


「アレクシス王子、どうかなさいましたか? お顔の色がすぐれないようですが……」


 向かいに座っていたロイヤルガードが一人、窺うように声をかけてきた。

 侍従のイーラスが、斜め向かいから困った様に私の顔を見ていた。

 いけない、彼らに分かるほど顔に出ていただろうか。


「いや、何でもない。少し疲れているのかな」


 取り繕った表情でそう返すと、私は馬車の窓に映る町の景色に目を移した。

 中立地帯ゴゾ。北にも南にも、西にも属さない独自の法を持つこの領地は、どこの町とも違う自由な雰囲気があった。


 ここには粗野な人間も多いようだが、住んでいる民達は皆生き生きしているし、出て行く人間も入ってくる人間もたくさんいる風通しのいい町だ。

 何も縛られるものがなく、どこにでも行ける傭兵の彼らが、うらやましく思える瞬間もある。

 純粋に強さを求めて日々戦いの中に住み、剣の腕を鍛えていける自由は、私には手に入れることの出来ないものだろう。


(馬鹿馬鹿しいことを……つい、考えてしまうな)


 ふと、感傷的になっていることに気付いて、一人心の中で苦笑した。

 大国の第一王子であるが故に発生する様々な制約の中でも、自分は自由な方だろうと思う。父である現国王の理解があって、こうして自国以外の土地を行き来したりする権利も与えられている。

 己の立場に不満はない。自分が生まれ置かれた所が次期国王という場であるのなら、不自由を嘆くのではなく、国民のためにもよりよく政治を行うための努力をしていきたい。そう思う気持ちに偽りはない。


 だが時に何にも縛られず、己の意志で選択できたらと思うこともある。

 そんなやるせない気分の時には、何故か彼女の顔を思い出す。どんな時も自分の意志で選び、強くあろうとする、自由で気高い剣士の彼女を。


(飛那姫……今、どこにいるのだろうか)


 南の国で別れた後、あっという間に時が過ぎてしまった。

 彼女のふるう剣をもう一度見たいと思い、こんな所まで捜しには来たが……どうやら徒労に終わりそうだ。


 高速船が待つ港へと向かう白い馬車は、容赦なく町の景色を後ろに押し流していった。

 探し求めているものを見つけられず帰還することに、これ程焦燥感を覚えることもないだろう。

 ともすると、彼女はもう私のことなど忘れてしまったかもしれない。彼女には一生、会えないのかもしれない。そんな弱気な考えさえ浮かんでくる。


 一番栄えている大きい道を通り過ぎ、角をひとつ、ふたつ曲がれば一気に人通りは少なくなった。

 町を出るまで後わずかといったところか。


 揺れる馬車が速度を上げたかと思った時、窓の向こうの景色の中に、記憶にある明るい薄茶の髪をした、ショートパンツ姿の女性が見えたような気がした。


「っ馬車を止めろ! ここで止めてくれ!」


 突然声を上げた私に、ロイヤルガード達は驚きながらも、連絡口から御者へ馬車の停止を通達した。

 馬車は道の左側に寄ると、ゆるゆると車輪を止めた。


「王子、如何されましたか?」

「確認したいことがある、其方達はここで待機するように。すぐに戻る」

「はっ?」


 語尾が上がっていても、了承と取らせてもらおう。

 イーラスが何かを言う前に、私は馬車の扉を開けて外に飛び出した。


「アレクシス王子! 護衛も付けずどこへ……お待ちください!」

「お戻りください!」


 呼び止める声には振り返らず、私は走った。

 彼らには悪いが、どうしてもこの目で確かめたい。見間違えかもしれないが、少しでも可能性があるのなら……

 私は元来た通りの角を曲がると、先ほどの女性の姿を捜した。長い茶の髪をたらした女性が後ろを向いて、すぐそこの雑貨屋の前に立っていた。

 似ているが少し違う気がする。ショートパンツ姿かと思っていたら、短いスカートだった。


「あの……すみません」


 わずかな期待をこめてかけた声に振り向いたのは、飛那姫とは似ても似つかない容姿の女性だった。


「え? 私? なんでしょう?!」

「あ、いや失礼……人違いでした」


 私はそれだけ返すと、その場を離れた。


(何を、やっているのだろうな……)


 もと来た道を引き返そうとした私は、激しい徒労感に襲われて足を止めた。

 表情を取り繕ってから戻らねば、また護衛たちに不安感を与えてしまいそうだ。


 立ち尽くしたまま考える。結局ここに彼女はいなかった。次にどこを捜して良いのか検討もつかない。

 また会おうと、別れ際にした小さな約束が叶えられることは、もうないのかもしれない。

 そんな風に考えてしまうことが、ひどく辛く感じた。 


(いい加減お忘れになってください)


 イーラスが度々口にしている言葉を思い出して、さらに胸が痛んだ。

 分かっている。同じ剣士とて、傭兵の彼女と対等でいられる立場にないことくらい。だがそれでも……彼女と同じ目線で隣に立ちたいと望むこの気持ちを、ただの我が儘で終わらせたくないと思ってしまう。


「帰るか……」


 ひとつ小さく息をついて、私は歩き出した。

 今日のところはあきらめよう。そう、あきらめた方が、いい……


「……もしかして、アレクじゃないか?」


 突然投げかけられた女声に、私はもう一度足を止めた。

 まさか、という思いが急速に心拍数を上げていく。いや、私の名前をそんな風に省略して呼ぶ人物は、確実に一人しかいない。

 私はいつの間にか地面に向けていた、視線を上げた。


「やっぱりアレクだ。久しぶりだなぁ」


 数メートル先からそう言って手を挙げたのは、先ほど見かけた通りの薄茶の髪に、ベージュのショートパンツを履いた女性。

 見間違えることなく、飛那姫その人だった。


半年の期間を経て、ギリギリの再会を果たしました。

世界は広いのです。探し物はなかなか見つからないものなのです。


次回は、やっぱりアレクシス語りで(飛那姫に語らせると場がぶち壊しになりそうなので)。

自宅発生中のインフルで倒れなければ(!)、28日頃の更新になります。

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